友達が子供を産んだ。
 高校時代から、もう十年以上付き合っている友人だ。すごく愛情深い人で、きっと子供のことも慈しみ育てるだろう。
 彼女への出産祝いを買いに、池袋にあるトイザらスへ行ってみることにした。出産経験のある友人と池袋駅で待ち合わせる。驚くことに、携帯メールでは「トイザらス」は一括変換できた。
 何が欲しいのかリサーチした結果、母になった友人は、
 「お尻拭きを温める器械」
 「使用済みオムツをひとつひとつ真空パック状態にし、臭いを漏らさない専用ゴミ箱」
 「寝ている子供の上にブランコ状態に玩具がつるしてあり、それを観たり触ったりして楽しむ玩具」
 のどれかが欲しいそうだ。
 子供を産んだこともなく、弟も妹もいなかったわたしにははじめて聞くものばかりで、へえ、そんなものがあるのかあ、と不思議に思いつつも店へ向かった。
 実は玩具が好きなわたしは、トイザらスへは何度か足を運んだことがあるのだけれど、赤ちゃん用品売り場へ行くのは初めてであった。
 驚いた。
 何十種類もの「赤ちゃんのための道具」が、そこに並んでいたのだ。もう三十年も生きたのに、使用方法のまったく分からないものがまだこんなにたくさんあるとは。
 一緒に行った友人は、もちろん使い方を知っており、いちいち説明してくれた。
 それを聞きながらわたしは、「そうか、赤ん坊を産み育てるということは、こんなに大量の器械を使いこなさねばならぬほど大変なことなのだろうな」と思っていた。
 わたしには、一生無理かもしれない。
 赤ちゃんグッズの赤や青や黄色の幸せな色彩に囲まれつつ、わたしは酷くブルーな気分になってしまった。
 子供は「愛」で育つんだなんて思ってたわたしには、まだ母親になる資格がなさそうだ。
 そう言ったら、一緒に買い物に行った友人は、
 「わたしが子供を産んだときは、全部持ってなかったよ」
 と、けろりと言った。彼女が子供を産んだのは二十歳のときで、まだ学生だった。
 そういえばあの頃の彼女は乳母車さえ持っておらず、荷車に子供を乗せていた。その子ももう小学四年生で、今はバスケットボールが大好きだという。
 なんだ、やっぱり子供って「愛」で育つんだわ、そう思ったら、少しだけ勇気が出た。いい。好きな声になりたい。
 自分の声に、少しでも多く耳を傾けるためにも。




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