人って死んじゃうんだなあと思った。
簡単に呆気なく、死んじゃうんだなあと思った。
いや、簡単にではない。呆気なくもきっと無かっただろう。
でも大抵において、たとえば親族や恋人や特別の親友でもない限り、人の死はいつだって突然の訃報によってもたらされる。
彼とは、わたしが作家としてデビューしたばかりの頃に出逢った。「面白かったから」ただそれだけの理由でわたしに会いたいと言ってくれた。一緒に仕事をしたことは少ししかないから「仕事仲間」とは言えないし、「友達」というには年が離れすぎていた。けれど彼はわたしを人に紹介するとき、「友達」と、言った。
わたしたちは「友達」として、ただ年に数回、一緒にご飯を食べた。年の始まりや終わりを大切にする人で、新年会か忘年会は、出逢ってからのこの十年、必ずした。
そんなつもりはきっと無かっただろうけれど、わたしは彼を恩人だと思っていた。
具体的な「してもらったこと」よりも、たくさんご飯を一緒に食べてくれたということでの恩人。わたしは、彼とご飯を食べるときにいつも、自分は世界と繋がっているのだと思えた。
最期に会ったのも年の終わりの頃だった。「お腹が空いたー」と油断しきって家にいるみたいな表情で呟いたわたしに、「そういう顔をするな、俺はお前の父さんじゃないんだぞ」って笑って言った。
ああ、あれが最期だったのか。
こんなふうに、ひとはひとに、会えなくなるのか。
まだ、悲しみよりもよく分からない感情の中にいる。
もっときちんと向き合えば良かった。
一緒に何か作りたかった。
もっと書いて、もっと読んでもらえば良かった。
もっと電話すれば良かった
もっと頑張れば良かった。
もっと関われば良かった。
関わりたかった。
この先、彼のような人に出逢えることはきっとない。彼に逢えることも、もうないのだ。
たくさんの悔やみは、一生消化されぬままなのだろう。
恋だの愛だのとはずいぶん遠くにあった人だった。でも、いつかの帰りのタクシーで、彼の手がとても近くにあったことを思い出す。
一度で良いから彼の手を握れば良かったと、今はただそれを悔やんでいる。
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