友達の弟と、旅をしたことがある。
 友達の弟は背が高くてお洒落でモデルをやっていて、クラブとか合コンとかテキーラ一気飲みやなんかが好きで、下着みたいなキャミソールワンピースを着ている女の子たちをいつも数人連れているような男の子だった。
 つまり、わたしとはほぼ正反対だった。
 彼のお姉さんである女友達とわたしとは、気があったので何度も一緒に旅をした。その旅に、ときどき友達の弟はついてきた。いやむしろ、姉弟の旅にわたしがついていっていた、というほうが正しいのだけれど。友達はいつも急にわたしを旅に誘ったので、大抵飛行場だの新幹線乗り場だので、彼の弟も一緒なのだとわたしは知るのだった。
 そのとき旅をしたのは、南のほうの島だった。
 周りには海しかなくて、だからずっと海の傍にいた。
 まだ泳げる季節ではなかったから、舟に乗ったり、波の音を聞いたり、海の傍を散歩したりした。彼らとの旅を重ねても喧嘩ひとつしたことがなかったのは、わたしも彼らも同じように個人主義者で、常に一緒にいることを強制し合わなかったからだろう。
 そのときも、わたしは一人で海辺を散歩していた。同室に泊まっていた友達はまだ眠っていたから、朝の散歩だったのだと思う。裸足になって波打ち際をひたひたと歩いていた。
 すると、数メートル先に友達の弟がいるのが見えた。弟は、わたしのほうを見た。少し困ったような顔をしていた。助けを求められているような、そんな気がした。
 なんだろう。
 わたしは彼と二人だけで話したことがほとんどなかったので、少し緊張しながら彼に近寄った。すると、彼の足元の砂浜に、半透明の物体が波に濡れてあるのが見えた。
 くらげだった
 砂浜に打ち上げられてしまったのだろう。ぐったりと体を横たわらせていた。生きているのか死んでいるのか、わたしには分からなかった。
 太陽が、少しずつ強くなり始めていた。このままでは、くらげはからからに乾いてしまうだろう。
「海に戻したほうが良いと思う?」
 友達の弟が言った。
 わたしは、うん、とうなずいた。
 友達の弟は、手に持っていた木の棒でくらげをつついた。びくともしなかった。もう一本棒を使って、箸みたいに棒で挟んで波の中に戻そうとした。あんまり上手く行かなかった。くらげはぐったりとしていたし、柔らかすぎてぐにゃぐにゃで上手く掴めなかった。
 どうにかこうにか海に戻したけれど、くらげは泳がなかった。そのまま、ふにゃふにゃと波に呑まれてあっというまに遠くへ流れていった。死んでしまったのかも知れないな、と思った。彼もそう思ったのだろう。
「そのままにしておいたほうが良かったかな」
 友達の弟は言った。はじめて聞く、不安な声だった。
「それはないよ」
 わたしは強い声で答えた。だってもしわたしがくらげだとしたら。太陽に焼けてひからびるより、海の中に戻りたい、たとえ死んでしまったあとでも。そう思った。
 わたしの強い声に、
「そっか、良かった」
 と、友達の弟は小さく言った。
 わたしたちはそのあと少しだけ波を眺めて、何もなかったようにその場を離れた。
 ただそれだけの記憶。



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