今年母が還暦を迎えるので、旅行にでも連れて行ってあげようと思いつく。

 親不孝をした数や質だったらかなりの自信があるのだが、親孝行はしたためしがない。

 基本的に個人主義のわたしはまるで一人で生まれて一人で育ったみたいな顔で、自分勝手に生きてきた。東京に出てもう十数年だが、電車で一時間半ほどの距離の実家には年に一、二度しか帰っていない。親を泣くほど心配させることの多くが「恋愛問題」だったりするのも、どんなものだろうかと自分で思う。反省はしないが。

 というわけで、母親と旅行な訳である。

 昨今の女性誌には、よく「母娘二人旅」なぞの記事が取り上げられている。

 姉妹に間違われそうな若い母と、客室乗務員か社長秘書かアナウンサーでもやっていそうな美人の、しかし割りといい年の娘が、ニースとかモナコとかに行って夕日を見ながらクルーズしたりワインを飲んだりするのだ。

 そんな浮世離れしたことも、今のわたしなら母にさせて上げられる。格安ツアーではあろうけれど。

 母にその話をしたら、それはそれは喜んだ。しかし、母は基本的に遠くへの旅行をあまり好まないのである。子供の頃家族旅行をしては、家に付いた瞬間に「やっぱり我が家が一番」と言うのを何度も聞いた。わたしと違って、長いことじっとしているのが好きではない人なので、十数時間飛行機に閉じ込められるのは真っ平だと言う。

 「ヨーロッパでもどこでもいいよ。地中海とか」

 というわたしの申し出に、

 「北海道は? 石垣島は?」

 などと言い出す。わたしもやりがいがない。

 わたしのやりがいと母の耐えられる飛行距離を考慮し、行き先は中国にすることに決まった。旅行時期も決め、あとは申し込むだけである。

 と、そのときに気づいた。

 わたしのパスポートの在処が分からない。

 春に引越しをしたときにどこかにしまい込み、そのままどこか行方知れずなのである。

 出発日まで、あと十日である。慌てて探したが、手がかり一つ見つからない。もう、国外の旅行は申し込み不可となった。国内ですら、北海道も沖縄も、申し込み締め切りは十四日前と言われた。

 というわけで、結局わたしと母の二人旅は、長崎になったのだった。

 やはりわたしには、親孝行が上手くできそうもない。


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