12月13日

 激寒い!!
 もともと体温が35.5度と異常に低いあたしは、冬がニガテ。
 雪は大好きだけど、外で遊ぶよりあったかい部屋の中から見ていたいニャンコ型人間です。早く春にならないかなー。

 2002年ももうすぐ終わり。今年はずっと「愛ってなんだろう」って考え続けた一年だった。
 結論なんて世界中の人たちが考えても永遠に出ないと思うけど、あたし的には「二人の心とカラダと頭が奇跡的に美しいシンクロ二シティを起して、生きている限りそれをずっと続けたいと願うこと」だと思う。そのどれか一つが欠けてもきっとダメなんだよね。つまり、「マイスーナ……至高の交わり」ってこと。
「桜井亜美LOVEシリーズ五部作」のラストを飾るのが今月出た『First Love』(朝日新聞社刊)です。
 ちょっとストーリーを紹介すると……
 心の中の感情がすべて音楽に変わってしまう璃星は、周囲とうまくなじめず問題を起こして医療少年院に入れられる。そこで出会い、よき理解者となった精神科医、桜澤朋巳もまた、ただ流れに乗って生きるだけの、情熱も愛もない自分の人生に不毛感を抱いていた。
 やがて心が欲しいと痛切に願う璃星は、一定期間だけ自分の感情を感じられるように手術を受ける。初めて桜澤に恋をしていたと気づく彼女。でも、恋の感情は彼女が両親に捨てられた日に降ったペルセウス流星群のように儚い軌跡を残して消えていこうとしている。
 そんなぎりぎりの状況の中で、恋ではなく愛を選び取る二人の結末は……。
 そんなお話です。

 初恋って、たとえ実っても実らなくても、一生心に焼き付いて消えないよね。
 恋の駆け引きも相手の本心も分からなくて、ただどきどきトキメクことだけが楽しくて、顔をあわせれば死にそうに恥ずかしくて……。
 みんなそんな風にただ想いにまかせて突っ走るだけ、なんじゃないかな。そしていつか、遠く優しい思い出になっていく。
 でも、もし人生でただ一度だけしか恋のチャンスがないとしたら。その恋はFirst LoveでLast Loveになる。そうしたら、皆はどんな風にその人を愛する? あたしなら……やっぱり璃星みたいにどんな傷ついても、すべてを「マイスーナ」に賭けちゃうと思う。

「Frozen Ecstacy Shake」(講談社のweb現代で連載中)では、「マイスーナ」に辿りつこうと心の暗闇の中でもがく女の子たちをエロティックに描いてみた。
 あたしの大事なお友達で、女優さんとしてもノリに乗ってる美女、真中瞳ちゃんに四人の女を演じてもらったけど、最後に俊君演じる謎のセクシー男、アギトの心を串刺しにするのが、どの女の子なのかお楽しみに。
 このお話は映画「マグノリア」みたい、に四人の女の話それぞれが独立してるけど、全体を通すともう一つ大きな不思議なお話になってるっていう構成です。ビジュアルが凝ってるから、映画みたいに楽しんでもらえると思う。
 このネット小説の撮影で、瞳ちゃんがヘアメイク、ヒロさんの手で四人の違う女の子に変身させられていくのを見ていて、「すごい!!」って感動した。
 美しいけど氷のように冷たい女、凛花、勝気な顔の下に過去の傷痕を隠している沙夜、神秘的でネガティブな心に引きずられる真帆路、そして不器用なほど自分の本当の心に忠実にしか生きられない頬月。
「こういう女の子」って説明すると、瞳ちゃんの顔が内面から完全にそのキャラになりきっていくのをみて、「やっぱり女優の演技力ってハンパじゃない」ってまたまた感動。
 最後に、顔のイメージを決めるのは、やっぱり内面なんだよね。
 ラストの頬月の撮影の時、「幸せは自分の心の中から生まれると思ってる子」って言ったら、瞳ちゃんの顔が生き生きと輝き初めて、希望や楽しさで弾けそうになった。
 そう、幸せも美しさも、自分の内側から作り上げていくんだって、改めて教えてもらった気がした。

 最近よく、「心から誰かと愛しあってる人って、やっぱりきれい!!」って思う。よく女性誌とかで「エッチするときれいになる」って書いてあるけど、亜美的にはただのエッチじゃなくて、「心から好きな人とエッチする……つまりマイスーナによってきれいになる」が正解。
 それはやっぱり「内側からの輝き」が表情も仕草も、すべてを変えてくれるから。
 最近、出あった人の中にはっとするほどの超美人を見つけた。
 その人は背がすらっと高くて手足が細くて 眼がくりっとした感じの美人。
 オシャレのセンスも良くて、いつも鮮やかなオレンジ色のストールや、古着
っぽいカワイイ花柄のロングワンピをさりげなくモデルみたいに着こなしてる。
 でも、ただそれだけじゃない、不思議なほどきらきらしてる輝きのオーラがあるんだ。
 時々、道ですれ違うぐらいで、相手のことは何も知らない。
 そこであたしはそのオーラの源を突き止めようと、密かにウォッチングを開始してみた。
 で、判明したのは……。
 彼女は結婚五、六年目ぐらいの物静かでかっこいいジーンズが似合うだんな様とすごく愛し合ってて、二人で並んで歩いているだけで、周りの人にそれが伝わってくる。
 何もいわなくてもお互いを見る眼差しや、相手の身体に手を触れる仕草の中に強い愛情と、それからもちろん相手を異性として意識したセクシービームを感じ取れる。彼女がはっとするほど美しい理由は、彼を身も心も愛して、それ以上に彼に愛されてるからだと思う。結婚してもちゃんと男と女として相手を愛し続けられるのって理想だよね。
 あたしは女なのに、彼女の熟したラ・フランス(この表現、分かるひとには分かる?)みたいな色気には頭がくらくらしちゃうぐらい。
 そんなセクシーさって、やっぱり憧れる。
 いつか、そんな風になれますように……っていうのを、正月の祈願にしようっと。



11月29日

 この間、某大型書店にいって、ちょっとショックを受けた。
 ものすごく広いフロアにありとあらゆる本やコミックスがずらっと並んでるのに、「詩」の本のコーナーが悲しいほどほんの片隅しかなかったこと。しかもあたしの好きな昔の詩人の本は殆どなかった。
 どうしてなのかなー、皆、詩をよまなくなったのかなーと思ったけど、ここのBBSに来る皆は詩を書いたり読んだりするのが好きな人たちが多いよね。それでも漫画の読者とかに較べれば、詩の本を買う人の数って少ないんだろうし、スペースが狭くなるのも仕方ないのかも。
 だけど亜美的には本屋にもっともっと偉大な詩人たちの本を置いて欲しい!!
 ちなみにあたしがリスペクトする大好きな詩人は……中原中也、オクタビオ・パス、ギョーム・アポリネール、エリク・リンドグレン李白、陶淵明、アルチュール・ランボー、西行(歌人だけどあたし的には詩人)……その他にもいっぱいいる。
 ミュージシャンの中にも詩人と呼べる人は沢山いると思う。ビョークの歌詞は詩だと思うし、ラップだってレゲエだって詩の一種だよね。

 じゃあ詩ってなに?
 亜美的に言えば、その言葉の連なりが、一つの映画を見るよりももっと大きな世界の情景を呼び起こして、美しさ、豊かさ、せつなさ、苦しみ、歓びが読む人の細胞に伝わってくるものだと思う。
 言葉は沢山の感情や情景や色彩を詰め込んだ、火薬のようなもの。
 それで人を傷つけることも、空一杯の美しい花火を描き出すこともできる。
 だからすごい詩人の詩は、夜空に一生忘れられない光のアートを描き出す花火みたいに呼んだ人の心に焼き付いて消えない。もしかしたら一生を変えてしまうほど、その力は大きいんだよね。
 あたしは「作家」だけど、心の中では自分を「吟遊詩人」だと思ってる(ってゆーか、思いたい)。
 吟遊詩人っていうのは、昔、国のいろんな場所を放浪して、人々に詩を語って聞かせた人たちのこと。王に気にいられて宮廷で貴族たちに詩を物語ったりした。
 詩は高尚な飾り物じゃなくて、たぶん、世界を流れる無数の歌や叫びや美の光が結晶したメロディみたいなものなんだ。
 それから、前回書かなかったけど『神曲』のタイトルは、1200年、フィレンツェに生まれたダンテ・アリギエリという人が書いた作品からとってる。
 作品の中に出てくるベアトリーチェっていう女性は、現実でも彼の忘れられない恋人だったんだ。あたしはこの作品を、ベアトリーチェに捧げた愛の詩だと思ってる。
 大好きな映画「イル・ポスティーノ」にもダンテのことが出てくるよ。
 この映画はあたしの考えてる詩のすべてを描いてるから、興味がある人はぜひ見てください。泣けます。あたしは見るたびに必ず泣いてる。
『fragile』の俊くんも詩が大好き。
 で、彼を紹介するのに一番いいのは、彼の書いた詩を読んでもらうことだと思ったので、あたしが一番好きな作品をここにのせることにした。ね、どんな人か、何となく分かるよね?

「流転」

 Shun Kobayadhi

 夢見た景観は今では過ぎ去った一瞬の妄想
 何もかもが失われてゆく果てる意識

 眠れる常識 辿りついた生まれの此処
 散らばる散らばる永久の物語
 愛しさに負け、その瞳に負けた僕は
 ただの生命 ただの腐食

 スペルマ残す使命さえ捨てさえれば
 素直に狂い咲けるのに
 ナゼ僕は意識を持って生まれたのだろう
 それはバラバラに保たれた規則で構成された
 悲しき運命
 欠けた欠けた景色の物語


他社の亜美作品情報
 講談社「web現代」の連載「Frosen Extacy Shake」は12月上旬から。真中瞳ちゃんが四人のまったく違う女の子に変身してくれたんだけど、その凝ったメイクとファッションはかなり見ものです。
 四話目の背中に蝶の羽根を生やした天使バージョンは、めっちゃかわいい!!
 アギトという謎の男を演じる俊くんとのコンビネーションもすてき。
 自分たちの閉ざされた愛の欲望に振り回される四人のgirlたちの真の顔が、鏡に映し出されたとき、何が起こるのかという心理小説です。
 恋とセックスって女の子にとっては人生を変えるほど影響が大きいよね。
 その不思議な魔力を内面から描いて見たかった。

 朝日新聞からでる「first Love」も12月中ごろです。これは愛について、祈るような気持ちで書きました。主人公・璃星の中にはあたしの気持ちがかなり入ってる。愛の苦しみと痛み、そして歓びのすべてを璃星に託しました。
 なぜ恋は楽しいのに、愛は苦しいんだろう?
 他人と感情の交流ができない璃星に与えられた、ほんの短い「愛を知る時間」。でも神様は一つの贈り物しか彼女に許さなかった……そんな初恋の物語。
 今回の髪をばっさり切ったMAOちゃんは、すごく大人っぽく凛々しくなってしかもこれまでとは違う強い表情なので、びっくりするかも。彼女も女優の道をまっしぐらだよ。



11月13日

 今日のBGMはスピッツの「三日月ロック」と「ハヤブサ」。
 マサムネのボーカルはやっぱり最高。あの澄んだ切ない声が恋のときめきと孤独と絶望を乗せて、心に真っ直ぐ入り込んでくる。「ハヤブサ」を聞き直して、「ジュテーム?」にしみじみ惚れた!
 イケナイ恋をして悩み疲れて、でもぬくもりに包まれる歓びに癒されて……そんな自分をバカだなって歌った、かわいい恋のうた。
 ジュテームってステキな言葉だよね。
 世界中の国の「アイシテル」っていう言葉は、それだけでどんな音楽にも詩にも負けない心が震える響きがある。
 中国では「ウーアイニー」、英語は「アイラブユー」、フランスは「ジュテーム」、ドイツでは「イッヒ リーベ ディッヒ」、イタリアでは「ティ アーモ」、スペインでは「テ キエロ」……。
 どの国の言葉も、一度は使ってみたい!
 これまでの日記にも書いたけど……「好き」の告白はわりに簡単だけど、「アイシテル」って言うのは難しい。
 恋は相手を見るだけで心がときめいて、毎日の日常が色鮮やかに塗り替えられる。好きでいるだけで楽しくて、眼があうだけで死ぬほどうれしい。
 だから「好きだよ」っていうコクりは結構、その場のノリで言えたりする。でも「アイシテル」は「ワタシはあなたのすべてを何もかも受け止めて、それを丸ごといとおしく思ってる。だからワタシはあなたと共に、生きていきたいと願う」っていうことだから、簡単には言えない。
 多分、それまでに乗り越えなくちゃならない幾つもの壁があって、相手の魂に触れられた、と感じた時に、口に出せるコトバなんじゃないかな。
 みんなは、「アイシテル」ってコトバ、言ったことある?
 あたしは……ドリカムの歌じゃないけど、この言葉を言おうとすると、胸がいっぱいになって先に涙が出て来るのでなかなか言えない……。不思議。

 最近ずーっと、愛について考えてる。
 考えれば考えるほど分からなくなる。
 考えれば考えるほど切なくなる。
 考えれば考えるほど言葉がなくなる。

 愛は、ただ感じればいいもの。考えるものじゃない。ただ、強く抱きしめてキスをして、心から「ジュテーム」っていえば伝わるもの。
 でも、やっぱり考えてしまう。
『神曲』でも、不眠症になって死ぬほど考えた。
 そして今月末にでる香港の写真小説集『fragile』は、あたしが考えた「愛ってなに?」の一つの結論。
 コンプレックスだらけの未来も希望もない二人が香港で出会って、共に生きることで相手を誇りに思うようになり、深く愛し合う。お互い、一人きりでは弱くて臆病で失敗に怯えているのに、お互いへの思いの深さが、いつか自分の殻を乗り越えて強く生きることに繋がっていく。そんなラブストーリー。
 俊君が演じる主人公の引きこもりだったミギワが、愛を知ることで輝くstarに変身していく変化を、みんなの憧れ蜷川実花さんが、ウォン・カーウェイやクリストファー・ロイドの映像に勝るとも劣らない、きらきら輝くような華麗なショットで捉えてくれた。
 香港の猥雑な極彩色が氾濫する街並みも、夢みたいな夜景も、あの実花っち独特の色彩と空気の揺らぎ感で表現されてて超美しい。そこに佇み、微笑み、走る俊君は、香港俳優かと思うほど、ぴったりはまっててセクシーさ全開。
 撮影隊に参加したあたしも日野っちも、出来上がった写真を何度見ても見飽きないほど大好きなものばかりだった。
 それにベッドの上で甘えた子犬のような眼をしてる俊君のショット、胸がきゅんきゅんすること請け合い。
 そしてこれは特筆したいんだけど、『fragile』は、何と実花っち初の男の子をモデルにした歴史的な写真集でもあるのです!

 実はこの小説の構想には、俊くん自身のキャラクターが大きく反映されている。
 彼はもちろんひきこもりじゃないけど、詩を書いたり読んだりするのが好きな繊細な男の子で、そしてすっごくピュア。あたしが今まで小説の中で描いてきた男の子像と、かなりかぶる。
 そんな彼が今、俳優への道を歩き出している。どこまでが現実で、どこからが小説なのか分からないぐらい、ミギワは俊くんの分身だよ。

 つまり、蜷川実花ワールド×俊くん×亜美ワールド=Je.t' aime!!なのです。


P.S.
『MADE IN HEAVEN』から始まった「愛ってなに?」っていう永遠の問いかけへの亜美的回答第4弾が、来月から講談社のウェッブで始める真中瞳ちゃんプラス俊君の写真小説の連載。
 そして第5弾が朝日新聞社から出る初めて三人称で書いた『First Love』。MAOちゃんが表紙の純愛ストーリーです。
 きっと愛については、これからも死ぬまで感じて、悩んで、書いていくんだと思う。



10月31日

「神曲」のテーマの一つが、何が現実で何がバーチャルかなんて、誰にも決められないっていうこと。
 主人公の嵐にとっては、心から愛する人と生きる場所こそが、ただ一つのリアルな現実世界だったように、その人が一番、居場所だと思える場所が(本当の世界)になるんだよね。
 子供の頃、あたしは大好きな物語を擦り切れるほど繰り返し読みすぎて、お話の中の世界の方が現実世界より、ずっと大切にリアルに感じられるようになった。
 その頃、現実の人間や学校が砂漠みたいに虚しいものに思えたから、現実の方がずっとバーチャルっぽかったんだ。

 きっとネットの中に自分の中の<本当の世界>を見出してる人たちも、たくさんいると思う。みんなそれぞれに、自分の「物語」を託しているから、時にはいろんな場所が排他的になったり攻撃的になったりするんだと思う。
 でも時々、考える。
 その<本当の世界>を与えてくれるものが、歌であれ小説であれ本物ならきっとどんな人をも包み込む大きな懐を持ってるはずだって。

 ここじゃないネットのいろんな場所で傷ついた体験をした人って、きっと多いよね。
 あたしもビギナーの頃、結構、ショックなことがあって人の真意が分からなくなったし。
「そんなのネットではあたり前」って言われても、なんか納得がいかない。自分の内面を隠さずに出している限り、ネットはバーチャルじゃなくて「リアル」だと思うし、現実で嫌なことはやっぱりネットでも嫌。「顔や本名がわからなきゃ、何でもいいじゃない」っていうのは、やっぱり卑怯だと思う。
 どんな場所でも自分の発した言葉やメッセージは、自分に帰ってくる。愛のあるメッセージなら愛が、心ない言葉なら棘が……。
 だから最後の最後、すべての努力が水の泡になったときにしか、捨てゼリフを吐かないっていうのが、あたしのポリシー。呼びかける。歩みよる。通じ合う。理解する。恋愛と同じように、そんなステップはどんな人間関係にもきっと必要なんだよね。
 ちょっと話がネット寄りになっちゃったけど、「神曲」の感想カキコ、待ってます。バリバリ書いてね。


<亜美的デート>

 この前、代官山の美味しいベトナム料理レストランで真中瞳ちゃんとご飯を食べた。そのあと瞳ちゃんご推薦の古着屋を教えてもらったんだけど、そこがちょーカワイイ服や靴がぎっしりの店で、思わず眼がらんらんとしちゃった。
 幸い、あんまり大金を持っていかなかったから、万札が飛び散るのは食い止められたけど(笑)。あー、でももし100万円持ってたとしても、ああいう店にかよってたら、あっという間になくなっちゃうんだろうな。一度ぐらい、そういうすかっとするお金の使い方をしたい気……。
 ところで、12月から瞳ちゃんと一緒に、ネットでちょっと面白いことを始めます。俊君も一緒だよ。お楽しみに。



10月11日

 これをみんなが読む頃には、あたしはニューヨークにいまーす!!
 また、いつもの放浪癖が疼いてきたのと、人に会う約束があるから。
 あーでもまだ全然、用意してない。焦る……。

 去年、ニューヨークに行ったときは、まだテロ事件の直前でワールドトレーディングセンタービルもしっかり立ってたし、あんな事件が起こるなんて、誰一人予想してなかった。それを思うとすごく不思議な気分。歴史ってそんな風に、日常の深い水面下で静かに進行してて、ある日突然、地上に噴出してくるものなんだなーと実感する。
 この世界にはいつも、無限の「if」が存在する。
 もしあたしがニューヨークであの事件とぶつかっていたら、もし、あそこの展望台で摩天楼の景色を眺めていたら……。
 ううん、そんな超ささやかなことじゃなくて、もしハイジャックされた飛行機が目的を遂げて原子力施設に突っ込んでいたら、もし、ホワイトハウスが吹っ飛んでいたら、今の世界は全然、変ったものになってしまったよね。
 今の世界はその数え切れない「if」の中で、たった一つの点だけを繋げて来た結果、出来たものなんだと思う。
 そして人間も同じ。
 もし、自分があの時、あの人に会っていなければ。もし、彼にあんな言葉を言いさえしなければ。もし彼女を愛しさえしなければ……。
 その「if」を選びとって進んでいくのは自分だけど、でも、自分の力ではどうしようもない大きな「if」が、すべての人々の運命の上に影響を与えてる。それを変えるっていう不可能なことが、もし可能になったら、あたしたちはどうするのかな。
 自分が幸せになろうとするのはもちろんだけど、それと同じぐらい大切な人を守りたい、救いたい、幸せにしたいって考えると思う。
 生涯でただ一人のお互いを分かち合える恋人と出会えることは、奇跡のようなもの。その恋人に死が迫っていて、自分の手で「if」を動かすことができるとしたら、あなたは一体、どんな行動をとる?
 あたしなら……愛する人を救うためにどんな汚い手段でもとってしまうかもしれない。だって太陽と月のように、相手の生があって初めて自分の生に意味と輝きが生まれるから。
 それが、今月出る新刊『神曲 Welcome to the Trance World』。
「神曲」は皆も知ってると思うけど、ダンテの古典的名作からとった。
 副題は、誰もがこの世界を「唯一つの本当の世界」と思っているけど、「if」の生まれてくる秘密の扉を開ければそこには、眼も眩むようなトランス・ワールドが待っている、っていう意味。
 ハードトランスで激しく踊っている時のような、眩暈と疾走感、それにかけがえのないsomeoneと巡りあって愛することの狂おしさとせつなさを、この本で味わって!!


<亜美的心の景色>

 自分の行動って頭で考えて決めてると思ってたのに、最近、自分の全然コントロール不能な心に、どれほど衝動的に突き動かされてるか気づいてきた。昔からどっちかっていうと感情はわりと不安定で、陽と陰の振幅が大きかったけど、ますます激しくなってる感じ。ついさっきまで幸せの絶頂だったのに、次の瞬間には泣きたくなったり、どん底に落ちたり……。
 誰かを好きになると、それがもっと激しくなる。
 だから感情に従ってると、何をどうしたらいいか分からなくなることもあるよ。でも無理に頭で決めなくても、自分の中で一番大きな感情に自然に身をまかせていくのもいいなと思うようになったんだ。どんなに頭で「いい」っていっても、心が「だめ」っていうことはしたくないし、頭では「だめ」でも心が強く望んでることはしないと後悔するから。
 子供の頃からあたしは気分が安定してる人に憧れてた。男でも女でも、いつも穏やかで森の陽だまりみたいに暖かい人っていいよね。自分が不安定だから、そういう人の近くにいて、穏やかな優しさを分けてもらうとほっとする。
 でもきっと、こんな安定しない性格に生まれたから、喜びもせつなさも沢山味わって、小説に生きてるのかなとも思うけど。


<亜美的ヘビーローテーション>

 今回は瞑想用
「dalschaert」specularnotion 静かでちょっと淡いブルーな気分に浸りたい時におすすめの環境音楽っぽいインスツルメンタル。これを聞きながら原稿を書くとなぜかはかどる。
 映画「リリィ・シュシュのすべて」のサウンドトラック「呼吸」は定期的に聞きたくなる。最近、まだ未踏の地の中国に行った気分にさせてくれる胡弓の音楽にもはまってます。
 そういえばCoccoの絵本出たんだよね。欲しい!


P.S.
最近BBSのログが重くなりすぎて、たびたびダウンしてます。ごめんなさい。
管理人の小宮さんがきっと、なにか対策を講じてくれると思うので、もう少しだけ、待っててね。



9月30日

 いつもは寒い季節が大嫌いなんだけど、今年はちょっと優しい気持ちで冬を迎えられるような気がする。思い出は春や夏ばかりじゃなくて、首をすくめるほどの北風の中でもちゃんと記憶のアルバムに何かを残していってくれると気づいたから。

 最近よく考えること。オトナになる、オトナとして生きるってどういうことなんだろうって。社会的な「オトナ」って言う意味じゃなくて、人間として女として「オトナ」っていう意味。
 誰もが一番、それを考えるチャンスが多いのが、恋愛の時だよね。
「心のままに生きたい」「自分の感情に素直でいたい」と思っていても、いつもいつもありのままの自分を受けいれてもらえるわけじゃない。
 自分だって相手の欠点やワガママは、簡単には受け入れられない。
 幾ら好きでも全然違う環境で違う人生を歩いてきた二人だから、感性も好みも考え方も違う。そんな二人が恋をすればお互いを思いやって、歩みよらなくちゃ関係は成立しないよね。
 そんな時、「あたしを受け入れて!!」だけじゃなくて、「あなたを受け入れるよ」って心を開くことが絶対に必要になる。たとえさらけだす心にたくさん、切り傷があって、まだひりひり痛むとしても。人は「自分をすべて受け入れてもらった」と思わなければ、相手を素直に受け入れられないものだから。
 それをすごく自然に、さりげなく出来ることが、亜美的「オトナの条件」。
 もちろんこれはトモダチ関係でも言えることだけど、心の絆って、そういうふうに深まっていくものだと思う。

 よく恋愛には「必勝法」があるとか、心理的な駆け引きをしなくちゃダメとか言うよね。トモダチにこんなセオリーをきいたことがある。
 相手を確実に自分を好きにさせるには、「絶対に、相手を好きにならないこと。好きになってしまった相手は、自分が気持ちを占拠できないから、切り捨ててる」っていうんだ。聞いた時は「ええっ? 何それ」って思った。
 好きにさせるには、好きにならないことって……。確かに惚れたら負け、みたいな部分はあるけど、これじゃ、ゲーム的な「自分を好きにさせる快感」しか味わえなくて超寒い。
 相手を支配したいっていう欲望の裏返しにすぎないがする。
「好きにさせる」んじゃなくて、本当の自分と相手を「受け入れる・受け入れられる」の関係じゃないと、心の奥の部分までさらけだせなくて、いつか辛くなってしまうと思う。

 ココロのオトナになりたい。さりげなく、相手のことを温かく見守っていて、ちゃんと理解しながら、相手が必要な時にすっと手を差し伸べられるような。そして相手の優しさを心から素直に「ありがとう」と受け取れるような。心がオトナになってないと、愛の痛さに耐えられずに屈折した形や裏返しにならなってしまう。それはとても悲しいこと。
 雪の結晶のように儚くても美しいそのままの形で、両手に愛をのせて贈りたい。


日野っちダイエット必勝法

 日野っちは最近、ダイエットに成功し、な、な、なんと二、三か月で15キロも痩せた!!
 実花っちやあたしに「日野くん、すごーい。その強い意志、尊敬しちゃう!!」とか騒がれ、ついにこの冬「究極のサクセスダイエット!! 噛まずに飲み込む未消化術」というマニュアル本を執筆。
 幻冬舎から発売の運びとなりました……ってゆーのは真っ赤なウソ。
 でも激やせしたのは本当。なんか急にお目めぱっちりして初々しくなっちゃいました。みんな、ダイエットについて何か質問があったら、日野っちまで。ただしお返事は保障しません。
works、遅ればせながら更新しました。みんな見てね!!」(日野氏談)

「神曲 Welcome to the Trance World」は着々と完成に近づいてます。あと一ヶ月!!
 早く、皆に届けたくてわくわくしてるよ。



9月13日

 夏の終わりの、ちょっとつんとする風の匂い。
 真夜中の沈黙の音楽が、低く、淋しげになる。
 夏大好き人間のあたしとしては、「待って、行かないで!!」って追いかけていきたい気分。
 最初にみんなに報告とお詫び。
 この前まで、10月に写真小説集、11月に小説『神曲 Welcome to the Trance World』を出すって決まってたんだけど、急遽その順番が逆になり10月に、『神曲 』を出すことになりました。
 なんか、二転、三転してごめん。正直に言っちゃうと、写真小説集の方が、クオリティ200パーセント重視の進行のために、遅れ気味なのです。
 でもこの前、実花っちの事務所で七割できたものを皆で見たけど、最高によかった!! とにかく俊くん、マジで香港4天王もブラピも金城武もぶっ飛ばすセクシーさとかっこよさ、キレイさ、せつなさが全開で、一同、「すごい!!」と息を飲んでしまった。やっぱり彼のキラキラした瞳はほんとに美しい。それを実花っちのフォトがめちゃめちゃうまく引き出してます。
『MADE IN HEAVEN』の表紙にひきつけられた人なら、きっと溜息の連続なはずだよ。というわけで、一ヶ月遅れでも許して!

 で、10月27日発売の「神曲」。
 これも表紙は俊くん。マジやばい、幻想的な美しさ。
 この作品は心に深いトラウマを持つ女性を愛した主人公が、彼女を死から救うために、すべてを捨てて世界を変え、命のカウントダウンを止めようとする……。でも、彼女を救ったために彼が支払わなければならなかった余りに辛い代償とは……。そんな心を震わす恋愛と心理ミステリー、異次元世界の要素が絡みあった作品です。
 読む人を眩暈と覚醒の世界へ連れていくことうけ合い。あたしも読み直すたびに、催眠術にかかったみたいに頭がぶっ飛んじゃう。
 副題「Welcome to the Trance World」は、「あなたはこの世界の真実の姿を
正視できますか?」という意味でつけた。
 あたしたちは日常、のっぺりした平面的な世界しかみていない。学校、会社、家庭……時間はどこまでも直線で連なり、時は一瞬で飛び去り、後戻りは許されない。
 でも、本当にそうなのかな? あたしたちが心の底から望んでいる欲望と祈りの力、もしかしたらそれが世界の姿を変えていくのかもしれない……。そして、その最大のエネルギーは人を愛し求める心……。
 亜美作品で始めての日本語タイトルをつけたことでも、察してもらえると思うけ
ど、これは今までの作品とはティストがちょっと違う、渾身の力を注いだ作品です。絶対、買って読んで永久保存してください!!
 それから、この本を読むときのBGMは、トランス音楽が一番合うかも。


最近のフェイバリット・フーズ

 さて、最近、あたしが依存症になってる超お気に入りフーズをちょっと紹介。
 ベトナム風生春巻き!! これって、家でも結構、簡単に作れるし、めっちゃおいしい。ぜひ試してみて。とにかく香菜(コリアンダー)のちょっとクセのある香りが中毒になる。
 @春雨(タイとか香港製の太くて堅めの奴)をゆでて水で冷やし、適当に切って、コリアンダーのみじん切り、きゅうりの千切りとまぜる。コリアンダーはいっぱい入れた方がおいしい。
 Aエビをゆでる。
 Bライスペーパーを流水につけてふやかし、乾いたふきんではさんで乾かす。
 Cライスペーパーを広げてサニーレタスをしき、そこにA、Bを適当な量おいて、エビを二、三個のせ、くるくる端から巻いていく。きっちりとはみださないように押さえて、真ん中から半分に切る。スィート・チリソースをかけて食べる。


最近のヘビーローテーション

「FAVERA CHIC」……パリのクラブっぽいオシャレなカフェレストランが作った超ファンキーなCD。ブラジリアンテイストで乗り乗り気分になれる。
「Ambient Meditation」Return to the Sorce……レイヴのチルアウト向け。お経みたいなのも入ってて、コズミックな飛翔感覚。

 ニルヴァーナしたい時の定番だよ。


最近見た映画

「ロード・トゥ・パーティション」
 ポール・ニューマン、トム・ハンクス、ジュード・ロウっていう、ベスト・オブ・アメリカン・ナイスガイみたいな三人の俳優の共演を見てみたかった。
ジュードは相変わらずキレた役。トムは相変わらずヒューマンな役。ポールは相
変わらず人間の苦悩をお茶目な眼に隠した役。三人ともラブラブな俳優だし演技もシナリオも映像もしみじみよかったけど、俳優をもうちょっと意外性のあるキャスティングで使えばなあ。最近のドリーム・ワークス映画はみんな先が読めすぎることが難点。



8月29日

ヒサンな亜美的テント生活


 夏休み2回目の沖縄レポート。今回は「ヒサンな亜美的テント生活」だよ。
 今回行ったのは、本島の右下のほうにある知念村の新原(にいばる)ビーチっていう、観光客がほとんど行かないところ。
 沖縄らしい自然と静かな美しい海を求めて、ウチナンチューに教えてもらった場所です。
 とうきび畑や牧場が広がる素朴な村に、何キロも白い砂浜が続いていて、引き潮になると岩礁が顔を出し、どこまでも歩いていける。
 海は明るいエメラルド色で、太陽の光の角度が変わると、微妙に変化するブルーの帯が魂に染みるほどきれい。
 八月だっていうのに、海水浴客は数十人っていう感じで、殆ど独占状態だった。
 ここにきた目的は初のテント生活を成功させること。
 みんなはテントに寝泊りした経験ってある?
 あたしは昔から、星と海に包まれた自然に包まれて、眠ってみたいっていう夢があったけど、キャンプ経験はゼロだったから、とりあえず一度チャレンジしてみたかったんだ。
 結果は……あたしらしい大失敗の連続だったけど、精神的には成功っていう感じかな。
 第一の失敗は、「かんじんのテントがちゃんと立たない!」っていう悲劇から始まった。ネット通販で買った簡易テントを一度もパッケージをとかず、そのまま持ってきたのが間違いの素。
「さあ、組み立てるぞ」と意気込んだのはいいけど、テントを地面に固定させる金具と綱がどこにもない! 別売の部品を買い忘れていたのです。つまりちょっと強い風が吹けば、ドーム型テントは飛んでいっちゃうってこと。超やばい! どうしよう!
 でも、必要は発明のマザー。4スミに重い石を乗っけて重しにすれば、なんとか朝まで持つよね、とごまかして、アウトドアショップで買ったシュラフ・・つまり寝袋を布団代わりに地面に敷いた。試しに横になってみると、めっちゃ快適ってわけじゃないけど、何とか寝れる状態。
「よし、これで寝場所は万全だ!!」って、だんだん気分が盛り上がってきた。お香を焚きながら、瞑想系のチルアウト・ミュージックを流し、寝転がって夜空に瞬く星を眺めてたら、気分はイビザ島やインドのゴアのレイヴ・パーティ!
 波の砕ける音と流れ星の降る音、鳥たちの囀りや油蝉の鳴き声が、メディテーションを誘う音と一つになって、地球の心臓の鼓動と融合してる気分になる。
 都会で生活してると、だんだん自然と共鳴する野生のリズムを失っていく。快適さや便利さに慣れすぎて、自分の身体が本当は何を求めているのか、心が何に餓えているのかも分からなくなりそうで怖くなる。欲しいものだけが加速度的に増えていくのに、手にいれても魂の満足は決して訪れない。眠りにつく前の神経症的な不安と悩みはいつも堂々巡り。望みに到達しても、すぐにやってくる不満と苛立ち……。
 でも、沖縄にいると果てしない空を見上げるだけで、海の青に吸い込まれるだけで、真っ赤な満月に出会うだけで、この星からのメッセージを受け取れる。
「あなたが生きていることは、波頭が朝陽をうけてダイヤモンドのように煌くのと同じ、自然の一部。何も恐れず、何も迷わず、ここで味わった感情のまま素直に歩いていきなさい」
そう言われてる気がして、心が海のように透明になる。

 さて、いよいよテントに潜り込んで眠り始めたら、二番目の難問が……。
 テントもシュラフも冬山向きの装備なので、中はドライサウナ状態で汗が流れるほど暑い。これってダイエットしたい人には良さそうだけど、眠るにはかなりキツイよね。朝になったら脱水で3キロぐらい痩せてたりして……とひたすら耐えつつ眼を瞑っていると、今度は最後の悲劇が発生。
 耳元でうるさい羽音をたてながら、ヤブ蚊が群れをなして襲ってくる!
 いくら虫よけスプレーをかけても、あいつらのしつこさはハンパじゃない。
 蚊取り線香を忘れたのが致命傷だった……。結局、眠ったかと思うと蚊に起されてスプレーで撃退し、また眠りに落ちた途端に蚊の来襲……の繰り返し。そんなさんざんなテント生活だったけど、でも亜美的にはいい思い出だけが残ってるよ。
 OKINAWAブルーの海に感動する気持ちは、誰かをものすごく大切にいとおしく想う気持ちと、心の同じ場所から生まれてくる。だから二つはきっと、繋がってるんだよね。
 それが今度の旅の新発見でした。


★お知らせ


 写真小説集はみんなが全力投球して製作しているので、その分、少しだけ発売が伸びて10月25日ごろになる予定です。待たせた分、満足度は200パーセントの自信あり。なので、期待して待っていてください。
 なお、「俊くんファンクラブ」の会員に朗報。
 あたしが秋頃から某K出版社のウェブサイトで始める、ネット連載小説の写真モデルとしても登場する予定です。その連載の名前は「Frozen ECSTASY SHAKE」。
 スタートする時はまたお知らせします。



7月31日

★亜美的夏休みの過ごし方


 夏休みシーズンに入ってから色々と考えること、悩み事が多すぎて、ちょっと心身ともにバテぎみだった。
 そんな時、友達から「沖縄でサイケ・トランスのいいレイヴがあるよ!!」っていう誘惑の電話がきた。行きたい!! でもここで行ったら仕事がストップしちゃう……。色々葛藤したけど最後は、「やっぱり行く!!」。
 こういうときこそ、大好きな沖縄の青い海と青い空に抱かれて、トランスでがんがん夜明けまで踊らなくちゃ。よーし、体力の限界まで踊って、ニルヴァーナに到達するんだ、とかワケのわかんないことを考えながら、羽田から最終便の飛行機に乗った。
 那覇で友達と待ち合わせして、そのままタクシーで一時間走った所にある伊計島のすぐ近くの、らくの浜ビーチへ直行。このビーチは地図にものってないし、地元の人も知らないほどの秘密の楽園。
 岩に囲まれた遠浅の海と白い砂浜の美しさは、タイのピーピー島にも全然負けてなかったよ。そこにDJブースを作って、機材を運び込み、ご機嫌なトランス・テクノで皆が思い思いに踊ってる。DJはドイツから日本に移住してきたヨークっていう、有名な金髪ロンゲのトランス達人の一党。
 レイヴにきてる人たちはみんな浜にテントを張って、踊りに疲れたら砂浜で寝転んで星を見たり波打ち際で遊んだりしながら、また踊りの輪に入る。なかにはすっごく上手にインドネシアの火踊りやってる人とか、仕掛け花火を打ち上げる人とかもいて、まるで夢を見てるみたいに幻想的な光景だった。あたしたちも汗をかくまで踊ってから、砂浜に寝転がって満天の星空を眺めてた。
「あっ、流れ星、見つけた!!」
「バカ、それは煙草の火花じゃん」
「あっ、挙動不審な飛び方の光が……UFOだ!」
「バカ、あれは米軍機だよ」
 とか言いあいながら。
 波の打ち寄せる音と、星の降る耳には聞こえない音楽、それにトランスの内臓に響いてくる音が絡み合って、何とも言えない心地いい空間だった。
 そのまま少しずつ夜が明けていくと、今まで見えなかった海の痛いほど透き通ったコバルトブルーが、朝陽の中にきらきら宝石みたいに輝きだして……。その光のシャワーの中に波で、波でかすかに盛り上がった遠い水平線がくっきりと浮かびあがったとき、胸の奥底から湧き上がってくる不思議な感動を感じた。
「あたしは地球に住んでるんだ。地球っていう星はこんなに美しいブルーが溢れてるんだ」って、心の底から実感できたよ。クラブ・ファッションで決めてる女の子もドレッドヘアの男の子も、みんな服を着たまま歓声をあげながら海に飛び込んで泳ぎはじめる。あたしもやりたかったけど、服が濡れたら帰れない、って泣く泣く断念して、波に腰まで浸かっただけでガマン。
 仕事の都合で午前中の便で帰らなくちゃならなかったけど、たった一日でもこんなに素敵な「魂の夏休み」をとれたことに感謝!!
 やっぱりトランスは最高! レイヴは最高! 沖縄の海は最高! です。

 で、元気になったところに、真中瞳ちゃんが遊びに来てくれた。
 今、あたしの仕事ルームは、観葉植物やエスニック・インテリアや熱帯魚に凝ってて、「タヒチのリゾートホテルのカフェ」を目指してる。そこで手作り(半分だけ)のタイ料理のディナーを食べたら、結構、旅行気分が味わえた。瞳ちゃんは激辛味のエスニック料理とケーキが大好きで、あたしとすごく食べ物の趣味があうのです。相変わらず超美人の瞳ちゃんは、髪を明るい黄色に変えたせいで、雰囲気は前より「きれいなお姉さまギャル」ちっくになってたかな。
 2人で恋愛から仕事、生きかたについてまで、またエンドレスでしゃべりまくった。
 瞳ちゃんは今、NHKの「恋セヨ乙女」っていうドラマをやってる。彼女はやっぱり演じる役の心を理解して自分なりに納得しなくちゃできないっていうタイプで、どの役もすっごく考えて悩むらしい。女優っていう仕事は「他人を演じる」ように見えるけど、ほんとは役柄が他人としか思えないまま、笑ったり泣いたりはできないよね。だから実は、「自分の中にある他人の要素を発見して、その自分を最大限に引き出す」んだと思う。うーん。大変だなあってつくづく思った。
 最後は、バルコニーで今年初めての花火大会を開いた。線香花火はあっという間に火玉が落ちて失敗におわったけど、滝みたいに火花が散っていく花火を見てたら、「あー、これこそ夏休みだ!!」ってまたまた実感できた。
 瞳ちゃんにパワーを貰ったおかげで、悩んでたことから8割ぐらい脱出できて、ポジティブな気持ちになれたみたい。ほんとにありがとう!!

 そしてその翌日、すごくすごく大切なsoulmateに会った。色んなことを話してるうちに、万華鏡のように自分の心の模様が変っていくことに驚いた。こんなことを感じてたんだ、こんなことを願ってたんだって、知らない気持ちがどんどん発見できるのって不思議だよね。優しさを求めてる自分が、実は優しさが足りないんじゃないかとか、冷静に言ったつもりの言葉が、実はすごく感情に支配されてたんじゃないかとか……。
 人と人は二つの星みたいに、お互いの光でお互い自分の知らない海や谷や砂漠を照らし出していく。
 そんなことを実感した日でした。

 今、亜美的ヘビーローテーションは、自由が丘のヴィレッジ・バンガードで発掘したブラジリアン・ミュージック「アルデマーロ・ロメロ・アンド・ヒズ・オンダ・ヌエヴァ」っていうCD。これぞ夏休みに聞く音楽っていう感じで、ソーダにラムネを一粒落としたらシューって溶けていく、あの爽やかでスパークリングな感じが味わえます。


★お知らせ


 日野っち、ごめん。ちょっと他社の雑誌のこと書くけど、今出てる講談社の「エクスタス」という雑誌に、あたしのエッセイ「永遠のカリスマ 1」がのってます。幼い頃、毎日、空に向かって祈ってたことは、今も実現してないけど、カリスマとして憧れてた女の子があたしの代わりにその悲しい願いを叶えてしまった……そんなちょっとせつない思い出のお話なので、ぜひ読んでみてね。



7月12日

香港撮影隊レポート


 今、思い出してもほんとに楽しかった!!
 やっぱり香港は体質(?)にあってるのかも。
 今回は5人の撮影隊日記……のようなものを書いてみました。
 1日目 ……最初に、一番にぎやかで香港らしい、旺角や油麻地の町並みやマーケットで撮影。旺角には金魚ばっかり売ってる金魚街や、花ばっかり売ってる花屋街、野菜街、肉街とか、通りによって売ってるものががらっと変る面白い一角がある。
 実花っちのお気に入りは金魚街。ここはすごーい。人間の頭ぐらいの頭に赤いトサカをつけたランチュウとか、青い液体を注射して作った人工青金魚とか、いかにも香港って感じの金魚たちが、狭い水槽やビニール袋の中にひしめきあってる。ここで金魚と俊くんの撮影を済ませて、花屋街へ。どこまで行っても花、花、花……。それもきれいな花束にしたものが天井までぎっしり積み上げられてて、すごい迫力。あたしたちはここで、神秘的な青い薔薇を買って、店でスカウトしたクリスティーナちゃんという10歳のかわいい女の子にモデルをお願いし、公園で俊君とのツーショット撮影。クリスティーナちゃんは韓国人だけど香港育ちで、英語もハングルも広東語もできるトリプルリンガル。おまけにカメラを向けても物怖じせず、凛とした視線でレンズを睨んでた。なのに花束を贈る俊君がかなりテレてたのが、おかしかったけど。
 野菜街ではライチを買って、歩きながら食べた。甘くて凄く美味しい!!
 この日の点心レストランで食べた夜ご飯はマジ美味しかった。ライスクレープの海老巻き「鮮蝦腸粉」や、湯葉巻きオイスターソース「蠣油鮮竹巻」、そしてデザートは胡桃のお汁粉。やっぱり日本で食べる中華の3.5倍はおいしい。
 2日目の撮影であたしが気に入ったのは、海の神さまを祭ってあるお寺。香港のお寺はチャイニーズレッドの柱に緑や青の彫りこみ彫刻、金や銀の装飾がすごく鮮やかで、お香の煙の中に揺れる神像はめっちゃキュート。どこの国でも教会とかお寺とかに必ず行ってみるけど、やっぱり宗教の荘厳な雰囲気と華麗な美術には感動する。ここで俊君を色んな角度から撮影。
 夜はヴィクトリア湾を横切るスターフェリーに乗って、香港島へ。ここからが爆笑もの。レンタルバスのタイムリミットが近づく中、イルミネーションがまるで宮殿みたいに豪華で有名な水上レストラン「JUMBO」へ行き、猛スピードで俊君の髪を金色に染める作業を開始。あたしはなんといってもヘアメイクだから、全員に用意してきた金髪スプレーを配って、四人で必死にカラーチェンジしてた。そこに実花っちとアシスタントの石倉さんに大爆笑が……「えっ、なになに?」と実花っちの指差す日野氏の後頭部を見ると、そこにはスプレーで大きく「バ○」の文字が……。日野氏は自分の後姿が見えないから、必死に皆に「なんて書いてあるの?」と聞いて回ったけど、みんな答えない。落書き張本人の実花っちもあたしも石倉さんも、日野氏がけなげに働く姿を見るたびに、その後頭部を思い出して思いっきり吹いてた。結局、日野氏はその日、ホテルに帰るまでそのままの髪で、最後までなんて書いてあるか分からずじまい。ここでバラしてごめんね。これはイジメじゃなくて、撮影隊の愛の表現です。
 ところで俊君は金髪にしたら物凄くイメージが変って皆びっくり。めっちゃよく似合っててかっこよかった。ついでに眉も金髪マスカラで染めたから、なんかどこの国のスター? っていう感じだったし。
 そうです。この写真小説集は、日本で問題を抱え脱出してきた俊君が香港でスカウトされて大スターになる、現実とシンクロしたラブストーリー。彼がどんどん自信を得て、スターの輝きを身につけて恋に目覚めていく変化を、実花っちがすっごく素敵に撮ってくれる。香港の一番美味しい料理ばかり集めたフルコース料理みたいに、贅沢な企画なのです。
 そのあと、百万ドルの夜景として有名なヴィクトリア・パークへ。ここからの夜景はほんとに夢みたいにきれい。観光客の記念写真と夜景をCG合成して売ってる業者が、カメラ機材抱えてる撮影隊にまで「記念写真、どう?」としつこいのにはびっくりしたけど。
 この日、食べ物の中では、黄身が半熟でとろけそうな味のピータンと、とろとろの中国粥が忘れられない。香港の光の交響曲みたいな夜景を見つくしてうっとりした一日。
 3日目……魔窟として有名なチョンキンマンションで撮影。ここは小さい宿泊施設が密集した古いビルで、安くて汚いことからバックパッカーなどの雑多な人種の旅行者が集まってくる。以前は麻薬の売買とかもかなりあったみたいで、「怖いところ」というイメージが大。だからエレベーターの内部もモニターカメラがついてて、一階の警備員がいつも監視してる。結構おっかなびっくりだったけど、中はちょっとこぎれいにリニューアルされてて、麻薬を売りつける売人にも出会わなくてほっとした。この中の一室で「一人暮らしする俊君」の撮影。フロントの北京語しか分からないおじいさんがすごくいい人で、最後は俊君と一緒にカメラに収まってくれた。俊君に「ウーアイニー(あなたを愛してる)」って言ってもらったら、顔いっぱいの笑顔で喜んでたよ。
 チョンキンマンションの、テレビと冷蔵庫とベッドでいっぱいになる狭い部屋の窓から香港の街を見てたら、「こういうところに住んで、小説書くのもいいなー」って思っちゃった。
 香港って何もかもが雑然としてて、人種も人の価値観も街もごたまぜな感じなんだけど、それがあたしにとってはすごくラク。豪華なホテルじゃなくても、着のみ着のままでも、ご飯は一食しか食べれなくても、結構楽しくやっていけるんじゃないか。香港って人にそんな風に感じさせる不思議な魔力がある。それはこの街の多くの人たちが、中国で生まれた移住者だったり、海外からの観光客だってことに関係があるのかも。「人生は河の流れみたいに、あとに何も残さなくても、ただ日々を精一杯楽しんで生きてるだけでも大丈夫なんだ」っていう感じかな。
 この日、街の小さな食堂で食べたランチに、またまた全員感動。ぷりぷりした歯ごたえの海老が沢山入ったワンタンメンと三色肉団子スープ、カスタードタルト、普通の麺よりずっとコクのある卵麺の「牛脛米粉」……。香港の料理ってどれも、すごく味の密度が濃くて歯応えがたまらない。あー、書いてたらまた食べたくなってきた。
 これだけじゃない。写真集には実花っち秘蔵のあっと驚く俊君秘密ショットも入っているのです。期待度はめっちゃ高いよ。この写真小説集は9月頃に出る予定。撮影隊のみんな、ほんとにありがとう!! ど素人ヘアメイク&スタイリストとしては、かなり実花っちや俊君に迷惑かけたと思うけど、文句も言わず耐えてくれて感謝です。
 とゆーわけで、怒涛の香港レポートでした。



6月28日

 もうすぐ香港撮影隊の出発なので、すごく楽しみ!!
 メンバーは今をときめくカメラマン蜷川実花っち、彼女の撮影のよき協力者、石倉さん、ブレーク必至の俳優の卵、俊くん、コーディネーターの担当編集者、日野淳氏、そしてヘアメイク兼スタイリストのあたしの5人。
 あの香港の熱っぽいようでどこかシラけた独特の街の雰囲気と、スパイスの効いた美味しい料理にまた会えるかと思うと、わくわくしちゃう。

 遅ればせながら実花っちの青山スパイラルホールでやった、個展の写真をアップしました。まあカメラマンがあたしだから仕方ないけど、ピントがあってないショットばかりで、映ってくれた皆さんごめんなさい。写真撮るのはすきなんだけど、やっぱり見るほうに専念した方がいいかも。会場はずらりと実花っちパワーに溢れた女優さんや売れっ子モデルの写真がいっぱい。初代表紙モデルを務めてくれたマミちゃんの姿も……。赤い絨毯の上に小さなおもちゃの家や象さんがいて、そこでお姫様みたいなティアラをかぶって写真撮ってもらったのが、すごくいい思い出になった。こういう遊べる写真展っていいよね。さすがgirl道のプロ、実花プロデュースって感じ。

 とゆーわけで、今日は写真&アートの話。
 あたしは結構、写真集とかアート系の本が好きで、よく渋谷パルコとか青山ブックセンターで、自分の感性にあうものを捜し歩く。
 最近買ったお気に入りの写真集、アート本をちょっと紹介。

「Fantacy Worlds」(TASCHEN社)
 これは凄い!! 世界の超ファンタジックな御伽噺の世界そのものの建築物ばかりあつめた写真集なんだけど、見てるだけで夢見心地になれる。モザイクタイルや色ガラスや貝殻を何万個もはめ込んだイギリスの超かわいい教会や、フランスの「Cosse-Vivien」っていうインディー・ジョーンズの魔窟みたいな、石を先住民族のトーテムっぽく細かく掘り込んだ、魔物だらけのお城。めっちゃアバンギャルドな怪物や動物がうごめくイタリアの庭園公園「Garavicchio」。値段もかなり高めだけど、これ一冊眺めてると、頭がぐらぐらするほどイマジモーションが溢れてきて歩く遊園地状態になる。

 実花っちの写真集「like a peach」(講談社)
 青山スパイラルでやった個展の写真が入ってる、甘酸っぱくて毒々しくて、エネルギッシュな女の子写真集。吉川ひなのとか土屋アンナとか、内側からエネルギーと魅力が弾けとびそうな旬の女の子を撮らせたら、実花っちの右に出るひとはいません。
「a peace of heaven」(エディシオントレヴィル)
 原宿ナディッフでやった個展の、カリブ海クルーズの写真が入ってる。こっちはがらりと雰囲気が変わって、赤道直下の光の微妙な揺らぎとか、豪華客船の客たちの倦怠と熱気とか、海の死ぬほどの青さっていう、空気や場所の光と色彩がどの写真にもいっぱい詰まってる。あたしは実花っちのこういう風景や花を撮った写真に、いつも凄く創造力を刺激される。

「ARTFUL DODGER」( CHRONICLE BOOKS )
 NICK BANTOCKというアーティストの装丁やイラストの作品集。これもめっちゃ脳のマッサージをしてくれる刺激本。彼の装丁や絵は皆、夢の中で超リアルに見たような不可思議な景色や、グリフィンとか蝶の羽根を持った人間みたいな奇妙な動物たちを、すごく繊細なペンのタッチで描き出す。
 色彩も妖しくてファンタジック。この人ってきっと、自分の見たシュールで美しい夢を、隅々まで覚えてるだろうな。

「カンディンスキー作品集」&ポスター
 この前、竹橋で大規模なカンディンスキー展をやってたので、即見に行った。見終わって感激してすぐかっちゃった。ついでに大型のフレームに入ったポスターも購入。カンディンスキーはあたしが大好きなロシアの画家。自分の意識をそのまま絵に移し変えることをテーマにした豊穣な色彩の作品は、どれも凄い迫力。やっぱりアートって生命の爆発(??)そのものなんだなーと思う。寓話の挿絵みたいな繊細タッチの版画もファンタスティック。

 とゆーわけで、あたしの好きなアート&フォトに共通してるのは、「あたしを別世界に連れて行ってくれる」こと。足はこの現実に立ってても、本を開いたら、もうそこはディズニーシーよりもっと濃密な物語の世界。ちょっと高めでも、一冊で地球の裏側よりもっと遠くへ旅できるんだから、凄くトクした気分になれる。あたしの目指してるのも、まさにそういう作品なんだと思う。



6月14日

 祝! 日本チームWカップ決勝進出!
 これを書いてる時点で後半2-0で勝ってるから確実だと思う。
 やっぱり中田は凄いね。こうなったら優勝をめざしてほしいな。
 今夜は日本中、お祭り騒ぎになりそう。

 部屋に鮮やかなビンクのブーゲンビリアと、黄色いプルメリアの花をつけた樹がやってきた。プルメリアの甘い香りを嗅ぎながらCoccoを聞いていると、なんだかもっともっと深く歌を味わえる気がする。
 昨日は夜明けまで、「エクスタス」という雑誌のために、幼稚園時代のエッセイを書いてた。書きながら、どんどんあの頃の自分の<自分はこの地球上で一人ぼっち>っていう感覚が蘇ってきて、気分がブルーグレーになった。今もその頃とあんまり変わっていないから、よけい鬱になっちゃったんだと思う。子供の頃に見た夕焼けの色、夜の星空……どの景色もみんな心の淋しい風景に繋がってる。友達はみんな生きていることが自然で、何の疑問もないように見えて心の底から羨ましかった。心の奥から聞こえるもう一人の「お前は感情を素直に出して生きちゃいけない」「お前のままじゃ生きている資格がない」っていう声が、耳のにこびりついて離れなかったっけ。
 成長する途中で、色んな自分の声が自分を変えようとした。変わろうと努力した。結局、今も殆ど変わっていないのかもしれないけど、そんな自分を素直に出せるようになった。弱さや空虚さや醜さや空想の世界を、まるで犯罪みたいに隠さなくちゃいけないんだって、強迫観念に駆られることもなくなった。
 でも、今でも一つだけ変わらないことがある。
 それは愛情っていう一番激しくて深い感情を、どんな風に心に持って歩いたらいいかよく分からないこと。
 暖かな心のぬくもりに出会うと、心の凍り付いてた部分が無意識に溶かされていく。溶かしてくれた誰かを信じることに臆病になりたくない。なのに傷つくことに怯えてる自分が少し悲しい。最初から心を閉ざしたままなら、傷つかないで済むよね。でも、人間の心はそんな風には割り切れない。
 信じたい。傷つかないように心を堅く閉じてしまいたい。
 いつも、いつも、その繰り返し。
 愛情は自分の心から生まれるけど、独立した別の生き物みたいに、意志や思考とは離れて成長していく。だから制御することなんてできないし、大きく成長したらどんな姿になるかも分からない。宇宙から来た未知の生物の卵みたいなものだと思う。
 そしていつかそれは、自分の壁を突き破って外に出ていこうとする。
 その瞬間って、誰にとっても怖い。せっかく生まれた新しい命が小さな儚い蜻蛉みたいに、一瞬で風にさらわれてしまったり、強い陽差しに耐え切れなくて死んでしまうかもしれない。もしかしたら自分を苦しめて、滅ぼすことだってあるかもしれない。
 だから親鳥みたいに、いつまでも卵を温め続けて夢を見ていられたらいいのにな、と思う。そんなこと、きっと不可能だけど。
 あたしは心が抱えきれなくなった時、詩を書く。それも幼稚園の頃から少しも変わってない。一番、激しい感情は書いたコトバの中に閉じ込めておく。なぜ神様は単純に<愛すること=どんどんシアワセになる>にしてくれないのかな。そうすれば、人生はすごく楽しいのに。


 「緊急SOS」

 あたしの心に荒れ狂う吹雪は 決してやまない
 どんなに長い冬もいつか終わり
 春がすべてを緑に変える日がくると人は言うけれど
 でも、感情さえ麻痺させる 絶対零度の冷たさが
 心臓の底にこびりついてる
 生まれたときから そこに棲みついて
 すべてを凍らせ 指の感覚を失わせて
 膝を抱えてうずくまるあたしは 言葉すらもう忘れた

 時々、終わらない春の夢を見る
 響きあう青の祈りに包まれて
 繋いだあなたの手を決して離さない
 永遠に続けと願っても
 心の隙間から流れ込む冷たい風が
 また世界を凍える吹雪の中に連れ去っていく

 その寒さを、空虚な白い悪魔を憎んでいるのに
 命ある限りいつも隣りにいる
 生まれた時から 揺り籠でいっしょに育ち
 冷たさが細胞に刻印された
 生まれてきた間違いを 思い知らせるために

 息を潜め、病んだ子猫の鼓動を聞くように
 あなたがあたしを見つめてくれれば
 闇の森で流れ星を求めるように
 何度もこの名前を呼んでくれれば
 きっと白い悪魔はあたしから消えると
 いつも信じているのに

 沈黙の夜が果て 黒い風の絶望が渦巻く
 死を夢見る偽りの子守歌

 その獰猛な野生獣の高貴なぬくもりで
 魂の空白をかき消して
 滾る本能の狂おしい血色のリズムで
 心を侵す氷塊をうち砕いて

 すべての白を 壊して



 P.S.
 次の新刊は9月頃、単行本で出す予定です。
 あたしの初めての日本語タイトルで「神曲 Welcome to Trance World 」(仮)。
 心に傷を持つ恋人のためにすべてを捧げた主人公が、せつない恋愛の果てにたどり着いた真の覚醒世界とは……。

 そして10月頃には香港撮影のゴージャス写真小説集。
 もう少しだけ、待っててね。



5月31日

 昨日、生まれて始めてMTBを借りて走ったら、止まる時に大ゴケして、左足にMTBの重い車体がモロに直撃。全治3ヶ月の全身負傷……っていうのはちょっとおおげさだけど、すごい派手な切り傷と紫色のあざだらけで、見るも無残になった。
 これから夏ファッションだっていうのに、これじゃSMちっくで生足になれない!
 あたしは小さい頃から生傷がたえない子で、チャリで転んで失明しかかったり、タクシーに足轢かれたり、激怒してる犬に噛みつかれて指の一部がなくなったりとか、とにかく怪我フェチじゃないかっていうぐらい、いつもどっかに負傷してる。
 しまいには病院行くのが面倒になってきて、ブラックジャックみたいに「自分で直すんだ!」とか言って、腕の傷をカッターナイフとかアルコールとか氷とかで勝手に治療してたら、リンパ腺が紫色に腫れ上がってきて、痛みで死にそうになったこともあるよ。
 原因は極度に注意力散漫、でいつもぼーっと考え事しながら行動してるから。
 でも実は包帯や眼帯して歩くのって、コスプレっぽくてかなり好きだったりするんだけどね。『girl』のケンジの松葉杖は、あたし的にかなりツボです。病院で男の子がギプスを嵌めて松葉杖ついて歩いてたりすると、なんか思わずうっとり見とれちゃう。自分でもどういう心理なのかよく分からないけど。

 病院っていえば……肉体じゃなくて心の傷や痛みをテーマにした映画「十七歳のカルテ」を見た。ずいぶん、遅ればせになっちゃったけど。前からこのbbsでも沢山の人たちが薦めてくれてたから、一度見なくっちゃ思ってたんだ。で、結果は……すっごく感動したし、あたし自身も救われた。「自分って変?」って心の悩みを持っている人たちに見てもらいたいからちょっと紹介。
 ウィノナ・ライダー扮する主人公スーザンは、自殺未遂をしてボーダー……境界性人格障害と診断されて精神病院に入院させられる。自分が異常だと思っていない彼女は、治療に反発を覚え、脱走を繰り返している挑発的な女の子に親しみを覚える。その反社会的な子、リサを演じるのがアンジェリーナ・ジョリー。
 二人はある日、病院とのトラブルから脱走を企てるけど、退院した過食症の女の子の家に転がりこんだことから悲劇が起こる。スーザンは逃げ場がないほど、彼女を精神的に追い詰めたリサが許せなくなり……。そんなストーリー。ちょっとネタバレになっちゃったけど、見てない人はごめん。
 ラストでスーザンが退院するとき、「この社会が異常なのか、私が異常なのか。正常と異常の境界なんて引くことはできない」って呟く言葉が、すごく印象に残る。

 あたしもずっとそう思ってた。この社会は正常の仮面をつけていても、歪んだ価値観で動いている闇の部分が実はいっぱいある。それに適応できない人間に、「異常」のレッテルを貼ってしまうのは闇を掘り返されたくない人々にはラクだけど……。でも本当の問題は闇を掘っていったずっと奥にあったりする。
 主人公が日記をつけることで少しずつ自分と周囲を見つめなおし、「夢は?」と聞かれて「作家になること」と答えたとき、すっごくうれしかった。あたしが子供の頃、最初に小説や詩を書くようになったのも、やっぱり「普通」や「正常」を演じることへの、どうしようもない違和感を埋めたかったから。大人たちの世界は、舞台でヘタな役者たちが演じている、終わりも始まりもない喜劇や悲劇に見えた。心のままに生きていればこんな劇はさっさと幕を下ろして、みんな本当の自分の場所へ戻っていけるのに。そう思ってた。人と同じように笑い、友達と遊び、学校へ行っても、決して埋まらないその隙間は、もしかしたら自分しか感じていないのかもしれないと、不安でたまらなかった。
 詩や物語を読んだり書いてるときだけが、それを忘れられる瞬間だった。そこだけが劇への違和感を忘れられる、「自分の本当の場所」だった。笑うことも泣くこともできないサエない悲喜劇の裏で、人々がどんなに裸の心で葛藤し、本当は何を望んでいるのか、教えてくれたのも小説だった。すべての人が少しずつ異常で、隙間を埋めてくれるものを探している。それを見つけて大切に育て、隙間に根を生やした樹が空に向かって花開くことが、生きる目的なのかもしれない。いつかそう思えるようになった。

 あたしが読んできた本たちは、一番大好きな心の広い先生で、孤独や悲しみ、虚しさ、そして愛を求める心、すべてを包み込んでくれる海のような場所……。
 今、あたしは広大な海に抱かれて小説を書いてる。この映画でそれが再確認できた。
「十七歳のカルテ」をあたしに教えてくれた、みんなに感謝!



5月14日

 この前、渋谷パルコで映画「ハッシュ!」を見た。かなり面白い!! 日本映画としては花マルだよ。
 人とうまく関われない歯科技師の女の子が、子宮の病気をきっかけに、子供がほしいと考えるようになる。そこで眼をつけたのが田辺誠一扮するゲイの男。「恋人にならなくても、セックスなんかしなくてもいいから、父親になって」と頼む彼女の真剣さに心は揺れるけど、彼には同棲しているゲイの恋人がいて、当然、猛反対される。でも最後には、奇妙だけどあったかい家族の空気が流れて……そんなストーリー。
 恋人じゃなくても、セックスしなくても、一緒にスーパーに買い物に行って鍋を食べれば、共に生きるファミリーになれるかもって思うラストだった。
 田辺誠一ってあんなにいい俳優だったんだって、再確認。丹精な二枚目のようで普通っぽくて、爽やかなようでネクラなようで、すごく深みのある自然体な演技がよかった。かなりファンになっちゃった。
 主人公の女の子は気ままに孤独に生きてて「ヤリマン」って言われちゃうタイプ。片岡礼子っていう女優が演じてるんだけど、あっ、こういう子いるいるっていうリアルな感じ。突然、見も知らぬ相手に「子供の父親になって」なんて、すごく自分勝手にも思えるんだけど、少しずつそういう生き方もアリじゃん、って妙に納得させられちゃう。

 この映画ですごくいいなって羨ましくなったのは、ゲイのカップルの関係。恋人なんだから、当然、彼氏が異性と関わるのはうれしくない。最初は必死に止めようとするんだけど、彼女の真剣さに心が揺れる田辺誠一は、「いやだってばっさり切れないのがオレなんだ。そういうオレを認めてよ」ってうなだれる。そのうち相手も彼の誠実さにほだされて「そういうお前だから好きになったんだ」って、少しずつ受け入れていく。
 お互い好きになって付き合いだすまでは、恋のトキメキと不安でいっぱい。でも問題は「二人」を始めてからなんだよね。みんな、二人っきりの世界に住んでるわけじゃない。色んな人たちと係わり合いながら絆を強くしていくことって、結構難しい。一番たいせつなのは、やっぱり相手と自分に誠実であること、真剣なこと、じゃないのかな。だって自分が大好きになった相手が誠実に真剣に考えたことを、あっさり否定することなんて絶対できないから。

 自分と相手に嘘をつかないこと。自分の心に対して真剣なこと。実はそれが一番難しいと思う。だって人の心はいつも移ろいやすいものだし、自分に嘘をつかないことが相手を裏切ったり傷つけてしまう結果になることだってある。
 誰も裏切らずに生きていくことなんて、この世界では不可能なのかもしれない。そもそも自分自身の気持ちだって、よくわからないことだらけだよね。でもこの映画の二人のように、二人で生きていこうって決めたら、恋より愛のカタチを誠実に模索するのが、あたしの理想。お互いを深く思う気持ちと自分に嘘をつかない真剣さしか、きっと絆を繋いでいくものはない。

 あたしのトモダチに面白いカップルがいる。
 高校で三年間付き合って、いろいろケンカしたあげく彼女の方から別れて、別々の大学に入った今は元カレ、元カノでまた付き合いを再開。でも気持ちは前のようにはテンションがあがらない。彼女の方にはバイト先で気になる人が現われて、コクってみようかなと思い始めてた。で、彼に相談したら、「がんばってみれば。応援はできないけど」。
 結果はうまくいかなくて、結局また元カレの元に……っていうことをもう何回も繰り返してるんだよね、この二人。
 カレが彼女に惚れてるってことも大きいけど、別の男の子にコクるのを「がんばれ」っていえるのもすごい。そういう風に彼女にとって一番いい男はオレだって、信じ続けられるカレをちょっぴりリスペクト。もし彼女がいつか別の男の子とうまくいって帰ってこなかったら。それでも「がんばれ」っていうのかな。「オレのところに帰って来い」っていうのかな。


<次の亜美作品>
 今、書いてる新しい作品は単行本として結構早く、夏ごろ出るかも(未定)。ミカとのコラボ写真小説が秋頃の予定だから、その前かな。とにかく、書きながらドラッグやってるみたいな目眩と、狂気寸前っていう感じのヤバイ気分になって、自分でも怖くなった。
 真夜中に何度も呼吸困難と不安の発作で飛び起きて、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」って自分に言い聞かせて……。余りの怖さに叫びだしたくなったりする。といっても、誤解されたくないから書いておくけど、マジにクスリなんかはやってない。これは絶対。
 怖いっていってもホラーじゃないよ。じゃあ、どういう作品かっていうと……うーん、とにかく精神状態を不安定にしたくない人は読まない方がいいかもっていう、「目眩小説」とだけ書いておこう。

P.S.  赤茶色のトイプードルの子犬、ロビンを新しく飼ったって前にも書いたよね。毛むくじゃらのテディベアみたいで余りにも可愛いから、毎日、抱っこして頬にすりすりせずにはいられなくなる。で、前からいた先輩トイプードルのシャインがヤキモチを妬いて、おかしな行動をとり始めた。ロビンのおもちゃをくわえて、赤ちゃん犬の「キューン、キューン」っていう泣き真似をしながら、あたしの方をせつない目でじっと見てるんだ。最初は「???」だったけど、しばらくしてシャインの心がやっとわかった。
「ロビンみたいに赤ちゃんになったから、抱っこして可愛がって」
 って言ってるんだって。そう、つまり赤ちゃん返り。それに気づいたら、なんかシャインがいとおしくてたまらなくなっちゃった。こんな可愛いジェラシーだったら大歓迎!!

 MAOちゃんの出てる「マッスル・ミュージカル」見たよ。
 髪をセミロングに切って大人っぽくなった真央ちゃん。あんなにダンスがうまいとは驚き! !全体がアクロバティックな激しい動きの連続で楽しかった。
 
 今日、窪塚の出る映画「ピンポン」の試写会を見てきた。
「ハッシュ!」とは全然、違うテイストだけど、これも激おもしろい。
 特に卓球の試合のシーンが、なんかめっちゃ感情移入し、ラストは泣いちゃった。あたし的にはARATAのクールな演技がかなりツボ。窪塚は最初、松本大洋の原作のイメージと違いすぎて戸惑ったけど、後半は主役のペコになりきって、思いっきり弾けてくれた。窪塚ファンじゃなくても必見です。



4月20日

 みんな、「The 2nd Lovers」の感想、たくさん書いてくれてありがとう。 三つのお話それぞれの読み手によって、違う感じ方をしてくれていてどの感想もすごく興味深かかった。
 あたしはもともと、長編とはまたぜんぜん違う世界作りができる短編が、(読者としても書き手としても)大好き。
 たとえばカポーティとかブラッドベリとか短編の名手って言われる人の作 品を読むと、鮮やかな魔法使いのショーを見てるみたいに「うわっすごーい」 って感動する。またそのうち、短編集にトライしてみたい。

 最近よく考えること。あたしが生きるのに絶対必要な三つの条件。
 第一が情熱。第二が愛。第三が自由。
 小説や詩への情熱がない人生なんて想像もつかない。っていうか、小さいころから いつも自分の一部としてお話や詩を書いてたから、多分、情熱がなくなるときって、死ぬ時しかないと思う。
 それから愛。あたしはいつもピュアに愛したい、愛されたい。愛しあっている状態 の人にだけ見えるものも、世の中にはある。でも、例えいとしい人の愛が得られない時があっても、あたしはいつも何かを深く愛して生きてる。
 例えば空。例えば愛する詩人たちの詩。例えば孤独の夜明けにしか聞こえない、沈黙の音楽。 例えば大好きな友人たち。何も愛さない状態も、あたしには不可能。
 最後に自由。BBSでもちょっと話題になったように、これが結構難しい。色んなスタンスの自由がある。文明社会を捨てて、山の中で自給自足の仙人みたいに 生きるとか、就職しないでフリーターとして生きるとか、一生、一人で旅をしたり 気ままに生きるとか……。
 あたしが目指してる心の自由は、すべての世界に入ってみることも出て行くことも許されていて、それでいて責任や人間としての思いやりを犠牲にしないこと、なのかもしれない。これって逆かな? 責任や思いやりを持たなくちゃ、自由な出入りは許されないよね。
 家族でも会社や学校でも、友達のグループでも、そして社会でも……。よく海外を一人旅しているときに考える。あたしがここで野垂れ死にしようが、バカなことをしようが、周囲には干渉する人もお節 介をやいてくれる人も、誰もいない。ずっとそこに留まっていても、明日違う場所へ行っても 自分次第。風の吹くまま気の向くまま。こういうパスポートで保障された旅人の自由はすごく 清々しくて気持ちいい。
 成田に帰ってきて、鉛色に曇った空を見るとちょっと落ち込む。でも日本であたしが自由じゃないのかっていったら、そんなことはないんだよね。税金とか保険とかそういう基本的な責任以外は、やりたいことしかやってないし、会いたい人にしか会ってない。いつからか、義理やしがらみや「……のため」っていう大義名分で人と会ったり行動することを、キレイにやらなくなった。だから本当は楽しくないのに愛想笑いしたり、心の中では下らないと思いながらとりあえず参加するなんてnothingなんだ。
 何よりも精神的に、ほんのかすかな風でも感じ取れるニュートラルな透明度を保っていたいから。あたしにとってのほんとうの「自由」っていうのは、心の中の抑圧がゼロのナチュラルな状態なんだと思う。そして自分が関わっていく周囲の人々も、そんな風だったらいいなと思う。
 傷つけたり傷つけられたり。犠牲にしたりされたり。そういう関係とは対極にある、自由な人間同士の触れ合いみたいなものだけが、自分をもっと自由に豊かにしてくれるから。
「風」が聞こえる。
 自由な孤独はそんな感覚。

「alones」のラストでイズミとカイが淋しさを見つける小さな旅に出たように、心の奥の扉を開ければ、いつもは見えないものが見えるし、聞こえないものが聞こえる。 それを感じるために、多分、誰もが孤独を隠し持っているんだと思う。


<亜美的先週いったところ>

 その [1] 先日、実花っちの「ナディッフ」での個展オープニングパーティーに行ってきた。豪華客船、海、金魚、マリア像、花……すべてのものが光に満ちていて、実花っちのドラッグみたいな色彩感覚が全開。もしあたしの心にレンズがついていて、「この色だ!!」って思ったときにシャッターを切れたら、あんなキレイな色に撮れるのかな、なんてつくづくうらやましくなっちゃった。
 コラボ写真小説集の香港ロケは初夏の予定。めくるめく色彩の街、香港での実花激写に期待沸騰です。

 その [2] 庵野秀明監督と、漫画家の安野モヨコさんのWアンノ結婚祝いパーティー。ガンダムのコスプレで出てくるかなと思ってたら、庵野さんは超かっこいいタキシード姿、モヨコさんはオートクチュールっぽい格調高いウェディングドレスで、お互いを見詰め合う眼には、カンペキにラブラブ光線が飛び交ってた。「ヨメさん」「カントク」とか呼びあっちゃって……。かの偉大な宮崎駿監督が最初に挨拶してたよ。
 どうか末永くお幸せに。。。
 パーティーにはやまだないとさんや江川達也さんも来ていたので、久しぶりにおしゃべりできて楽しかった。やまださんは相変わらず、すっごく優しくて思いやりがあって感動。江川さんは相変わらずぶっ飛んだ天才ぶりを発揮してくれた。でもくじ引きでトトロの巨大ぬいぐるみと綾波レイ人形をとり損ねたことが、ちょっとだけ不満。



4月12日

 4月17日はいよいよ『The 2nd lovers』の発売日!!
 ブックショップの中を見回して一目で「実花の写真だ」分かる鮮やかなブルーと赤がぱっと眼に飛び込んできたら、それがこの本だよ。
「夢の国の王子さま」の雰囲気、みんなも感じてくれるでしょ?
 感想カキコ待ってるね。

 この短編集もそうだけど、今年から来年は「LOVE」がアミ的大テーマ。
 恋のときめきは楽しいけど、愛は苦しいのはなぜ?
 愛すると自分が変わっていくのはなぜ?
 今、この瞬間も世界中でたくさんの人たちが恋愛のもたらす限りない一体感や喜び、苦しみを感じながら、生活してるんだと思うと心が熱くなってくる。
 昨日、「鬼が来た」っていう中国の映画試写を見た。
 中国の小さな村に住む家に運び込まれた二つの麻袋。奇妙な任務を背負わされたために愛し合うカップルを囲む村の人々、日本軍、中国共産党……色んな支配者たちがカップルの運命を翻弄し、最後は思いもかけない結末が……。
 凄くいい映画なんだけどあたし的には、映画の大きなテーマよりこのカップルの幸せの行方だけが気になって仕方なかった。あんまりいい観客じゃないかな。
 でも「アメリ」とか「ヘドウィグ」とかどの映画もそうだけど、人にはやっぱり愛し合う二人だけは幸せになって欲しいっていう、無意識の欲求があるものらしい。
 だからハッピーエンドだとなんとなくほんわかして自分まで幸せになるし、悲しい終わりだと胸が痛んで自分の過去を振り返ってみたり……。
 それはきっと、誰の心にも必ずある「愛し愛される幸せ」への夢を、主人公に託すからだと思う。
 小説の結末をハッピーにするかせつなくするか、あたしもいつも考え込む。
 きっと小説でも映画でも一番難しいのが、そこなんだよね。うーん……。

 この前、完成した『The 2nd lover』を読んだ真中瞳ちゃんから、「この本のこの作品が好き」っていう感想のお電話をもらった。そのときの盛り上がりで、これから一緒にご飯を食べようってことになって(家は結構近いから)、楽しい食欲とトークの夜が始まった。
 今、考えても、よくあんなに食べれたなーって思うぐらい、二人でよく食べた!!
 まず家の近くのおいしいケーキショップで「本日のきまぐれケーキ」っていうチーズスフレタルトみたいなこってり系のケーキをホールで買ってきて、仕事場でお話しながら適当に切って二人で食べてるうちに、ホールがあっというまに姿を消した。底のタルトの部分がさくさくしてて、ふわっとしたチーズスフレの部分とナイスマッチでめちゃうまだったから、あっという間。
 それから近所のエスニック料理屋に行って、テーブルに乗り切れないぐらい注文しちゃった。ナシゴレンにトムヤムクンにタイ風の辛いヌードルに焼きそば風麺に、串焼きポークに揚げワンタンの入ったぱりぱりサラダにロースト・シュリンプに……。
 ああ、もうお腹一杯で一口も入らないと思ったんだけど、二人ともデザートメニューをみたら「あっ、これおいしそー」とか言って、ココナッツと餡入りのアイスかなんかを食べちゃった。ケーキ1ホール食べた後にだよ!!
  瞳ちゃんはあんなに細くて足がながーくて、スタイル抜群の美女だけど、ほんとに良く食べる!!
 あたしも普段は気分の変動が胃にくる方で、そんなにいっぺんには食べれないんだけど、ノリノリでしゃべってると、すいすい入っちゃうんだよね。
 食べ物の話ばっかりになっちゃって、で、肝心のお話はどーなの? って突っ込みが入りそう。瞳ちゃんはあたしの本を全作品、すごく丁寧に読破していてくれている、とってもうれしい読者様なのです。あのきりっとした美形のお顔とスタイルとしゃべり方から、「気位の高いスキのない才女」を連想する人も多いかもしれないけど、実はとってもフレンドリーであったかいひと。
 小説とか映画とか仕事の話とかいっぱいしたけど、二人とも「回り道になろうと誰がなんといおうと、自分の考えと自分の言葉と自分のポリシーで生きて行かなくちゃ、絶対つまんないし後悔するよね」って結論で見事に一致してた。

 世の中には「こうしたほうが成功への近道だよ」とか「ラクに生きられるよ」ってマニュアルを囁く声がいっぱいある。確かにそれに従えばうまくいくのかもしれない。でも、それをしたら自分が自分じゃなくなっちゃうってこともいっぱいある。確かに自分の欠点は見直さなくちゃならない。でも頑固さとかこだわりとかポリシーとか人間らしい凸凹を全部削りとって平らにしちゃったら、それは「世界でただ一人の自分」じゃなくなっちゃう。
 だから例え効率が悪くても、やっぱり死ぬまで自分らしさにこだわりたい。
 あたしが親しみを感じて「友達だ!!」と思う人って、みんなそういう「自分の内なる声をちゃんと聞いていくことが、何より大切」っていう人ばっかり。
 ただ一度きりの人生だもん。周囲の人を傷つけたり迷惑をかけたりは絶対したくないけど、自分の走るコースも、どこをゴールにするかも、自分で決めなくちゃ納得できない。
 たとえ向かい風でも長い上り坂でも、「自分のゴール」にたどり着いたときの爽快感はきっと、何にも変えがたいと思うから。



3月30日

 せっかく満開になった桜が、風と雨であっという間に散っちゃって淋しい!! でも桜が美しいのは儚いからだよね。
 人の命みたいに、消えてしまえば「一夜の夢」だったっていう記憶しか残らなくとも、その一瞬の儚さこそが「永遠」の響きで胸に蘇る。生きることも夢のようなもの。でも夢だからこそ、一番美しい心の絵模様をみたい。桜のように惜しみなく自分の命を咲かせて、力尽きたら惜しみなく花吹雪になりたいな。
「願わくば 華の下にて春死なん」
 西行の歌、大好き。

 この前、渋谷のシネマライズで「ヘドウィク& アングリーインチ」っていう超感動の映画を見た。ちょっと簡単にストーリーを紹介すると、ヘドウィクっていう「女になりたい」男の子が、性転換手術に失敗して、男の痕跡が1インチだけのこっちゃう。それが彼(彼女)の人生に大きな影響を与えることになる。バンドを組みロックミュージシャンになったヘドウィクは、心ときめくバンドボーイに出会い、彼のために歌を作り、スターになるためのすべてを教える。でも心の底から愛した彼は、ヘドウィクの肉体の秘密を知って……。
 まだ見てない人のために、後は省略。
 とにかくラストがめっちゃ感動した!!
 人が人を心から愛して求めるのに、身体が男とか女とかどーとかなんて関係ない!!
「愛してるんだ!!」っていう心の叫びの真実だけが、人間を揺り動かし、感動させる。それがダイレクトに伝わってきて、涙が出た。

 そー言えばこのBBSでちょっと話題になってる「ボーイズ・ドント・クライ」は、男としてのセクシャリティで女を愛する、性同一障害の女の子の愛がテーマだった。
 これもヒラリー・スワンクが演じた主役のせつない恋に、すごく感動したよ。
 彼女が恋した女の子は、男装している恋人が実は女だと気づいてもやっぱり愛し続けるんだけど、保守的な街の人々は、そんな主人公を化け物扱いする。
「愛が真実なら、性別なんかどうでもいい」って思わず叫びたくなる。
 最近見た「翼をください」っていう映画は、寄宿舎制の女子高が舞台の、女の子が同級生を真剣に愛しちゃうという、これもせつない話。
 相手の女の子は最初、心も身体もピュアに主人公を受け入れるんだけど、そのうち「レズビアン」って言う噂が立つことを恐れて、愛していない男に乗り換える。捨てられた主人公は、愛の行き場を失って……これもネタバレになるので省略。女子高に通ってた人は、もしかしたら自分が友達に抱いていた微妙な感情に思い当たるかも。

 人が人を心から愛するのに必要なものは、相手を大切に思いいつくしむ心だけだよね。
 だけど、多くの人は「普通じゃない恋愛の形」を避けようとする。
「他人がどう思うか」「異常と思われるのは嫌」っていう自己防衛のために、大切な想いまで捨ててしまうなんて、宝物をどぶに捨ててしまうのと同じなのに。
 とゆーわけで、今週のアミ的お薦め映画でした。

 昨日は友達イベントで岩井俊二監督と再会して、深夜までお話できてすごく楽しかった。
 そこの会場はすごくおしゃれな空間で、室内に大きなコンクリートの池がある。で、その中を泳いでるのが、鰐みたいに尖った真っ白な顔をした巨大な魚。あまりにも人間ぽい顔なんでてっきり人面魚かシーマンか!! と思ったけど、実は「サーフ・スプラッシュ」にも登場したアリーゲーター・ガーっていう超珍しいアマゾンの魚。それと1メートルぐらいある巨大ピラニアがいて、毎日、金魚を何十匹も食べちゃうんだって。試しにブーツを入れてみたらいきなり近づいてきて、ぱくっとかやられそうになったんで、そっこう脚を引き上げた。
 実はあたしも熱帯魚が好き。もうすぐ発売になる短編集『The 2 nd Lovers』に登場するベタっていう魚を飼ってみたくて、水槽やろ過装置まで買って、熱帯魚11匹を飼い始めた。
って、前フリが長すぎ。
 で、あたしが「ベタ飼ってる」って言ったら、岩井監督が「あっ、その魚、ぼくも映画の中で何回か使った」っていう話になって妙にオタッキーに盛り上がった。ベタっていう魚は色彩も姿も超キレイで、熱帯魚ショップとか行くと、必ず目立つところにおいてあるから、きっとみんなも見たことがあると思うよ。作品の中にハッとする色彩を取り入れたいと思ってると、ついそういうものに眼が留まる。そういうところで岩井監督とシンクロしたのが、すごくうれしかった。
 午前四時に家に帰ってきて、そのままパソコンに向かい、朝八時に寝て気がついたら午後二時。
 あーっ、人と待ち合わせの約束があった……と渋谷にダッシュで向かったけどすでに大ちこくモード。
 今日、渋谷駅前の人ごみを全力疾走してた人は、あたしです。
 これが昨日と今日のあたしの生活でした。

『The 2 nd Lovers』、きっと本屋で一番素敵な表紙だから、すぐ眼につくと思う。ぜひ買って感想をカキコしてね。
 大ニュース。今回の解説には、な、なんと、かの伝説の(メルマガでは幻の?)担当編集者、日野っちが登場。
 さて、彼は一体、何をメッセージしてくれるのでしょうか。それもお楽しみに。

P.S.
 俊くんファンクラブ会員の方へ。俊くんへの応援はこのBBSに書いてもいいし、日野っちにメールで送ってもいいです。この前身長178センチって書いたけど、今は成長して180センチ以上あるよ。
 真央ちゃん応援団の方へ。真央ちゃんは最近、深夜のテレビに時々出てます。要チェック。去年……だったとおもうけど、「ガオレンジャー」にも出演しました。



3月14日

 最初にひとつアミ的心理テストをしてみて。
 あなたはお気に入りの公園のお気に入りのベンチで、読書してる。彼の浮気が発覚してめちゃウツでは腹立たしい気分を、せめて静かに本で癒したい。ところが、近くで同い年ぐらいの女の子がヒップホップの音楽をかけながら、ダンスの練習を始めた。せっかくいいとこなのに音楽がうるさくて集中できないから、あなたはだんだん苛々してきた。でも、離れた場所のベンチはみんないっぱいです。さて、あなたはどうする?

 次の4つから選んで
 A  ダンスをしてる女の子に「他の人の迷惑も考えて、音楽止めて。誰もいない深夜にやればいいじゃない」と言う。
 B その公園を諦めて、別のカフェや溜まり場へ移動する。
 C 一人でダンスの練習なんて勇気あるなあと感心しながら、読書をしばし休み、なにげにウォッチングする。
 D まっ、音楽をBGMにするのもいいかと気分を切り替え、そのまま本を読み続ける。

 あたしはBかC……かな。みんなはどうだった?
これはアミ流テストだけど、結構、自分の心の開放度を計るには分かりやすい。
 もともと公園ていうのは、規則を守って他人に迷惑や危害や不快を与えなければ、何をしても自由な場所だよね。うちの近くの広い公園も、日曜はスケボーの練習からバスケのスリーオンスリー、学祭ファッションショーの練習、ダンス、ストリートライブまで、入り乱れてやってる。めちゃ常識はずれのことをやらない限り、誰も文句を言わない。
 でも人は気分に支配される。あたしもかなり煮詰まってるときなんかは、ギターを弾きながら歌ってるのをうるさいと感じちゃったり、スケボー邪魔だ!! とか思っちゃったりすることあるし。そんなときは眉間にシワよってて、人生ほんとに暗いよって感じ。外に対して心を開けなくなってる証拠だから、逆に苛々して尖がった気分から抜け出すために、無心に景色をながめたり、犬と遊んだりする。
 で、結局何を言いたいかというと、何度もここに繰り返し書いたBBSのカキコのこと。BBSはあたしと日野っちが管理運営する公園みたいなもの。あたしの作品を好きな人たちが自由に言葉を交わしたり、感想を書く場所だよ。だからスケボーはいいけど、歌はダメとか、ダンスはいいけど、パフォーマンスはダメとかっていう区別はない。
 絶対に他人や他人に迷惑をかけたり、他人のカキコを誹謗中傷しないという基本さえ守れば、あとは自由に楽しくメッセージを書いてほしい。

 サンクチュアリっていう言葉、知ってる?
 聖域っていう意味。たとえば海辺や高原にあるバード・サンクチュアリは野鳥の聖域。
 でも聖域っていっても、別に人が特別なことをするわけじゃない。野鳥が集まってきてそこに住んだり餌を取ったりすることを、人間たちが邪魔しないように保護してるだけ。
 ほんとは自然そのものがサンクチュアリなんだけど、人がそれを壊してしまったから、わざわざ保護区を作ってる。
 このBBSのみんなのカキコを見てると、ここもやっぱりサンクチュアリなんだなと思う。
 傷ついたり苦しんでいる心に、みんなが自然に手を差し出し「一緒に歩こうよ」って言ってくれる言葉を読んで、あたし自身もずいぶん救われてるよ。「トゥモロウズ・ソング」のフリッパーズみたいに、遠くの仲間の痛みもエコーロケーションで感知しちゃう共感能力、人間にもちゃんとあるんだ、と思う。
 もちろん、個人の価値観はそれぞれ違うし、「私にはあなたが理解できない」「私とあなたの考え方は違う」と混じり合わずに生きていくこともできる。あたしもそうやって心を堅く閉じてる頃があった。でも自分の感じること、考えることには限界があって、そうやっていると気づかないうちに小さな世界の小さな価値観に縛られて、すごく息苦しくなってくる。
「自分の感覚がすべて」って思うのは、一見かっこいい。特に何かを作り出す仕事をしている人にとっては、そういう自信みたいなものが必要だったりする。でも実は、完全無欠な天才でもない限り、人は過去の歴史や他の人々から物凄くたくさんの影響を受けていて、それを自分の感覚を通して新しい形に昇華していかなくちゃならない。
 だから本当は、「あたしはあたし」「俺は俺」なんて言ってても、その自分を創っているたくさんのものを抜きにしては考えられないよね。
 そういう意味で、自己完結した人間なんてありえない。
 あたしも自分の感性を強く信じるのと一緒に、いつも世界への扉を広く開けておきたいと思う。


 悲しみも美も不幸も幸せも、世界には自分の想像すら及ばないことがいっぱいある。そういうものと出会ったとき、「あたしには関係ない」「理解できない」と切り捨ててしまったら、それで終わり。
 でも、白い心で理解してみよう、悲しみや喜びを感じてみようとすることはできるよね。 それを繰り返すことでしか、人は成長できない。
 どんなところに住むどんな人間も、ただの蜃気楼みたいな実態のないone ofthemではなく、心と血と痛みを持った存在だと実感できるのも、そういう成長のひとつ。あたしにとって「あなた」がそうであるように。
 あなたにとって巡り合ったすべての「彼」「彼女」がそうであるように。顔は見えなくてもこのBBSを訪れるすべての人が、そうであるように。
 ここがあたしとみんなにとって、そんな共感と成長の場になればいいなと、いつも思ってる。

 四月に出る短編集のタイトルは『The 2nd Lovers』に決定しました。
 二番目の恋人。うーん、意味深だよね。
 三つの短編の主人公はみんな、セカンド・ラバーズの悲しみと痛みを背負ってる。
 どこかでそういう体験をしちゃった人、今、まさに自分がそういう立場に置かれてる人、これからそうなるかもしれない人、悩みの渦中の人、全員必読!!
 今回の表紙はまさに「夢見る国の王子様」。めつちゃミカカラー炸裂の傑作だよ。
 あと二週間、もう少しだけ待っててね。

P.S.1 亜美連も全国に広がってるみたいで、超楽しそう。なんかそのうち亜美連フェスティバルでもやりたいよね(金魚すくいとかトランスミュージックで踊りまくるとか……内容は謎)。

P.S.2 映画「マルホランド・ドライブ」(なんか車に酔ったみたいな眩暈感のある映画)「シッピング・ニュース」(大好きなラッセ・ハルストレム監督の作品です)見ました。ビデオ「ベルベツト・ゴールドマイン」今さらだけど見た。ユアンとジョナサン、超かっこいい。グラム・ロックがぎらぎらしてた頃の、デビッド・ボウイの神話だよ。



3月1日

 昨日は幻冬舎で4月に出る短編集の表紙撮影がありました。
 カメラマンはもちろん蜷川実花さん。風邪をひいて体調が悪かったのに、いつも以上に素敵なショットをがんがん撮ってくれました。
 モデルは本格派俳優としての道を歩き始めた俊くん。
 ヘアメイクは『Firefly』でおなじみwaniくん(実在するのだ!!)、
 コーディネーターは編集の鉄人を目指す日野っち。
 スタイリスト兼お花のデコレーション係があたし。
 そのほかにも実花さんのアシスタントさんや、俊くんの事務所の方たち、お手伝いしてくれた幻冬舎の方たち、ほんとにお疲れ様でした!!!!

 本の表紙って、その本の内容を表す「顔」だから、すごく大切だと思うし、実花さんもそう思ってくれてる。だからこそ、イメージに合うたった一枚のベストショットを求めて、全力で最上の一瞬を演出し、最高の場面を切り取ってくれるのです。
デビュー作の「イノセントワールド」からずっと、絶対に実花っちの感性でしか撮
れない輝く宝石みたいな写真が表紙を飾ってきたけど、本当にこれはあたしの本の世
界のすべてを表現してくれる、世界最高の作品たちだと思ってます。ここで改めて実
花っちに多謝!!!

 そして実在するwaniくんには原宿の「オレンジ」というヘアメイクの店であえるよ。金髪ですごくフレンドリーなおにーさんです。トイプードルの有名犬ウニもいるよ!! 今度、イタリアン・グレーハウンドの新顔みせてね。
 俊くんはブルーミング・エージェンシーという事務所に所属してます。17歳、178
センチ。好きな食べ物はラーメン。好きな人はビンセント・ギャロ、松本人志。今ま
でモデルとして活動してたけど、これからはギャロのような超高感度ですごい俳優に
一歩ずつ近づくのだ!!

 この初の短編小説集は、ひさびさに日常の中で誰もが必ず体験するような、出会いと別れがテーマ。誰もが「いつか出会う最高のコイビト」を心の中で夢見ている。それがたとえ自分の勝手な思い込みだとしても、「この人こそ」っていうときめきがやがて、期待を裏切られた痛みに変わっても、人は自分の心が育てた「王子様」「お姫
様」を忘れ去ることはできない。
  願いがかなえられないとき、誰もが心の隙間を埋めるために、他人から見たら愚か
だったり「もしかしたら自分って異常?」と悩むような行動をとってしまう。
 でも、それも生きるための心の治療行為なんだよね。
 本当に生きていくのに必要なのは、光輝く理想の「王子様」「お姫様」なのか? それとも、そんな自分の愚かさもいとおしいと思ってくれる人なのか?
  それが今度の短編集のテーマです。
 愛されないのに「この人じゃなくちゃ」って苦しい思いに囚われている人たち、自分に本当に大切なのが誰なのかわからない人たち。
 皆、絶対読んでね!!

 あたしは小学生のころから、授業中ノートに漫画を書いてたんだけど、いつも決まって登場するのが「理想の人」の横顔。
 自分では無意識だけど、描きながらいつか出会うその彼への希望を託してた。その人の眼は涼しげな切れ長。とても無口だけど、一緒に海を見ていると無言のままでもたくさん通じ合うものがある。そして普段は優しさをあらわさなくても、いざという時は優しかったり、あがいて失敗ばかりしてるあたしがおぼれそうになると、さりげなく手を差し伸べてくれる……。
 頭の中で勝手にイメージを作って、現実でそのイメージに会いそうな人と出会うと、「この人こそ王子様!!」って思ってた。
 心理学者のユングは、誰もが子供のころから「アニマ」「アニムス」っていう、無意識に作った理想の異性像を持ってるといってる。
 恋をする相手は、きっとその理想像にどこか似た人なんだと思う。
 でも人間は不完全なもの。いくら理想像に似ていても、人間くさいバカなところや愚かな部分がたくさんある。少しずつ、頭の中にある理想像を好きになるのは、本物の相手を好きになることじゃないと気づき始めた。

 じゃあ、本当の「王子様」はどこにいるの?
 きっとこの短編集がその答えを見つける手助けをしてくれると思う。

 ちなみに表紙のイメージは俊くん演じる「夢の王子さま」。お楽しみに。



2月14日

 今日はバレンタインデーだったけど、みんな、一番大切な人にチョコあげた(menはもらった)のかなー。いい結果だったことを祈る。
 ところであたしは、バレンタインとかクリスマスとかのイベントに、行動を起こしたことってこれまでナッシング。なんでかっていうと、こういう国民的な告白デーって、男の子はみんな「来るぞ来るぞ」って待ち構えてるわけで、そんな時に好きな人にラブラブ視線を送りながら、「はい。チョコ作ったの」なんて恥かしくてとてもできないー。
 それより普段の何でもないときに、不意打ちで「好き」って見せるほうがずっと効果的な気がするんだけど。相手の構えない本音の顔が見られちゃったりするし。でも、要するに、ただのひねくれ者なのかな。

 というわけで今日は、最初に「好き」の伝え方を考えてみた。
 あたしはバレンタインデーとおなじで、「告る」っていうのも大の苦手。
 改まって相手を呼び出しちゃったりして、「す、す、す、好きです!!」なんて告り方もやっぱり超ハズかしいし、逆に気持ちが旨く伝わらないような気がする。
 それより、さりげなく触れ合う指とか、ふっと真剣に見つめる眼とか、道を歩いてて彼女を車からかばう仕草なんかの積み重ねが、「あなたは大切な人だよ」っていう感情を、じわじわ浸透させてくれる。
 だってあんまりよく知らない相手から、ある日突然「好きです」とか「付き合ってください」って言われたりプレゼントもらってもぴんとこないよね。例え知っていたとしても、どんな風に相手を好きなのか、その中身がわからない。同じ「好き」でも、「憧れてる」から、「好みなんだけど」「いっぱいお話してみたい」「エッチしたい」「一生守ってあげたい」まで、たくさんの好きになり方がある。
 それを伝えるには、やっぱりちゃんと生きてる相手といっぱい関わっていって、あなたのこんな所が好き、こんな風に大事って感じさせるしかない。

 でも、恋は頭の中で相手をすごく美化しちゃうから、恋に恋すると逆に現実の生きてる相手を無視しがちになる。
 たとえば「君はこんなに素敵で頭がよくて優しい女の子だから好きだよ」って言われるより、「君にはこんな欠点も、こんなダメなところもある。でもそれも君らしさだからいい所と同じぐらい好き」と言われた方が、ずーーーーっとうれしいよね(あたしだけ?)。あっ、このセリフ、現実の場面でも使えるかも!
 つまり自分なんて欠点だらけだってよく分かってるから、それを見ないで美化されるより、欠点もちゃんと知った上で丸ごと「君がいちばん」ってなる方が、より「愛されてる」って気がしてうれしいんだよね。そこまで相手のことを、ちゃんと見てくれてるんだなって思えるから。

<亜美的香港レポート>
 近いのに初めてだった香港は、ウォン・カーウェイの映画を観たり香港の達人、実花っちの話を聞いて、すごく期待してた。香港はその期待にちゃんと答えてくれたよ。
 あたしが宿泊したのはチムシャッツイっていう、香港一の繁華街。派手な看板にお化け屋敷みたいな古くて汚い高層アパートや近代的なオフィスビル、串揚げの屋台や肉屋の店先の檻で鳴いてる食用の鶏たち。ブレードランナーとかの映画に出てくる、ごちゃ混ぜのパワフルな街そのもの。セブンイレブンとかスタバとか吉野家とか日本にもあるチェーンもほとんど全部ある。
 路地裏のおじいちゃんがやってる仏教具店で小さな仏像を買ったんだけど、あたしは広東語わからないし、向うは英語がわかんなくて、全然話が通じず、身振り手振りで二時間ぐらい悪戦苦闘してた。そこへやってきたのが優しい英語の分かるおばあさん。「ああ、旅行者だからちゃんと壊れないように箱に入れてって言ってるんだよ」って、広東語に通訳してくれて無事解決。香港はどこでも英語OKだと思ってたけど、結構、街では広東語しか分からない人も多い。
 とりあえず、チャイナドレス欲しかったけど、「こんなキラキラ刺繍の服、どこへ着ていくんだろう」って、考えこんでしまって買えなかった。値段の高い上品なデザインのはパーティーもOKだけど、安めの原色っぽいのを日本の街で着てたら、派手すぎて元ヤンキーの集会にみえちゃうかも。
 香港島からのスターフェリーで、かの有名な香港の夜景も見たし、バスで郊外の静かな漁港にも行ったよ。その辺の無名のレストランでも、香港中華は激おいしい! 特にラーメンは日本より量が少なくて、上の肉や魚の具が超おいしくて、絶対おすすめです。デザートにツバメの巣のココナッツミルク煮っていうのがあって、それを食べてみたかったんだけど、チャンスを逃しちゃった。今度は絶対にトライするつもり。
 とにかく、香港は面白い。日本で悩みがあっても、あのごちゃまぜエネルギーに浸かったら、吹き飛ぶこと請け合いだよ。

 どうして香港へ行ったかっていうと今年の夏頃の予定で、「撮影 蜷川実花/主演 俊くん/小説 桜井亜美/舞台 香港」で、また写真小説を出すからです。
 だからもう一度、香港へいける! うれしい。
 レオン・カーウェイの映画より面白くてきれいな作品にするつもりなので、楽しみにしててね。主人公は十七歳の涯。せつなくて笑えるジェットコースター・ムービーみたいな疾走する物語に合わせて、俊くんの思いもかけない色々な表情が、彼とめちゃめちゃ似合う香港の風景と一緒に実花っちフォトで見られる!!単行本の予定なので、写真も見ごたえ充分。

「俊くんファンクラブ」発足について。
 BBSで何人かが、俊くんのこと知りたい、ファンクラブ作りたいっていう声があったので、今日から発足を宣言します。
 会長は何もしないけど、一応あたし。規約も入会資格もないけど、とりあえずこれから本格派俳優に成長していく俊くんを応援することが目的です。
 これから、随時、ここで情報を書くので見逃さないで。ネットをやってるので、本人のカキコも時々、あると思うよ。
「MAOちゃんを応援する会」も、同時発足。
 モデルとして活躍してる彼女も、やっぱり未来はきっと本格派女優になると思う。もう表紙や実花っちの写真集でおなじみで、あの神秘的で美しい瞳に、ファンもたくさんいるよね。
 これからきらきら耀くような時を迎えるMAOちゃんの成長を、みんなで見守ろう!



アミ日記 1月27日

 寒くて死にそーな毎日だけど、みんな元気?
 4月に出す文庫が、あたしのはじめての短編集になることに決定。
 三つの短編が一つの本になっていて、そのうち二つが女、一つが男の主人公です。
 今回は日常の中に埋もれた「気付かなかった自分のほんとの想い」というのがテーマ。
 心の隙間を埋めるために、誰もがちょっとした「異常」な部分を持ってる。その隙間を埋めてくれる人を探しながら。
 自分に欠けているものを与えてくれるsomebody。「君はそのままでいいんだ」と言ってくれる誰かは、いつだって思いもかけない場所から現われる……。
 自分自身の恋愛ってよく分かっているようで、実は全然分かっていなかったりする。
 本当に必要な人は誰なのか? 離れたら生きていけない人は誰なのか?
 あたし自身も、自分の心を深く掘り下げながら書いてみました。

 その男バージョンの主役はモデルで17歳。もしかしてこれはShun君か?と思うような男の子なので(もちろんそのままじゃないけど)、お楽しみに。


 この前の日記で「真実の愛」について書いたけど、大好きな歌の歌詞にも、それを感じさせてくれるものがいっぱいある。
 例えばミスチルの「名もなき詩」の「愛はきっと奪うでも与えるものでもなくて、気がつけばそこにあるもの」というフレーズには、メチャ「そうだっっっっ」て共感したし、ブライアン・マックナイトがマライアとカップリングして歌う、「whenever you call」というラブソングの「あなたが私を呼びさえすれば、私はどんな遠くにいても、どんな時でも必ずあなたのもとへ駆けつける」という意味の歌詞には、ほんとにじーんときました。これは二人が掛け合いで歌うデュエットソングなんだけど、とにかく愛が胸一杯に響いてくる超おすすめ曲なので、ぜひ一度きいてみてね。

 誰でも心の奥底では愛を求めてるし、愛したいと願ってる。
 でも、奪うだけの愛、与えるだけの愛は、自己愛にすぎないし、お互いを成長させない。
 そういう意味では「カレシ」「彼女」とか「恋人」「自分のもの」とかいう枠を超えて、「あたしの心に響いたこの人に何かしてあげたい」と思うことが、形のない愛なのかもしれない。人と人の絆は、そんな小さな愛でつながれていて、失った時、始めてその大きさ、重さが分かる。
 何かを与えているつもりで、実は自分の方が相手から沢山のものを受け取っているんだよね。二人の間にある海が豊かになるほど、そこから生きる心の糧が生まれてくるから。
 楽しくノリがよく遊べる友達も大切。でも、築きあげた形もワクもない「絆」のかけがえのなさは、人生最大の宝物だと思う。
 今度の短編集は、そんな「絆」の大切さに気付いて欲しい、と願って書きました。

P.S. 最近のお気に入り。
 あたしの大好きな音楽や映画は、大抵、「愛」を感じさせてくれるものばっかり。
 最近、お気に入りのCDは、日本で開催されたクラブイベントの超一流テクノ・ミュージシャンたちのプレイを集めた「エレクトラグライド」。アンダーワールドとかAphex TwinとかOrbitalとかすごいメンバーばっかりで、曲も最高にいい。その中でも新鮮だったのが、Skelf aka Howie Bの打楽器ベースの不思議な曲。和太鼓とか鼓笛隊とかお祭りの掛け声まで入っちゃったりして、めちゃのれる。
映画「耳に残るは君の歌声」、超よかった。感動した。泣いた。ジプシー役のジョニー・デップが死ぬほどかっこよくて、主役のクリスティーナ・リッチが、薄幸だけど意志の強い生命力のある女の子を、すごく上手に演じてました。
 あと「ギルバート・グレイプ」や「ショコラ」をとった大好きなラッセ・ハルストレム監督の新作「ショッピング・ニュース」の試写もみました。これも「ギルバート・グレイプ」と同じように「故郷」や「家」がテーマ。あたしの大好きなケルトの素敵な曲がBGMに使われてて、超うれしくなった。これについては女性ファッション誌に書く予定です。




2002年1月15日

 みなさま、あけましておめでとう!!
 1か月ぶりの更新です。
 去年の12月頃はマジに鬱が止まらなかったけど、BBSにも書いたように、街で大好きなバンド、グレープバインの田中和将くんにばったり会ったことで、自分自身に、脱・鬱宣言をすることにした。
「この混みあった年末のデパ地下なんていう場所で会うのは、おみくじで超大吉をひいたみたいな奇跡的遭遇だもんだなー」
 と確信したから。その一ヶ月前ぐらいに、台場のライヴ聞きにいってたから、彼の歌が意識の片隅でぐるぐる回ってて、出会いの場を作ってくれたのかも。
 自分でも不思議だと思うけど、あたしはある人のことを意識・無意識の両面で考えてると、なぜかその人に街でバッタリ会う確率が高い。
 すっごく前だけど、「イノセント・ワールド」の映画が公開になった後、山手線のプラットフォームで、ウォークマン聞きながら電車降りてきた、あの映画の主役の安藤政信くんとばったり出会ったこともある。「こんな人気者が素顔で山手線のってたら、ファンが押し寄せて大変じゃない?」って言ったら、「全然、気付かれない」って。田中くんもそう言ってた。
 結構、みんな、日常の中で、思いもかけない人と出会って、通りすぎてるのかもしれないね。

 あたしは別にオカルト的なものは信じないけど、映画「マグノリア」みたいな、世界に絶対的に存在する奇跡的シンクロ二シティのことは、かなり信じてる。
 どう考えても、こんな偶然が重なるわけないって思うことが現実に起こると、不可思議で大きな奔流みたいな力が作用してると信じたくなるよね。
 そういう意味で、この前見た同じトム・クルーズの映画「バニラ・スカイ」も、かなり考えさせられる映画だった。巷ではトムとペネロペの恋愛ばっかり騒がれてるけど、すごーくヘビーなテーマの映画。スペインの「オープン・ユア・アイズ」っていう映画のリメイクらしいけど、繰り返し悪夢にうなされ、現実と夢の区別がつかなくなる主人公は、トムが演じて正解だと思ったよ。
 最近、主人公がバーチャルと現実の境を彷徨う映画って多い。でも元祖は「未来世紀ブラジル」あたり?「バニラ・スカイ」がかすかに希望を残したラストなのにくらべて、こっちはやりきれないほど暗い終わり方だけど、超面白い。カルトな映画が好きなら、一見の価値あり。

 ところで「バニラ・スカイ」で一番、心に深く響いたのは、人間って誰かをどうしようもなく愛してしまうと、例えその結末がどんな風に終わりを迎えても、無意識に抑え込んだ願望や痛みで運命の行方に物凄く影響を受けちゃうんだってこと。
 映画の中で、「真実の愛に触れて……」っていうセリフがあって、それでまたまた
考え込んだ。「真実の愛」と一般的な恋愛はどこが違うのかって。

「愛」っていう言葉、誰もが良く使うけど、ほんとはめちゃめちゃ重くて一生に数度しか、心から言える機会はないんじゃないかと思う。たとえば『MADE IN HEAVEN』のジュリとカゼミチみたいに、求め合いながらお互いの闇を受け入れていくこと。それによって引き起こされる心の痛みを乗り越える覚悟があるとき、はじめて口に出せるような気がする。
  あまりに簡単に「愛」っていう言葉を使うことは、きっと何かを傷つけ、偽りの関係を生む。
 あたしなりに「真実の愛」についてマジに考えた結果……

 その人に愛を注ぐことに、何の見返りも期待せず、
 たとえ愛という最大の報酬が帰ってこなくても、それでも愛さずにはいられず
 その人がただ生きていること、存在していることだけが心の底からいとおしくて
 この広い世界で巡り合えた奇蹟に、感謝を捧げずにはいられなくなる
 愛することに理由はなく、意味もない
 でもそれは砂漠に世界で一番美しい花を咲かせ
 終わりのない闇への旅に真紅の燃えあがる火を灯し
 生命に光の王冠を与えるもの

 きっとそんな風に誰かを愛せたら、それだけで本当にシアワセだと思う。
 映画や文学や音楽や美術で、なぜ人間が繰り返し繰り返し,「真実の愛」っていうテーマを追求し続けるのか、理解できるよね。
 それを求めるのが人間の偽りのない本質で、そして人をもっとも美しく優しく高貴にする魂の輝きだから……。



2001年12月14日

『MADE IN HEAVEN』の後遺症なのか、書き終えてからずっと激鬱状態だった。
 何をしていてもやたらに悲しくて、何か大切なものを失ってしまったっていう喪失感がつきまとって……。夜更けの歩道橋から、国道を高速で走り去る車の光を見てたら、なんだかその渦の中へ引っ張り込まれるような気がして、我ながら危険を感じた。
 どうも、あたし=ジュリの精神状態になりきってて、そこから抜け出せなかったみたい。元々ジュリのキャラクターは、あたしの中にある一要素に肉付けしたものだか
ら、現実とシンクロしちゃうのも当然なんだけど、それにしてもほんとに辛かった。
 うーん、春までには現実復帰できるかな?

 今日のテーマは音楽。
 これまでも何度か好きな音楽について書いてきたけど、今回はあたし自身が日常的に触れてるピアノについて、です。
 『MADE IN HEAVEN』や『デジャ・ビュ』でも、バッハやドビュッシーのピアノ曲が沢山出てくるし、『デジャ・ビュ』のno eyesはピアノの調律師だけど、これはあたし自身のピアノへの思い入れと、深く繋がってる。

 ちゃんと習ってたのは4、5年間で、あとは我流の独学だから、全然、人に聞かせる技術はないよ。レッスンをやめた理由は、単調な練習曲が嫌いだったことと、ピアノの先生が超厳しくて、弾き間違えると手の甲を思いっきり殴る(マジ)ので、それが恐かったから。つまり、怠け者だったってことです。
 自分で最初に練習したのはショパン。ノクターンや幻想即興曲の第2楽章を下手だけど毎日、毎日、飽きずに弾いてた。
 そのうち気付いた。
 ショパンの曲は美しいだけじゃなくて、どれもものすごくせつなさとかやるせなさとか、憧れとか色んな感情を呼び起こしてくれる。どんなに自分が醜い感情でいっぱいになってる時も、曲を弾き始めると、心が浄化されていくことも。
 きっと、ショパン自身が、自分の心の内部の色んなどろどろした葛藤を昇華するために、天上の調べのような美しい曲を生み出したんだと思う。だから、それを弾くことで、彼の光を求める心の強さを感じとれるんじゃないかな。
 どうしようもなく気分が落ち込んじゃった時は、「リリイ・シュシュ」で久野さんが弾いてたドビュッシーの「アラベスク」を弾いて、その流れ落ちる星屑の滝のようなメロディに癒されたり、どこにもぶつけられない怒りや悔しさが胸に溜まった時は、ショパンのスケルツォの転調部分の激しいメロディを殴りつけるように弾いたり
……。
 邪道な弾き方かもしれないけど、自分の気持ちがとげとげになった時、それをそのまま他人にぶつけるのは好きじゃないから、少しでも心を澄んだ状態に戻すのに、すごく必要な時間。
 
 ショパンが情感の美だとしたら、ドビュッシーは印象派っていう感じかな。
「月の光」「アラベスク」「亜麻色の髪の乙女」……。
 どれもこの世界の自然が生み出す最高の美を、鍵盤の華麗な動きで表現して、あたしたちをその世界に連れ去ってくれる。
 夜の海でさざめく星の光、遠くの森の梢で渦巻く風、朝まだきのうっすらとオレンジに染まった空……。彼の曲には自然のすべてがある。だから曲を弾いた後、窓の外を見ると、濁っていた景色が新鮮な感動を伴って眼に映る。

 それからバッハは静謐な天上の音楽。
 どんなに自分の人生や生きているこの世界がめちゃめちゃになっても、最後は神聖な調和のハーモニーが空から降りてきて抱きとめてくれる。そんな心の安らぎを与えてくれる。

 クラッシックだけじゃない。ロックでもジャズでもテクノでもポップスでも、ピアノじゃなくちゃ絶対にだめーっていう名曲は沢山ある。
 いつかトライしてみたいのはクラプトンとクィーン。超むずかしそうだけどね。坂本教授の曲もかなりよさげ。
 今のお気に入りは「アラベスク」とパッヘルベルの「カノン」と、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」。
 このサティの曲はいかにもフレンチっぽくて、遊園地の賑やかなメリーゴーラウンドの上で、人生の色んな場面を思い出してるみたいな楽しい曲。次作に登場するような予感が……。
 いつか、皆に聞かせられるほどの腕前になったら、ライヴでも開こうかな……(って、言うだけ言ってみたかった)。

 来年の予告
 今、初の短編集を書いてます。色とりどりのジェリービーンズや、子供の頃の宝物、憧れや夢や、稚拙な、でもピュアな愛がぎっしり詰まったような本にしたい!!
 それから大ニュース。来年の秋頃、実花っちとのコラボレーションを再び。今回、
『MADE IN HEAVEN』でMAOちゃんと一緒に、ステキなラブシーンを演じてくれた「未来はジョ二ー・ディップを軽く超える俳優」、俊君を主役にした写真小説を出したいなー。まだはっきり決まってないけど、実花っちと二人でそう語りあってます。
 期待しててね。



2001年11月30日

 みんな、『MADE IN HEAVEN』の感想をカキコしてくれてありがとう!!ほんとにうれしいです。
 これまでどの作品にも全力投球してきたけど、この2冊を書き終えたときは、血や内臓まで全部、小説の中に注ぎ込んじゃったみたいな、ものすごい虚脱感に襲われた。今、カゼミチもジュリも、現実に生きた存在としてあたしの中にいる。これを書いたことで、自分の心の組成まで激しく変ったような気がするよ。
 実花っちが撮ってくれた大ブレークまぢかのMAOちゃんとShunくんの表紙は、胸が痛むほど「いとおしい」っていう気持をそのまま表現してくれてて、あたしの新しい宝物になった。

「いとおしい」っていえば、最近、激カンドーした「アメリ」っていうフランス映画のラブシーンもほんとに胸が震えた。
 空想好きで内気で臆病な女の子アメリが、なかなか好きな彼にストレートに気持ちを伝えられなくて、さんざん回り道したあげく最後にほんとの心を行動で表現する。その「キスして」ってせがむ仕草がメッチャ可愛くて、もう完全にうるうるきてた。もし彼女と同じようにコクる勇気が出ないっていう人がいたら、参考になるかも。

 BBSについてあっちに書こうと思ったけど、とりあえずタイムリーだからここに書く。
 レスや詩を書くBBSと、一般のBBSを分けた方がいいっていう意見は、これまでも何回か出てたよね。確かにその方が、初めての人には抵抗なく入りやすくて見やすいかもしれない。改善案を書いてくれた人たち、ありがとう。
 でも、あたし自身は分ける必要はないと思ってる。
 理由はもし自分に関心のない書き込みは読みたくないと思うのなら、興味のある部分だけをスクロールして読めばいいんだし、それはそんなに大変なことじゃないから。みんなやあたしに向けたメッセージなら、どんな表現方法でもその人らしい個性なんだって考えてる。

 街でもネットでも、人が同じ場所に集まれば、必ず色々な考えや希望を持った人が出てくるのは当たり前。ある人は路上で歌いたい。別の人はものを売りたい。パフォーマンスをしたい。たださっさと歩けるだけの何もない静かな空間がいい。色んなものを見て楽しみたい……。
 それぞれ目的別に空間を区分けしちゃえば、確かに効率的で見やすいかもしれない。でもあたしは街の面白さって、どこで何に出会うか分からないことだと思う。TPOにあってて、他人に迷惑をかけず、破壊的なことをしないっていう前提さえ守ってれば。
 渋谷は最近、きれいな整然とした街になったよね。でもあたし的な意見では、以前のごみごみしてて、ちょっと危険もあるけど驚きや発見もたくさんある渋谷の方が好きだった。
 何より「自分の街」って思えたし。
 ここのBBSもそんな風に思ってもらえるとうれしいな。


「black & white」

あたしが歩く街は いつも深い闇の中
風の唸り 地の轟き 星の狂気
毒々しい喧騒から生産される紛い物の地獄グッズ

崩れ落ちそうになりながら
下りのエレベーターを必死で登る
極度の貧血で脳細胞は空っぽ
胃の中には腐食したマグネシウムを詰め込まれ
人間の皮を被った蝙蝠と化して
黒い退屈の海を切り裂いて飛ぶ

生れる前に胎内で一度だけ見た白い閃光
それは一瞬の夢
移植された偽りの記憶
それでも
月の夜は虚しい憧れが翼を広げ
窒息病棟から抜け出そうともがく
夜空を映す硝子の壁にぶつかり
落下して死ぬ日がくるまで



2001年11月15日

 最近、大好きな映画監督二人に、久しぶりに会えて凄くうれしかった。一人は「リリイ・シュシュのすべて」の岩井俊二監督。もう一人は、「エヴァンゲリオン」や岩井監督主演の「式日」を撮った庵野秀明監督。
 二人とも素晴らしい作品をあたしたちに見せてくれる日本では最高の映画監督で、しかも人間的魅力もメチャメチャある。
 ひと言で言えば、岩井監督は深い深い海のようなひと。庵野監督は雲の上に聳え立つ山のようなひと。うーん、うまくいえないけど、二人の眼に映っているものが、そんな風に思えるんだ。
 自分の内面から人を感動させる作品を生み出すクリエーターは、とても大きな宇宙を身体の中に持っている。
 その宇宙はある時はこの現実よりずっと大きかったり、重かったりするから、それを映画や芸術にして外に出さなければいられなくなる。
 だから彼らの瞳を覗き込むと、広い宇宙に引き込まれそうな不思議な感じがするのかもしれない。

 現実の世界がどんなにあなたを傷つけても酷くても、そんなふうに創造された別の色彩の宇宙へ飛び込めば、限りない力や勇気をもらえる。
 例えばあたしが小さい頃に読んだたくさんの物語は、みんなファンタジーや夢の世界のものだけど、周囲にうまく馴染めなかったあたしの、たった一つの隠れ家だった。ぼろぼろになるまで繰り返し読み、細胞に吸収される作品は、大人になってもどんな勉強より希望とエネルギーを生み出してくれた。
 身体の中に海や空や山のある一つの宇宙を持つことは、物語の命を手に入れることなのかもしれない。

 岩井監督の言葉には『MADE IN HEAVEN』で、庵野監督とのお話には『デ・ジャヴュ』のあとがきで出会えるよ。お楽しみに。

 最近、レオナルド・ディカプリオとトビ―・マグワイア主演の「あの頃ぼくらは」という映画を見た。彼らが十代の一番澄んだ眼をしてた頃に作られた映画で、カフェに集まった仲間たちが一晩中お互いの心の傷やセックスについて語り合い、ぶつかりあうという、青春の光と影を描いたもの。
 これはレオとトビーの許可なく映画化してしまったので、アメリカでは公開できなかった「幻」の映画です。大好きなレオとトビ―がまるでバーガーショップで隣りに座った男の子みたいに身近に感じられ、時々「映画なのか、彼らの素顔なのか?」と思ってしまうほどのリアルさがドキッとする。

 最近の亜美的ヘビーローテーションはRADIOHEAD「OK COMPUTER」と、ミスチルの「youthfuldays」。



2001年10月31日

 星をつくるもの

 あたしの心臓が皮膚を切り裂いて
 小さな宇宙船となって身体を離れ
 暗く果てのない命の海に着水すると
 青白く燃えあがる惑星を探査して
 光のコトバで教えてくれる

 すべての喜びの谷
 すべての悲しみの砂漠は
 絡み合う二つの魂の影絵
 高く、恐ろしいほど無窮の空が
 紅の、突き刺さるほど血の色をした雲は
 二つの肉体の裏側に通じていると

 どこまで走っても
 きっと逃げられない
 星をつくっているのは
 あなたがあたしを抱く時の
 死にも似た永遠の音色


 今夜は詩の気分だったから、ちょっとエロティックなのを書いてみた。
『MADE IN HEAVEN』がようやくあたしの手を離れ、本になるための最後の旅に出ました。
 今度戻ってくるときは、本屋に並ぶ時だと思うと、胸がどきどきしてくる。
 BBSにも書いたけど、11月末までちょっと待っててね。

 最近、愛についての映画を見た。
 二コール・キッドマンとユアン・マクレガーのミュージカル「ムーラン・ルージュ」。
 ユアンは「トレイン・スポッティング」で大好きになったけど、二コール主演の映画はこれがはじめて。色白で足が長くてバービーちゃんみたいな彼女は、ムーラン・ルージュの踊り子にぴったりはまってた。
 その中で、ふたりがエルトン・ジョンの名曲「ユア・ソング」を何度も歌う。ユアンも二コールも歌がうまくてびっくりしたけど、この歌がこんなにせつなくて美しいラブソングだっていうことにも驚いた。
 スポンサーをゲットするために、金持ち男に口説かれる二コール。彼女をピュアに愛するユアンは心が引き裂かれて、絶望の底に沈む……。何の見返りも期待せず、計算も捨てて、ただ純粋に誰かを愛するってことは、ラブストーリーの基本ではあるけど、この映画でば「ユア・ソング」でユアンの深い想いをストレートにぶつけられて、心が締め付けられた。

 あたしはいつも、小説の中で「愛」を描いてきた。
 形もなく捕まえることもできず、ただ胸の中に溢れる海のような想い。
 自分を変えてしまうほど、烈しくて大きな力。
 それが何なのか、いつも知りたいと思っていたけど、今はこう思ってる。
 きっとその人だけが、自分を心の底から子供のように笑わせたり、泣かせたりすることができる。生れてきた意味を教えてくれる。
 他の誰も……そんなことはできない。その人の心を通じて、世界が奇跡で成り立っていることに初めて気付く。きっと皆も、そう思ってるはずだよ。

 この星には男と女がいて、たくさんの愛し合う恋人や片思い中の人や切ない思いに悩んでいる人たちがいる。
 でも人の心のエネルギーが愛に向かっている限り、あたしたちは美を感じる感性を失うことはない。夕陽の薔薇色の残照や、夜の海に瞬く星の煌めきや、音楽やアートや、小説や映画の中に、かけがえのない大切な一瞬を見出せる。だから、そんな時間を失ってしまった人たちが、この惑星に存在することは、何よりも悲しい。
 彼らが命が自然に愛へと注がれる日々を取り戻すことが、たぶん、この星が輝く一番の方法なんだと思う。

 論理も政治も経済も宗教も……。
 すべてを超える美しいものは、絶対に存在するから。



2001年10月15日

 祝BBS10000カキコ突破!
 これからもIモードのBBSや亜美イズムと一緒に、みんなが心で繋がる海のような場でありますように。
 このサイトがスタートしたのが、去年の7月。だから1歳と3カ月になったわけだけど、なんかあたし的には、もう10年ぐらいの歴史と重みを感じている。言葉から言葉へ、心から心へ、いろんな感情や思いが伝わるのを見ていると、虹の色がさざなみになって水平線へ広がっていくみたいで、すごくうれしくなる。
 ここにカキコしてくれてる人たちはちゃんと暖かな生身の身体で息づいていて、ここで発したり受け取った言葉を心の何処かに感じながら、愛したり悩んだりしてるんだなーって思うと、言葉にならない深ーいものを感じちゃう。

 わあい、BBSに『MADE IN HEAVEN』のカバーモデル、小林俊君が初登場してくれた! みんな、読んでくれた? すごい素敵な詩を書くシャイな16歳だから、みんな彼の俳優への道を応援してあげてね。あたしはファン1号(じゃないかもしれないけど)。ミカもMAOちゃんも、みんなここに来てくれたから、ほんとにうれしい。

 空爆が始まって、戦争とか炭素菌とか、毎日のように嫌な言葉が飛び交っている。
 誤爆された一般市民やNGOの職員が死んでしまったっていうのも、ほんとにやりきれない。
 幼い頃の記憶で、一番恐かったのは、海の広さと人の怒りだった。
 海が恐かったのは、海が「無限」のものだと信じこんでて、その果てがないっていう感覚が飲み込まれてしまいそうな恐怖感に繋がってたんだと思う。
 人が怒ったり、苛立ったりする時に発するオーラは、小さなあたしにとって恐ろしく魔物の吹く炎みたいに感じられた。それは美しい花の絵に、どす黒い泥を塗りたくるみたいに、何もかもをすべて汚して醜くしてしまうと思ったから。でも今考えてみると、ほんとに恐かったのは怒りや苛立ちそのものじゃなくて、それが作り出す破壊への衝動なんだよね。子供は無力だから、大人のそういう衝動に踏みつぶされたり心に切り傷を作らないよう、本能的に身構えるんだと思う。
 破壊は破壊の連鎖しか生まない。怒りは人の感情として当たり前のものだけど、それをなぜ理性や言葉で解決できないんだろう? もう戦争やテロなんて言葉、この星から永遠に消えてほしい。ジョン・レノンが生きていたら、悲しみの歌を歌うだろうな。
 元ブランキーのベンジーが「アフガニスタンを第2のベトナムにするな」っていう願いをこめて「ベトナム」っていうアルバムを出したって読んで、すごく共感した。そんなふうに世界中のクリエーターがみんな何かの形でメッセージを発信して、憎しみの空気を変えていければいいのに。あたしも、今、自分に何ができるのか考えてる。

『MADE IN HEAVEN』いよいよあと少しで出ます。
 これまでとは一味違う近未来ミステリー風のテイストで、読み終わったらきっと「魂から誰かを愛したい」と思ってもらえるはず。あたし自身、書きながら、愛について考え込んで、胸が苦しくなった。本当の愛は苦しみや痛さを伴うもの。でもそれだけが、本当に人を救い、自分を星の輝きの一部にする。
 主人公の風道と樹里みたいに、自分の殻から出ようともがきながらも、深く相手を求め合えれば、もう他に何もいらない。



2001年9月28日

「death of a tree」

 月光の街。大気に香る秋の匂い。
 虫たちの無数の亡骸を飲み込んだ芳醇な大地や、ハリガネみたいに干からびた三日 月や
 ひっそりと実をつけた柘榴のかすかに腐敗した甘い香り。
 風がずっと遠くの山脈にぶつかって渦巻く、ごおーっという低いうなり声が
 少しずつあたしの細胞を変質させていく。

 声はこう命じる。
「靴を脱ぎ捨て、服を切り裂き、髪を振り乱して北風に立ちつくせ。一本の樹のよう に」
 あたしは風に従い、空を見上げ、両足を開いて高い丘の上に佇む。
 夜が更けるにつれ、あたしの身体の肉と地の瑞々しさは消えうせ、
 甲殻類の黒光りする鋼鉄のシェルに変わっていく。
 首もつま先も胸も、そして唇も。
 悲しみは感じない。苦痛もむなしさもない。
 夜空から白い光のナイフが降りてきて、最後に残った瞳をやさしく切り取る。
 小さなヒトデの形の、名もなき流星にするために。

 夜明け、あたしは一本のやせた桜の樹になる。
 何も見えない。何も聞かない。
 時を運ぶのは、忘却という名の血のような稲妻と、記憶を束ねた一条の陽光だけ。
 あたしは気づく。
 ほんとはこの世界に生まれたことなんか、一度もないと。
 永遠に続く死のまどろみのなかで、刹那の夢をみているだけ。
 魂はまぼろし。
 雪のような桜吹雪が、淡い月光に消えた。



 かなりダークな詩になっちゃった。
 冬に近づいてきたせいかな。
 それにテロ事件のずっと続きそうな後遺症が、頭の後ろに刺みたいに突き刺さってる。
 でも絶望してるわけじゃなくて、希望を持ちたいからこんな詩を書くんだ。
 希望はいつも言葉の果ての暗い地平線からやってくるから。
 この前の日記で未定って書いた小説は十月には間に合わず、十二月になりそう。タイトルは『deja vu』。
 それと『MADE IN HEAVEN』二冊同時刊行は予定より少しだけ遅れて、11月の上旬になりそうです。
 ひとつの悲しい事件を恋人同士がそれぞれの男女の視点から見て、精一杯のせつない愛を奏で、ひとつのメロディ(物語)にする、っていう初めての試みだから気合が入ってる。書きながら、自分も含めて心を防御しようとする殻を破って、相手に真実の心をさらけだすことの難しさをつくづく感じた。それは日常のなかの家族とか友達との関係でも、国と国、民族と民族でも同じだと思うけど。
 殻を壊さなければ本当の関係なんか決して生まれっこないのに、傷や失敗や拒絶にぶつかると相手を信じられなくなって、また殻の中に閉じこもり、相手を攻撃したり自己嫌悪したりの繰り返し。
 あたしもやっぱりそういう殻から完全に脱皮はできなくて、そんな自分を「ばかみたい」ってもどかしく思う。愛すること、つながることは、相手の心の光や闇をきちんと受け止めて、それがもっと美しくなるように自然に助けてあげられること……だよね。
 殻なんか邪魔だー。遠くに蹴飛ばして、生身のリアルで弱い心で行きたい。たとえ何度傷ついても。それが人間にとっていちばん難しいことだとも思う。
 最近、AJICOの「美しいこと」やミスチルの「優しい歌」は、きっとそういうことを歌ってるんだなーと、しみじみ感動してる。
 弱くて強い、風に倒されても決して折れない川原の葦みたいな心がほしい。


 亜美連の集会、楽しかったみたいで、あたしも自分が参加したみたいにすごくうれしい。写真、早く日野っちに送ってもらわなくちゃ。顔とカキコが一致したら、もっと親密感を感じられそうです。
 あたしが一万ゲットするっていう提案、うれしいけど、みんなはいいかな?
 ひそかに狙ってた人たちがたくさんいるみたいだから……。



2001年9月15日

 ニューヨークのテロ事件、ほんとにショッキングだった。二ヶ月前、あの街を歩き回って、色んな人に会って、思いっきり空気を吸い込んできたばっかりなのに。
 旅客機をハイジャックしてビルに突っ込む映像や、ビルが倒壊するシーンを何度みても、「これが現実なんて、とても信じられない」っていう気持ちが捨てきれなかった。
 みんながあの事件のことを真剣に考えて、ここの掲示板にカキコしてくれてすごくうれしかった。
 だって、世界中のどこの国に起こった事件でも、殺戮や破壊が人間に呼び起こす悲しみや怒りを、自分の細胞で感じられるのがほんとうの共感能力だと思うから。

 テロや戦争で一番、許せないのは、政治や思想や宗教を動かす所から一番遠いところで一生懸命に生きている普通の人たちを、何の罪悪感もなく「ワンノブゼム」として殺してしまうこと。
 彼らには何の選択も行動も許されないよね。
 子供たちに愛情いっぱいのパパや、会える日を指折り数えて心待ちにしてる恋人たちや、仕事で疲れていても優しさを忘れない母親や……。そんな人々の夢も愛も全部、ほんの一瞬で跡形もなく消し去ってしまう。自分たちの非情な運命に思いを馳せる時間さえなく……。
 たとえどんな思想や政治的目的のためでも、そんな権利は誰にもない。正義のため、報復のため、宗教のため……どんな理由があっても、ひとりの真剣に生きている市民や子供を虫けらみたいに踏み潰したら、それはもう正義でも世界平和のためじゃなく、プライドや力の支配競争のために変っちゃう。

 眼には眼を、歯には歯を……では永遠に殺戮と流血が終わらない。国の威信とか、自己チューな神の教えとかはもう要らない。もっとこの星全部を、一匹の壊れやすい生き物として扱って欲しい。身体のどこかがガンになればクスリを飲んだり手術をする。ストレスが溜まったり神経が病めば、カウンセリングやリハビリをする。何が自分を成長させて、何が病気にさせるのか、身体のどこをどうすれば、美しくて強い生き物になるか、考えなくちゃいけない時代なのに。

 信仰は人を救うためにあるんであって、殺戮や排他主義のためじゃない。平和や進歩の足枷になるのなら、宗教は変っていかなくちゃいかない。もしどうしても変りたくないのなら、アーミッシュみたいに自給自足の外に迷惑のかからない世界を作ればいいんだから。それに国の誇りは世界の明日のためにある。面子や支配力のためにあるんじゃない。

 あたしは昔から民族とか国境とか国の威信とかいうのが大キライだった。
 一人一人なら「ハーイ!!」って笑顔で挨拶して、フレンドリーに暖かく話せるのに、そういうマスの単位になると、いきなり自分たちとは無関係な歴史や宗教が立ちはだかる。
 ドイツに行った時、デュッセルドルフの郊外の小さな村で、その村から第二次大戦に出兵して死んだソルジャーたちの写真を飾った小さな博物館を見た。ナチスのイメージは余りに残忍でぞっとするものだけど、微笑を浮かべた若い兵士たちのスナップは、どれも優しくて少し悲しそうな普通の若者の姿を映してた。出兵する時に、恋人や家族と抱き合って、「必ず帰ってくるよ」って言う姿が眼に浮かんだ。
 結局、殺すほうも殺されるほうも、日頃はこういう殺意とはまったく無縁の生活を送ってる人たちなのに、力を持った少数の人間の間違った主義とか思想が彼らを殺戮の道具にしてしまう。

『トゥモロウズ・ソング』であたしが書きたかったのも、そういうことだった。
 感じあうこと、共感しあうことが出来ない人たちは、結局、狭い息苦しい世界でプライドや利益だけを守ってすべてを敵にしていくことしかできない。
 でも、「繋がる」ことのできる人たちは、それよりずっと豊かで美しい世界に生きることができる。みんなが世界の反対側に住む人たちの痛みや絶望に「共感」して、その心の重荷を共有できたら、はじめて殺戮も紛争もテロもない世界になるんだと思う。
 ずっと前に書いたように「image」の力がすごく必要だよね。
 キレイごとでも理想論でもいい。一人でも多くの人がそう考えるようになっていくことで、初めて歴史が変っていくんだから。


 いつもはふわふわ、雲の上を踊ってるみたいな生活だけど、たった一つだけ心に誓ってることがある。それは「あたしには誰のことも絶望させたり、死ぬほど傷つける権利はない。あたしも、そんな風に誰かから苦しめられる理由はない」ってこと。「image」は自分ひとりの場所から広げていくものだと思う。

 思わず熱くなってテロ事件についてずいぶん長く書いちゃったけど、ちょっと別のお話。
 まだ未定だけど、「MADE IN HEAVEN」の前に、謎の一冊を出すかも。文庫にするか単行本にするかもわからない。でもこの事件が起こった今、みんなに読んでもらいたいなと思っている近未来の物語です。

 それから今度出る「文藝」のクリエイターズ・ファイルで、大好きな漫画家、やまだないとさんと対談してるので、ぜひ読んでみてね。あたしは「ラマン」の透明でエッジの効いたせつないエッチさが大好き。
 それから岩井俊二監督「リリィ・シュシュのすべて」のプログラムと、キネマ旬報から出る岩井さんのムックに、この映画について書きました。ほんとにいい映画でした。

追伸 しつこく映画の話。窪塚洋介くんの出る映画「GO」と、ユアン・マクレガー&二コール・キッドマンの「ムーラン・ルージュ」の試写会を見て、「ゴーストワールド」も見にいった。「GO」は窪塚のカッコよさと演技力と、シナリオの面白さに脱帽。「ムーラン・ルージュ」は後半の悲しい純愛悲劇に、マジ泣いた。
 ロック・ミュージカルで、二人でエルトン・ジョンのラブソングとかをうたっちゃうんだけど、歌がめちゃうまい! 二コール、これまで今イチだったけど、この映画で好きになった。バービー人形みたい。
「ゴーストワールド」爆笑。「アメリカン・ビューティ」のヒロイン、ソーラ・バーチが眼鏡のブスな女のこ役をやってるんだけど、超リアルで超かっこよくて超みじめーな感じの不思議な映画です。絶対笑えることうけ合い。



2001年9月1日

 日記は1ヶ月ぶりの更新です。
 実はつい昨日まで、沖縄の座間味島に行ってたので、赤く焼けた足や背中が今、ぴりぴり痛くてかゆくて大変な状態。
 みんなにひと言、報告してから行こうと思ってたんだけど……事後報告になっちゃった。ごめんね。
 で、今日はパラダイスの島、座間味のレポートと、ネットについてのあたしの考えをちょこっと書きます。

 座間味レポート
 えーと、座間味島っていうのは、那覇からフェリーで一時間ぐらいの、慶良間列島っていう三十ぐらいの島の中にある、ダイバーたちの天国です。
 海はほんとに「本物の青ってこれなんだ!!」って誰もが思っちゃう、夢の中でしか見られないような美しいパーフェクト・ブルー。
 でも島には小さなホテルとか民宿ぐらいしかなくて、海以外は何も観光施設がないから、ビーチはほとんど独占状態。眼が痛くなるほど真っ青な空に白い鱗雲が浮かんでて、陽光は強烈すぎて肌に突き刺さりそう。真っ赤なハイビスカスとブーゲンビリアが実花の写真みたいにどきっとする鮮やかさで咲き乱れてる。古い沖縄民家の白壁と赤い屋根、おどけた顔の魔よけ犬シーサー。そして夢の世界に誘い込むみたいに舞いとぶ大きなアゲハ蝶たち。そういう街並みを歩いてるだけで、頭がくらくらトランスしてくる。
 でも無人島大好きのあたしは、ボートをチャーターして、ガヒ島っていう小さな白い砂とサンゴ礁の島へ。その周りでシュノーケリングをしたんだけど、ほんとにみんなに絶対、見せたいぐらいきれいだった。まるで誰かが絵の具で塗ったみたいに、息を飲むほど紫、ピンク、赤、水色、白、黄色……極彩色の珊瑚の花畑が見渡す限り広がってる。
 その間を泳ぎまわるディーププルーの小さな魚群や、レオ・レオニの絵本から抜け出してきたみたいな虹色に輝く大きなお魚。エンゼルフィッシュに桜色のハタタテダイ……ぼうっとして、泳ぐことさえ忘れた。波のまにまに漂って、その光景を見ているうちに、自分も魚になって時のない世界に迷い込んでた。
 
 座間味って夏に宿で働いてるの人もガイドもライフセーバーもみんなダイビングのインストラクターだから、もう誰も彼も金髪に茶色く潮焼けした眼、それにマジに真っ黒でガタイのいいお兄さんやお姉さんばっかり。
 それに島の漁師のおじさんたちも子供たちも、みんな凄くいい色に焼けてて、
 なんかほんとにウミンチュー……海人って感じだった。
 ずーっと海で働いて、海の中の王国に潜って、海でとれたものを食べて……いいなあ。
 海の近くに住んでれば、みーんな海が吸い取ってくれる。
 淋しさ、虚しさ、悲しみ、醜さ……。
 みんな海から生れて海に帰っていく。だから、この夢の青だけは、永遠に変らないで美しいままでいてほしいと思った。

 ゴーヤーチャンプルーとラフティラーメンと、紫芋アイス、おいしかった。また食べたい!!
 
 頭がすっかりブルーに溶けて、まだぼうっとしてるけど、ちょっとネットについて。具体的なことはまたBBSに書くけど、ここの決まりは最初からずっと変らないよ。誰かを傷つけたり、誹謗中傷するのは、絶対NG。基本的には人と人が繋がる場所だと思ってるし、ネットだから現実空間と違うとも思ってない。
 あたしの本を読んでくれてて、誰かと繋がりたい、誰かと交わりたい、自分から何かを発信したいと思う人なら誰でも来てほしいと思う。
 だけど、ここからがちょっと難しいけど、皆がストレートに「繋がりたい」「発信したい」っていう気持を表現できるとは限らない。防御本能から人とは違った形になったり、逆の形を取る人もいるよね。
 そういうとき、表情が見えれば、心の中も察することができるけど、言葉だけだと、その人の本質がなかなか見えないこともあるから。でもあたしの願ってることは……。
 ネットには色んなサイト、色んなBBSがあって、論議をしたリ、意見の相違をぶつける場所もある。それも役に立つし、ネットのメリットの一つだよね。
 でもここはみんなが帰ってこれる、そしてまた再生できる海みたいな場所にしたいな。
 海は希望も悲しみも何でも受け入れてくれる。でも浄化できない油とか洗剤みたいなものをそのまま流してしまったら、たちまち海水が汚れて魚や珊瑚がしんじゃう。そうしたら、もう海の透明さ、青さに自分たちを受け止めてもらえなくなるよね。
 海は聖母のように限りない慈愛に満ちていて、創造主の広い懐で包んでくれるけど、同時に幼い子供の儚さ、脆さも持ってる。
 海も生き物なんだよ。
 そして人が集うネットも、やっぱり形はないけど海みたいな生き物なんだと思う。海を憎むことは自分を汚すこと。他人を汚すことは海を殺すこと。
 あたしは青い、青い海と空がなくちゃ生きて行けないし、みんなもそうだよね。

 他人を憎みたくなったら、「サーフスプラッシュ」のヒトミみたいに海へ行こう。
 ヒトミは悲しい結末になってしまったけど、あたしたちはブルーに溺れて、ブルーに抱かれて、きっと新しい命を取り戻すから。



2001年7月31日

 あと数日で『セクシャル』発売!
 今、あたしは完成した本を部屋に飾って、毎日眺めてる。「何でミカの写真は色も構図もこんなにぐっとくるのかなー」とか「何でMAOちゃんは中2なのに、こんなにどきっとするほど色っぽい眼ができるのかなー」っとか思いながら。
 はたから見たら、かなりイっちゃってる人みたいかもしれないけど、やっぱり本が完成したときって、何よりも胸がどきどきしてうれしい。ちょうど好きでたまらなかった人との初デートみたいなものかな?
 こういう時間が、小説家としての至福なんだと思う。
 BBSに感想をばんばん書いてね。待ってるから。

 今日は最近、良く考える感情の表現について書きます。
 喜・怒・哀・楽っていうけど、このうち喜……つまりうれしさと、楽……楽しさって、結構、自然に出せるよね。笑顔とか相手に喜びを伝える言葉って、ポジティブなものだから、ストレートに表現することにためらいを感じなくて済む。
 でも怒りと悲しさっていうのは、みんなも凄く相手にどう伝えるか悩むと思う。
 一つには、それがその場の雰囲気を変えてしまったり、シラケさせたりするかもっていう不安があるし、もう一つは、相手の心の中は読めないから、自分に怒りや悲しみを起こさせた真意を知ることが出来ない。だから、それに対して怒っていいのか、別の言葉をかけた方がいいのか、よく分からないってこともある。

 人間って、ひねくれてるから、ほんとはすごく怒ってるときに顔では笑ってたり、悲しいときにすねて意地になったりするよね。あたしは以前、人の気持ちを察してあげるのが一番いいことだって思ってたから、自分の感情はさしおいて、相手の気持ちばっかり分かろうとしてた。で、結果、自分の心の解決はつかないまま……。
 でも、友達とか恋愛とかの色んな場面に出会って、それは違うんだと思った。
 相手が心の底で何を考えてようと、嘘や裏切りや侮蔑や相手自身を卑しめるようないい加減な言葉は、怒ったり悲しんで当然だし、そういう感情を隠してると自分が自分でなくなる。時々、相手にその気がなくても悪意やいい加減さが、自分が人として一番大切にしていく何かを根こそぎ粉砕しようとする。それってきっと絶対に許せないよね。
 感情を爆発させるのは昔っから好きじゃない。でも、本当に怒るべき時、悲しむべき時っていうのは、一、二年に一度ぐらいは絶対にある(人によって十年に一度とか、一生に一度かも)。そういう時は、相手が大統領だろうと教師だろうと親や友人だろうと、ちゃんと相手になぜ自分が怒ったり悲しんだりしてるかを知ってもらった方がいい。
 暴力とか、目には目を悪意には悪意を、みたいなのはすべてを破壊するだけだから、何も解決しない。本当に効くのは、相手がしたことの重さやその結果の痛みを、そのままリアルに知ってもらうことだと思う。
 あたしなら……陰口とか噂とかは大嫌いだから、いつも相手にストレートに話す。感情を捻じ曲げたり大人ぶったりしないで、ありのままの気持ちをできるだけ静かに投げかけてみる。
 それで分かってくれれば理解しあえるし、聞く耳を全然もたなかったら多分、関係はそこで切れちゃう。ちょっと悲しいけど、心を押さえつけたままよりはずっといい。関係が壊れても、時がたって自然に修復できる時もあるし。
 怒りも悲しみも避けて通れないなら、歪んだ形じゃなく、相手により心を知ってもらえるように表現した方がいいよね。何が自分には許せないのか、自分を自分にしている大切なものは何かを自覚してれば、きっと感情表現だけが一人歩きをせずにあなたの味方をしてくれるよ。

 突然ですが、ここでちょっと亜美的東京遊びガイド。
 この前、ミカと久々に代官山に行ったら、すっごくかわいいお店が増えててびっくり。二人とも大好きなヴィヴィアン・タムの夏物バーゲンが定価の7割引っていう超お買い得だったので、眼の色が変わって、試着しまくり買いまくり。3割引じゃなくて、7割引だよ(しつこいって)。代官山はいい古着屋がたっくさんあるし、カフェもおしゃれでおいしいし、町が手ごろな大きさだし、お散歩には絶対お薦めの街。

 あたしは街ネタにはちょっと自信あり。なんたって、ウィンドウショッピングしたり、かわいい家やお店を発見しながら、歩いて歩いて歩きまわるのが大好きだから。歩いてて楽しいのは、やっぱり代官山や表参道、シモキタ、広尾、恵比寿あたり……かなあ。
 この前は大阪でBBSのオフ会……っていうか花火大会があって、とっても楽しかったみたい。仕方今度は東京で関東連合総会(ちょっとこわそー)があるみたいなので、今日はちょっとあたしのお気に入りの集会スポットを紹介しちゃう。

 イチオシ
 代々木公園、明治神宮、駒沢公園、世田谷公園とかの公園に近いカフェ。
 例えば世田谷公園なら、FANGOっていうカフェがあるし、明治神宮なら表参道にデザートハウスとかいっぱい素敵なカフェがあるし。気軽に集まれて、おしゃべりできて、飽きたら公園で遊んだり花火とかゲームとかできるから。ただし虫よけスプレーや痒み止め必携。
 あたしも犬のシャインも公園が大好きだから、よく行くよ。
 青山霊園も意外な穴場。お化けの話とかで盛り上がれそう。あっ、それから二子玉川の駅の近くの多摩川の河原もいい。特に夕陽がとってもきれい。実は『FIREFLY』の撮影もワンショット、ここでやりました。
 それからもう一つ、この小説に出てくるパーティーのイメージ舞台になってるのが、飯田橋の外堀沿いにある「CANAL CAFE」。ここはおお堀に浮かぶボードウォークでお茶してボート遊びもできるよ。

 まあ、ちょっと参考までに……っていう感じです。いい企画で盛り上がってくれたらうれしーな。



2001年7月13日

 暑い!!
 7月からこれじゃ、日本は亜熱帯のジャングルになっちゃう!!
 でもその方が、真夏大好きのあたしはうれしいかも。
 前から気になってた話題の「しろくま」っていうデザートをようやくゲット。半分溶けてきたら食べるんだ !!
 最近、毎日のようにセブン ○○ブンのソフトクリームを食べてる。コンビニ系ではミニストップのソフトが一番おいしいんだけど、近くにないから……。
 あたしはソフトクリームにはちょっとうるさい。
 一番おいしいのは、舌触りはけっこうさらっとしてて、いかにも生乳っぽいさわやかな味のソフト。高級! って感じの乳脂肪分高めのやつは、真夏に食べるにはちょっとくどすぎ……。
 ついでにいえば、麺類が一番おいしいのはセブン ○○ブンみたいな気がするけど、みんなはどう思う?
 でもなんで、ミニストが実名で、セブンが伏字なんだ?

 今日は大感動!!
 岩井俊二さんの新作映画、「リリイ・シュシュのすべて」の試写会を見てきたんだけど、身体が震えるほどよかった。
 「打ち上げ花火〜」や「フライド ドラゴンフィッシュ」や「スワロウテイル」も大好きだけど、あたし的にはこれが岩井さんの作品の中ではダントツ1位。っていうより、あたしがこれまで見た日本映画の中でも、ぶっちぎり1位。
 ストーリーは一言では説明できないけど、リリイ・シュシュっていうちょっとCoccoを思わせるようなカリスマ的な歌手の歌が、全体を包むテーマ……なのかな。地方のある中学で起こった色んな事件を一人の男の子の目を通して描いてるんだけど、まるで自分が教室の中の一生徒になっちゃったみたいに、リアルだった。美しい色彩の映像も小林武史の音楽もシナリオも、なにもかも、すごく魅力的で新鮮で……そしてせつなかった。
 そうだ、沖縄の島が出てくるんだけど、沖縄フリークのあたしとしては、それも高ポイント。

 ここのBBSにも沖縄に行った人が結構いるけど、あたしが何より愛してるのはあの、信じられないほどのブリリアント・ブルー。特に石垣島から西表島に漁船をチャーターして渡ったとき、きらきら輝いて底まで透き通ってるコバルトの海を見て、あたしはこれまでほんとの「青」を知らなかった、と思った。
 見た人ならわかると思うけど、あの胸がぎゅっとなるほど美しい空や海を見ると、自分が幻の世界にいるのか現実にいるのかもわからなくなっちゃうぐらい。海に飛び込んだら、自分の身体まで青く染まって溶けていっちゃいそうだった。岩井さんはそれをとっても素敵に映像化してたと思う。
 あんまり書くとネタバレになっちゃうからやめるけど、とにかく、ぜひぜひ見てください。絶対、みんなの心の奥に忘れられない何かを残してくれると思う。

 尊敬するクリエーターの素晴らしい作品を見るといつも、「自分ももっともっとがんばらなくちゃ」って、背中をぐいぐい押されてるような気がする。漫画でも映画でも小説でも音楽でも……。
 ものを創ることって、自分の内面と向かい合って、どんどん掘り下げて行く孤独な作業だよね。時には自分から逃げ出したくなったり、苦しくなることがあっても、すべてを捧げないと許してくれないものだし。もしかしたら、恋愛とよく似てるのかもしれない。
 嘘をついたり裏切ったりすれば、それだけ相手はどんどん自分から遠くなる。
 恋愛を続けようと思うなら、自分のすべてを相手にぶつけて相手のすべてを抱きとめるパワーがいる。そして、ものを創り出すことも決して裏切りを許さない。
 その代わり、何ものにも変えがたい喜びと満足を与えてくれる。
 いい作品には、つくり手の「愛」がたっくさん詰まってるよね。「愛」はそれに費やした長い長い時間や、たくさんの労力や苦しみや、流した涙や汗だったりする。あたしは作品の内側にそのピュアで大きな愛と情熱が見えると、いつのまにか涙ぐんじゃうんだ。そんなにも作り手に深く思われてる作品は、幸せだし輝いてる。反対に愛を注がれなかった作品は、淋しい虚ろな顔をしてるし……。

 あたしも自分の小説たちには、どれも目一杯愛情を注いできた。
 愛する能力には、けっこう自信があるからね(笑)
 でも今日、「リリイ・シュシュ」を見て、これから書く作品たちを、もっともっともっともっと深く愛していこうと、自分に誓ったよ。

 愛を注ぐためにはいっぱい養分がいる。
 だから今年の夏もまた、あの宝石みたいに青い海を見に行こうと思う。
 大きくて生命の力が漲っていて、限りなく美しい自然の胸に抱かれると、自分も、自分のしていることも、とてもちっぽけなものに思えてくる。
 鱗雲をどんな炎より赤々としたファイヤーレッドに染める夕陽や、朝露に濡れて咲きかけた野の花のはっとするような美の躍動に勝てるものなんか、何もない。でも、そういう世界があたしたちの周りを羊水みたいに包んで、愛を与えてくれるから、苦しくても惨めでも物語を夢見ることができる。
 人間のどんなに輝かしい軌跡も眼を背ける醜さも、その景色のほんの一部で、なにがあろうとその美しさを壊すことはできないって、心のどこかで強く信じてるから。

 空や海や星や樹は、すべてを教えてくれる先生で友人で……そしてあたしにとっての「神」に一番近い存在かもしれない。


P.S. 『セクシャル』は愛を何万トンも詰め込んだ爆弾です。
   みんなの心の中でバクハツさせてください。



2001年6月29日

 いよいよ来月の頭に、新作文庫『セクシャル』が出る!
 ちょこっとだけ中身のことを教えちゃう。
 各章のタイトルは全部、あたしがリスペクトしてる女性ミュージシャンの、その場面に一番合った曲の題名を選んでます。みんなももしCDを持ってたら、そのタイトルソングを聞きながら読んで欲しいっていう願いもこめて……。

 この本の解説を書いてくれる(あたしとの対談というかたちです)真中瞳さんと、この前、幻冬舎で色々、深ーいお話をして、色んな発見があったので、今回はそれについて……。
 タイトルは「自分とトモダチになる方法」かな?

 瞳さんは名前の通り、瞳がすごくきれいに澄んでて印象的な人だった。
 あたしは人と話す時、「これでもか」っていうほど、相手の眼をじーっと見るクセがあるんだけど、彼女もやっぱりそうらしい。それから誰かを好きになるとき、やっぱり「眼」から好きになるってところも同じだなと思った。
瞳さんはとっても自分に正直で、とっても自分の心の中身についてよく考えてて、そして「自分」をはっきりもってるけど優しくてステキな人。それからもうひとつ、すごーーーく足が長かった……。
 普通のぺったんこのスニーカーはいてたのに、あたしが二十センチのアツゾコを履いたぐらい。う、う、羨ましい(遠い目)。

 あたしが一番、共感したのは、瞳さんが「自分はなぜこれがやりたいのか?」「なぜ、こういう行動をとるのか?」って、ちゃんと自覚しながら生きてること。
 この前、日記で、みんな自分の夢を持ってるなら、ノイズに負けずに頑張れって書いたよね。そういう頑張ってる人たちの中で、一番強く自分の道を目指せるのは、きっと自分がなぜ、そういう夢を持ってるのか知っていて、自分を最後に頼れるトモダチだと思える人。
「ミュージシャンになりたい」「保母さんになりたい」「優しい彼と一緒に暮らしたい」みんな、色んな夢と希望を持ってるけど、多分、理由なんか聞かれたって「好きだから好き。理由なんか考えてない」んだと思う。
 でも、自分の心を深ーく覗くと、その奥にちっちゃな小人みたいなもう一人の「あたし」がいる。それは外からは見えない感情を、好きなようにあやつってる小人。そいつととことん会話をしてると、いつのまにか、自分の本心がよく分かってくる。
「小さい頃、母親が忙しくて淋しかったから、保母さんになって子供たちがそんな思いを味合わなくてもいいように、沢山、愛情をあげたい」とかね。そうすると子供たちの同じような淋しい気持ちに、ちゃんと気付いてあげられる、あったかいハートの保母さんになれる。

 恋だって同じ。
 好きで好きでたまらない。この人を失ったら、死んでしまうかもしれない……そんな風に熱愛している相手のことをちゃんと見つめて、「あたしはなぜこの人を好きなんだろう?」「どうして、こんなにひかれるんだろう?」って考えてみたら……
きっと冷静になんか見られなくて、「すべてが好き」「とにかくlove!!」って感じだと思う。でも、必ずきっかけになる理由があるんだよ。その人が、自分の一番欲しいもの、憧れているものをもっていたり(性格とか才能とかルックスとかね)、子供の頃からの願いを充たしてくれたり(暖かいお兄ちゃんやお父さんみたいな、包容力を持って接してくれたとか)、一番言って欲しかった言葉をくれた、とか……。
 そういうコンプレックスとか、弱い部分が自分でちゃんと自覚できたら、それは自分を知って自分とマブダチになる一歩。そして自分と親友になれたら、きっと心からのトモダチも沢山できる。

 あたしも子供の頃、数え切れないほどたっくさんコンプレックスがあった。
 すごく内気で人見知りで自閉的な超無口で(……今そういうと、日野っちその他の人々はウソー! って爆笑するけど)、トモダチ作るのも超ニガテ、っていうより、学校そのものが超ニガテだったし……。小学校なんて、仮病で一年間ぐらい休みっぱなしの時もあったぐらい。
 外側だけはめちゃ明るくて元気になっても、根っこのところは成長してもそんなに変らない。物語を作る人になりたいっていう夢は、きっと自分のそういうすっごく内向的な性格から来てるんだなーと思う。コンプレックスでもあるけど、夢を育ててくれたエネルギーの源でもあるから、今はそういう部分をあまり嫌いじゃなくなったよ。

 今はおけいこ(?)したから、普通に喋れるようになったけど、ちょっとしたことで地獄まで落ち込んじゃって、なかなか這い出てこれない時もいっぱい。
 でも、瞳さんも言ってたけど、「めっちゃ深ーい谷ぞこに落っこちるけど、最高に幸せ! っていうキモチに舞い上がることもできる。だから、いつでも安定してるより、ラッキー!」って思うことにしてる。

「自分」を奥底まで知ることは、結構、辛い。見たくないどろどろした醜さや、顔を背けてきた弱さと正面から向き合うんだから。
 自分の抱いてるイメージと現実の違いに嫌になったり、惨めになったり……でも、そうやって「自分」の一番の理解者になれれば、それは最強の味方を作ったことになる。
 夢を叶えるために努力してるのにうまくいかなかったり、大好きな人への思いが受け入れてもらえなかったり裏切られたり……。
 もう歩き続けられないっていうほど辛いことがあっても、「自分ってこんなやつ。うまくいかなくたって自分は自分だから、まっしょうがないよね」って、ゴーイングマイウェーでまた歩き出せる。
 そういう、「地平線まで吹き渡る風と一緒に、どこまでも行けるぞ」っていう気持になったとき、きっとあなたはもう夢の目標地点の途中まで来てるよ。


P.S.1  瞳さんの「女優になりたい!!」っていう熱ーい夢のエネルギーがどこから生まれてきたのか、知りたい人は『ワタシハココニイル』っていうファースト・エッセイが幻冬舎からでてるよ。
 それから、「ココニイルコト」っていう彼女が初主演の映画も上映中。ほんとの「優しさ」について考えちゃう、せつない映画です。

P.S.2 ビデオで「ガタカ」を見て、遅ればせながら感激。
 イーサン・ホークもジュード・ロウもユマ・サーマンもシナリオも映像も、ぜーんぶ大好き。特にジュードの演技よかったー。「A・I」にも出てるよね。この映画好きな人、「ガタカ」普及委員会を作ろう! 会長兼雑用係りはあたしが就任するから。普及委員募集ちゅう。
 でも、委員会が何をやるかはひ・み・つ。



2001年6月14日

 今日はニューヨークツァーの報告だよ。
 予想してたより街はずっときれいで、タクシー代わりの馬車が目抜き通りを我が物顔に走ってるのにびっくり。ここは西部劇の舞台かって感じ。
 強盗に襲われもせず無事に帰れたよ。今回はハーレムとか危険な地区には行かなかったし。ほんとはゴスペルを聞きに、行きたかったんだけどね。

 やっぱり一番印象に残ってるのは音楽のこと。
 向うは地下鉄がすごく複雑で、最初は路線図見ても反対方向行っちゃったり、通りすがりの人に聞きまくってプラットホームまで連れて行ってもらったり、殆ど迷子状態だったんだけど、だんだん慣れてきて心の余裕が出てきた。そんな時、ホームでドラムとギターのジャズセッションをしてる二人組の黒人に出会った。
 演奏も歌も物凄く上手くて、その辺のジャズクラブで演奏してるプロ並みだったから、ギターケースの中にお金を入れて、暫く聞きほれてた。そしたらだんだん回りに人が集まってきて、ちょっとしたライブのノリで手拍子とか始まったんだ。
 みんなやっぱりいい演奏には、どんな場所でも素直に反応する。
 プレーヤーたちは俺たちの音楽を気にいってくれてサンキューって感じで、うれしそうに可愛い笑顔を浮かべてた。
 でもプラットホーム・ライブは、次の電車が来たら終わり。
 走っていく電車の窓から彼らを見てたら、ドラマーが小さく手を振ってくれた。何かそれだけで、一日がいい日になっちゃった。

 自然史博物館っていう、ビッグな博物館を見た後、セントラル・パークをぼんやり歩いてたら、どこかから大集団のゴスペルの歌声が聞こえる。
 どこかの教会の合唱隊が練習に来てるらしくて、百人近い大コーラスはめっちゃ迫力があった。ハーレムには行けなかったから、ここで聞いちゃえと思って、近くの芝生の上に座って流れる雲と池の鴨を眺めながら、生のゴスペル・メドレーに聞きほれてた。なんか大地の底から響いてくるような凄い声の津波っていう感じに圧倒されたよ。超ラッキー!
 パイプオルガンも聞けた!
 通りすがりに大きな教会でミサをやってて誰でも入れるオープンな雰囲気だったから、入ってみたら陽光の差込む青や赤の豪奢なステンドグラスと、ゴシックの壮麗な彫刻、それにローソクに火を灯してキリスト像に捧げ祈る人たちで、一つの宇宙みたいに美しい光景だった。
 空から光のように煌めく音が降ってくる……と思ったら、数十メートルの高い演奏台で女の人が巨大なパイプオルガンを演奏してる。教会でパイプオルガンを聞くのが一つの夢だったから、それが叶ってうれしい。

 最後に行ったのが、ニューヨークで一番行列ができるの長いクラブ。入り口ではセキュリティに財布の中身まで調べられ、全身くまなく検査されて入ったのは、ヒスパニック系や黒人、白人、日本人が入り乱れて踊る熱狂の世界。
 お目当てのテクノは少ししかかからず、その後はニルヴァーナやアバっていう選曲にはちょっとびっくりしたよ。やっぱりみんなが共通にのれる音楽ってことで、昔のヒット曲がかかるのかな。お立ち台の上ではラテンダンサーがお肌をかなり露出しながら踊ってたよ。クラブっていうより、カーニバルの盛り上がり方。
 なんか、DJのノリは「みんな、踊り狂って昨日の仕事のいやなことも明日の不安も忘れろ!」っていう感じだったな。
 日本に帰ってから、後楽園の「ジオポリス」っていう巨大クラブのパーティーに行ったけど、みんなおしゃれで汗臭くないことにびっくり! それが物足りなくもあったりして。当たり前だけど、日本人ばっかりってことも、ちょっと不思議だった。こっちはがんがんのトランス・テクノだったけどね。
 この潜入の模様は、「LOVE PA!!」っていうクラブ雑誌で話すから、詳しく知りたい人は読んでみて。

 とにかく音楽的には充実した旅だった……。お金を使わないで、いい音楽を聞く方法は幾らでもあるなって実感。って別にケチったわけじゃないんだけど(言い訳がましい?)、あたしは街角を歩いてて、偶然出会う音楽の調べが、すごく好きだから。
 流れ行く風景の中で、その土地の匂いと一緒に、細胞へと浸透してくる色んな音楽。風に運ばれてあたしのもとに届く音楽。奇跡のような偶然で、巡りあえた音たち。アクシデントこそが旅。
 光のように空から降ってきた音たちを、あたしはきっと一生忘れない。



2001年5月30日

 実はこの日記が更新される頃には、ニューヨークにいます。
 最近、色々、旅をしまくりって感じだけど、心が要求してるからそれに答えてると、こうなっちゃうみたい。
 たった五日間だけど、初めての都市の空気と人の体温を沢山、吸いこんで来るつもり。また帰ってきたら、N.Y.ルポをアップするね。

 最近、「夢」をテーマにした映画を三つ見た。
「リトルダンサー」と「ガールファイト」、そして「テルミン」。どれも夢を追い続
ける勇気をくれるすごく胸キュンの映画だったから、みんなにちょっと紹介。

「リトルダンサー」はイギリスの炭坑町の貧しい家庭に生れた少年が、父の反対を乗り越えて、ロイヤル・バレエスクールに合格して、スターダンサーになるお話。主役の少年ビリーを演じたジェイミー・ベルは、ほんとにダンス大好きっこで、「ただもう、踊ってればハッピー」な普通の男の子のキャラを、凄く上手に演じてた。
 家族の対立とかお金の問題とか色々あって、泣かせるシーンも一杯あるけど、「どんなに遠くて叶いそうもない夢でも、信じて追っかければいつかは叶う」っていう、一番シンプルな真実をずーんと心に残してくれた。

 もうひとつの「ガールファイト」はニューヨークの貧しいヒスパニック系たちの町に住む高校生ダイアナがヒロイン。学校の勉強は大嫌い。気に食わない奴はすぐに殴っちゃう激しい気性の持ち主で、賭け事ばかりやってる父親とは母親の自殺をめぐって、対立関係にある。でも弟が通ってたボクシングジムでボクシングを習い始めると、どんどん強いファイターになることの魅力にはまっていく。そして何事にもやる気のなかった彼女が、タフで不屈のボクサーになると同時に、優しい大人の女に成長していくってお話。
 ヒロインのミッシェル・ロドリゲスがとにかくかっこいい!
 殴られてムカついた時の、めらめら燃えるようなガン飛ばす顔とか、試合が終った後、ふっと見せるせつない恋心とか、もうめちゃめちゃ共感しちゃった。
 もちろんボクシング・シーンも迫力ものだよ。
 最近、何もかも思うようにならなくて落ち込んでるって人には、是非お勧め。

 そして最後の「テルミン」はドキュメンタリー映画。シンセサイザーのもとになった、電磁場に手をかざして音を出す、「テルミン」っていう不思議な楽器を発明したロシアのテルミン博士のお話だよ。最初はこの楽器のことを知らなかったから架空のお話だと思ってたら、試写の前に本物の「テルミン」の演奏があってびっくり。みんなも絶対に聞いたことがあると思うけど、よく怪奇映画の効果音楽に使われる、あのちょっと幽霊っぽい「ひゅるるるる」っていう音が「テルミン」。
20世紀の初めには、冗談としか思われなかった楽器を本当に作り出してしまった一見、マッド・サイエンティストに見えるような博士も、やっぱり「夢追い人」のピュアな情熱に突き動かされてる。

 どの映画も、テーマは「夢に向かって突き進んでいく勇気と力さえあれば、いつかは叶う」。ビリーもダイアナも家は貧しいし、親の厳しい反対にはあうし、持ってるものは自分の身体と情熱だけ。テルミン博士も戦争や時代の壁に阻まれて、凄い発明をしても政治犯にされちゃう。
 でも本当に叶えたい夢が見つかったら、そんな邪魔なんかぶっ飛ばして突き進む、ひたすら前向きなパワーの塊を持ってることもみんな共通してる。現実でも親や教師や友人が、「そんなの、なれっこないよ」とか「やるだけ無駄」とか「そんなものに使うお金なんかない」って言うかもしれない。何度、挑戦しても結果がバツで、「自分には才能がないのかも」とくじけそうになるかもしれない。でも、諦めることは夢を裏切ること。裏切った夢は、二度と戻ってはこない。

 ヒトは夢からどんな辛いことがあっても乗り越える力をもらう。
 自分の存在がかけがえのない大切なものだと信じる力をもらう。
 だから、もしみんなが何か夢を持ってるなら、最後の最後まで諦めないで。
 周りの雑音なんて聞き流して、笑いたい奴には笑わせておけばいい。
 自分だけを信じて、夢中になること。
 それがいつか、必ず眩しい輝きをくれる。
 そしてあたしも、夢を追いかけて、死ぬまで夢と一緒に生きるつもり。

P.S.
 8月に出る文庫新作が、だんだん完成形に近づいてきて、わくわくしてる。今、恋愛してる人、失恋した人、恋愛なんかいらないっていう人、みんなに読んで貰いたい。
「誰かを心とカラダでほんとうに愛するって、どういうこと?」がテーマ。表紙はおなじみ、実花の鮮やかなグリーンや赤のカラーが眼に眩しいすてきな写真。
 MAOちゃんがかわいくて色っぽい!
 もう少しだけ、待っててね。



2001年5月15日

 今日はDEF・JAXっていうテクノグループの、「COMPANY FLOW」っていう新しいアルバムを聞きながら。
 テクノ好きな人には絶対にお勧めの凄いケッサクだよ。ヘビーなのに、メロディアス。さっそく、あたしの小説(秋に刊行予定の単行本の方)にも登場させちゃった。

 今日はBBSでも沢山の人たちが書いてる、心や身体の「痛み」があたしたちにとってどんなものなのか、皆に話してみたいと思う。
 ヒトは生きて行く中で、色んな心と身体の痛みを味わうよね。火傷をした、ガラスを踏んだ、病気で頭や胃が痛いっていうフィジカルな痛み。恋人との別れ、親との関係で刻印される傷痕、鋭い言葉のナイフが胸を抉るメンタルな痛み。
 どっちも苦しいし、できれば避けて通りたいけど、生きている以上は必ずそういう場面に出会って、痛みに耐えたりやり過ごしたりしなくちゃならなくなる。でもすべてがマイナスじゃない。身体の痛みは自分のボディからのSOSで、病気の部分を教えてくれる大切なもの。心の痛みだって「このままじゃ駄目になる」っていう、ハートの警戒信号だったり、傷痕の痛みを癒すことが美しいものを創造する原動力になったりするんだから。

 じゃあ、自分で自分の身体を傷つける「自傷」ってなに?
 あたしのトモダチは火のついた煙草の焼け跡を腕に何十個も作ってたし、リストカットがやめられないって悩んでる人も多いよね。そういうあたしも、以前はちょっと自傷的な癖があったから、その「やめられなさ」や「自分で自分がわからない」って感じはよくわかる。

 前にも書いたように、これは病気じゃない。心の葛藤の表現だよ。
 例えば母親にマジに「あんたなんか生まない方がよかった」って言われたとする。
 怒って当然だよね。「自分が勝手に生んだくせに」とか「こっちだってあんたの所には生まれたくなかった」とか、罵詈雑言を返してやらなくちゃ気がすまない。きっとそれでも心は晴れないと思うけど、取りあえず相手を傷つけ返してやればすっきりはする。
 カレシやトモダチに裏切られたり傷つけられた時も同じ。
「もう顔も見たくない。死ね」って叫んで、絶交宣言かなんかすれば、あとで後悔するとしても「お返し」はできる。
 でも、ヒトの心には「傷つけ返すのは醜い」とか「相手を否定したら、かわいそう」とか「やっぱり愛されたい」「嫌われたくない」「こんなことを言ったら、居場所がなくなる」とか思う複雑な感情があって、すべてを吐き出すことを押さえつけちゃう。
 だから優しい人、ピュアな人ほど、怒りや痛みを心の中にためてしまう。でも人間の心は迷宮のようなもので、いったん中に入ったものは、姿が見えなくなっても、必ずいつか別の出口から出てくる。
 そのエネルギーをうまく音楽とか、映画とか小説とかの創作に向けてしまえば、素晴らしいことができる可能性だってある。いつも言うように「美は傷痕から生まれる」んだから。
 でもそうできなかったとき、迷宮から出てくる一つの形が,「自傷」なんだと思う。自分を責めること、自分を傷つけることで、醜い感情を罰する。他の人への攻撃心や悪意を消そうとする。
 流れ出る血を見ると落ち着くのは、多分、血が自分の真実の心の中身みたいに思えて、自己確認できるからじゃないかな。
 血がどんどん流れ出てほしいと思うのは、痛みや怒りを感じる部分をなくしてしまって、楽になりたいっていう願望なのかも。

 あたしも長い間、自傷はやばいことだと思ってた。でもある小説を読んで考えが変わった。それは未来の世界が舞台なんだけど、みんなが遺伝子操作で優秀な頭に生まれてきて、「痛み」とか「怒り」を感じるのが精神的におかしいって思われる時代なんだ。みんな物事を深く考えず、適当にセックスして適当に遊んで、楽しく生きるのが「正常」。そうでない人は「異常」の烙印をおされる
 でも、その中で、やっぱり「痛み」や「怒り」を消し去れない人たちが現われてくる。最後に、本当に心を殺さずに「生きる」には、自分がその奇妙な世界の外に脱出するしかないと考えた男の子が、大自然の中で一人でアメリカのネイティブみたいな生活を始める。彼は、自分が「痛み」を感じる体と心を持っていることを忘れないために、毎日、自分で自分の身体を鞭打つ……そんなお話。

 何人かの人たちが書いてるように、身体を傷つけることを「生きる」ための自傷だと自覚してるんなら、そして決して自分の命を粗末にしないと決心しているのなら、「自傷」も一つの生きる道だと思う。
 でも、それを「異常」だとか「病気」だとか悩むより、傷や痛みをもし別の、もっと沢山の人たちに心の叫びを訴えられる方法で表現したら、どうなるのかなって考えてみてほしいな。
 フィジカルな自傷は一人だけの存在確認。でも、自分の生み出したものが、沢山の人たちの「存在確認」になったら……。きっとそれこそほんとの「生きてる」ことの証明になると思う。


追伸
 Coccoの特集をした「SWITCH 別冊」のインタビューを読んだ。この前、彼女は痛みがなくなったから活動をやめるって書いたけど、それは別のインタビューを聞いたあたしの思い違いでした。Coccoとファンの皆さん、ごめんなさい。ていうか、あたしも熱烈ファンなのに、情けないなー。
 毎日、色んな歌が生まれて、歌が沢山溢れすぎている、今の音楽業界のサイクルと合わなくなったのが辛くてたまらない……正確じゃないけど、そんな感じだった。「歌いたいなら、毎日歌って! 毎日、ライヴをやって、CDを次々に出せばいいのに」なんて思うのは、きっとあたしが音楽の世界を知らない素人だから……なのかも。でも、歌への愛がこんなにも溢れてるCoccoが、活動休止なんて、このインタビューを読んだら逆に納得いかなくなっちゃった。うーん、でも「やめる」って宣言したい気持ちも……複雑だけど少しはわかる。やっぱり「永遠」っていう言葉がキーワードなのかな。Coccoは「永遠」を探してるのかな。
 とにかく東京のクラブでも、沖縄のライブハウスでも、どこでもいいから絶対に歌い続けてほしい。「サングローズ」の「焼け野が原」を聞きながら、そう思った。



2001年4月28日

 待ちに待った松崎ナオちゃんのニューアルバム「虹盤」を聞いて、感動しながら書いてる。ここともずっとリンクしてた『シンクロニシティ』とのシンクロソング「風になる」、もちろん入ってるよ。ナオちゃんの声が生きてるすごくいい仕上がりになってた。広い草原に架かる虹の橋を青空に向かって渡っていくような、明日を信じたくなる歌です。それと「交差点の置き手紙」「光が生まれる日まで」も、めっちゃいい。
「光が……」の一節はね、

  「螺旋の空 狂おしく あなたを辿れば
   水槽の中の魚のように
   背中しか浮かばない私の心は
   危やの刹那」

 聞いてみて。きっとシンクロする部分があるから。

 歌っていえば、大好きなCoccoがMステを最後に、活動休止しちゃった。
 あたしの本をよんでくれてる皆の中にも、ファンが沢山いると思う。
 そこで今日は少し、彼女の歌について。
もともと、Coccoの歌を本格的に聞くようになったのは、三年ぐらい前、読者の女の子から、「心を切り裂く叫びのような歌が、亜美の小説に通じる所があると思う」という手紙をもらったからなんだ。で、聞いてみたら、すごく感動した。その子には、今も凄く感謝してる。だってあたしをCoccoに引き合わせてくれたから。 皮膚に深い傷痕ができると、それを治すために、身体の中から色んな再生物質が出てきて、いつか自然に傷を消してくれる。彼女の歌には、魂の傷を治療する、心の再生物質みたいなものが沢山つまっていて、それが聞く人を癒す。

 で、Coccoはもう痛みを感じなくても生きられるようになったから、歌をやめて絵本作家を目指したいって言う。歌が彼女の魂の治療だったんなら、そういう生き方も応援してあげたい。だってミュージシャンも作家も、一番コアのところでは自分の魂の救済のために何かを創るんだし、それが皆の心に響くことで、共感と新しいうねりが生れるんだから。ナオちゃんの歌にもそれを感じる。
 魂の痛みの声を聞きながら、それでも明日の夜明けの光がさせば、傷痕がかさぶたになって剥がれ落ちていくんだって信じようとする歌。
 映画でも歌でも小説でも、そういうものに触れるとあたしは泣いてしまう。
 それは多分、あたしも自分の魂の傷痕を治療するために、書いてるからかもしれない。
 そしていつのまにか、心がシンクロして色んな形で繋がった数え切れない人たちの傷の痛みも、一緒に癒せたらいいなと思うようになった。真っ直ぐに向かい合ったら、きっと暗くて底のないブラックホールに飲み込まれて帰ってこられなくなる。そんなに強くない。大人でもない。だから、文章を書いて小説を書いて、黒い傷を美しさに、希望に変えようとしてるんだと思う。

 人間は不思議だね。
 ネガティブをポジティブに変換しようとする心の複雑で微妙な動きが、世界を変えたり、信じられないほど感動させるものを創り出したりする。とても醜くてとても美しいもの。

 写真や映像の世界も、心の視線の魔法をあたしに教えてくれる大切な道しるべ。
 今日はミカの個展「まろやかな毒景」のオープニングに行ってきた。
木村伊兵衛賞をもらってから撮ったものばかりで、海外の教会やマリア像や、花に埋もれた女の子の写真が凄く印象的だったよ。どれもサイズがかなり大きいから、ミカカラーが全開でした。特にブルーと赤は絶対に、他のひとには撮れない魂の色だと思う。
 ミカは超カッコいいエルメスのウェストコルセットに黒コートで、「女流カメラマン!」してた。
 個展は大盛況。ミカの妹で、ずっとあたしの本のモデルをやっててくれたマミちゃんや、『FIREFLY』撮影でスタイリストやってくれた清川あさみちゃんにも会えてうれしかった。なんか会場は溜息が出るほどキレイ&可愛いモデルの子ばっかりで、目移りしまくってました。



2001年4月13日

 今日はフィオナ・アップルとバッハっていう、ちょっとミスマッチなBGMで日記を書きます。フィオナはいい! あの低いミステリアスな声が心に深く浸透してくる。

 さて、いよいよ
 <<タイツアー報告レポート!!>>
 バンコクに着いたらむっとする熱風が顔に吹き付けてきて、慌ててキャミソール姿に早変わり。何と気温四十度! でもあたしは真夏大好きニンゲンだから、この暑さで急に元気になった。
 もともと、ルーツは熱帯系なのかも。
 バンコクっていう都市は、超近代的な高層ビル群の隣りに、超壊れかけた貧しげなバラックが並んでたり、物凄い交通渋滞の中を、バイク・タクシーのお兄ちゃんが後ろにお客の女の子を乗せて、車をひょいひょい交わしながら走っていくような、時代不明な「カオス」の街だよ。
 あたしはこのバイクのタクシーが気にいって、一度乗ってみたかったんだけど、今回はちょっと恐かったからパス。大きな三輪車を改造したようなトゥクトゥクっていうタクシーを利用してた。日本でも、バイクの宅配便みたいに、人を最短時間で運ぶバイク・タクシーがあったら、ウケると思うんだけどな。
 でもバイクだと、客は嫌でもライダーの背中にぴったりくっついて、抱きつかなくちゃならない。かっこいい男の子のライダーとなら、恋とか芽生えちゃいそうだけど、脂ぎたぎたのおじさんライダーとか、体臭きつい人だったらかなりヤダな、とか、余計なことまで考えちゃった。

 一番賑やかなカオサン通りは、アメリカやヨーロッパのバックパッカーがうじゃうじゃカフェにたむろしてて、何かどこの国に来たのか一瞬、分らなくなった。あたし的にはせっかくタイまで来て、お洒落なヨーロピアン・スタイルのカフェでお茶してても仕方ないじゃんって思うんだけど。
 あたしは海外に行くと、まずその街を徹底的に歩き回って、そこに住んでる人たちの生活の匂いを嗅ぐ。スーパーとか街の人たちが行く安いご飯屋さんとか、川辺の公園とか……。観光客のために作られたこぎれいなリゾート施設や目抜き通りを歩くだけじゃ、その国の一番面白い所を見逃しちゃうから。
 街の匂いが細胞の奥に浸透したら、旅の記憶を死ぬまで忘れないでいられるんだよね。

 バンコクで一番、鮮烈だったのは夜、美しくライトアップされた古い王宮を見たこと。沢山の仏塔や建物の金箔を張り巡らされた壁は、極彩色の色とりどりの石やガラスが嵌め込まれたモザイク模様になってるんだ。その中の青いガラスが夜の淡いオレンジ色の灯りの中でキラキラと、サファイヤみたいに輝いて、建物全体が、夢の中の神殿みたいに美しく浮かび上がる。
 そんな塔が見渡す限り並んでいる光景って、想像できる?
 おまけに何十体もの金の仏像や、庭のあちこちに置かれた蛙や牛の石像がファンタジックで、いつまでも見飽きなかった。

 バンコクからプーケット島に飛行機で飛んで、いよいよ、フェリーで目的のピービー島へ。このフェリーも、またまたアメリカやフランスやイタリアから来た若い旅行者が溢れてた。おまけに殆どがカップル。甲板は抱き合ってキスしたり、膝枕でラブラブな人たちのオンパレード。何となく、男の人はみんな、ディカプリオの「ザ・ビーチ」を見てきた、「なりきりレオ様」って感じでおかしかった。カップルに取り囲まれてグレた日野っちは、一人渋くビールを飲みながら、遠い目をして海を見つめていたのでした……。

 フェリーで渡ったピーピー・ドンっていう島は、純白の砂浜にエメラルドグリーンの静かな海、ココナツやバナナの大樹が生い茂る森で熱帯の鳥たちが歌い狂ってる、ほんとに桃源郷そのものの場所だった。
おまけにコテージの敷地を歩いてると、高い椰子の樹からヘビが降ってくる!! 普段はヘビとかイモリとか失神しそうに嫌いなんだけど、この島では何となく、「いて当たり前」の感じで許せた……って向うがあたしを許してない?
 海に素潜りしたら、青やオレンジのキレイな熱帯魚が沢山見えたけど、なぜか足に噛み付いてくるピラニアみたいに攻撃的な魚と遭遇。あたしがどこへ行っても、こいつがじっと監視しながらついてきて、棲家のラグーンに近づこうとするとぱくっ。最後はこの魚と一対一でガン飛ばしあって、「動けるもんなら動いてみろ」って数分間、真剣勝負してた。
 後から足を見たら、一杯紅い噛み傷ができてて、血まで流れてたよ。そーいえば長いヒモみたいな海ヘビもみちゃった。これはマジに恐かった。でも、魚や海ヘビからみれば、あたしたちは鮫みたいな恐怖の侵入者に見えるのかも。仕方ないよね。

 この島と双子のピーピー・レイ島が、レオ様の映画「ザ・ビーチ」で、伝説の島の舞台になったところ。つまりあたしの目的地。朝早く小さなジェットボートをチャーターして、三十分の場所にあるこの島に行ってみた。
 左の写真でも分ると思うけど、周囲は全部、高い断崖絶壁に囲まれてて、その細い切れ目からしかビーチにたどり着けない。苦労したけど、行ってよかった。絶壁にかこまれたそのラグーンのビーチは、ほんとに美しかったよ。白い砂に座ると、目の前に緑の鬱蒼とした熱帯樹に覆われた岸壁が、ぐるりと衛兵みたいに守ってる、遠浅のコバルトブルーに染まったラグーンが広がる。空も海と同じ色。「秘密の楽園」っていうわくわく感が、なんともいえなかった。
 島には掘っ建て小屋があって、二十歳ぐらいの男の人たちが住んでたのでお話してみた。この島で生れたシージプシー(色んな島を点々として暮らしてる人)らしい。「日本から来た」って言ったら、「一緒にこのバンガローに住まない?」ってジョークで誘ってくれた。マジうれしくて、一瞬ほんとにここに住んじゃおうかと思ったけど、諸般の事情で丁重にお断りしました。

 この島で恐ろしい事件が……。
 ラグーンから海に降りて、フィッシュウォッチングをしてるとき、何と「日野っち遭難。タイの海の藻屑と消える」の危機が勃発!
 それはこうして始まった……。
 海が凄く深いのでライフジャケットをつけて泳ぎながら、魚を呼ぼうとパン屑をばらまいてた。でも認識が甘かったみたい。あっという間に、熱帯魚がトラック一杯分ぐらいどわーっっっっっっ!! と集まってきて、おなかや足の上に圧し掛かってくる。十キロ四方の海にいる魚全部が集合したのかと思ったぐらい。猛烈な食べ物の奪い合いは、カワイイとかいうより呆然。
 おまけに、例の嫌な性格の噛み付き魚も沢山来て、パン屑の代わりに足や腕を噛み付きまくってくれた。
 それでもあたしたちは、結構楽しんでたんだけど、海流が思ったよりきつくて、ふと見ると船が随分遠くなってる。「まずい。このままじゃ沖へ流される」と思って、背泳ぎで船の方にUターン。でも、日野っちは全然、追いついてこない。なんか沖の方にぽつんといる黒い影が日野っち?
「必死にクロールしてるのに、どんどん流されてっちゃうんですっ。亜美さん、助けてええええっ」
 助けてって言われても。せっかくもう少しで船なのに、また引き返して日野っちを抱えて泳いでくる元気なんかない。大体、なんであたしが普通に泳いで帰ってこれるのに、ずっとガタイのいい日野っちが流されるわけ? そう思いながら、もう一度振向いてみると、もう日野っちの姿はどこにも見えない。
(遭難した……)。
 幻冬舎も惜しい人材をなくしたなー。まだ24歳のみそらで……合掌。とか思いながら泳いでたら、遥かな沖の方から日野っちの遠い叫び声が。
「亜美さーん。ぼくはもうダメでえええーす。船で迎えにきてくださあああーい」
 別の船の陰に、浮き玉に必死にしがみつきながら流されていく日野っちの豆粒みたいにちっちゃな姿を発見。なーんだ。生きてたんじゃん。
 にしても、何でダメもとで泳いでこないんだよー。ケンケンも「流される奴は死んじまえ、あえて危険を冒すやつだけが生き残れ」っていつも言ってるよ(言ってないか)。
 心のなかでぶつぶつ言いながら、結局、船に戻って日野っち救出作戦に向かったあたし。
 この笑える事件が、タイで一番強烈な思い出……でした。

P.S.特大ロブスターとグリーンカレーとイエローヌードルっていうタイ風やきそばが超美味だった。また行きたい!
もうすぐ発売の『文藝別冊 尾崎豊ムック』に短篇「CAN'T SING EVEN THE BEGINNINGS」が載っているので読んでみてね。


2001年3月27日

 サワッディー クラップ カー! サバーイ ディー ルゥ
 ポム ディチャン ラック クン

 いきなりタイ語。これが更新されるころは、向こうにいるので、ちょっと気分出してみた。意味は、「こんばんは、元気? 愛してるよ!」という感じです。
 タイは東南アジアの中でも、すごく人が暖かくて日本人の旅行者でも、住み着い ちゃう人が結構いるらしい。帰れなくなったらどうしよう?(笑)
 食べ物はおいしいんだけど、とにかく辛いものばっかりで、みんなお腹をこわすって聞いたけど、ちょっと不安。
 トムヤムクンとか火を吹きそうだよね。
 バンコクから南の端の島に行く予定です。
 ディカプリオの出た映画の舞台になったところで、とにかく夢みたいにきれいな伝説の島……という噂が語り継がれてる。楽しみ!!

 陽射しを受けてガラスみたいにきらきら光る、エメラルドグリーンの波が純白の ビーチを濡らしていく。寝っころがって、抜けるようなスカイブルーの空を眺める至福の時。聞えるのは波の崩れる音と、鳥の声と、地球の優しい息遣いだけ。そんなとき何を思うのか、自分でも分らないけど……。
 帰ってきたら、ここで報告ルポと写真をアップするよ。
 明日、早起きなので、この辺で「ラーコーン ナ クラップ カー」。

P.S. 松崎ナオちゃんの新しいCDが4月に発売されます。絶対いいから、みんな聞いてね。シンクロソング「風になる」が入ってると思うんだけど……確かめたらまた報告するね。




 「エターナル・ウィンド」小説賞の発表!!
 応募総数は約80作。恋愛小説からSF、詩、イラスト、自費出版本まで色々ありました。これを選ぶ為に徹夜して悩んで、あたしは眼の下に黒い隈ができた……。
 部屋には作品が散乱状態で、足の踏み場もないぐらい。
 選んだ作品は何かの形で、みんなに紹介できればいいなと思ってます。


 選んだ作品のポイントは、「世界中でその人しか書けないオリジナリティがあるか」ということと、「読者の視線」ということをどこまできちんと意識しているか、それから「言葉に対するセンス」の3つ。特に3つめはこの賞の特徴かも。
 あたしは音楽の絶対音感と同じように、色には絶対色感、言葉には絶対言語感覚ってあると思う。その場面でどんな言葉を使うことが一番効果的なのか、心に余韻を残すのか。その感覚は天性の部分もあるけど、多分、訓練すればするほど、書けば書くほど、いいものを読めば読むほど研ぎ澄まされていく。
 だから、どんなストーリーを組み立てるかと同じぐらい、どんな言葉を使うかが大切。
 皆と同じ光景を見ても、自分だけの表現ができること。それは日常、どんな感性で生きてるかを問われることだと思う。

 読みながら思ったのは、「この人、小説家じゃなくてエッセイストやルポライター目指した方がいいな」とか、「小説より詩の方が向いてる」とか、「あの詩の雑誌のコンテストに出せばイイ線行くかも」、って感じた作品が多かったこと。まだ自分の資質をよく見極められない人が多いと思うけど、せっかくもってる自分の力をちゃんと発揮しないのは勿体無いから、ちゃんとそこを考えてね。
 それから、この前も書いたけど、ここに選ばれなかったからって、「絶望」とか「消える」とか言わないで。ゼッタイ。あたしのリスペクトしてるある作家は、トラック1台分ぐらいの習作原稿を書いて書いて書きまくって、それを全部灰にして、ようやく第一作を書いたそうです。
 絶望してるヒマがあったら書けーーーーーーー!!!!!!


<<桜井亜美・エターナル・ウィンド小説賞>>

特別審査員賞
「デラシネ」イラスト&詩

 ちょっと恐くて虚無的で、でもカワイイ、不思議な女の子のイラストがとにかくめちゃめちゃ印象に残った。それに、詩も素敵。言葉の感覚が、すごくオリジナルで浮遊感があって、世界中で応募者さんにしか創れない文字のマジックを感じました。
 応募者さんはもう自分の世界が確立してる。あとは、これをどんな形で、どんな風に人に見せれば、一番心に訴えかけるかを考えて欲しい。

 優秀賞は次の二人です
 
優秀賞
「Insane」 木村裕輔(19 東京都練馬区 日大芸術学部二年)

 嫉妬のあまり、彼女を自分に取り戻そうと、倒錯した愛情を注いでしまう男の子の変形ラブストーリー。
 中学生から詩作をやっていたというだけあって、表現や言葉に対する神経の使い方が一番こまやかだったと思う。ストーリーも自己愛から抜け出せない、痛くてせつない恋愛の形をうまくきりとっている。
 もっとがんばってもらう為に、幾つかの欠点をあげると、@マリが余りにステレオタイプな女の子に描かれていて、彼女を印象づけるものが何もない。主人公の心の中だけで生きている人形みたいで、血肉が感じられない。A主人公のナルシスティックな言動を、どこか別の場所から眺める視点があったほうがいい。孤独さや滑稽さをもっと浮き彫りにしてほしい。B感情を独白だけではなく、ものや風景や人間の描写でもっと生々しく書き込むべき。
 つまり音楽でいうと、ボーカルと絡み合う、ドラムやベースやシンセの部分が欲しいなってことです。


優秀賞
「ラウンド・アンド・ラウンド」 川田薫
(宮城県塩釜市・総合学園ヒューマンアカデミーCGクリエイター科在学中) 

 ビデオモニターで「金魚」と「シャム」という二人の男の子が住む部屋を監視する主人公が見た、風変わりで魅力的な世界とは……?
 読んでいて、大島弓子の傑作漫画「綿の国星」を思い出した。目指してる世界はあのへんにあるのかな、と思ったよ。小説っていうよりシナリオに近い書き方だけど、これは川田さんにしか書けないストーリーだという、オリジナリティを感じたので選びました。
 直した方がいいと思う部分。始まりとラストに魅力が乏しいこと。始まりはドラマのト書きみたいで引き込まれるものがないし、ラストは余りにも感傷に流れすぎて、小説としての完結の力に欠けてる。活字を使って、読者に何を見せ、何を感じさせるのかを考えて。これだけイメージの力が豊かなんだから、きっと幾らでも魅力的にできると思うよ。ラストはひとりよがりになってしまって、客観的な視点がなくなってしまったのが残念。書き終わったら、今度は厳しい読者の眼でチェックしてみて。



佳作 
次の五人。がんばれ。いい線いってる。

宮島範幸  詩集
小沢正和 「私は、DJ、じゃない」
北村義行 「代償」「転化」
本間文子 「ストレンジ・ラヴ・レコード」
織田みずほ 「風光る」


2001年3月15日

 今日は「エターナル・ウィンド」小説賞の発表です。

 その前に音楽の話から。なんかこの日記って音楽の話が一番多いような気がするな……。あたしの栄養源だから、あたりまえなんだけど。8月に出す小説も、お気に入りの音楽ティストを詰めてみんなに贈りたいと思ってます。

 最近、エリック・クラプトンの「REPTILE」とEVAの「Scorpion」を買った。クラプトンはほんとにほんとに大好きなアーティストだし、めちゃカッコいい年のとり方してる人だと思う。っていうか、あんなにクールで渋くて暖かくって、音のテイストがどんどん深まっていく人……他にはいない。とにかくカッコいい。音楽を真剣にやってる人って、そういうエイジレスの人が多いよね。一番好きなのはやっぱり名曲中の名曲「レイラ」と「チェンジ・ザ・ワールド」かな? 新しいCDは、彼の大好きな叔父さん夫婦に捧げられていて、オールディーズっぽい渋い曲をあのハスキーボイスで楽しそうに歌ってる。もしかしてこのジャケ写は、少年の頃のクラプトン? かわいすぎ。最初のボサノバっぽいタイトル曲はさわやかな朝の目覚めにぴったりだし、最後のインスツルメンタルはお休みなさいソングに最高です。
 EVAは女性ラップシンガーなんだけど、試聴したらかなりgoodだったので即買い。三曲目の「WHO’S THAT GIRL」がかなり新鮮でのれる。ラップって「さあ、やるぞー」って言う気分になりたいときに聞くと、エネルギー全開になるよ。
 なんかあたしってHMVやTHUTAYAの推薦カード書く店員になれそう……。 最近、音楽にめいっぱいパワーをもらってる。あたしの人生、音楽がなかったらどうなっちゃうんだろうと思うぐらい。


 いよいよ「エターナル・ウィンド」小説賞の発表!!
 応募総数は約80作。恋愛小説からSF、詩、イラスト、自費出版本まで色々ありました。これを選ぶ為に徹夜して悩んで、あたしは眼の下に黒い隈ができた……。
 部屋には作品が散乱状態で、足の踏み場もないぐらい。
 選んだ作品は何かの形で、みんなに紹介できればいいなと思ってます。


 選んだ作品のポイントは、「世界中でその人しか書けないオリジナリティがあるか」ということと、「読者の視線」をどこまできちんと意識しているかということ、それから「言葉に対するセンス」の3つ。特に3つめはこの賞の特徴かも。
 あたしは音楽の絶対音感と同じように、色には絶対色感、言葉には絶対言語感覚ってあると思う。その場面でどんな言葉を使うことが一番効果的なのか、心に余韻を残すのか。その感覚は天性の部分もあるけど、多分、訓練すればするほど、書けば書くほど、いいものを読めば読むほど研ぎ澄まされていく。
 だから、どんなストーリーを組み立てるかと同じぐらい、どんな言葉を使うかが大切。
 皆と同じ光景を見ても、自分だけの表現ができること。それは日常、どんな感性で生きてるかを問われることだと思う。

 読みながら思ったのは、「この人、小説家じゃなくてエッセイストやルポライター目指した方がいいな」とか、「小説より詩の方が向いてる」とか、「あの詩の雑誌のコンテストに出せばイイ線行くかも」、って感じた作品が多かったこと。まだ自分の資質をよく見極められない人が多いと思うけど、せっかくもってる自分の力をちゃんと発揮しないのは勿体無いから、ちゃんとそこを考えてね。
 それから、この前も書いたけど、ここに選ばれなかったからって、「絶望」とか「消える」とか言わないで。ゼッタイ。あたしのリスペクトしてるある作家は、トラック1台分ぐらいの習作原稿を書いて書いて書きまくって、それを全部灰にして、ようやく第一作を書いたそうです。
 絶望してるヒマがあったら書けーーーーーーー!!!!!!


<<桜井亜美・エターナル・ウィンド小説賞>>

 優秀賞は次の二人です
 
優秀賞
「Insane」 木村裕輔(19 東京都練馬区 日大芸術学部二年)

 嫉妬のあまり、彼女を自分に取り戻そうと、倒錯した愛情を注いでしまう男の子の変形ラブストーリー。
 中学生から詩作をやっていたというだけあって、表現や言葉に対する神経の使い方が一番こまやかだったと思う。ストーリーも自己愛から抜け出せない、痛くてせつない恋愛の形をうまくきりとっている。
 もっとがんばってもらう為に、幾つかの欠点をあげると、@マリが余りにステレオタイプな女の子に描かれていて、彼女を印象づけるものが何もない。主人公の心の中だけで生きている人形みたいで、血肉が感じられない。A主人公のナルシスティックな言動を、どこか別の場所から眺める視点があったほうがいい。孤独さや滑稽さをもっと浮き彫りにしてほしい。B感情を独白だけではなく、ものや風景や人間の描写でもっと生々しく書き込むべき。
 つまり音楽でいうと、ボーカルと絡み合う、ドラムやベースやシンセの部分が欲しいなってことです。


優秀賞
「ラウンド・アンド・ラウンド」 川田薫  
(宮城県塩釜市・総合学園ヒューマンアカデミーCGクリエイター科在学中) 

 ビデオモニターで「金魚」と「シャム」という二人の男の子が住む部屋を監視する主人公が見た、風変わりで魅力的な世界とは……?
 読んでいて、大島弓子の傑作漫画「綿の国星」を思い出した。目指してる世界はあのへんにあるのかな、と思ったよ。小説っていうよりシナリオに近い書き方だけど、これは川田さんにしか書けないストーリーだという、オリジナリティを感じたので選びました。
 直した方がいいと思う部分。始まりとラストに魅力が乏しいこと。始まりはドラマのト書きみたいで引き込まれるものがないし、ラストは余りにも感傷に流れすぎて、小説としての完結の力に欠けてる。活字を使って、読者に何を見せ、何を感じさせるのかを考えて。これだけイメージの力が豊かなんだから、きっと幾らでも魅力的にできると思うよ。ラストはひとりよがりになってしまって、客観的な視点がなくなってしまったのが残念。書き終わったら、今度は厳しい読者の眼でチェックしてみて。



佳作 
次の五人。がんばれ。いい線いってる。

宮島範幸  詩集
小沢正和 「私は、DJ、じゃない」
北村義行 「代償」「転化」
本間文子 「ストレンジ・ラヴ・レコード」
織田みずほ「風光る」



2001年2月28日

 最近、ビデオでずっと気になってた「鮫肌男と桃尻娘」、「トゥルーマン・ショー」を見た。で、不思議な「浅野忠信の眼の謎」を解明したよ。彼の眼って一重で切れ長で、「淋しさ」と「笑い」、「残酷さ」と「優しさ」、「甘え」と「クール」……全部、一度に両方を表現できる眼なんだ。
 笑ってても、どっか孤独。怒っててもどっか醒めてる。俳優としては、すっごくいい「眼」だよね。いろんな監督の映画にでまくりなのも、よく分かる。だって「眼」が他の何よりも、いい演技してくれるから。あたしがもし映画監督やカメラマンだとしても、やっぱり彼の眼に惹かれると思う。
 というわけで、今日はあたしの小説にもよく出てくる、「眼差し」について。

 あたしは誰かとお話する時、相手の眼を真っ直ぐに見て喋る。一つはそれが会話の「マナー」だっていうこともあるけど、眼は言葉よりも先にいろんな感情を伝えてくれるものだから。
「あたしに何か隠してるな」とか、「ほんとは怒ってるのに無理して笑ってる」とか、「こいつ、もう投げやりになってるな」とかほんとに嫌になるほど、はっきりとわかっちゃう。
「眼は心の窓」って言う言葉は、真実だと思うよ。
 だから、誰かを好きになったときは、もうとりあえず眼力光線。「大好き」「いとしい」「甘えていいよ」「よそ見ゃしちダメ」……オーラを出しまくり。ちゃんと受け止めてもらえてるかどうかは、わかんないけどね(笑)。


『トゥモロウズ・ソング』でも書いたけど、人間ってコミュニケーションがすごく下手な生き物だと思う。イルカは超音波で、何十キロも離れている仲間が苦しんでいるとか病気だってことまで察知できるし、犬は凄い嗅覚や聴覚で、一瞬にして相手の生きてきた歴史や今の感情の状態までわかっちゃう。蜜蜂はダンスを踊るし、鳥は歌をうたうし……みんなそれぞれ、抜群のコミュニケーション能力を持ってるよね。
 じゃあ人間は?……もちろん、前回も書いたように言葉。
 言葉を繋ぐために、みんなバイトで稼いだり食費を削ったりして、高い携帯料金やネットの電話代を払ってる。それが一番の生きる糧だから。
 でも、もし、もっと豊かに鋭くお互いのことを感じあうことができたらっていつも思う。
 存在・感情・苦痛・悲しみ・喜び・病・共感・希望・絶望・夢……。
 この世界に溢れているたくさんの人の心から放出される言葉を、イルカみたいに感じられたら……多分、もっともっと人は滑らかで、自然な心でいられるんじゃないかな。
 別にテレパシーとかは信じてないけど、人が発する感情のエネルギー……サイレント・ランゲージみたいなものは、時々、感じるよ。
 近くにいる人からそれを感じ取るのに、一番いいのは第二の言葉=「眼差し」。遠くにいる時は「声」や「文字」だけど、道具に頼らなくちゃならないのが今イチ気に食わない。
 もし人間が、直接、遠くにいる人の心に話し掛けられるようになったら……子供の頃から、マジでそんなことを夢見てるけど、今のところ日常に時々降ってくる、シンクロニシティを待つしかないよね。
 だから、あたしは今日も、出会う人の「眼差し」の言葉に、耳を傾けて生きてる。

「本当は自分の心の内側しか見てない臆病な眼」
「淋しさが凍り付いてしまった、氷のような眼」
「誰かと溶け合いたいと心から望んでる眼」
「この世界を通り越してべつのものを見てる虚ろな眼」
「暖かな愛の海から打ち寄せる、信頼の輝きを映す眼」

「大切なものは眼には見えない」っていったのは、星の王子様に出てくる狐だったよね。
 誰かの瞳に映る、「眼には見えないメッセージ」を受け止めるのは、やっぱり「大切な」ことだと思う。


P.S. 次の亜美日記で、いよいよ「エターナル・ウィンド」小説賞……って勝手に名前をつけたけど……みんなが送ってくれた作品について、発表したいと思います。でも一つだけ最初に言っておきたいんだけど、もし絶対に作家か詩人になりたいんなら、誰がなんと言おうと、どんな評価をされようと、書き続けるのをやめないで。天才的なクリエーターだって、結局彼らを作ったのは諦めない意志のエネルギー。夢は捨てられないから夢。
 他人の言葉は、ただ自分を伸ばすためだけに聞けばいい。
 とゆーわけで、good night !!



2001年2月14日

 今日は三軒茶屋のキャロットタワーに入ってるTSUTAYAで、いろいろ買っちゃった。そう、このタワーは『ワンダー・ウォール』で、きりなと航が夜景を眺めた場所。実はあたしも、よく行ってる。どうしても見たいビデオがあって借りに行ったんだけど、CD売り場で約一時間道草してしまった……。試聴しはじめると、止まらなくなるのがあたしの悪いクセ。
 AJICOの「美しいこと」と、テクノとブラジル・サウンドが融合した「BLASILIAN・BEAT2」その他いろいろ……をげっとしたよ。グレープバインは次のアルバムを待ってるんだけど、まだかなー。ライブでやった凄くヘビー&メロウな曲が入ってると期待してるんだけど。
浅井健一の作詞作曲は、どーしてこんなに心に染み入ってくるんだろう。UAのけだるくてせつないボーカルと、ベンジーの声が絶妙に絡み合ってて、最高によいです。ベンジーはほんとの意味で「詩人」だと思う。

とゆーわけで、今日は詩について。
 あたしは子供の頃から、学校とかでしゃべるのがあんまり得意じゃなくて、本当に心の奥にあることは、毎日、日記代わりに書いてる詩で表現してた。それも、「悲しい」とか「サビシイ」とかってストレートな感情を書かずに、星や花や風や色んな美しいものたちに託して……。
 そうすると、言葉に託した悲しい思いが、詩に吸い込まれて心がとても楽になれた。ブラックホールみたいに、詩はあたしの日々のやりきれなさをどんどん「向こう側」へ運んでくれたんだと思う。
 だから生きていくには、詩が絶対に必要だった。

 大きくなって沢山の素敵な詩人たちの詩を読んで、凄いと思った。才能のある詩人の紡ぐ言葉って、まるで魔法で空中に作り出した紫水晶の惑星とか、繊細で儚いガラス細工の薔薇とか、青い影にふちどられた小さなきらきらした宇宙みたいだったから。

 あたしたちの生活って、言葉がなければ成り立たないよね。大切な人に送る手紙、友達に話し掛ける会話、携帯、ネット……。すべての始まりは言葉。好きな人に気持ちを伝えるとき、「気になる」「好き」「恋してる」「ずっと一緒にいたい」「愛してる」……色んな心の高まりを表現するのも言葉。もちろん、握り合う手の暖かさとか、キスの温度とか、抱きしめる強さとか、Hの時に見つめる眼差しに宿るものとか、心を映すものはたくさんある。でも、最後に信頼を繋ぐものは、「二人で一緒にいたいね」っていう言葉なんだと思う。
 ほんとに落ち込んだときには、ただ誰かに一緒にいて欲しい、黙ってそばにいてくれるだけで生きていく力がもらえる、と思うこともある。見知らぬ行きずりの人の肌のぬくもりに、癒される時だってある。でも、もしそこに生きる勇気をくれる魂の言葉があったら。新しい世界を見せてくれる夢の言葉があったら。悲しみや痛みを花の蕾に変えてくれる光の言葉があったら。
 自分がそんな言葉を投げて、もし相手も投げ返してくれたら。
 人と人の出会いはもっと忘れられないものになると思う。

 そういう言葉たちが魔法使いの杖の一振りで、金や銀や水晶の衣をまとって詩になると、読んだ人たちを感動させる大きな力を持つ。自分の中から出てきたものが、閉じた世界に留まるんじゃなくて、みんなに伝えるべき何か、歌うべき何かに形を変えていく……それが、詩や歌を創ることなんじゃないかな。小説も、それとすごくよく似てる。形の変え方が、少し違うだけ。

 前に日記に書いた「あなたのために」っていう映画の配給会社がやる、写真の公募展のゲスト作品として、何か写真を撮ることになった。で、あたしはトモダチのものすごく愛し合ってるカップルのラブシーンを撮ったんだけど、出来上がった写真を見て、せつなくて胸が痛くなるほどきゅんてなっちゃった。
 だって、見つめ合った二人の眼差しが「あなたが辛い時も、惨めな時も、すべてを信じて受け入れるよ」「君と一緒にいるから、君をいつも感じてるから、僕はこの僕でいられるんだ」って言ってたから。
 愛し合ってる二人には、会話も仕草も何もかもが美しい言葉になる。
 だから思った。「愛」っていう感情は、人間が持っている究極の魔法なんだって。だから誰もが、他の誰にもマネの出来ない傑作の詩を心に秘めてるんだって。

P.S. 「非バランス」っていう日本の映画の試写を見ました。小学校のいじめられた記憶からどうしても抜け出せない女の子が、すてきなオカマのおねーさんに、「恐れないで自分の心に素直に生きることが、本当に生きること」って教わって新しい自分に踏み出していくお話。なんか、心にじわじわっと染みてくる、優しい映画だったよ。



2001年1月30日

『ワンダー・ウォール』もうすぐ出るよ。去年から続けた隔月刊行のいよいよラスト。この一冊を読んで、どんなメロディが、どんな光景が、どんな思いが浮かんでくるか……楽しみにしててね。

 今日はこの不朽の名作ソングから。

  イメージしてごらん
  天国なんかどこにもないって
  やってみればとても簡単なことだよ
  僕たちの足元には地獄なんかないって
  ただ空だけが広がっている
  イメージしてごらん
  すべての人々が今日を生きていることを

  イメージしてごらん
  国家なんかないって
  それは難しいことじゃない
  殺し合いや宗教も存在しないって
  イメージしてごらん
  すべての人々が平和に暮らしていることを

  君は僕を夢想家というけれど
  僕みたいな奴はたった一人じゃない
  僕はいつの日か君が僕たちと繋がること
  そして世界が一つになることを願ってる

 有名なジョン・レノンの「IMAGINE」。桜井亜美訳だよ。
 どうしてこれを最初に書いたかっていうと、今日は「イメージ」の力について書きたかったから。
 この歌が聞く人の心を打つのは、ジョンが醜い殺し合いやいさかいのない世界を心から願っていて、いつか必ずそういう日が来ると信じているからだと思う。彼はほんとに偉大なミュージシャンだったけど、決して仏様や聖人君子じゃなかった。けっこう子供っぽかったり、自分の欲望に忠実だったりしたし。でも彼は、自分のイメージを「歌」っていう最強の手段で世界に広めたよね。それは彼が死んでも、世界中でずっと受け継がれてきた。

 あたしたちは自分のイメージを、沢山の人たちに伝えたいと願う。
 誰もが最初に発するのは、「あたしを(僕を)愛して。受け止めて」。そして「あたしの考えてること、感じてることに共感して」。それは美や笑いや怒りについて、同じことを感じる相手と繋がることで、孤独じゃなくなるから。
 でも、次にはもっと難しいメッセージを送りたくなる。
「いじめる奴もいじめられる奴もいなくなればいい」「人がみんな憎しみを捨てて、緩やかに繋がり合えれば……」「心の傷から解放されて、思いのままに生きたい」
そういう世界をイメージするのは難しいって、みんな思うよね。現実には裏切りや残酷さに傷つくことだらけだし、共感し合える人たちばかりじゃないから。

 でもイメージすることは、心の中に自分が望む小さな世界を創り出すことなんだと思う。
 そこでは自分がルールを決めるキングやクィーン。
 ジョンのような歌の世界だったり、映画や小説やマンガやDJやネットや……友達関係や日常の生活だって、世界のイメージを創るのは自分自身だよ。それが豊かで深くなればなるほど、人を感動させるし、大きく広がっていくエネルギーをもつ。

 教師や上司や親や同級生がなんていおうと、誰かがあなたを傷つけようとしても、イメージの世界は壊されたりはしない。それは自分の心の軌跡が色とりどりの絵の具で描いた王国だから。酷い戦争や人種差別や虐待やいじめがあっても、最後に勝つのは絶望や悲しみを癒して再生させてくれる、人の心の中の豊かなイメージの力なんだと思う。

 あたしの心を育ててくれたのは、学校でも親でもなくて、これまで世界に生まれてきた文学や詩や映画や音楽や絵……の、沢山の偉大なイメージメーカーたち。
 彼らが与えてくれた感動や心の栄養の大きさに比べたら、現実の辛かったこと、悲しかったことなんかほんとにちっぽけに思える。
 だからいあたしもほんの少しでいいから、彼らのイメージの魔法の力を学んで、受け継いでいきたい!!(思うのは自由*笑)
 2月のエターナル・ウィンド(桜井亜美通信)にもこの話題について少し書いたよ。

  イメージしてごらん
  誰をも裏切らない緩やかな樹根の絆
  孤独や絶望に差し伸べる星明かりの言葉
  夢と夢が紡がれて人々の心にかかる綴れ織りの橋
  イメージしてごらん
  いつかそれが君自身になる
  君を包む大きな世界になるって
            (亜美作「IMAGINE」へのオマージュ)


P.S.
林檎ちゃんの子供、ゼッタイ男の子だと思う。だってライヴの時の顔が「男の子がお腹にいるママの顔」だったもん(ほんとか?)。自信あるから、誰か五百円ぐらい賭けたい人、のるよ。



2001年1月10日

 お正月は雪の白馬岳の空にちりばめられた、降るような星を眺めて過ごした。
 夜の人気のない雪原で、澄んだ空気を深呼吸すると、薄汚れた心や身体がぜーんぶ、漂白されて純白になっちゃうような気がして、すごく気持いい。
 寒いのは嫌いなんだけど、あの乾いたつんと鼻に染みる冷気はけっこう好きなんだ。
 夜、一人で雪原の上に輝く金色の満月を見てたら、不思議な気持になった。
 まるで自分が、雪の森を走りつづける銀色の狼になって、月を眺めてるみたいな。

 で、今日はアミと狼の話、ってわけわかんないなー。

 あたしは小さい時から、自分が狼の子みたいだと思ってた。
 人間は大好きなのに、群れるのも、集団生活も苦手で、気が向くとふらっと消えて遠くへ行っちゃう。飼い慣らされるのが嫌いで、いつもみんなと距離をとって見てる。でも、淋しいと温もりを求めて、自分と似たような仲間を探しに行く。

 野生の狼って見たことある?
 シルバーグレーのきれいな毛並みに、青くて恐いほど鋭い目。
 あの目に見つめられると、なんだか自分の魂まで見通されてるみたいな気持になる。とても優雅で勇気があって、孤独を愛して、でも、子供が生まれると命をかけて守る。

 あんな生き物になれたらいいな、とよく思ってた。
 生きることに少しも疑問なんか感じないで、生きるために長い冬、たった一人で旅をする、そんな強さに憧れるよ。

 子供の狼は成長すると、群れを離れて一人で果てのない旅をする。冷たい風に吹かれて夜の雪原を旅して、逆巻く河を渡り、時には身も凍りそうな吹雪や、星のない暗黒の夜を幾度も過ごす。空腹や、孤独や、心細さが襲ってきたら、黄金色の満月に向かって仲間を呼ぶ歌を歌う。
 どんなに冬が長くても、雪が深くても、どんなに餓えて痩せ細っても、決して生きることを諦めない。それが狼の掟だから。

 あたしたち人間は淋しがりやで、甘ったれで、ひ弱で、すぐに「どうして自分は生きてるんだろう?」なんて考えちゃう。
 闇の森や、深い雪原を、たった一人で旅することなんかできない。愛されない自分が惨めになったり、価値がないんだと思い込んだり、受け入れてくれない世界を憎んだりしてしまう。

 でも本当は、みんなの中に狼の野生の血が流れてる。
 獣の静かな勇気と、獣のせつなさと、獣の温かい愛をもってる。
 どこまでも走りつづける本能の強い力をもってる。
 だから悲しいとき、辛いときは、一人で雪原の上にかかる黄金色の満月や星を見に行こう。
 きっと自分の身体の奥から、凄く激しいなにかが湧いてくる。
 そして、そのなにかが囁きかける。
 走れ、歌え、唸れ、愛せ……。

 考えるんじゃなくて、細胞で感じてみて。
 この身体は狼みたいに大地や空とつながっていて、だからこんなに狂おしいほど、誰かに会いたくなったり悲しくなったりするんだって。
 その湧き上がってくる力が、自分の生命の価値を、魂の中に深く深く刻み込んでるんだって。
 狼の目、きっと一度見たら一生忘れられないよ。


P.S. ナオちゃんとシンクロソングについて「ダ・ヴィンチ」でイチオシ本コーナーで対談したよ。読んでみてね。
 ナオちゃんはバイクとぶつかって、腕を包帯で吊ってた。励ましてあげて下さい。
 それからバインの新曲はめちゃいいです。感動。やっぱりナマで聞くのが一番だなー。新しいアルバム、早く出て欲しい。
 それからもう一つ、ブランキーの浅井とUAのコラボもめちゃいいらしい。絶対げっとの予定。



12月15日

 深夜や朝早く外を歩くと、雪の匂いがする。つんと鼻孔の奥に染みるような氷っぽい匂い……っていっても、よく分らないよね。でも、雪が降る前には必ずこの香りがすごく強くなって、全身の細肪に浸透して、そしてあたしは風邪を引くんだ。だからこの匂いは雪からの伝言。

 この前、大好きなビョークの出演する映画「ダンサー イン ザ ダーク」の試写会を見て、めちゃめちゃ感動した。だって、随分前にこの映画のサントラ版を買って、「死ぬほどいいー」って思ってた曲をスクリーンの中で本物のビョークが歌ったり踊ったりするなんて、なんか信じられなかったよ。最後は涙涙涙……。
 ビョークは子供を守るために必死に戦う、いずれ失明する運命の母親セルマ役を演じてて、本当にセルマの魂が乗り移ったみたいだった。
 監督は「奇跡の海」で一躍、有名になった人だけど、あたし的にはビョークが監督兼シナリオ兼音楽兼主演。何からなにまでビョークの映画。
 今、世界中で一番会いたいアーティストはビョーク……って書いとけば、いつかチャンスが来るかも……ってちょっと淡い期待をしてるんだけど。
 あたしは一回、ほれ込むとかなりディープに一直線なんだ。この恋がいつかかないますように。

「ダンサー イン ザ ダーク」についてのインタビューで、彼女はものすごく共感することを言ってる。どんな不幸な運命にある人でも、ただ悲劇の犠牲になるだけなんてあり得ない。一番シアワセなこと、一番楽しい瞬間をちゃんと持っていて、辛い時はそういう力を使って、のりこえていくんだって。そういう知恵を持ってるひとが、人生の本当の勝者なんだって……かなりダイジェストだけど……セルマがにとってミュージカルがそうだったみたいにね。

 もう一つ、試写を見た「あなたのために」って言う映画も、同じ事が言える。主演は「レオン」のナタリー・ポートマン。母親に捨てられたヒロインは妊娠してて引越しのドライブ中に彼に捨てられ、なんと夜中のスーパーで出産しちゃう。で、一躍マスコミのスターになったんだけど、やっと会いにきてくれたと思った母親は、もっと酷い仕打ちをして消える。
 普通に見れば「悲劇のヒロイン」なんだけど、彼女はいつも春の風みたいにほんわかしてて、自分の心のまま着実に前に一歩ずつ歩いていく。そしていつか、カメラマンになりたいっていう夢まで実現させちゃう。

 自分の置かれた状況がどんなに理不尽で冷たいものでも、心の中までは支配できない。だって「あたしはシアワセ」「あたしは不幸」って感じるのは、自分自身の感受性で、他人の視線じゃないから。心の中に楽園を持っている人は、その楽園の美しさ、楽しさに住むことができる。そしてもし決して諦めさえしなければ、周囲を楽園にしてしまうことだってとできる。
 楽園を見つけて、そこに空まで届く高い城を建てよう。言葉や音楽や絵や人の輪で……。そうすれば、どんな寒い時でも心から溢れ出る虹色の光が、あたしたちを守ってくれる。



11月24日

 さて、今日はいよいよ予告してたマイ・フェバリット・ソングの公開! もともとこの計画は、あたしが松崎ナオちゃんのライヴにいったときに、思いついた構想数カ月のグレートなもので……なんてかなりおおげさかな。とにかくもともとナオちゃんの不思議な歌声が大好きだったあたしは、彼女がライヴの一番最後に歌った未発表の曲「風になる」がすっごく気にいっちゃったんだ。
 で、この歌は『シンクロニシティ』の「シンクロソング」として、みんなにぜひ聞いてもらいたいと考えたのです。ナオちゃんも大賛成してくれた。エピック・ソニーの方々に色々ムリを言って、ついに今日、ここで聞いてもらえることになりました。といってもじかに音源を貼り付けるのはやっぱりムリなので、ここからナオちゃんページにダイレクトで飛んで、歌を聞けるようにしました。
 レコードの発売はもう少し後だけど、一足先に「風になる」っていうタイトルにぴったりな歌声を聞いてみてね。『シンクロニシティ』のラストシーンを思い浮かべながら聞いてもらうと・・・・・ほら、映画のBGMみたいにめっちゃシンクロするよね。

ナオちゃんの「風になる」を聞いてみたい人はこちら
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/NaoMatsuzaki/disco_s.html


 さて、いよいよ写真小説集『FIREFLY』がもうすぐ発売!あたし的にはめっちゃうれしい。だってこの作品は、色んなカタチで関わってくれたたくさんの人の作品だから。じゃあまずここでスタッフ紹介しちゃおう。

MAOちゃん=もちろん『FIREFLY』の主役を演じる、もうおなじみの女の子。撮影のあき時間にはいつも歌をうたっているかおしゃべりをしているかの、陽気で明るい13歳。でもミカにカメラを向けられると、その瞬間、眼差しがすっと変る凄いプロ魂を持ってるよ。せつなさ、淋しさ、背伸びした色気、無垢なあどけなさ……たくさんのきらきらした表情と、今の時代にシンクロする最高の「美」を見せてくれるMAOちゃんに、スタッフ全員、「未来の大女優」を感じました。

ミカ=写真家。目くるめく色彩と光の魔術師(魔女?)。この本はミカの写真集の中でも、一番新しいミカティストがめいっぱい見られるよ。『French kiss』が「ナチュラルビューティー」なら、『FIREFLY』は「ジュエリービューティー」っていう感じ。今回はノリにのって、早朝4時の夜明けの撮影から、普段はあまりやらないスタジオ撮り、都内をかけまわっての屋外撮影まで、とにかくエネルギッシュに、溢れる才能を惜しみなく出し切ってくれました。

かっちゃん=ミカのラブラブなだんなさま。ビデオ作家でカメラマン。ジッパーの表紙とかも撮ってる凄腕写真家です。『FIREFLY』では、すべての撮影現場で、最高の写真がとれるように、セッティングや光量、ロケ場所や素材の選定とかで、みんなを導いてくれました。素早い決断力にはいつもながらリスペクト! ちなみに表紙の十字架はかっちゃんの手作りの作品です。

清川あさみちゃん=スタイリスト。色んな雑誌で読者モデルをやってたり、ポスターなんかにも出てるから、きっとみんなにもおなじみなはず。体はちっちゃくてカワイイけど、がはははって豪快に笑うプリティななにわっ子だよ。MAOちゃんの着る素敵な服や小物をえらんでくれました。この本には彼女が働いてる「dog」っていう古着屋さんも登場するよ。

WANI=ヘアメイクの鉄人。飄々としてすごく面白いキャラクターのお兄さんで、何と『FIREFLY』にも登場しちゃいます。それもすごく大切な役柄で。WANIの大きな指先がアイライナーやパウダーでMAOちゃんの顔を「清楚な少女」や「オトナの女」に変えていくのを見るのはすごく楽しいよ。結構ワルめな過去をもってて、ドラマティックな人生を送ってます。

畑佐っち=ミカの事務所のマネージャーさん。なにかとみんなの面倒を見てくれる優しいお兄さん。煙草をくゆらす後ろ姿に男の哀愁が漂う。年齢不詳。てきぱきしたポジティブで才能ある女の人が好み(ごめん。関係ないか)。ロケバスのドライバーもしてくれました。

日野っち=いわずとしれた担当編集者。ぜんぶの取りまとめ役でかなり大変だったよ
ね。この作品の製作スケジュールとiモードのスタートがかさなっちゃったので、常
に目を真っ赤に充血させて走り回ってました。お疲れさま。どっかで会ったら肩をも
んであげよう。

亜美=小説担当兼スタイリストの助手兼ヘビを追い払う係。ヘビって何の事……? っていうのは次号のお楽しみに。

 みんな、本当にありがとう。この作品は一本のドラマティックな映画を撮るぐらい気合を入れて作ったから、そんな風に見て欲しいなと思ってる。
 もうすぐ本格的な冬がくるけど、あたしの心は真夏みたいに熱いぞ。



11月14日

 自分のこと、好きか嫌いかって聞かれたら、何て答える?
 あたしは「嫌いなところも結構あるけど、やっぱり好きな自分でいられるように、がんばってる」って答えるかな。だって、毎日毎日ずーっと付き合わなきゃならないのに、大嫌いだったらやっぱりつらい。
 今、自分を嫌いな人も、「大好き」まではいえなくても、いつか「結構いいヤツじゃん」と思えるようになればいいね。

 あたしの中には『シンクロニシティ』の瑠璃とangelみたいに、全然、正反対の性格の二人がいて、何か行動しようとする度に、お互い「そんなのへん」とか「あんたって性格悪い」とかいつも言い合ってる。だから、ほんとはどっちなのかよく分からなくなるけど、結局、最後は、二人が妥協するって感じ。
これって血液型がABのせい? まさかね。
 分裂とか多重人格とかおおげさなものじゃないけど、誰でもきっとそんな風に、心の中に何人かの自分がいるんだと思う。
 人を好きになると、そういう自分たちが、みんなばらばらなことを言い出すから大変。「好きなら素直に気持をぶちまけちゃえ」「でも、そんなのプライドが許さない」「フン、あんなのより、もっとずっといい男がいるじゃん」「でもやっぱり好き」「もっとオトナになりなよ」とか……。1人5役ぐらいやっちゃったりね。
 でもきっと、そんな「分身」たちが集まって作り出すハーモニーが、ほんとの自分の声なんだと思う。だから、小さな自分の感情の波を拡大してじっと見つめてるより、少し遠くから「分身」たちの集合を見る方が、かえって自分がよく理解できるのかもしれない。

 自分の気持を知る、一番いい亜美的方法を教えるよ。
 決めなくちゃならないことをしばらく遠くへ放り投げて、全然別のことに熱中してみること。たとえばクラブに行ってオールで踊るとか、特大サイズの絵を描いてみるとか、チャリでふらっと旅行に出るとか……。特にカラダを目一杯使うことがベスト。その間は、とにかく目の前のことに全神経を集中させて、思いっきり楽しんじゃう.。で、ふらふらになるほど疲れきって、「やったー」って充実した気持になって空を見上げたときに、初めてもう一度、考えてよう。
 不思議なことに、あれほど迷ってたことが、ほつれた糸がほぐれるみたいにすっきり整理がついて、自分が何をすべきなのか分かるようになってるよ。これはいつもあたしが使ってる方法。90パーセント、上手くいくから、是非ためしてみて。


突然ですが……

 亜美のすごくバカな失敗シリーズ その1

 あたしは「もんじゃ焼き」ってたべたことがなくて、ずっとどんな食べ物なのか気になってた。で、ある日、「今日こそ、もんじゃを食べてみよう」と決心して、渋谷道玄坂のお好み焼き・もんじゃ屋さんに入ったんだ。
 もんじゃを注文して、出てきた小麦粉とか水とか野菜をぐるぐる混ぜて、そのまま鉄板にどばっ。「もんじゃ=お好み焼きのニューバージョン」と信じて疑わなかったあたしは、液がどんどん鉄板の隅に流れていくのを見て、てっきり店の人が配合を間違えたんだと思った。
「文句をいわなきゃ」と思いつつ、でもまあ、いつかは焼けるだろう、とじりじりしながら鉄板を見つめてたけど、いつになっても液体は液体のまま。
 三十分、苛々しながら待った末に、頭にきて一口も食べないままレジでお勘定。よせばいいのにお店の人に「あのーもんじゃって、すくって飲む食べ物なんですか?」
とイヤミをいったら、思いっきり爆笑された。
 みんな、もんじゃを食べるときは、かっこつけず焼き方をちゃんと教えてもらおうね。

<もんじゃの正しい焼き方>

最初、鉄板の真ん中に、キャベツや具で円形の「土手」を作り、液をうすーくその中に流し入れる。固まっててきたら具とまぜあわせて、焦げ焦げになったところを、へらですくって食べる……そうです。



10月30日

 今日はかなりハイテンション。なぜかというと、12月の写真小説集の色校があがってきたから。最高にいいー!! ミカの目眩がしそうな色の洪水の中で、MAOちゃんが、コスモスみたいに儚い女の子と、ルビーの原石みたいにクールな輝きを持ったオトナの女の間を、自由に行ったり来たりする。それを眺めてるだけで、なんか白昼夢の世界に連れて行かれちゃうのです。
 
 本のタイトルは「FIREFLY」に決定!

 あたしもスタイリストをしてくれた清川阿佐美ちゃんと一緒に、服選びをしました。彼女はジッパーとかキューティーで読者モデルとして大人気の子だよ。だからMAOちゃんのファッョンションもにも注目! ロケの時の面白い話がいっぱいあるから、11月末ごろになったら、「making of FIREFLY」として、ここにアップするね。

 ファッションっていえば、最近、イケナイと思いつつかなり衝動買いしてる。今、「Firered」の気分なので、スカートもジャケットも、みんな赤やボルドーばっかり。もともとウィンドーショッピングが大好きで、時間のある時は、半日ぐらいずーっと服ばっかり見てても飽きないよ。場所は渋谷のパルコとかシモキタや代官山の古着屋さんとかが多い。
 アナ・スイとかヴィヴィアンとかディーゼルとかも大好きだけど、古着屋さんで掘り出し物を見つけた時が、アミ的には一番うれしい。最近の収穫はバーバリーチェックのミニスカートとお揃いの帽子。誰かに大切に着られた服を、次に買ったあたしも大切に着てあげるのって、なんか服への愛情と歴史の輝きがあっていいな。前に着てた人は、どんな風にコーディネートしてたのかな、とか思ったりして。
 ブランドの何万円っていう服はそれだけでかっこいいけど、「服に着られてる」っていうのは寒い。だからブランドのロゴを全身に貼り付けて歩いてるみたいなファッションは、絶対ダサいと思う。時間をかけて発掘した一枚3000円とかの古着を、自分流のセンスでさりげなく着こなしてる人って、男でも女でもその人のテイストとか体温が伝わってきて、すてきだよね。 
 でも最近は時間がなくて、古着屋めぐりが出来ないのがちょっと寂しいけど。

 最近、「デルフィーヌの場合」っていう、これから公開されるフランス映画を見ました。ジェーン・バーキンの娘のルー・ドワイヨンっていう女優が出てて、ドレッドヘアもオシャレもさすがにかなりかっこよかった。
 まだウブで純情な高校生のデルフィーヌが、不良っぽい男の子を真剣に愛して突っ走って、彼のために売春みたいなことも我慢してやっちゃう。でも最後は……っていうちょっとショッキングなラブストーリー。主人公と親友役のルーとのあったかい友情がすごくジーンときて、あたしの小説ともどこかシンクロする部分があるな、と思ったよ。.ルーは自殺した姉のことが忘れられなくて、彼女のコピーのように振舞ってるんだ。恋人役の男の子は、在りし日のリバー・フェニックスに少し似た影のあるシャープな顔立ちで、あたし的には花マル。
 恋したり信じるのが怖いっていう人は、是非見てほしい。



10月13日 きょうはメッセージDAY

『シンクロニシティ』が出て、年6冊刊行=ドーバー海峡横断計画もあとは12月のアミ×ミカ=写真小説集を出すだけ。
 ここまで来れたのは、みんなのあったかい応援のおかげだよ。ほんとに感謝です。
 今回解説を書いてくれた松崎ナオちゃんに来週会うよ。みんなからメッセージがあったらBBSに書き込んでおいてね。
 それから、この小説で神戸のルミナリエの場面が出てくるけど、あの光の祭典をこの眼で見られたのは、クールで楽しいサイト「Bar Kajiura」のかじくん(第1回From Friendsに出演)が色々、詳しい情報を提供してくれたから。ありがとう! ルミナリエは資金不足で今年はどうなるかわからないらしいけど、ぜひやってもらいたいな。
 
この前書いた極秘計画のヒントをちょこっとだけ……。あたしは『シンクロニシティ』を書きながら、この本のオリジナル・テーマソングがあったらいいなー、って思ってたんだけど、そこから始まったアイデアだよ。みんなそう思わない? 映画やドラマみたいに、その本を見る度にメロディが浮かんできたら、もう一つ別の楽しみ方ができるかも。

 今回は、前回予告したドイツの旅の記念フォトストーリー……とかゆー大げさなもんじゃないけど、あたしが「面白い」とか「きれい」と思った街角や聖堂の光景をほんの少しだけアップしたよ。写真はすっごくヘタっていうか、テクニックゼロの素人だから、まあそのへんはヨロシクってことで。でも、自分の撮った写真を見ると、つくづくミカの偉大さを思い知る……。
 なにげなくお散歩してても、家の壁にカワイイ手作りの蝶がとまってたり、鐘がリボンみたいにいっぱいついてたり、みんなそれぞれ工夫してて、道を行く人に「見て見て!」って呼びかけてる。ステンドグラスはケルンの大聖堂。宝石のいっぱいついた人形は、たぶん戦争の時にナチスから宝物を守る為に集められたもの……だと思うけど、真相はナゾ。

 12月の写真小説、どんどん完成に近づいてるけど、ミカ×MAOちゃんの世界は、もう言葉もでないほどスゴイ。あのミカカラーと、MAOちゃんの瞳光線のリミックスは、史上最強だよ。「一冊の映画」っていう感じに近いドラマティックな作品になるので、ほんとに期待しててね。
 去年から「パソコン買うー」と言いつづけてまだ買ってないミカも、MAOちゃんもこのページに遊びにきて!



9月28日

 ただいまー。昨日の夜、フランクフルトから帰ってきましたー。
 時差ぼけで昼間ものすごく眠くなるし、まだ頭の中はドイツにいる気分。
 とゆーわけで(どんなわけだ?)、前半はこの前の松崎ナオちゃん&椎名林檎のライブ報告。後半はドイツで感じたことについて語ってみようと思います。
 あたしがナオちゃんを知ったのは、彼女がでてた「シンク」っていう映画を見た時。不思議な存在感にひかれてCDを買ったら、「電球」や「白いよ」、「もう一人のボク」とか大好きになった。女の子でも男の子でもない中性的な「ボク」が主語の歌詞。少し気だるくて、でも一度聞いたら忘れられない印象的な声。他の誰にも真似できない、ナオちゃんだけの透明なせつなさがすごく心地よかった。
『シンクロニシティ』ではある理由があって、どうしてもそんなナオちゃんに解説を書いて欲しかったんだ。その「理由」はもう少ししたら、みんなに大公開するから、楽しみにしててね。ぜーったい、みんなに超感動してもらえると思う。 
 10月中に、このHPでスペシャル計画の中身を発表しまーす。
 ナオちゃんに呼ばれてこの前、シモキタのキャパが100人ぐらいの小さなライブハウスに行った。そう、松崎ナオ+椎名林檎のシークレットライブ。4つめぐらいのグループで、顔を隠したショートヘアの女の子が振り向いたら、それが林檎ちゃん。みんな知らなかったらしくて、おーってどよめいてたよ。「罪と罰」とか「少女ロボット」とか、5、6曲歌ってくれたけど、どの歌もみんな彼女の魂から搾り出したものって実感できたし、曲の匂いも手触りも色もすべてアーティストのオブジェみたいに、1ミリでも動かしたり削ったりできないものだってよーく分かった。今度はロンドンのクラブかなんかで聞いてみたいな。
 最後はいよいよナオちゃん登場。細い体のどこから出てくるんだろうって思う、ものすごくクリアに響く声で、あたしの好きな曲をいっぱい歌ってくれた。どういう歌って表現するのは難しいけど、一度聞いたら絶対に忘れられない空気感があって、あたしにはそれがすごく心地いい。ナオちゃんは以前からあたしの小説を読んでてとっても感動してくれたんだけど、あたしも彼女の世界にはすっと風と一緒に入っていける。これも『シンクロニシティ』なのかも。この辺が「計画」の謎を解く鍵でーす。最高のライブの夜はふけ、立ちっぱなしの足はぱんぱじゃなく痛かったけど、とっても満ち足りた気分になったよ。
 で、ドイツ。いつもの放浪癖が出て、トモダチに会いにふらっと行ったんだけど、ほんとに優しい人ばっかりで楽しい旅だった。デュッセルドルフとかケルンとか西の方しか行けなかったけど、東京都庁ぐらいある巨大なケルンの大聖堂で聞いた賛美歌とか、人間の頭ぐらいある豚肉の塊アイスバイン(結構おいしい)や血のソーセージや冷えたドイツワインの味とか、なにげに入った美術館でダリやエルンストやクレーやキリコの傑作を見つけた時の感動とか、とにかく楽しかったなー……。
 列車に乗るとヘンゼルとグレーテルに出てくるような樅と白樺の森や、赤い三角屋根の家が並ぶ景色があちこちにあって、どの村にも教会の高い尖塔と古いお城が見えて、まるで絵本の世界に迷い込んだみたい。それにドイツ人やフランス人の学生や旅行者ともトモダチになれたし。かたこと英語でも全然平気だよ。
 今度は絶対に、ベルリンのラブパレードを見て、ユーロ新幹線でヨーロッパ中を回ろうと決心。ドイツレポート続編……はあるかどうか不明だけど。

 10日、いよいよ『シンクロニシティ』が出るよ、楽しみにしててね!!



9月14日

 最近、MONDOGROSSOの「MG4」にハマりまくりです。
 原稿書いてるときは、ずっとCDプレーヤーに入れてエンドレスに聞いてる。これって、ボーカルにマンディ・満ちるや、birdや参加してるんだね。
 今日初めて歌詞カードみたら、めちゃめちゃ良い詞でびっくり。「New Star」とか、「North Star」とか、サウンドも歌詞もほんとに最高。今日また「ザ マン フロム サクラ ヒルズ」をかったちゃった。楽しみー。みんな、絶対聞いてみて!

 気持いいこと。あたしを風みたいにどこか遠くに運び去ってくれること。はっとする新鮮な歌詞や音の連なり。音楽の中に込められた愛。それがあれば、世界はとてもキレイな色彩に塗りつぶせる。

 トモダチのカメラマンが、オーストラリアの風景をヘリから空撮して個展を開いたので、新宿に見にいった。グレートバリアリーフの珊瑚礁を空から見たショット。まるでターコイズの原石みたいなディープブルーの外海と、エメラルドブルーやサファイヤの浅瀬が、光の中で寄り添うように燦然と輝いてたよ。白砂の丘が幾重にも重なってる岸辺は、揺れるレースのカーテン。ネイティブのアボリジニーが住んでるダーウィンは、雨期になると森も海になってオオトカゲが出没する不思議な世界に変わる。
  
 決めた!! ダイビングのライセンス、必ずとる。これまでもとりたいとは思ってたけど、なかなかきっかけがなかったから……。もしライセンス、持ってる人がいたら、スクールとか情報教えてね。スーツと器材、一式買うと、海外旅行1回分ぐらいかかるらしい。でも、あんな目の眩むような海に潜れるなら、お金なんかって感じ。
 ダイブできるようになったら、沖縄の離島とグレートバリアリーフとマリアナ海溝とモルディブと……ぜんぶ制覇するんだー、って言うだけなら誰でもできるけど。

 ダイビングしたくなったもう1つの理由は、「イルカは1匹1匹名前がついていて、お互い、遠く離れてても、ちゃんと名前で呼び合う」っていう記事を何処かで読んだこと。すごいよね。たとえば「キー」とか「ギギ」とかいう名前なのかな。「キキ、元気? 今、あたしはハワイ南沖十キロのとこで、トモダチと遊んでるよ」とか「ギー、アイシテル。もうすぐ戻るからね」とかメッセージ送るのかな。
『トゥモロウズ・ソング』でも書いたけど、きっと海の中の世界の方が、陸上よりもっと大きな、包み込まれるような優しさに出会える気がする。


 ジャック・マイヨールみたいな人生っていいな。
 どこまでも深く深く潜る。太陽の光も届かない闇の海底。
 きっとそこは宇宙空間と同じ。
 聞こえる音楽は、とても低く静かな歌だけ。

 帰っておいで
 あなたを癒してあげる
 私の心臓の音を聞いて
 百万年よりもっと
 長くうち続けている
 ものみな生まれし始原の歌
   無窮の青
      風の生誕
         神の揺らす
           
            夢の孵化器



8月30日

 1カ月ぶりになっちゃったので、今日はちょっと濃ゆい話を……。
 最近、すっごくかんどーしたことが3つあった。それがみんな根のとこでは重なってるような気がしたんだ。
 その共通部分は「光」。

 1つ目は「ひかりのまち」っていうイギリスの映画。
 これはプログラムにあたしの感想エッセイが載っているから、是非見てね。監督は「ウェルカム・トゥ・サラエボ」っていうすっごくいいドキュメンタリー風の映画や、タトゥーとピアスと殺しと愛の風変わりな映画「バタフライ・キス」を撮ったウィンターボトム。
「ひかりのまち」っていうのは、ロンドンのこと。テレクラで恋人探しする女の子が主人公なんだけど、彼女もその姉妹や両親も誰もが心を暖めてくれる誰かを探してるのに、肝心なsomeoneには出会えなくて撥ね付けられたりすれ違いばかり。
 冷えたせつない心が、あたしの大好きなロンドンの夜の美しいイルミネーションに重なって、自分自身がひとりぼっちで夜の街を彷徨ってるような気分になる。でも見終わると、周りの人々に暖かくて優しい感情を抱きたくなった。夫婦、親子、別れた夫婦、一瞬だけの恋人ごっこ、姉妹……色んな人間関係の隙間が、一晩のささやかな事件でまた少しだけ埋まり、街の灯りや花火にとけていく。そんな「光」の映画。

 昨日まで沖縄の離島へ行ってたんだけど、そこでもすてきな光を見た。激しい土砂降りの後、急に海が燦々と明るくなって、物凄く大きな虹が、目の前に現れたんだ。
「虹のかけ橋」っていうけど、ほんとに七色の光のアーチを上っていったら、向こう側の世界へ行けそうだったよ。あんな大きくて鮮やかな色彩の虹を見たのは、生れて初めて。
 それまで悩んだり落ち込んでたことが、ウソみたいに虹に吸い込まれていっちゃった。大切なヒトとけんかをしても、苦しいことがあっても、誰かが、「見て。虹が出てる!!」って言った途端に忘れられちゃう。だって、虹はオーロラや流れ星や雲からこぼれる陽射しの作る天使の梯子と同じで、特別でミラクルなものだから。
 一緒に虹を見た相手とは、きっと希望を分かち合える。
 そういう日常の奇跡に「スゴイ」って思う気持ち、忘れたくない。
 雲が流れてきて、虹はほんのつかの間の夢みたいに消えちゃったけど、あの虹を見られただけで、最高の旅だった。

 そして今夜、大好きな沖縄から戻る飛行機の中で東京の赤や緑や青に瞬く、宝石箱をひっくり返したみたいな美しいイルミネーションを見た時も、不思議に心が揺れた。
 何度飛行機に乗っても、夜空から見る東京の夜景はきらきらしててほんとにきれい。
 空気が澱んでても、海が汚れてても、人の呼吸と体温が光の中に息づいてる優しさを感じるよ。
 
 台風のおかげで飛行機が5時間ぐらい遅れたし、風が強くてメチャ揺れたけど、やっぱり沖縄は何度行ってもいい!!
 珊瑚礁の透明な海に潜って熱帯魚と遊んだり、ゴーヤーチャンプルーや、ソーキそばを食べて、すっかり島のヒトになって帰ってきました。

 そろそろ夏休みも終わりだけど、1つでも自分の「光」を見つけられれば、最高だよね。あたしは小さい頃から学校とか集団で何かやることとかがニガテで、今でもたくさんのヒトの中にいると少し息苦しくなったりする。それでも何とかやってこれたのは、どんな時も虹や夜の街の灯りやがトモダチだって思えたからだと思う。
 自分も含めてちっぽけな人間の弱さ、悲しさ、醜さの上に降り注いで、別の何かに変えてくれるたくさんの光たちに、リスペクト&スペシャルサンクス……。


7月29日

 渋谷のパルコブックセンターで、ショーウィンドーに展示されてた洋書の写真集に一目ぼれした。2時間買おうかやめようか悩んで(別に悩むこともないんだけど、衝動買いが多いから)、結局買ってすごくハッピーなキモチになったので、今回はそれについて……。

Peter FischliとDavid Weissという2人のカメラマンの「Musee d'Art Moderne de la ville de Paris」という写真集だよ。二人のカメラマンについては何も知らないんだけど、これがめちゃめちゃファンタジックで耽美的な花と光と森の植物の写真ばかり。
 桜、石榴の実、リンドウ、タンポポ……どこにでもある森の木や花を、太陽の木漏れ日や周囲の緑や落ち葉や樹の根と組み合わせて、色彩の宝石箱みたいにきらきらした不思議な世界をつくり出してる。
 息を飲むように鮮やかなブルーの空とフーシャピンクの花、ブリリアントグリーンの草と光に輝くブロンズ色の落ち葉……森や野原を歩いていれば、誰でも見つけられる一コマが、こんな素敵なアートになるのは、やっぱり美しい光と色彩をキャッチする眼差しの魔術なんだよね。
 しかも、普通の本のように綴じられてなくて、1枚1枚折りたたんで重なっているだけ。だから、壁に貼ったりするのも簡単なんだ。

 とゆーわけで、今、あたしは大量に買い込んだ額に、この写真集をバラして入れて、部屋に飾ってる。疲れて憂鬱になったり、パソコンの使い過ぎで目が疲れた時、壁の写真を見ると、不思議の森に迷い込んだみたいで、凄く心が癒されるよ。

 あたしは人間の眼差しは、2つの役割があると思う。1つは普通にものを認識して危険のないように行動すること。そしてもう1つは、世界の美を探し出すこと。この前、ミカと話した時も「音感とおなじように、最も美しい色を見つける絶対色感ってあるよね」って話した。ミカは普通の何気ない街並みにカメラを向けて、彼女にしか見つけられない美しい色や、光と影を切り取る。

 人間の世界には、裏切りとか苦しみとか醜さがいっぱいあるけど、闇の向こうには光があるし、思いもかけない喜びも存在する。活字っていう道具を使って、それを巨大なタペストリーに織り込むのが小説なのかなって、あたしは思ってる。

 日常に疲れたら、月の出てる夜の街を一人で歩いみて(もちろん危険じゃないとこね)。色彩が消えた代わりに、今度は色んな静けさの音楽が聞こえるよね。
 風、眠り、孤独……沈黙の奏でる無音のメロディ。昼とは違う青白い月明かりの景色に、きっと別の自分が見つけられる。憂鬱でも悩んでても、心の眼差しが見つける世界の美しさは、どんな時も決して裏切らないトモダチだよ。


7月12日

 随分ひっぱっちゃったけど、いよいよ表紙モデルオーディションの完結篇!!
 最後に残ったのは前回書いたカップルの女の子と、不思議な雰囲気の中学生の女の子の2人。ミカたちと白熱の議論(!!)の末、これまで表紙を飾ってくれたマミちゃんの儚げで清冽な魅力と、少し違ったドキドキ感のある雰囲気にしてみようと、中学生のMAOちゃんに決定しました!! ぱちぱちぱち……。
 マミちゃん今までほんとうにどうもありがとう!!
 ネットよくやるっていってたから、これ見てくれてるかも。
 マミちゃんがモデルになってくれたこれまでの表紙は、あたしの一番の宝物。いつまでも風に揺れる淡いピンクのコスモスみたいな、シャイですてきな人でいて……。
 MAOちゃんは愛犬のゴールデン・レトリーヴァーのほか、プレーリードックや亀やたくさんの猫を飼ってる、動物大好きな女の子。だけど、初めて会ったとき、中学生でこんなに微妙ないろっぽさのオーラがでるのかって、かなり衝撃だった。
 そして彼女がミカの手で撮影されると、あどけなさとオトナっぽさの間で揺れる、神秘的なヒロインになっちゃうのです。実は選考会が終わってすぐ、8月発売の『ヴァーミリオン』の表紙を撮影しました。みんなは『ヴァーミリオン』で、MAOちゃんの不思議ワールドに出会ってね。

 最近、連続して「当たり!!」の映画を3本見たよ。
 アカデミー賞の「アメリカン・ビューティー」と、イラン映画の「太陽は僕の瞳」、それから「ボーイズ ドント クライ」。
「アメリカン・ビューティー」は父親が娘の友達に欲情したことから、音もなく崩壊していく普通の家庭の悲劇。登場人物の中でたった一人だけ、世界の意味をありきたりのビニール袋が風に舞う光景に見つけられる、隣りの家の不思議な少年リッキーにメチャ共感した。メッセージがストライクゾーンにはまる、凄くうまいシナリオの映画だなーと感心。
「太陽は僕の瞳」は、盲目にうまれつきながら、健常者よりずっと深く自然のエネルギーを感じ取ることができる、繊細で優しい心をもった少年が主人公。彼のせいで再婚できないと父親に疎まれて、一度は河の濁流に落ちて見殺しにされかけるけど、最後に奇跡が訪れて……。
 この映画は途中から涙涙涙で、ラストでは目が真っ赤に腫れてた。
 イランの美しい自然の中で、風や太陽や光を耳や感覚で知ることができる少年に、最初から最後まで感情移入しまくり。深い山の中から聞こえるカッコウや蛙の声が、まるで少年と同じ様に心に響いてくる。
 あんまり感動したから、もう一度見にいったら、また途中から涙涙涙……。
 これほど涙腺全開になったのは、「イル・ポスティーノ」以来だったなー。
『ヴァーミリオン』の解説は、幻冬舎Webマガジンでもおなじみの田口ランディさんが書いてくれてるんだけど、この映画のプログラムにも、とってもいい映画評を書いてる。映画を見た人はチェックしてみてね。
『ヴァーミリオン』の解説では、すっごく鋭くてナイスな分析をしてくれました。
 田口さん、ありがとう……って、ここを私信に使ってる(笑)。
 そして今日見たのが「ボーイズ ドント クライ」。身体は女で心は男っていう性同一障害者の主人公が、男として振舞って女の子に恋をする。でも偏見の強い地方だけに、不良たちに絡まれいじめられ、最後は悲劇的な結末になってしまう実話だよ。これもラストが余りにせつなくて、泣いた。性別がどうであれ愛する心に変わりはないのに、自分と異質なものを怖れたり排除する人の心ってただただ悲しい。あたしはバイとか性同一障害とか両方の性を持っている人は、女だけ、男だけよりずっと豊かな感覚の世界に住んでると思う。これも絶対おすすめ!

 NEWS
 今度このページのマスコットキャラが登場することになりました。あたしの提案でモデルはモモンガに決定!! みんな知ってる? モモンガって昼はボールみたいに丸まって寝てるけど、夜は両手をひろげて木から木へ鳥みたいに飛ぶのです。
 ペットにして飼うと、すごく人に慣れて、ポケットに入ったり身体の上を走り回ったりして遊ぶかわいー奴です。
 確か「クマのプーさん」にも出てきてたよね。とゆーわけで、ここに乗せたイラストはあたしの描いた原案。これがどう変わるか楽しみ。飛んだり跳ねたり仕事したりサボったりイジケたり、あたしになり代わって色々活躍するから、可愛がってやってね。
 それとこのホームページが大幅ボリュームアップしました。お待たせしていたBBSもついにオープン。みんなどんどんカキコして、盛り上げていってね。
 その他、メルマガやi-modeも始めちゃいます。忙しくなるかもしれないけど、いつもみんなの側にいられるように頑張っていきますので、応援よろしく!! バナーも作ったから、自分のページに貼ってください。

PS「ファイナル・ブルー」に出てきたウサギのプリンの隠れモデル、うちのロップイヤーラビット、チョコちゃんが死んでしまいました。享年5歳。
 ウサギって死ぬ直前にキーッって高い声で鳴くんだよ。心臓マッサージしてあげてるうちに呼吸がとまっちゃって……。まだあったかい身体を抱いたら、イタズラ好きだった子ウサギの頃を思い出して、思いっきり泣けてしまった……。
 ブランキーも解散しちゃうし。
 なんか今回は涙の話ばっかりになっちゃったなー。


6月28日

 「表紙モデルオーディション」最終選考の実況中継第2弾です。
 BGMは、今一番お気に入りのcoccoの新アルバム「ラプンツェル」。
 これはメチャいいです。詞もぞくぞくするほど……。
 coccoまいらぶ!!!

 この前、最終選考に残った女の子の中に、彼氏を連れてきた人がいるって書いたけど、彼女の話があまりにステキだったので、ちょっとここで紹介しちゃう。
 彼女は19歳、女優志望。彼氏は19歳、俳優志望。
 2年前、2人は静岡のとある小さな町で、別々の高校に通っていました。
 2人は通学路で毎朝出会うけど、学校は逆方向。
 お互い気になりながらも「こんにちは」と頭を下げるだけの日々。
 そんなある日、彼が勇気を奮って「友達になってください」と声をかけ、その日から2人はいつでも一緒の恋人同志に。

 でも彼女には悩みがありました。とてもマイペースで優しすぎる性格と、女優になりたいという夢ゆえ、家族の中では「変な子」「頭が悪い」と見られ、浮いた存在だったのです。
 そんな違和感から、あたしの小説の主人公に自分を重ねてを読むようになりました。
 おっとりしていても意志はかたく、高校を卒業してから「東京に出て、女優になる勉強をしたい」と、家族の猛反対を押し切って一人住まいをスタート。彼は彼女と離れている事に耐えられず、後を追って東京へ。
 今、彼女と彼は同じ喫茶店でアルバイトをしながら、夢を叶えるために色んな勉強をしています。「いつでもどこでも一緒」の2人は、とーぜんオーディションにも2人で来ました。
 もちろんフツーのオーディションは、カップルで来るなんて考えられないけど、この2人は余りにラブリーだったのでスペシャル待遇。
 2人の話にみんな、なんかあったかーい気持になり、記念にカップルの写真を撮ろうということに満場一致で決定。
 こーして2人がおでことおでこをくっつけて、眼差しで「アイシテル」と囁き合う、実花さんのすばらしい写真が誕生しました。

 なんかその撮影の光景を見てたら、カンドーして涙うるうる……純度150パーセントで愛し合い、信頼し合う2人って、周囲の人間の気持も自然にピュアにしちゃうのかな。
 このときのカップル写真、いつか何かの形で、必ずみんなにみてもらいたいなーと思ってます。

 もう1人、交わした会話が印象に残ったのは、外見はすごくキュートなのに、「君は優等生すぎて、つきあいきれない」という同じ理由で、3度つづけて恋に破れた女子大生。
 なぜか、こういう人を見るとがぜん燃えてきて、実花さんと2人で「ブラウスのボタンを3つめまではずして、煙草をけだるそうに吸って、たらした髪をかきあげて、口紅は真っ赤に……」とか、セクシービーム系ちょっとワル女の演技指導なんかしちゃったのでした。
 優等生をワルにするのは面白いけど、その逆は興味がわかないのはなぜ?

 とゆーわけで、みんなそれぞれ最高だったけど、決まったのは? ……次号のオーディション完結篇へ続く。

P.S. 吉報!! 最近、女性に人気沸騰中の幻冬舎の貴公子ことプリンス石原っちが、ステキな女性との楽しい語らいのひとときを希望中らしい。
 ちなみに石原っちのプロフィールは以下の通り。
 独身。優しさとクールの間で揺れ動くナイーブでビミョーな性格。椎名林檎大好き。女心のつかみはかんぺき。
 相手に求める条件はなんといっても、自分をめろめろに愛してくれること。その他、さっぱりしていて男っぽい性格だったり、時々「かわいいでちゅー!!」とバブバブ語で甘やかしてくれること。ってどーゆう人か、想像がつかない……。


6月15日

 今日はこの間、開催した「表紙モデルオーディション最終選考」のちょっと遅めの実況中継をしちゃいます。
 場所は、千駄ヶ谷の幻冬舎2階会議室。ずらっと並んだ選考委員はミカさん、文庫編集長の志儀っちと、編集の斎藤っち、日野っち(なぜかみんな、強引に「っち」にする!)、そしてあたし。それから雑誌「audition」の編集の人とカメラマン(この3人はとってもいい人たちでした)。それからなぜか某ノンフィクションライターの男性が1名。
 こんな多人数でずらっと机に並んでたら、なんか就職試験の面接みたいで、誰でも緊張するよね。でも、書類・写真選考に合格した14人の女の子たちとの会話は、めっちゃアットホームで楽しかった!! だってみんな、すごく個性的で、そのまま小説になりそうなヒストリー持ってる子ばっかりなんだもん。

 実はその前に、日野っちが第1次選考、ミカさんとあたしで何百通っていう応募書類をぜーんぶ見て、「第2次選考」をしたんだけど、これが色んな意味でケッサクぞろいだったよ。なかにはフラッシュが鏡に反射して、クビから上が電球みたいに白く光ってるだけの写真(つまり人間豆電球ね)とか、家のトイレに座ってヤンキーポーズをキメてる写真とか、レースクィーンみたいに水着でポーズ取ってるのとか、「egg」のブリテリ系とか彼氏とラブラブのキスしてる写真とか……もう楽しすぎー。
 あたしたちが真剣に選考してるときに、なぜか用もないプリンス石原っちがいつもの微笑みを浮かべながら登場して、「あーっ、この子かわいー!! この子もかわいー!!」とか鼻の下を伸ばして、去っていきました。
 ちなみに椎名林檎命・日野っちの選考基準は「胸が大きくて、自分が甘えられるようなお姉さんタイプ」だったので、彼の選んだ候補はほとんどミカさんとあたしに却下されたけど。
 今回のオーディションで、男の人はとりあえず「自分の彼女にしたい子」を選ぶってことがよーく分かった。

 で、残った14人の選考に戻るけど、小学5年生(!!)から中学生、高校生、美大生、モデル、女優の卵まで、色んな年齢の子が集まった。中には何とカレシ同伴で来て、2人のピュアでかわいいラブストーリーを語ってくれて、ラブシーンをミカさんに撮影されたラッキーガールも。みんな全員合格にしたいぐらい、素敵な女の子たちばっかりだったよ。
 だから次回も、「怒涛の選考過程」の続編いきます。アサヤンみたいだね。

P.S. 新刊『alones』出ました。登場人物みんなに、すっごく心をこめて書いたので、思い入れ深い作品です。江川達也さんの解説、とっても良かった。『東京大学物語』はハンサムで自意識超過剰な村上が、焦ってすっごくヘンなゾンビ顔になるところと、理想の相手・遥ちゃんといつまでたってもHできないくせに、他の女の子とはH全開のとこが、めちゃめちゃ笑えて大好き。「あーこういうの、あるある」って毎回納得してる。
 最終回、どういうふうに終わるのって聞いたら、ふふふふふって笑ってた。
 遥ちゃんのモデルは、江川さんの奥さんらしいです。なっとく。

またまたP.S. オーディションに応募してくれた、全国のたっくさんのみんな。ほんとにどうもありがとう!! みんなの書いてくれた手紙とか、コメントとか、ちゃんとミカさんと2人で読んだよ。


6月1日

 今日はあたしの中の「野性と本能」についてのお話。
 何かヘンな題だけど、まあ日記だからいっか。
 みんなの中には、ダニエル・キースの『アルジャーノンに花束を』っていう、名作SFを読んだことある人が多いと思う。あたしも、この作品、大好き。「アルジャーノン」っていうのは、脳手術の実験台にされて天才になった知的障害者の主人公チャーリィが、唯一、心の友にしていたネズミの名前。
 脳の機能がパワーアップするにつれて、最初は喜んでいた主人公も、そのうちあまりの天才的な頭脳ゆえ、普通の人間とはコミュニケーションがとれなくなる。
 そして退行。手術の効果は一時的なもので、チャーリーはまた「薄のろ」に戻っていき、それと同時に担当の女医との恋愛も壊れてしまう。ラストのせつなさに涙した人は、あたしも含めて、たっくさんいるよね。
 ところで、うちにも「アルジャーノン」がいる。っつーか、赤ん坊の時にうちに来たゴールデンハムスターに、そう名前をつけたんだけど。
 かわいくておバカな彼の行動を見てると、「生きるって何?」ってけっこう考えさせられる。外に出してやるとあっという間に脱走して、1〜2週間、平気で行方不明になっちゃうんだけど、彼が逃亡中に何をしてたかっていうのが「アンビリーバブル!!」なのです。あたしが壁にくっつけたソファに座ってたら、後ろから亡霊みたいにキーキーいうかぼそい声か聞こえてきて、慌ててソファをどけたら、車にひかれてぺッタンコになったカエルみたいに、ソファと壁にはさまれて潰れ、完全にミイラ化した「ネズミ煎餅」を発見!! したこともあった。
 2週間、飲まず食わずでサンドイッチになってたから、身体から水気が全部抜けて、干物状態になってたよ。もう駄目だ、死んじゃうと思ったら、全然違ってた。水を飲んでエサをたらふく食べたら、風船に空気が入っていくみたいにどんどん身体が元に戻って、今ではめっちゃ元気。
 そんなアルジャーノンの唯一のストレス解消法は、回し車の中で朝から晩まで走り続けること。人間でいえばルームランナーみたいなものだけど、どうも彼の頭の中では、「果てしなく続く広大な緑の草原を、どこまでも走り続ける俺」っていうロマンティックなイメージが出来上がってるらしい。何十キロ走っても、実は同じ場所でぐるぐる回ってるだけなのに。
 時々、ほんとは人間も同じなのかもって思う。「がんばれば、どこかにたどり着く」って信じて走ってるけど、もっともっと大きな存在から見たら、回し車を走るアルジャーノンみたいに虚しい努力なのかもしれない。以前、生きることに価値が見い出せなかったときは、「どうせどこへも行けないんなら、死んだ方がずっといい」って思ってた。でも、今は少し変わった。たとえカラ回りでも、走ることは未来に向かって進むことで、それが生命の喜びなんだと気づいたから。
 人は小さな野性の動物。なのに世界や自分を疑ったり否定する能力を持っているために、アルジャーノンのように幸せなままでいられなくなった。彼のように走って眠って食べて恋をする……そういうナチュラルな幸せに到達するためには、次々に現れる疑いや自己否定や虚無と闘って、勝ち抜くことが必要になんだ。闘うことをやめたら、人は闇の力に支配され、自然な生命力を失ってしまうから。
「ETERNAL WIND」の創刊号に登場してくれた、かじ君のサイト「Barかじうら」で、岡崎京子さんの特集をしてたけど、彼女の『リバーズ・エッジ』や『pink』は、そういう「今」の感覚を先取りしてるよね。

 あたしは疲れきって全てに虚しくなると、アルジャーノンや水溜りで水浴びする雀や、近くの川に浮かぶ渡り鳥たちを観察する。人は彼らより上でも下でもない。悩んだり疑ったりすることで人はどんどん孤独になるけど、本当はその孤独の痛みも、自分たちが作り出したものだとよく分かるんだ。
 太陽が昇って沈むことも、星座が季節と共にうつろっていくことも、春になると桜が咲いて、初夏には空気が緑の香りに満たされることも、もしかしたら永遠の堂々巡りかもしれない。宇宙の片隅で小さな自分たちの存在に怖れと不安を抱き、そういうものと闘うことも、世界には塵ほどの変化ももたらさないのかもしれない。
 それでも、生命はやっぱり星の輝きのように美しくて、あたしたちはその儚さをいとおしまずにはいられない。チャーリィが「どうかうらにわのアルジャーノンのおはかにはなをそなえてください」と、最後に書き綴ったように。


5月13日

 お台場に新しく出来た大型映画館で、「ビーチ」を見てきたよ。
「あのレオナルド・ディカプリオの」っていうちょっとアイドル映画的な売り方をしてるけど、レオの演技はほんとにうまいし、監督はトレスポのダニー・ボイルだけあって世代的に共感のできる脚本だし、すごーく深くてナイスな映画でした。
 ひとことで言うと、人はなぜどこにもない「楽園」を求めて旅をするのか、たどり着いた場所で何を見つけるのかっていうお話。タイの海上に、伝説の美しいビーチがあると聞いたバックパッカーのレオは、同じ旅行者のフランス人カップルと一緒に、夢の楽園を求めて海を渡る。ところが……これ以上はネタバレになるからストーリーは書かない。
 でも、最初は「地球の歩きかた」かなんかを片手に、大挙して東南アジアへ行くミーハー旅行者と同じだったレオが、最後は大切な事に気づく。人間はもう禁断の果実を食べてエデンの園を追われた時に、自然が生んだパラダイスに生きる資格を失ってしまった。そして今、自分がいるこの場所を心の中で楽園と感じられないのなら、地球上どこへ行っても楽園なんか存在しないって。
 これってあたしの「旅」の感覚とすごくシンクロしてて、ラストが心に染みた。
 サンフランシスコとかロンドンとか沖縄の宮古島とか、思い出に残る旅は沢山あったよ。宮古島の白砂のビーチも海の色も本当に「楽園」そのものだし、サンフランシスコは日向に咲くマリーゴールドの花みたいな太陽の降る美しい街。でも一人であてもなく街を歩いてると、そこで生活してる人々の瞳に映る風景が見えてくる。
 たとえばシスコのバス停留所で「煙草、持ってたら1本ちょうだい」と声をかけてきた、一見してジャンキーと分かる、イッちゃった空虚な目の黒人の女の子。頬のこけた彼女は素足で、一日中、道端にぼんやり座り込んでる。「どっからきたの」って、死人みたいに無表情な顔であたしに話しかけてくる彼女の目には、この天国みたいなへヴンズブルーの空はどう見えているのかな。きっとこの街には、逃れたいものが沢山あるんだろうって、ずっと考えてた。
 その瞬間から、あたしはもう日常から遠く離れた、心躍る旅行者ではいられなくなったんだ。あたしの中には、その女の子や、スーパーのレジの太った少し不幸そうなおじさんや、公衆電話のボックスに座り込んで何時間も空を眺めてるホームレスの男の子の眼差しが住みついて、あたしと一緒に世界を見てる。
 海の色も空の輝きも、少しだけ物悲しく淋しくなる。そこにあるのは夢のパラダイスじゃなくて、人の悲しみや喜びが無数に宿る、光と闇に彩られた生きてる街や自然。そんな旅を続けていくと、狭い自分自身に囚われてた感性が、どんどん変化していくのがよく分かる。その変化が、あたしにとっての本当の旅なんだと思う。

 あたしは東京で生活してる今だって、毎日、旅を続けてるよ。
 昨日、渋谷Bunkamuraの裏階段に座って、ぼんやり道行く人たちを眺めてたら、そんな風に思った。どこへも行けない、ありきたりの日常。うす曇りの空と見慣れすぎた町の景色。でも、旅する人の感性でいつも空気・音・風・光・人の心・街の呼吸……を感じていれば、あたしをインスパイアして変化させてくれるものは沢山ある。
 感覚を閉ざしたら、そこで旅は終わり。
 そんなのつまらない。もっともっと変わりたい。
 だからいつも、ほんの少しの荷物を持って、どこまでも歩き続けたいと思う。
 映画を見て、音楽を聴いて、人と出会って言葉を交わし、過去と未来の間を行ったり来たりしながら。この心の空が晴れ上がって虹がかかったとき、世界のどんな場所にいても、そこがあたしの「楽園」になるから。
 
 PS・来月出る「鳩よ!」で、実花と恋愛について対談しました。彼女のポテンシャル200パーセントのノロケ話が読めるよ。それから今発売中の「オーディション」という雑誌に、モデル募集の記事が出ていて、実花や日野っちが写真入りで登場。あたしは謎。
 さて、ここでクイズです。次回作『alones』の解説を書いてくれた人は誰でしょう?
 ヒント 超人気漫画家。男性。おもしろい人。分かった?


4月29日

 春の匂い。
 あたしの一番好きな季節、夏に向かって、世界が日ごとに美しく輝き始める、優しい光の戯れの時間。
 桜並木は花のかわりにブリリアントグリーンの若葉が枝を絡ませて、生命の鼓動を太陽と土から一杯吸い込んでる。何よりも好きなのは、緑の芽の匂いなんだ。何かわくわくするようなことが始まる、期待と予感に満ちた濃厚な甘い香り。
 その香りを身体一杯に吸い込むと、身震いするほど魂か喜んでるのが分かる。たとえどんな悩みがあったって、この魔法には勝てないよね。

 そんな暖かな日の宵、赤坂ブリッツのバインのライブに行ってきました。
 めちゃめちゃよかった! 特に後半から「南行き」「リトルガールトリートメント」「いけすかない」「スロウ」とノンストップで好きな曲が続くと、もう熱狂状態で、思わず「田中くーん」とか叫びそうになってた……恥ずかしいからやめたけど。
「南行き」のギターソロ、アメリカ南部の黒人ブルースみたいに乾いた土埃とぎらぎらした太陽の匂いがして、痺れるほどカッコよかったよ。
 そして、ラストはあの幻の名曲「覚醒」から「Here」へ。「覚醒」は、初めてブリッツでバインを聞いてカンドーした曲だから、このライブでやってくれたのが、すごくうれしかったんだ。
 終った後、田中くんに「新しい小説に、さりげなくバインの曲のタイトル入れたよ」と言ったら、「ほんま?」って思いっきりうれしそうに笑ってくれた。さて、クイズです。『LOVE ASH』の中に、バインの曲名が二つ隠されています。それはなんでしょう? 簡単すぎるよね。
 バインの髪型とファッションのコーディネーター役を志願して、リーダーに「そのヘアスタイルを……」って言いかけたら、即座に「嫌だ」と却下されちゃった。みんな、自分の恰好にはすごくこだわりもってるんだなー。あたしだって、他人に自分の髪型とか服装とか、勝手に決められたら納得できないから、よく分かる。美容院できれいにブローされると、そのあと必ずわざと指でぐしゃぐしゃにしちゃうし。

 今日はこのまま音楽の話でいきまーす。
 sugar soulの新しいマキシアルバム「respect yourself」聞きました。「汝自身を敬え」。凄くいい言葉だよね。自分を尊重して敬えなければ、他人だってrespectできない。目指す高い場所へ行きつく努力をしている自分が、たとえ今は報われなくても、そんな自分を励まして抱擁する力を持てっていう事だと思う。ちょっとボサノバのリズムが入ってる、軽やかなメロディーが朝陽の暖かさのようで心地いい。少し落ち込んでる日々の朝、自分を励ますためにベッドの中で聞きたい、オトナの女の曲だよ。

 あたしがミュージシャンを好きになるきっかけは、音を通して心に強い新鮮な揺さぶりをかけてくれることが第一条件。だから彼、または彼女たちがどんな背景を持ってて、どんなビジュアルや売り方やジャンルなのかは、全く関係ないんだ。だからテレビを見て好きになることって、ほとんどない(どうせ殆ど口パクだしね)。
 FMからさりげなく流れてきたり、CDショップで試聴したり、バインみたいにナマで衝撃の出会いをしたり……。
 とりあえずマイブームになると、朝から晩までそればっかり聞いてる。これは音楽だけじゃなくて、スナック菓子とかも好きになると、毎日コンビに通って買い占めるから、一週間後はその商品はソールドアウトになってるぐらい。
 そういえば、この前HMVで、ずっごく心に響く新しいUKバンドのアルバム、発掘しちゃった。近年まれにみる不思議カタストロフィー幻想ロック。またまた作品に登場させる予定なので、お楽しみに。


4月1日 
 こんばんは。もうすぐ夜中の1時です。
 今回は中学生日記風に、「アミの一日」を書いてみるね。
 今日は渋谷でミカと雑誌の対談をしてきました。ミカは髪にエクステンションをつけてショッキングピンクのセーターに、メキシコイエローのズックと七色のネイル・アート……春のお花畑みたいに色がいっぱいで、すごくカワイかった!! 
 で、ふたりで109の階段に立って写真撮ってもらって……白リップ系の女の子たちの群れの中で妙に浮いてた感じもするけど……写真と小説のコラボレーションのこととか、恋愛やお互いの性格についてとか色々話したので、5月に本屋で見つけたら読んでみて!! 
 その後、「パレット・バレエ」という、塚本晋也監督・主演の映画をシネ・アミューズで見た。かなりヘビーな内容で、「楽しむ」っていうより、自分がシナリオライターだったら、ここはどーするかなあとか、あの女の子のキャラなら、ここで泣かせるなよーとか勝手に考え込んでた。でも塚本さんって、才能あるよね。
 何しろこの映画にはBLANKY JET CITYのドラマーの中村達也が、「おぬしもワルよのう」っていう感じのボス役で出演してて、かなりいい味出してる。
 それに真野きりなっていう、モデル出身の女の子が、すごくチャーミング。ショートカットで、いつも黒革のミニのジャンパースカートをはいてるんだけど、それがまた長ーい足によく似合う。媚びない表情がエロディ・プシューズ風でよかったよ。
 それからケーキ食べて、家に帰って、真面目にお仕事……でもないかな。
 
 なんかよく考えてみると、あたしはどんなに忙しい時でも好きな音楽・映画・本・服を探すツアーは欠かしてない気がする。だってそれがなくなったら、心が渇いて鬱になってくるから。砂漠の心では、砂漠のような作品しか書けないよね。だから、見たい映画や本や写真集、聴きたいCDやライブがいっぱいありすぎて、いつだって焦ってる。
 ところで、バインの「Here」はもう聴いた? 聴けば聴くほどしみじみいい曲がいっぱいで、アミ的には大絶賛モード。特に「リトルガールトリートメント」が好き。2000年のライブツアーにも行って、またナマでしか味わえないバイン・マジックにはまろうと思ってます。
 田中くんがライブの時いつも「全身全霊で」汗流しながら歌うのを聴いてると、「こんなに自分を200パーセント放出しきってしまう人がいるんだ。だから頑張らなくちゃ」ってすごく感動するし、励まされてる気分になる。  
 汗や涙やエネルギーは、どんなに出し切ったってなくなったりはしないよね。明日になれば、ちゃんと再生してる。それを教えてくれるすべての人たちに「感謝」です。


3月22日
 今日のBGMは「Cream Anthems 2000」。イギリスのクラブ音楽を集めた二枚組CDで試聴して一耳惚れ(?)したおすすめ盤だよ。特に一枚目の「Seven Cities」が、めっちゃ気持ちいい。
 夜中、レイブで踊り明かして、夜明けの朝日が昇る頃にかける音楽をチルアウト・ミュージックっていうんだけど、この曲は海辺の波打ち際から水平線を染めるオレンジ色の太陽を見てる気分になる。
 あー、そんなことを書いていたら旅に出たくなってきた!! デイパック一つ担いで、行く先も決めずに空港に行って、ゴアとかサンタフェとかふらっと行きたいよー。あたしの旅は、「無計画」かつ「きまぐれ」がポイント。自分でも明日、どこへ行くか分からないような日々が大好きなのです。計画を立てちゃうと、それに拘束されるような気がするから。ガイドブックにのってる観光地をわざと避けて、鄙びた小さな街のカフェとかに入ってみると、近所のおじさんと仲良くなれたり、そこの生活の匂いがかげたり、意外な発見がある。
 今、旅に行きたい熱に浮かされながら、パルコブックセンターで衝動買いした「MEXICOLOR」っていう写真集を眺めてます。あたしといつもあたしの本のカバー写真を撮ってくれているミカとは色んな共通点があるけど、「メキシコの色調が大好き!」「こーいう赤がいい」「こーいう青でなくっちゃ」っていう、色の趣味が嬉しくなるほど同じ。
 そういえば映画「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」に出てきたキューバの風景も、ブルーや赤が死ぬほどきれいだったっけ(あの映画、最高。歌もピアノも最高。ラスト号泣したよ)。
 決めた。明日はあてのない一人旅に出る。行く先は……風が海の果てへ渡って行くのが見えるところ。


3月15日
こんにちは。桜井亜美です。
マイ・ホームページができました!! ここからアミが今、考えていることや好きなもの、好きな人たちについて、みんなに情報を発信していきたいと思ってます。とゆーわけで、このDiaryはあたしが日々、感じたことをリアルタイムで更新していくページ。裸のアミワールドをさらけだしちゃうつもりです。感動した映画や音楽や本や出来事、なんでもありなので、どこへどう流れて行くのか自分でもまだ分からないけれど……。
結構ささやかなことで悩んだり歓喜したりする日々に、みんなが共感してくれたらすごくうれしい!! ちなみにアミは新しい絵文字作りの天才です。例えば

     ∩    ∩
(@  ×  @)

はウサギとかね。……やっぱあんまり天才じゃないかも。 
とにかくドキドキの毎日の中に、幻冬舎カンケイ者の暴露ネタ(!?)や、こういう遊びもいっぱい詰め込む、AMI'S DIARYをよろしく----。



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