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ヘアサロンで篠さん(女性フォトグラファーのグルメ友達)に遭遇。っていうか、私が確信犯的に予約を合わせたのだ。そろそろ髪を切りたいな、と先のヘアサロンに電話をした際、月曜日なら篠さんが入っていると教えてもらったので、内緒にしといて、隣り合わせで切ってもらったら面白いかなと。 ガラス張りの外観の、窓側に面したヘアサロン用の椅子に、彼女は無防備な感じで座っていた。まぁ、てるてる坊主のように首から下をクロスで覆われているのだから無理もない話だけれど。それにしても窓越しにニタニタ笑っている無気味な私には、一向に気づきそうもない。 ガラス扉を押して店内へ顔を出すと、彼女はようやく「あら、やだ」と声を発し、「あら、やだ」はひどいんじゃないと言いながら私が隣の椅子に腰かけ、どうやらこのまま居座る気だと察すると、「な、なんで!?」を繰り返すのだった。襟足の方の毛をそろえられているので、顎を引いたままの姿勢で上目遣いに。 事態が腑に落ちると、「こないだの私の撮影の前には、髪を切ってきてくれなかったじゃない」とひとしきり愚痴をこぼし、それからポツリと言うのだった。 「それはそうと、今日、塔子ちゃんお誕生日でしょう、おめでとう」 「えっ、篠さん覚えててくれたの!?」 「っていうか、そう言えばここでシャンパンが抜かれるかと思って」 髪を切ってくれているあさこさんと瞬間目が合い、苦笑する。こういう照れの隠し方みたいなものが、篠さんは本当に彼に似ている。 その後もとりとめのない話を続け、先に仕上がった篠さんは「じゃあまたね」と、扉を鳴らして店を出て行った。 それから小一時間ぐらい経った頃だろうか、「チン」と扉が開いた音に顔を上げると、目の前の鏡に、さっき出て行ったはずの篠さんの姿が映っていた。 「どうしたの!? 忘れ物?」 そう口にした途端、篠さんが手にしているものに気がついた。シャンパンのボトルだった。 「今日ここで会ったのも、なにかのご縁だと思って……」 「そんなつもりじゃなかったのにっ」 「事前に教えといてくれれば、もっと準備できたんだけど……」 そう口ごもると、「じゃあ一緒に飲んでいこうよ」と言う私を制して彼女は再び店を出て行った。 “ポル・ロジェ”の「ブリュット・レゼルヴNV」。篠さんがヘアサロンを出たその足で極寒のパリの街中を走って買ってきてくれたシャンパンは、かつて二人で取材に行ったこともある、懐かしいエペルネのメゾンのものだった。 そのシャンパンボトルを胸に抱えて家路を急ぐ途中、携帯にメールが入る。ノリノリ(お向かいに住む関西人マダム)からだった。 「お誕生日おめでとうさん! よければシャンパン乾杯しようか?」 電話をかけてみると、例のごとく今夜の我が家の献立てを聞いてくる。かなり言いづらかったけれど、私は正直に答えた。 「……カレーなんだよね。誕生日にカレーかいって感じだけど、ノエルやらなんやらでフォアグラだ、イベリコハムだって食べ続けてたから、なんだか無性にカレーみたいなものが食べたくって……」 「わかった。じゃあそれ持ってウチに来なさい。私はなにか炒め物でも用意しておくから」 ノリノリの誘い文句に、私は弱い。あらかじめ私の誕生日の心づもりをしておいてくれたのかもしれないけれど、表向きはあくまで「よければ」という枕詞をつけ加えてくれる居心地の良さに私は甘え続けている。すでに予定があるならばなんだけど、暇してるのならシャンパンで乾杯しようという、人に気を遣わせないような絶妙な誘い文句。篠さんのシャンパンのプレゼントといい、ノリノリの声の掛けてくれ方といい、私は年上の粋な女友達に本当に恵まれていると思う。 “スープの冷めない距離”そのままに、私は煮込んだカレーの鍋を持って、子供たちと通りを渡った。ノリノリの家の隣に店を構えているアラブ人経営の食材屋さんのおじさんが鍋を持った私の姿を認めると、すくって食べるようなジェスチャーをする。このおじさんには、こうしてホカホカと湯気の立つ鍋やお盆が行き来するのを何度目撃されていることだろう。
夜中には、ショコラとカスタードクリームを挟み込んだ特製パネトーニとシャンパンを持って、仕事帰りの彼が合流した。乾杯!! 彼がこうして仕事に打ち込めるのも、私の周りにこんなに愛情深い人たちがいるお蔭でもあるのだと、隣に見る横顔が語っているように思えた。 結局2時過ぎまでそこで飲んでいただろうか。寝入ってしまった子供たちを抱えて再び通りを渡るまでのこのひとときが、私にはなににも代えられない、かけがえのないものになっている。 |
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息子とキャッチボールをしたことのない彼。一番休息が取りやすい日曜日ですら、丸一日家族と一緒にいられることはなく、必ずラボ(工場)に顔を出しに行くので、家族サービスを強いたりはしない。が、その代わり(?)日曜日に子供たちをラボに連れて行き、お菓子を作らせてくれることがある。 とは言え、メールをチェックしたり、事務仕事をする彼が、お菓子作りに挑戦する子供たちとずっと向き合っていられるわけがなく、日曜日までラボに出て、お菓子を作ってくれているお兄さんたちに面倒を見てもらうことになる。そんなお兄ちゃんたちに、娘は彼似(たぶん)の毒舌ぶりを発揮するらしい。 「おかちゃんも“グッキー”だね」 ……。本当に申し訳ない。そんな娘を相手に、最後まで面倒を見てくれて、感謝です。
90%以上がラボのお兄ちゃんたちの手によるものだろうから、出来上がってきたフルーツタルトは、それはそれは美しく、お味も絶品なのでした。店の名刺カードをのせれば、まるで商品みたい!? | |||
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まほちゃん(週に2回は顔を合わすバイヤーの友人)のお誘いで、レストラン“TOYO”へ。まだ開店して間もないこのお店は、まほちゃんの10年来の友人の中山豊光さんがシェフを務めている。 中山さんの話は、まほちゃんから何度か聞いたことがあった。あの“KENZO”さんのお抱えシェフで、ケンゾーさんの大豪邸に住み込みで働かれていたこと、そんな彼がケンゾーさんの後押しもあって、ついにご自分の店を開店されたこと、とびっきり繊細で美味しい料理を作ることetc……。なんでも、中山さんの奥さまの陽子さんはまほちゃんのこれまた旧知の友人で、しかも陽子さんを中山さんに引き合わせたのはまほちゃん本人であることから、まほちゃんの「お寿司握りに来て!!」だの閉店間際に駆け込んで「なにか食べさせて」といったわがままは、かなりの確率で受け入れてもらえるらしい。 ここに来るまでに、じつは一度ニアミスがあった。先月、まほちゃんの家での中山さんによる“手巻き寿司”パーティに呼んでもらっていたのに、私が車のキーを紛失するというありえないハプニングで、その料理を拝みそこなってしまったのだった。
4、5席あるテーブル席を横切って、カウンター席へ進む。まほちゃんがひとりでもランチを摂りにくる席だ。まほちゃんにはひとりランチをする習慣があるわけでも、ましてや日本の「おひとりさま」ブームを知る由もないのだけれど、この店ではそれを決め込めるのには、ただただ彼女と中山さんとの関係性があるのだろう。 席に腰を下ろしても、でもその二人はろくに挨拶も交わさない。むしろ、サービスをされている陽子さんがにこやかに応対してくれる。35ユーロと45ユーロのランチメニューが書かれたメニューがさりげなくカウンターに置かれる。まほちゃんのお勧めもあって、三種類あるメインを各自で選んで、あとはお任せにした。 「あいつ、てんぱってるから、カウンターに座ってても、話もしないからね」 そう毒づくまほちゃんだけど、その表情にはなにかの情が宿っている。友情、敬愛……。この年になるまで続いている男友達って、本当にいいものなんだろうと思う。十数年前、フランスに渡ってパリはシャンゼリゼ界隈で意気揚々とひとり暮らしを始めたまほちゃんは、半年もすると貯金を使い果たし、すごすごとパリ郊外へ居を移したのだそうだ。その引っ越し先のすぐそばの、「人なんか住んでなさそうな、家の中に草が生えている家」から顔を出したのが、中山さんだった。 「タイミングを逃しまくって運のないやつなのよ」 「でも、こうして開店までこぎつけたじゃない」 「なんとなく流れに乗ってここまで辿り着けるような人の、あいつは何千倍も努力してる」 まほちゃんの話を聞きながら、なんとなくそれもわかるような気がした。無愛想というのではなく、かつ余裕がなくて“てんぱっている”というのでもなくて、ただ真摯に自分の仕事と向き合っているという誠実さが、その寡黙な背中から滲み出ていた。流麗な手さばきとは対照的に、人あしらいや生き方は不器用なのかもしれない。でも、そういう中山さんだからこそ、ケンゾーさんにここまで大事にされ、まほちゃんの“毒づき”という愛を得ているのだろう。
続いての前菜は、“turbot”(ターボット:ヨーロッパ産のカレイの一種)のマリネ。品良く盛られた二種の昆布の葉をかき分けると、ボッタルガのスライスもお目見えする。思わず箸を取ろうとする私をまほちゃんが止める。中山クンの料理はあくまでフレンチなのだから、ナイフとフォークで食べてあげて、と。なるほど、カトラリーと箸の両方がセッティングされているから、日本人としてはついつい箸を使いたくなるけれど、ここは“TOYO”のコンセプトを尊重しなければ……。 ボッタルガにはディルの風味がかすかに利いていて、これがターボットのはかないお味と絶妙に溶け合う。強いてたとえれば、遺伝子の組み合わせが抜群にうまくいったハーフの美女、といったところだろうか。
魚介に合う絶品タルタルソース、我が家にも一瓶欲しいっす。 かなりの品数が出て、充実度は100%なのに、胃は絶好調。なにせ私はメインに“カレー”というヘビーなものを選んでいるしね。このカレーはもうすでに食べたことのあるまほちゃんが勧めてくれたもの。イカとナスのフリット入りカレーで、カツカレーのヘビー度と並ぶ。でも、これがツルッといけちゃうんですね。ナスもイカもスプーンで切れるほどやわらかく、カレー粉とのマリアージュもパーフェクト。重すぎず、でもたっぷりコクが利いている。あっという間に完食。
いつの間にか、カウンターからケンゾーさんの姿が消えている。あれはホタテをつついている頃だったと思うのだけれど、後ろにオーラを感じ、振り返ると赤いタータンチェックのパンツがお似合いのケンゾーさんがいらっしゃった。そのままやはりカウンターに腰を落ち着けるケンゾーさんに、お昼は毎日食べに来るという噂は本当だったのだと妙に感動していたのだけれど……。夢中になって食べているうちに、いつお帰りになったかも気づかなかった。中山さんとの間に、目を引くようなやりとりがなかったこともある。このさりげなさ、距離感も心地いい。
また一店、素敵な店を知ってしまった。料理と、なにより中山さんの人柄に癒される“TOYO”には、ケンゾーさんのようにさりげない常連客になってみたいなぁ。 ※consommeの“e”はアクサンテギュです。 | |||||||||
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