密教・断食修行で、目指せ脂肪とカルマのない女! その3

 ある山奥にある断食道場のふもとには、断食に耐えられず、真夜中、断食道場を逃げ出した人々が漂着するラーメン屋があるという。真夜中にラーメンをむさぼる人々が列をなすその店は、まるで国境を逃げ延びてきた脱北者をかくまう支援者の家さながらの血走った熱気を帯びているとか……。

 断食道場に入る前日、知人からそんな話を聞いた。「結局、ほとんどの人が耐えきれずに食べてしまうから、道場に行ってもあまり意味がないんですよね」という説を聞いたときは「私も脱獄してしまうかも」という不安に駆られたものの、道場に足を踏み入れた瞬間、その厳格な雰囲気と厳しい世話係さんの喝に縮み上がり、脱獄のことなど頭の中からすっかり消えてしまっていた。

 すっかり忘れていた断食道場脱獄多発説を急に思い出したのにはわけがある。先輩修行者のエステ子ちゃんが行方不明になってしまったのだ。今日の朝、散歩に行くといいのこしたまま、説法にも座禅にも現れず、だれも彼女を見かけたものはいない。
「もうすぐ門限の時間なのに、戻ってこないなんて。もしかして倒れているのかも」
その場で一番の先輩修行者のことばに、皆がざわつく。道場は午後6時が門限で、それ以降は部屋から一歩も出てはいけないことになっているし、門にも鍵がかかる。それなのに、帰ってこないなんて……。

「ついに脱獄者が現れたか……」と私が考えてしまったのとは対照的に、断食者たちはみなナイチンゲールより心が清らかな優しさエンジェルであるため、「エステ子ちゃんが門限を破るはずがない」という性善説に立ち、エステ子ちゃんの行方を口々に心配している。一日二日の断食修行では覆すことのできない、ソウルレベルの格差を感じた瞬間だった。

 とにかく、エステ子ちゃんが倒れていたら大変だということで、手分けして散策することになった。一人は本堂へ、一人は併設の博物館へと散っていく一同の足取りがヨロヨロと頼りなさすぎて、更に行方不明者が増えるのではという懸念が……。

生命力・愛・インターネットという私が求めるもの全てを持っている羨ましい人々
生命力・愛・インターネットという私が求めるもの全てを持っている羨ましい人々

 私の担当は裏山だ。裏山はなぜかカップルの散策スポットになっており、ところどころで愛という概念を全身で表現しているカップルたちが、公序良俗に反する刺激的なオーラを放っていて心身にダメージが蓄積する。今まで、女人禁制の霊山や宗教施設を見るたび「女がいるだけでくじけるような修行に意味はないのでは?」と修験ボーイズの心の弱さをバカにしていた報いが、今自分に返ってきている……。そして、道中になぜかウナギの看板がやたら多く、隙あらば「ウナギ屋 こちら→」などの甘言を弄して人心を惑わしてくるため、ウナギの魔に吸い込まれぬよう心を強く持たなければならなかった。

 さまざまな魔の誘惑に耐えながら一通り回ったものの見つからず、道場に戻るとエステ子ちゃんは既に戻ってきていた。しかも、過剰なまでにはつらつとしている……。動作や口調に、断食者特有の魂が肉体から遊離しかかっているような亡霊的雰囲気が消えており、「太陽王」ライクな異名を持っていてもおかしくないぐらいエネルギッシュだ。

「これは、完全にどこかでご飯を食べている……」
と思いつつも、だれもその点に触れられず微妙な空気がたちこめる中、エステ子ちゃんは「ごめーん!心配したよね〜!」とあくまでも笑顔で明るい。脱獄の事実を隠そうとしないどころか、おみやげにお漬物や羊羹を買い込んできたことまで告白。強い……! これが飯を食べてる人間の強さ……! 他の断食者はその雰囲気に圧倒され、エステ子ちゃんは完全にその場を掌握。
「私、明日帰ることにしたんだ〜」
と言いながら、帰ったら食べたいもの、やりたいことを語り始めた。みんな、彼女の話にうなづきつつも、視線は机の上に無造作に置かれた羊羹に集中している。

 その流れで、各自が断食明けに食べたいものを一人ずつ言っていくことになった。人気なのは、お蕎麦やお味噌汁などの和食で、とんこつラーメンや焼肉などコッテリ系食品は「考えるのも嫌」という意見が多数。このメンバーでテレビのグルメ番組を作ったら、俗世に完全に背を向けたストイック極まりない番組になってしまいそう……。私と同じ日に断食を始めた女子は
「とにかく米、白米が食べたい。白米のことを考えるだけで胸がいっぱいになる」
と戦時中の兵隊みたいな発言を繰り返していた。私はとにかく、エステ子ちゃんが持っていた漬物が食べたかった。

 エステ子ちゃんが放つ食物連鎖の頂点にふさわしいパワフルな雰囲気に勇気づけられたためか、その日の夜は平和な心で眠ることができた。その日見た夢の中で、私は政府の弾圧から逃れて屋根裏で暮らしている新妻になっていた。クリスマスを少しでもあたたかく祝おうと、必死で集めた鶏の骨と、真夜中にそっと屋根裏を抜け出して摘んだ月桂樹でつくったスープでジャガイモをゆっくり煮込みながら、集会に行くと行ったきり帰ってこない夫を待ち続ける夢だった。

安全ちゃん

安全ちゃん PROFILE

全世界の安全の祈願と、貧困ガールの蜂起を呼びかけるべく08年よりインターネットでの活動を始め、動画「革命的オリーブ少女主義者同盟演説」に話題となる。
共産主義からガーリーカルチャーまで幅広い知識をもとに記される文章が人気を呼び、現在では『GINZA』、『ダ・ヴィンチ電子部』、『FUNFUNびより』等での連載をはじめ、日々暗躍中!

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