はじめはぎょっとした。
 そしてそれが彼女の病気なのだと気づいて、ゆっくりと悲しい気持ちになった。
 もう二十一時を回っていた。
 駅前のコンビニエンスストアの中で、彼女は手掴みで何か揚げ物を食べていた。だいたい一つを二口か三口で噛まずに飲み込んだ。売り物を食べているのかと一瞬思ったが、そうではなく、手にしているお惣菜やさんのビニール袋の中に手を突っ込み、がさがさと音をさせながらコロッケやメンチカツをほおばっていた。一体幾つの揚げ物が入っているのか、ビニール袋は大きく膨れていた。
 彼女はそうしてせわしなく口を動かしながら、もう一方の手でかごにおにぎりを放り込んでいた。選んではいなかった。おにぎりでさえあればなんの味でも良いようだった。片手で掴めるだけ掴み、投げ落とすみたいにかごの中に入れた。かごの中には、三十個ほどのおにぎりが投げ込まれた。
 最初は、何かの差し入れかな、と思った。
 たとえば映画やなんかの撮影では、夜食にっておにぎりを差し入れすることは珍しくもない。でも違うって分かったのは、彼女がそのかごに、五百ミリリットルのペットボトル烏龍茶をひとつだけ入れたからだ。
 彼女はおにぎりを、ひとりで食べるつもりなんだ。
 過食症、という言葉が頭をよぎる。
 彼女の体を見やる。コートの上からでも分かる、細い細い体だった。首に筋が浮いていた。三十数個のおにぎりを、彼女はすべて食べ、そしてきっとすぐにすべて吐く。
 レジ前に立ってもまだメンチカツを齧り続けている彼女を見つめる。きっと、家に帰るまでもたないくらい、彼女は苦しかったんだ。何かを口にしなければ倒れてしまいそうな感情に支配されてしまっているのだ。
 体を一杯にすることでしか埋められない心の空白を持つ、という彼女の悲しい病気。
 彼女の顔は笑っていなかった。怒ってもいなかった。悲しそうでも苦しそうでもせつなそうでもなかった。ただ、無表情にメンチカツを齧り続けた。
 大きなビニール袋を両手に抱え、それでも口をもぐもぐと動かしながら彼女はコンビニエンスストアを出た。細い小さな背中だった。
 「今日も来たな」
 「俺、スタンバイして待ってましたよ。今日もすごいんだろうなって思って」
 バイトの男の子たちが、彼女の背中を見送り笑いながら噂話する声が聞こえた。
 なんとなく何も買えないまま、わたしはコンビニを出た。もともと特に必要なものもなく、なんとなく入っただけだった。なんとなく何も欲しくなくなっていた。
 そうして、なんとなく彼女のからっぽのことを、思った。


編集部よりお知らせ
このWebマガジンの連載「愛の病」をまとめたエッセイ集『幸福病』(幻冬舎文庫)が好評発売中です! 前回の『愛の病』より時間を経て、カバーも内容も少し大人な感じになったのではと思っております! みなさん是非、御一読ください。




からっぽ狗飼恭子オフィシャルブログ