ものすごい美人の年上の知人が、ある日突然髪を切った。
 肩よりも長いストレートの黒髪ロングから、耳より上のおかっぱに。しかもアニメキャラみたいな見事な金髪に染めていた。
 なんで髪を切ったの、思わずそう尋ねた人に、彼女はこう答えた。
「なんかねえ、もてるとかもてないとかそういうの、もういいなあと思って」
 たしかに黒髪ロングの彼女の美貌はすさまじく、女のわたしですらくらくらきていたのだから、男の人なんかいちころだったのだろう。
 やっぱり美人は違うなあ、と眺めていたわたしの視線に気づいた彼女は、慌てて手を顔の前で振り、
「いや、別にものすごいもてていたとかそういう訳じゃないけどね」
 と、困ったように笑ったのだった。
 そのときのわたしには、それはただの謙遜に聞こえていた。彼女が本当に言いたかったことを、まったく理解できていなかったのだ。
 が、髪を切った今、ようやく分かった。
 いや、わたしだってものすごいもてているとかそういう訳じゃない。もてる、もてないの話ではなく、男の人というのはたぶん髪の長い女の人に優しくする、という指令が細胞レベルで染みわたっているのだと思う。
 女友達が、兄弟同然で育ったアメリカ人の男の子とでかけるときに、着物を着て行ったのだそうだ。すると彼は突然ジェントルマンになって、ドアを開けてくれたり荷物を持ったり歩道側を歩かせてくれたりしたという。女性扱いなんかそれまでされたことなかったから、変な感じだった。ま、次に洋服着て会ったらまた男扱いだったけどね、彼女はそう言って笑った。
 つまりそういうこと。「着物を着ている女の人」や「音大出身者」や「妊婦さん」や「未亡人」や「おばあさん」のように、男の人は脊髄反射的に、黒髪ロングの女の人に優しくする、という習性があるのだ、きっと。胸が大きい人がいると思わず谷間を見る、とか、そういうのと同じように。
 顔かたち関係なく。年齢関係なく。好意があるなしも関係なく。それは、ただ女が女であり、男ではないから、という理由で。
 男の人に優しくされるのは、もちろん嬉しい。でもなんだかそういうの、もういいや、と思った彼女の気持ちが、なんとうなく理解できる。
「女」として見られることは、結構疲れる。ということを、特別な美人だった彼女は、きっと随分前から知っていた。特別な美人ではないわたしは、年齢を重ねてようやく知った。
 心穏やかに生きるということ。
 子供を産むと髪を切る人が多い理由は、別に髪の手入れが大変だから、だけじゃあないのかもしれない。



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