先天性全盲の人には、色の概念がないのだそうだ。
「色がないのってどんな感じ? って聞かれても分からないんです。元々色を知らないんだから」
 と、目の前の彼は穏やかに微笑みを浮かべながら言った。サングラスをしているから目の形は見えなかった。先天性全盲とは、生まれつき目の見えない人のことをいう。
 彼は、メロンソーダを飲んでいた。嘘みたいに鮮やかな緑色の飲み物。合成着色料によって色付けられた、メロンじゃない色の炭酸水。
 彼は、眠っているとき夢を見るのだそうだ。夢を「見る」というのも、よく考えると不思議な表現だ。眠っているとき、目は閉じられているのだから。
「どんな夢を見るの? 白黒?」
「だから、色はないんだよ。普通です。普通に、匂いとか気配とか雰囲気とかがあって、起きているときと同じような感じ」
 彼は普通、という言葉を何度か繰り返した。彼の普通は、わたしの普通ではないのだなあ、そう思いながら彼の傍らのメロンソーダを見る。彼はソーダの中の炭酸の泡がどんなふうにはじけるのかを、知らないのだな、とぼんやり思う。
 人間は、普段「見て」いるのと同じような世界を、夢の中でも「見て」いる、ということだろうか。
 なるほどなあ、と納得しかかって、ふとおかしなことに気づく。
 わたしの夢は、いつも平面なのだ。
 平面。
 そう、ちょうど映画のスクリーンを見ている感じだ。
 わたしがそのスクリーンの中に登場するときもあるし、しないときもある。しない場合は、まったくわたしと関係ない物語だったりもする。わたしの視点で進む場合もあるけれど、それだって平面の、いわば二次元の世界だ。
 わたしは、三次元の世界で生きているはずである。なのに、どうして見る夢は二次元なのだろう?
 もしかしたらわたしは、世界を二次元で捉えているのではなかろうか?
 そういえばある漫画家さんが、物語を作るときは世界を俯瞰で見る、と言っていた。たとえば手塚治虫の漫画のコマ割りは、世界を上から見たり横から見たりかと言えば下から見たり、非常に自由だ。タランティーノの映画なんかも分かりやすいかも知れない。つまり才能溢れる表現人はみな世界を三次元で捉えているのではなかろうか。
 そう考えて、ちょっとがっかりしかけたのだけれど、ふと気づく。
 たぶん世界を何次元で捉えているか、つまり見えている世界によって、向いている表現方法が違うのだ。
 世界を三次元で捉える人は映画監督、漫画家、彫刻家みたいな表現の仕方が。
 二次元で捉える人は作家や絵描き。
 0次元、一次元の人は、音楽家や調香師。実際、先天性全盲の彼は、音楽を作る人だった。
 どんな夢を見るかで、世界の捉え方が分かる。
 これは、もしかしたら大発見かも知れない。



 3Dの映画より2Dの映画の方が、よほど想像力を掻きたてる。少なくともわたしにとってはそうだ。そして、舞台よりも小説の方が遠くまで連れて行ってくれることもあるだろう。
 先天性全盲の彼だって、表現豊かな人だ。彼の世界が何次元なのか、わたしには分からないけれど。



編集部よりお知らせ
このWebマガジンの連載をまとめたエッセイ集『愛の病』『幸福病』(幻冬舎文庫)『ロビンソン病』(幻冬舎文庫)が好評発売中です! 是非、御一読ください。




世界の見方狗飼恭子オフィシャルブログ