お母さんでもお義母さんでもないのに、「おかあさん」と呼んでいた人がいた。
 ほんの短い間のことだった。わたしと彼女の間には血縁関係はなかった。たぶんこれから先彼女を「おかあさん」と呼ぶことはない。会うことすらないだろう。
 彼女は、何年も前に付き合っていた人の母親だった。彼は東京の人だったので、わたしをよく実家に連れて行ってくれた。彼の母親はそのたびに、わたしたちのために夕食を作った。鍋料理が多かった。「ごめんね料理下手で」と、おかあさんは少し照れて笑った。
 元・恋人は音楽をやっていた。演奏もするし、作曲も作詞もしていた。十年近く同じメンバーでバンドを組んでいた。
 メジャーデビューもしたことがあったのだけれど芽が出ず、でもライブしたりインディーズでCDを出したりして活動を続けていた。
 彼と付き合い始めて一年ほどがたって、彼はバンドを脱退することになった。いろいろな理由があって、彼もいろいろ悩んだ結果だった。それに対し、わたしが何を言ったのかはよく覚えていない。
 それからしばらくたって、わたしはまた彼の家に遊びに行った。
 夕ご飯をご馳走になってしばらくして、おかあさんはわたしの傍にそっとやって来た。
 「バンド辞めちゃって、でも音楽やっていくって言ってるし、これからどうするのかしらね、あの子。恭子さん、大丈夫? 驚いてない?」
 と、おかあさんは言った。彼やおとうさんには聞かれないよう、こっそりと言った。彼がバンドを抜けたことで、わたしが彼と別れるかもしれない、そう思ったようだった。
 無鉄砲が許されるような歳ではないはずの彼の突然の決断に、おかあさんは混乱して、ショックを受けていたようだった。息子の未来の道しるべが突然消えてしまったような気がしたのかもしれない。
 わたしは、別になんとも思っていなかった。何をしていようと、どんな職業であろうと、彼の本質さえ変わらなければ恋愛を続ける上でなんら問題はなかった。
 「本当に自分のやりたいことをやるんだったら、確かにひとりのほうがいいんだと思います」
わたしも、「もの」を作ってるからそう思うのかも知れないですけど、とわたしは付け足した。
 まるで客観的な意見だった。
 十年近く積み上げてきた過去を捨ててまた一からやり直す決意をした彼を、わたしは恋人としてでも将来を共にする人としてでもなく、同じ「ものを作る人」として見ていたのだった。
 わたしの言葉を聞いて、おかあさんは一瞬言葉に詰まった。
 そして、ちょっとだけ涙をこぼした。
 おとうさんも彼も気づいていなかった。わたしも気づいていないふりをした。
 おかあさんはみんなから見えない方向に顔を向けて、そして、
 「うん」
 と小さく頷いた。
 ただそれだけの話だ。
 それから一年ほどがたって、わたしと彼は別れた。
 彼女を「おかあさん」と呼ぶことは、もうない。


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