「××さんが結婚したんだって」
という噂が流れてきた。
 ××さんは三十代前半、アーティスト思考の高い人で、あんまり適齢期とか社会の目とかを気にして結婚するようなタイプの男の人ではない。むしろ、恋愛だの結婚だの、もっといえば女という生き物をちょっと小馬鹿にしているようなタイプの男の人であったので、結婚の噂はわりと「驚くべきこと」として流布していた。
 相手の女の子は二十代半ば、小動物みたいな可愛らしい女の子で、恋愛のはじまりは彼女が彼に「仕事を教えて下さい」と毎日のように会いに行ったこと、らしい。ようするに最初は彼女のほうが彼に夢中で、彼はそれにほだされた形だ。確かもう四、五年は付き合っているし、この数年は一緒に住んでいた。
 式のようなものはしていないそうだが、彼はわざわざ、不特定多数の人、彼の仕事のファンだの仕事関係者の人だのが読む自分のブログに「結婚しました」なんて書いていて、ちょっと驚いた。
 結婚したい、という気持ちならまだ理解できても、結婚したことを多くの、直接自分を知らない人にも知って欲しいという願望を彼が持つ、なんてことが理解できなかったのだ。
「結婚を望んだのは、彼のほうらしいよ」
 と、共通の友人が言った。
「飲みに行くたびに、彼女と結婚したいって口にしていたし」
「へえ、すごい惚れてたんだねえ」
「まあそうかもしれないけど、それだけじゃないね」 
 結婚する彼と彼女は同じ仕事をしているのだが、今は、彼女のほうが上り調子らしい。もともと可愛らしく素直で仕事熱心な子だから、きっと伸びるのも早かったのだろう。とても有名な上の人に取り立てて貰えたそうで、しばらく彼女はひくてあまたなのだという。
「これから彼女はたくさんの人に注目を浴びるだろう、だから目をつけられるまえに、つばつけときたかったんだって」
「他の男に取られたくなかったってこと?」
「まあそういうとなんだかロマンティックだけどさ」
 ようは、所有欲が沸いてしまった、ってことなんだろうな、と推測する。
 所有欲は、けして悪い感情ではない。とは思う。
 愛の育つ過程には、必ずその感情も生まれるものだ。しかし勘違いしてはいけない。「他の誰にも彼女を渡したくない」はロマンティックだけれど、「××さんや××さんに彼女を取られたくない」は、ただの現実的な悩みだ。
 そういえば、親が倒れたから、っていう理由で結婚を決意した男友達もいた。
 男の人に結婚を意識させるものって、あんまりロマンティックじゃない、そういう現実的なことのほうが多いものなのかも知れない。
 一応、彼女のほうのブログもチェックしてみた。
 結婚報告はされていなかった。
 彼のその非・ロマンティックな所有欲は、どうやら空回りみたいだ。



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男が結婚を決意するとき狗飼恭子オフィシャルブログ