合コン・クイーン登場!
前回までのあらすじ

 青年の名前は小堀康友といった。
 私の仕事場によくバイクでやってくる、この春大学1年生になったばかりの若者である。小堀君はここ数年で急激に成長したバイク便「ウインドレター」のアルバイト青年で、恋人がいた。
 私は「もてる男」というテーマで書き下ろしをするはずだった。
「それはぜひ読みたいですね」
 さほど熱心な私の愛読者ではない小堀君が、はじめて関心をしめしたので、私は心強くもなった。
 思わぬ事態になった。
 小堀君が交通事故を起こし、意識がもどらなくなった。身よりのない小堀康友君が意識を取り戻さないまま、存在すら忘れかけられるとしたら、あまりにもつらい。
 彼の意識をふたたび覚醒させるには、彼の関心事を耳元でささやきかけることだ、と担当医は言う。
 いったい何を語りかける?
 小堀君が興味をもっていたことを語るには、私がいま脱稿しようとしているあの原稿を読み上げるくらいしか思い浮かばない。
 私は原稿をプリントアウトして、病院へむかった。
 小堀君の耳元で、そっと朗読してみよう。
 これから私が話しかけることは、誰しも表だっては口にしないが、内心では誰もが関心をもっているはずのテーマである。
 青年よ。
 私はこれからきみに毎日1話ずつ話しかけていこう。
 きみの双眸に光が甦るまで。
 語りだそう。
 タイトルは――

 もてる男。
 春になり、あたりが華やいできた。
 小堀君の入院先の看護婦たちも、浮き足だっている。
「明日、大学病院の先生たちと合コンがあるんです」とうれしそうだ。
 脳裏にひとりの女性が浮かんだ。
 河原梨々子――。
 名だたる企業、医師、弁護士、といったグループと合コンをセッティングし、彼女が出席するだけで場が華やぐ合コン・クイーンだ。ある総合商社の重役秘書を務めてきただけであって、人脈も広く、美貌もスタイルも飛び抜けていた。男性陣から合コンの要望が舞い込むと、河原梨々子はどんなわがままな注文にも、即座にこたえるのだった。河原梨々子に頼めば、かわいい子がたくさん集まる。どんなにしらけた場も盛り上がる。
 だが、当の本人はどういうわけか、30歳を目前にしていまだに結婚のけの字もなかった。
「合コンは楽しんだもん勝ちなのよ」
 とは言うものの、河原梨々子の内面にも焦りが芽生えているのはたしかだろう。だからこそ、私に「いい人、いたら紹介して」と頼んでくるのだから。
 河原梨々子によれば、合コンを盛り上げて成功させるポイントがあるという。

[1]男性陣がエリートサラリーマンの場合、ゴールインするカップルは少ない。合コンは余興と考えている。
[2]男女両方に、前もって割り勘なのか男女出費率が6対4なのか7対3なのか、幹事がきちんと決めておく。合コンが終わりかけて酔ったとき、トラブルのもとになりやすい。
[3]女性陣を無料にするのか、割り勘にするのかで、出席率が違ってくる。無料のほうが出席率は高いが、真剣度からいうと、有料のほうが高い。
[4]無料にした場合のほうが、かわいい子の率が高くなる。
[5]途中でだらけることがあるので、会の中盤に、飛び入りを用意しておくと、盛り上がる。

 私は以前、取材で知り合った総合商社、花菱商事人事課のスタッフから頼まれていたこともあって、花菱商事と河原梨々子がつれてきた受付嬢たちとの合コンをセッティングした。日比谷のしゃれた小料理屋が合コンの場に選ばれた。この場所を選んだのも、河原梨々子だった。
「他人の面倒ばかりみないで、そろそろ自分のことも考えてみれば」
 私は河原梨々子にそう言ってみた。
 すると、本人は、
「そうよね。わたしもいつまでも若くはないしね」
 と素直に答えるのだった。
 当日。
 小料理屋では、大いに場が盛り上がっていたようだ。私が1時間半遅れで会場に到着すると、アルコールの入った男女が、すでに盛り上がっている。梨々子の歓声が一番大きかった。
 座敷にあがると、奥の方で手拍子がはじまり、花菱商事の30代前半の幹事が、男女に囲まれ、ズボンをずり下げられていた。普段の冷静な表情などどこにいったのか、あの河原梨々子が右手にもった百円ライターをおもむろに下半身の茂みに火をつけた。
「ジャングルファイヤー」
 梨々子の声と同時に、幹事の股間が燃え上がり、タンパク質の焦げた匂いがあたりに充満した。酒癖のせいだろう。一流企業の秘書をしている美貌の梨々子も、合コンでいつもこんな振る舞いをしていれば、コンパ要員として重宝がられても、本命はなかなかあらわれるはずもなかった。


 私は独身の男たちを相次ぎ、河原梨々子に紹介することになった。過去に合コンに呼んでもらった恩が随分、あったからだ。
 記憶にあるだろうか。
 この「もてる男」で紹介した個性豊かな人物たちも彼女に紹介した。あるときは、カメラマンチームとして、あの口髭のカメラマン、宇津居征男さんをまじえてセッティングしたときもあった。またあるときは、大手建設会社、発光土木の営業部員、鴻山勘三郎氏をまじえたお堅い会社との合コンをセッティングしたときもあった。どれも、場は盛り上がった。悪酔いした梨々子もさすがに、ジャングルファイヤーまでには至らなかった。だが、ゴールインする相手とはなかなか遭遇しなかった。
「結婚相手を募集するとかそういうのはもう面倒臭いから、面白そうな職業の人、紹介してよ」
 梨々子はやけのやんぱちで私に言ってきた。
 面白そうな職業。
 私はふと、ある男の顔が浮かんだ。
 キャノン原口。
 色黒の地肌に真っ白な歯、強引とも言える口説き、快楽を与えることになんのためらいもないような笑顔。並み居るAV男優のなかでも、頂点に立つ男のひとり、キャノン原口こそ、八方ふさがりの梨々子にふさわしい。
 さっそく、私はキャノン原口とその弟子2名を呼び出すことに成功した。弟子というのは、中堅の証券会社を退職してAV男優の道に入った変わり種と、承応大学レスリング部に在籍しながら男優をめざしている現役大学生である。独身主義を貫くキャノン原口と筆頭に、だれも結婚など意識していない連中だが、梨々子にとっても、ストレスを発散させるには格好の対象になるはずだ。
 当日。
 原宿のメキシコ料理店で合コンは催された。AV男優に会える、という噂を聞きつけ、梨々子の勤める会社からうら若きOL5名も喜び勇んで参加したのだったが――。
 トラブルが起きた。
 本日のメインである、キャノン原口が、インフルエンザでダウン、来られなくなってしまったというのだ。代役として、呼ばれてもいないのに急遽かけつけたのが、夢之原フリッパーであった。
 記憶のいいかたなら憶えているであろう。連載第10回に登場した、AV業界の最底辺で生きる汁男優たちの話を。そのなかに登場する夢之原フリッパーという26歳の独身男がいたのを憶えているだろうか。
 夢之原フリッパーの本業はそば屋の出前持ちだ。焼けた肌が売れっ子男優の必須条件だと信じ込み、日焼けサロンで急激に焼いたため、もともと色白だった彼の肌は不自然な黒に変色していた。夢之原は童顔で、澄んだ双眸をしている。
 汁男優といえば、ただ出すだけ、あとはセリフも芸名も、なにもない、ただのエキストラ扱いである。キャノン原口がトップ男優だとしたら、夢之原は下から数えて何番目というレベルである。
 撮影の最中に、出番のない夢之原が、ドアを開いて無粋な音を出して監督の気分を害していた。女が膣痙攣をおこし、キャノン原口と離れなくなってしまったとき、夢之原が助けようと女に近づくと、夢之原を嫌がった女が身を震わせたので結果として、筋肉が弛緩し、キャノン原口が危機を脱出したこともあった。不協和音を奏でさせる男。それが夢之原フリッパーであった。
 合コンがうまくいくか、私は不安だった。
 キャノン原口が欠席したことは、ダメージだったが、女性陣がAV男優たちにあけすけに仕事上の質問をして、盛り上がっていった。
 私が遅れて会に参加したとき、酔いにまかせて、梨々子がとうとうジャングルファイヤーをやってしまった。犠牲者は夢之原だった。
 1ヶ月後。
 夢之原フリッパーから電話がきた。
 やけに明るい。
「おかげさまで、結婚することになりました」
 ぜひとも私にだけはなんとしてでも報告しなければ、と夢之原は言う。
 相手は、なんということだ……。
 私はこれほどの衝撃を受けたことは近年なかった。人間、生きていればこんな嘘のような誠は一度はあるものなのか。
 夢之原が結婚するのはあの河原梨々子だった!
 彼女の携帯電話にかけて聞いてみた。すると、臆面もなくこんなことを言うのだ。
「いままでにないタイプだったの。この人なら、きっと楽しい生活を送れると思うわ」
 梨々子は「ユニークだった」と何度も口にした。夢之原は、汁男優を引退し、いま勤めているそば屋の副店長として本格的に自営業に励むという。私が携帯電話にかけたとき、すでに梨々子は夢之原の暮らすアパートにいた。
 梨々子は、いままでエリートサラリーマンや弁護士、医師といったエスタブリッシュメントを見てきて、辟易していたのだろう。そこにタイミングよく異邦人が登場した。
 運命を感じるとき、人は新鮮さを基準にする。
 結婚相手というのは、タイミング、そして組み合わせだ。その後の生活は、もう、ふたりがひとつずつ築き上げていくしかない。私は個性的な汁男がひとり、消えたのをちょっと残念に思っているのだが――。

 話し終えると、小堀君は「サンカシタイ」と筆談し、合コンへの参加を希望していた。生きる希望がさらに甦ってきたのだ。あともう少しだ、小堀君の回復も――。





本橋信宏 Nobuhiro Motohashi
1956年埼玉県生まれ。早稲田大学政経学部卒。文筆家。“バブル焼け跡派”として政治、思想、事件、風俗などをテーマに、ルポルタージュ、小説と幅広く執筆中。村西とおると出会い、写真週刊誌『スクランブル』の編集長をつとめるが、のちにその濃密な体験を著書「裏本時代」(新潮OH文庫・飛鳥新社)などに結実させ、また自らのドラッグ依存症や不安神経症に苦しんだ経験を「依存したがる人々」(ちくま文庫・講談社)としてまとめた。近刊に「エロ職人ヒビヤンの日々涙滴」(バジリコ)、「フルーツの夜」(幻冬舎文庫)など。

本橋信宏・公式サイト
http://www4.airnet.ne.jp/nobuhiro/
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