夜、自転車で信号を待っていたら、知らない人に突然後ろから「ビッチ!」とののしられた。
 知らない人だから、わたしがビッチかどうかも知らないはずである。それなのに、何故? 驚きながら、わたしは彼を見た。彼はわたしの真横に来ると、片言の日本語をまくしたてた。外国の人だった。彼はわたしが自転車のライトをつけていないと思ったらしく、それを怒っていたのだった。
「法律違反! 法律違反!」
 と、彼は叫び続けていた。
 しかし、わたしはライトをつけていた。
 わたしの自転車のライトは電池式ではなく、漕ぐことによってタイヤとの摩擦でライトが付くタイプのものである。停まっていたため、消えていただけなのだ。
 わたしはそう冷静に説明した。すると彼はさらに興奮度をあげ、今度はわたしの前に停まっていた自転車の男の人をののしり始めた。
「あなたはライトついてない! 法律違反!」
 たしかに、男の人の自転車にはライトが付いていなかった。法律違反ではなく交通違反だが、そんなことを指摘するような余裕はなかった。
 夜中の十二時を過ぎていた。
 知らない人は、わたしの前にいた男の人に向かって、英語で、何種類もの猛烈な差別用語を繰り返した。英語はあんまり分からないけれど、でも何を言われているかは分かった。「×××(自主規制)くらい分かるんだよバカヤロウ」という、たけし映画の名台詞を本当に使う日が来るなんて思いもしなかった。使わなかったけれど。
 騒ぎを聞きつけた警察官が、わたしたちのほうへ近づいてきた。
 どうやら口の悪いその男は酔っぱらっていたらしい。今度は警察官に暴言を吐き始めた。警察官はわたしと前に停まっていた男の人に「さっさと行きなさい」と言い残し、酔っぱらった男を交番へ連れて行った。
 釈然としない気持ちのまま、わたしは自転車を漕ぎ始めた。
 日本人蔑視の言葉に出会うのは、はじめてじゃなかった。
 外国を一人旅していると、ときどきそういう言葉を使う人に会う。そんなとき、わたしは怒ることにしている。しかし日本では、わたしは怒れなかった。かわりに傷ついている自分がいた。知らない人に見当違いの悪意をぶつけられたくらいでこんなに弱るなんて、駄目だなあ自分、とまたさらにダメージを受けた。
 知らない人の悪意の言葉を頭の中でこだまさせながら、自転車を漕いで家に帰った。もちろん自転車のライトはつけていた。信号も守ったし、なるべく安全運転を心がけた。
 わたしはそれ以来、自転車のライトを必ずつけている。
 それまでだってなるべくつけていたけれど、忘れて走ってしまう日もあった。でも、今は絶対に忘れない。つけないで走ると、あの知らない人の顔がちらつくのだ。
 そのおかげで、いつかわたしは交通事故を免れ命拾いする日が来るかも知れない。
 そう思えば、あの知らない人の悪意に、感謝してもいいような気がする。



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