ヘルシンキでは、とてもよく路面電車に乗った。
 トラムと呼ばれるそれは、ヘルシンキの街のほぼすべてを網羅し、どこへでも行くことができた。旅行者用の乗り放題の券を買って、ちょっと疲れたらトラムに乗って動く景色を眺めて休んだ。
 ヘルシンキ滞在六日目、主な観光地はほぼ見回ってしまったので、遊園地へ行くことにした。外国の遊園地やら動物園に行くと、その国の人たちの笑った顔や休息した顔を見ることができるから、なんだか得した気分になれるのだ。トラムに乗れば、ホテル近くの駅から遊園地前まで一本で行ける。
 遊園地は郊外にあった。ガイドブックに寄れば、一時間ちょっとかかる予定。
 わたしはトラムの一番後ろの車両に乗った。他の車両はそこそこ混んでいるのに、最後尾だけはがらがらだった。なぜだろう、と一瞬不安になったけれど、気にするのをやめた。海外一人旅を数回経験して思うのは、なぜだろう、と思ったらそれは危機回避能力が発動しているから、なのだ。不安は無視しないこと、が安全に旅をする極意。なのに、フィンランドがあまりに快適で安全な街だったので、油断してしまっていた。今考えてみれば、最後尾はトラムの車掌の目が届かない場所だから、空いていたんじゃないかと思う。
 通路を挟んで二つずつ座席があり、一番後ろだけ一列の長い椅子があった。日本のバスと同じだ。わたしはその一番後ろの椅子に贅沢に座った。
 繁華街を抜け、郊外へ近づいていった。窓の外の景色も変化し、都会的なものからだんだんと遠ざかっていった。工場や、灰色のアパートや、空き地なんかが見え始めた。
 ヘルシンキ中心部はとても洗練されて美しかったけれど、やっぱり生活感のある場所だってあるんだよなあ、なんて当たり前のことを考えながら窓の外を眺めていた。
 と、その車両に一人の男性が乗ってきた。
 体が大きく、肉付きも良く、灰色の髭を生やしていた。髪も肩まであって、ぼさぼさだった。年齢は、五十代前半くらいだろうか。着ているジーンズ生地の上着は肩の所で切られ、筋肉と贅肉で盛り上がった二の腕が伸びていた。カウリスマキの映画に出てくる、昼間っから安いバーで濃い酒を飲んでいるゴロツキ、そのままだった。(カウリスマキの映画では、大抵主人公がそのゴロツキに絡まれ殴られることになる)
 男は、まっすぐに一番後ろの席へ歩いて来ると、わたしの隣に座った。車両はがらがらなのに、だ。
 近くに座るとすぐに分かった。男は酒を飲んでいる。ものすごく強いお酒の匂いが漂ってきて、匂いだけで酔いそうだった。まだ午前中なのに。
 最後尾の車両には、いつのまにかわたしとその男しかいなくなっていた。
 切りっぱなしの袖から伸びる男の二の腕は、わたしの腕の二倍くらいある。
 これはちょっと危険な状態ではなかろうか、とわたしは思った。



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フィンランド雑記 [2] カウリスマキ的ゴロツキ氏 -1狗飼恭子オフィシャルブログ