とても大切な友達がいる。
 彼女とはもう十年以上付き合っていて、でも家が遠いから最近は数ヶ月に一度くらいしか会っていない。もっと会いたいけれど、でも会っても特別なことをしたり話したりするわけじゃないのは、もう気心も好きも嫌いも熟知しているからかもしれない。
 十一月には彼女の誕生日があった。
 彼女は結婚していて子供もいるので、わたしが彼女のお誕生日会をすることは久しくない。
 代わりに、ではないけれど、毎年彼女のお誕生日にはメールをすることにしている。
 わたしはわりと人の誕生日を覚えるのが得意で、しかも彼女の誕生日はわたしの両親の結婚記念日と同じ日だったりするので、忘れようもなかった。
 メッセージ自体は何の変哲もなく、「おめでとう。今年一年も幸せにね」程度のものだ。
 新年に会った人に「今年もよろしく」というくらいの簡単な気持ちで、わたしは毎年彼女にお誕生日メールを送り続けていた。
 あるとき、久しぶりに彼女に会ったときのことだ。
 何の話の途中だったのか覚えていないけれど、ふと彼女が言った。
 「毎年誕生日にメール送ってくれるでしょう? すごく嬉しいんだ。どうもありがとう」
 なんだかその言葉を聞いた瞬間に、わたしははっとして、しばらく何も言えなくなってしまった。
 わたしにとっては、けして特別なことじゃなかった。他の友人にだって、誕生日にはメールを送る。
 だけど、こんなに純粋に、ありがとうって言ってもらったことはなかった。自分が誕生日メールを貰っても、あんまりきちんと感謝してなかったかもしれない。
 なんだか彼女の「ありがとう」を聞いた瞬間、お腹の中からなにか柔らかい暖かいものがこみ上げてきて、ぐぐ、っとなった。正しい「ありがとう」だと思った。それが、こんなにもわたしを幸福にするなんて。
 この人を好きでい続けて良かったなあ、と思った瞬間だった。これからも彼女を好きでい続けるだろう、という確信にもなった。
 東京で一人で暮らしているわたしは、悲しいことや辛いことや、とんでもなく失礼な人に会ったりとか他人を信用できなくなるようなことに出会ったりとか、する。
 そういうことは、けして少なからずある。
 そんなとき、わたしは彼女の「ありがとう」を思い出す。
 あの瞬間の、彼女の優しい顔。優しい声。優しい言葉の響き。
 それだけでいつもわたしは、じわじわと目の奥が熱くなる。
 そうして、また頑張って生きていこうって、思えるんだ。
 大好きな人の「ありがとう」の力。




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