わたしは、人にひかれるくらいの方向音痴である。

 地図が読めない、とかのレベルではないし、「わたしもそうなの」という人の倍は方向音痴だと思う。

 どこかへ向かう途中でお店に入って、お店から出たらもうどっちから来たか分からなくなる。初めて言った場所ならまだ分かるけれど、何度も訪れている場所でもそうなるのだ。

 どこかへ出かける際は、一生懸命下調べして住所と地図、電話番号を書き写す。東京は電信柱に番地がかかれているところが多いので、近くまではいける。そこからは人に尋ねる。おかげで人にものを聞くのがまったく恥ずかしくなくなった。だいたい、どの人に尋ねれば親切に教えてくれるか、地元の人かどうか、などの識別能力も高くなった。それでも駄目なら電話をかける。携帯電話の発達により助かったのは、なにより方向音痴の人ではなかろうか。

 今住んでいる場所は駅から一本道なので大丈夫だが、以前は自分の家に帰れなくなって困ったことが何度もあった。雨が降ったりしたらもう駄目だ。いつも見ているはずの街並みの色が変わってしまうし、物理的に傘のせいで視界が狭まるし、それになりより匂いが消えてしまう。雨の中、方向感覚を失ってどうしていいのか途方に暮れてしまうのだ。

 そんなある日、ふと、わたしはどうやら無意識に左へ曲がる癖があるのだ、ということに気づいた。

 たいていの場合わたしは考えごとをしながら道を歩いているのだが(道に迷う理由の七割はこれであることは分かっている)、ぼんやりとしているとき、曲がり角があるたび左へ左へと折れていくのである。左に何があるのか? 分からない。わたしが聞きたい。ちなみにわたしは手も足も右利きである。思想は右でも左でもない。

 左に曲がる理由は分からないままだけれど、ああだから道に迷うのか、と納得した瞬間であった。

 しかし無意識下の行動なので、たぶんこれから先もわたしは左へ左へと曲がり続け、道に迷い続けるのだろう。

 どこまでも左へ曲がり続けたらどこにつくのだろう。本能が呼ばれてるってことだから、辿りつくそこはわたしにとっての桃源郷なんじゃあるまいか、なんてことをぼんやり考えながら、わたしは今日も道に迷うのだ。


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