フィンランドに行って一番驚いたのは、すべての人が英語を話す、ということだ。

 首都であるヘルシンキだけでなく、ヘルシンキから新幹線的な乗り物で二時間ほど離れた場所にあるタンペレという工業の町も、船で二十分ほどの世界文化遺産であるスオリンメンナ島でも、誰に話しかけてもみな英語を話した。

 わたしはものすごく方向音痴で地図が読めないので、外国に行くたびにかなり多くの人に話しかける。そして、どうしてか知らない人に話しかけられる率が異常に高いという性質を持っているので(日本国内でも)、とても多くの人、とくに観光業ではない人とよく話すことになる。わたしの英語は中学生レベルなのだが。

 フィンランドの言語はスオミ語だ。

 それなのに、中学生から六十代の白髪のご婦人まで、みな、分かりやすい英語を話してくれた。腕に大きな入れ墨のある酔っぱらったおじさんとなぜだか小一時間お喋りしたのだけれど、彼もろれつの回らない舌で英語を話していた。

 彼らが親切な国民性を持った人々である、ということも一因だろうけれど、それ以上に、世界でもっとも教育水準が高いと言われるフィンランドだからこそのことなのだろう。

 他のヨーロッパでは、こうはいかなかった。

 フランスやチェコやポーランドで道を尋ねるときは、まず、「あなたは英語が話せますか?」と聞かなければならなかった(そして多くの人にNOと言われる)。

 スペインのとある美術館には英語のイヤホンガイドがなかったし(中国語はあったのに)、学芸員さんに、

 「お喋りしようよ。きみは何語が話せるんだい? フランス語? ドイツ語? スペイン語?」

 と尋ねられ、英語なら少し、と答えると、

 「僕は英語駄目」

 と、肩をすくめられたこともあった。ピカソが置いてあるような美術館なのに。スペインとイギリスの仲があまり良くないせいかもしれないけれど。

 フィンランドでは、言葉で困ることはなかった。わたしの語学力が足りない以外で。

 しかも、みなさんもともと話せるわけではなく、わたしたちと同じようにお勉強をして覚えた英語だから、

 「わたしはこう思います。なぜなら」

 という、中学校で日本人が習うのと同じような英語を話してくれる。外国旅行をしていて「ビコーズ」という単語を聞いたのははじめてかもしれない。

 フィンランド人は真面目で親切で寡黙だ、と言われている。そこも、日本人とちょっと似てる。

 優しい彼らにわたしは毎日何十回も道を尋ね、みなにこりと笑って答えてくれた。

 しかし英語が通じるおかげで、スオミ語は、ありがとう、こんにちは、またね、くらいしか覚えられなかった。

 それぞれ、「キートス」「モイ」「モイモイ」。

 スオミ語、なんだか可愛らしい。もっと覚えれば良かった。それが少し残念だ。



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