断食道場 女子参籠堂

 これが何度目のダイエット失敗だろうか……。また体重が増えてしまった。世界では今日もたくさんの子どもたちがご飯を買えず餓死していることを思えば、飽食の果てに溜めこんだこの脂肪はまさにカルマの塊。恵まれない子どもたちの命を救えたかもしれないお金をウッカリ暴飲暴食に費やしたことによって、女としてステージだけでなく、魂のステージまで下落させてしまうとは……。このままでは「傾国美女になる⇒国家転覆⇒平和社会の実現」という計画が青写真のまま終わってしまう!
 そんなときに知ったのが、成田山新勝寺で行われている密教の断食修行。千年を超える歴史を持つ寺院で代々続けられている修行で、過去には二宮尊徳や七代目市川團十郎もトライした由緒正しきものなのだという。体験者がいうには、数日間の断食で体重が3〜4キロ落ちる上、当然ながら精神修行の効果もあり、邪念のデトックスも可能だとか。脂肪と同時にカルマも落とせるというのは、確かに魅力的かも……!
 しかし真言密教といえば即身仏などのハードな修行で有名なのが気になるところ。行き過ぎた修行により、脂肪を脱ぎ捨てるどころか、肉体そのものが不要な境地に達してしまうのではという懸念が……。調べてみると、正式な断食修行は「21日間断食しながら不動明王の真言を唱え、水行を繰り返す」という、凄まじくハードコアなもの。いきなりそんな人道的配慮が絶無の荒行に臨んだら、本当に入滅してしまう!
 もっと初心者コース的なものはないのだろうか? 不安を抱きつつ公式サイトを覗くと、現在では2泊3日から修行を受け付けているとのこと。しかし、やはり「断食道場での修行の目的は、お不動さまのご加護のもと、不動の信念と、心身の鍛錬を体得すること」ということが強調されており、生半可な気持ちでの修行は許されないシリアスなバイブスを放っている。しかも、成田山で祀られているのは、ルックスが怖い仏ランキング堂々の一位を誇る不動明王。煩悩まみれのまま道場に赴いたら、憤怒顔をした僧侶たちに、原型を留めていないレベルで精神を叩きなおされかねない。
 電話で詳細を確認すると、電話先の方も、新勝寺の断食修行はあくまでも精神鍛錬を目的としたものであることを厳しい口調で強調。もしダイエットへの執着を捨てきれていないことを悟られたら、その時点で修行を断られそうな雰囲気だった。電話前に、徳の高さをドーピングすべく手塚治虫『ブッダ』を全巻読破していたのが効いたのか、修行拒否の憂き目には遭わずにすんだものの、恐ろしい……。
 修行中は境内の外へは一歩も出られず、買い物も禁止。更に携帯電話、パソコン、ラジオ等の持ち込みも厳禁なのだという。移動の自由が存在しないだけでなく、外界からの情報をまで遮断されるという、囚人並のストイックさに思わず戦慄。特に不安なのは、ネット環境を絶たれてしまうこと。私は病的なインターネット依存症であり、数日間のこととはいえ、断食のストレスに加えてネッ中症の禁断症状まで出たら発狂しかねない。不安のあまり「断食前には、体を慣らすために3日前からの減食が必要」との説明中、思わず「減インターネットも必要ありますか」と聞きそうに……。
 熟慮の結果、3泊4日の断食にチャレンジすることに。事前の減食では、3日前からお粥だけの食事に切り替え、徐々に量を減らしていく必要があるのだそう。白くてドロドロした液体だけで三日も過ごさなければいけないなんて、嫁入り前の女としては考えるだけで憂鬱……。しかしよく考えると、嫁入り前にこそ白くてドロドロした液体に慣れておくべきという気も?
 というわけで、ここは前向きに、花嫁修業だと思って白くてドロドロした液体を摂取しまくろうと決意。とはいえ、もともとお粥嫌いというわけではないので、減食中お粥オンリーの食事を強いられることについては特に問題はなかった。減食期間中問題だったのは、とにかく減インターネットで、ネット断ちどころか、なぜかネットゲームのアカウントを八年ぶりに再取得し、死者を操るダークフォースの使い手として八面六臂の活躍を遂げてしまった……。私はいったいなにをしているんだ!


 そうして迎えた断食当日。朝四時に起きなければ間に合わないので、早起きして清らかな心で修行に臨む予定だったのに、結局ネットゲームで完徹という最悪の旅立ちかたになってしまった。徹夜でモンスターを殺戮した因果が巡っているのか、減食で体力が落ちているのか、駅で階段を昇り降りするだけで意識が遠く……。通勤ラッシュにも巻き込まれ、成田山までの道のりは片道二時間以上。こんなことで無事たどり着けるのだろうか?
 その上、駅の構内はホッカホカの焼き立てパンやステラおばさんのクッキーなど、おいしい匂いで人心を惑わす出店が乱立しており、退廃都市東京のバビロンぶりを再認識。空腹のあまり食べ物が「飲めばたちまち疲労感が消えうせる魔法の薬」的物質に見えてきて、キオスクのオバチャンについジャンキーのような視線を送ってしまう!


断食道場 女子参籠堂
断食道場 女子参籠堂

 満員電車、階段、食べ物といった数々の姦計をくぐりぬけて、ついに成田山へ! 指定の病院で健康診断を済ませ断食道場の門を開けると、中では既に他の断食者さんが正座で待っていた。それにしても、みんなの異様なまでの背筋の伸びっぷりは一体……?
「お前! さっさと扉を閉めろ!」
 ボンヤリしていたら道場の世話係の男性にいきなり喝を入れられてしまった。すでに修行は始まっている……! あわてて扉を閉め、靴をそろえてそろそろと道場に上がる。
「この世話係さんに少しでも目を付けられたらヤバい!」
 危険を察知した私は、断食期間中は全面的に平身低頭、世話係さんのイエスマンとして、とにかく盲従の限りを尽くそうと心に誓う。そう決意した矢先、隣の人も「室内では帽子をとれ!」と喝を入れられ、「室内は脱帽」という常識を迂闊にも忘却していた私としては、我が事のように震え上がらずをえなかった。
 まず配られたのが「断食者の心得」なるプリント。最初に言われたのは、断食中口にしていいのはお寺の水だけで、お茶やコーヒーはもちろん、ミネラルウォーターも一切禁止ということ。一日のスケジュールは、朝5時に朝の掃除、その後朝護摩と呼ばれる朝の祈祷を行う。午後3時にもお坊さんと一緒に五体投地しお経をあげるお勤めがあり、その他の時間は希望に応じて座禅や写経などをして過ごすというのが基本的な流れのよう。夜6時には道場の鍵がかかり、それ以降はお堂から一切出られない。
 朝日とともに目覚め、身の回りを清め、水を汲み、祈りを捧げるだけの超ストイックなスケジュール……。確かにこれをこなしていれば、自然と魂が浄化され、聖女の心が身に付きそう。それに、厳しく喝を入れられまくる生活の中で、強制的に一般常識も獲得できそうなので、これを機に野生ガール状態を脱却できるかもという期待も。実際、説明時点で既に「質問が意味不明」などの理由で三回喝を入れられており、早くも期待の新人として頭角を現してしまった感がある。


「生きとし生けるもの」の定義を問い詰めたくなる看板
「生きとし生けるもの」の定義を問い詰めたくなる看板

 説明が終わると、さっそく一日目の掃除をすることに。今日行うのは、境内の雑草取り。それにしても、生きている雑草を抜くというのは、仏の道的に問題ないのだろうか? 疑問に思いつつ雑草たちの息の根を絶っていると「禁猟区:樹木、草花、鳥、魚など生きとし生けるものの生命を大切にしましょう」と書かれた看板を発見してしまった。雑草は草花に含まれないのだろうか? 雑草という名の草はないのに……。しかし、そんな生意気な質問をしたらまた喝を入れられてしまいそうなので「自由意志は現世に捨ててきた」とおのれに言い聞かせ、黙々と雑草取りに明け暮れた。

 掃除後、ついに女子参籠堂へ。歴史を感じさせる木製の門を開くと、そこは女の園。消え入るような声が小さくこだまし、女同士が静かに助け合いながら共同生活を送るその様子は、末期の薬物中毒患者が残された時を穏やかに過ごす修道院のよう。病的な雰囲気とひめやかなたたずまいが混在し、独特の雰囲気を放っている。
 断食を始めて四日目になるという女性から、生活の基本的なルールや、断食中の注意事項を教えてもらうことに。すぐに疲れてしまうから、こまめに眠るようにしたほうがよいらしい。
「明日には、出歩くこともあまりできなくなると思うから、今のうちに境内をお散歩しておいたほうがいいかも……」 
 そう語る彼女の声はあまりにもか細く、死にかけ感に溢れており、それだけに説得力MAX……! 彼女だけでなく、だれもかれもが冬の湖に身を投げた乙女の亡霊さながらに青ざめており、数日断食するだけでここまで生命力が失われるものなのかということに動揺を隠せない。思わず、死せる魂たちの世界に迷い込んでしまったかのごとき錯覚にとらわれた。
 今回、同じ断食道場で生活を共にするメンバーは全部で五人。単なるダイエット目的というよりは、ヨガやデトックスに関心があり、パワースポット巡りが趣味といったタイプの人が多いようだ。

 休み時間は、せっかくなので境内を一周してみることに。予想外だったのは、成田山新勝寺は完全なる観光地であるということ。道場から一歩外に出ると、半分霊界みたいな世界から一転、ウキウキの浮かれモードな光景が……! 境内には、肩を寄せあい焼きトウモロコシを分かちあうカップルや、米のポン菓子をこぼしながら走り回る子ども、スプライトを飲む高校生など、愛と食べ物で満ちた幸福そうな人々がたくさん。キラキラ輝く日差しの中で言葉を交わし、笑いあう人々をみていると、まるで黄泉の国から下界を眺めているような気持ちに……。思わず「あの頃に帰りたい」と遠い目になってしまうけれど、よく考えたら、現世を離れてからまだ一日も経っていない。
 穏やかな神社の境内も、断食中の人間にとっては歌舞伎町並に刺激的なスポットであることがわかったので、喧噪を逃れ、私は遊歩道へ逃げ出すように歩き出した。すると、さきほどの賑わいとは一転、静かな森が広がっていた。誰もいない森の中をひとりで歩いていると、ふと、道場の先輩に、断食者を狙う性犯罪者がいるので注意するよういわれたことを思い出した。なんでも、断食者が弱った状態にあることに目を付けた性犯罪者が、道場の周辺を瀕死の動物を狙うハゲタカのように周回しているのだという。確かに、私をはじめとした飢えガールたちは判断力を失っているので、おいしいシュークリームをちらつかせるなどするだけでたやすく誘拐されてしまいそう。あるいは、境内に美味しそうなおすしをおいて、うっかり手を出すと上から檻が落ちてくる仕組みを作れば……。 おすし、落ちてないかなあ……。
 気が付くと、食べ物のことばかり考えてしまう! 空腹そのものは辛くないのだけれど、食事の時間がないと、気分転換がまったくできずストレスがどんどん蓄積していく。その上暇なので、ついつい気が付くと食べ物のことで頭がいっぱいになってしまうのだ。普段あまり意識したことがなかったのだけれど、ご飯を食べるという行為のエンターテイメント性を思い知った。
 食べ物妄想に夢中だったせいで、いつのまにかよくわからない山の中に迷い込んでしまった。そして、散歩中、急激に体調が悪化しつつあり、今の私にはもはや坂道を昇り降りする体力が残っていないのだった。このまま遭難したらどうしようと不安に駆られつつ、急ぎ足で歩いていくと、大量の狂犬の群れが吠え狂っている声が……。聞きちがいかと思ったのだが、近づくにつれ犬の声だと確信。近所に、狂犬収容所でもあるのだろうか?  怖い!
 這々の体で道場まで戻ったころには、体力メーターはもうギリギリ。人形のように硬直して眠っている他のメンバーたちの間を縫って自分の布団に倒れこむと、急激に視界が暗くなっていくのを感じた。遠のく意識の中で「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ」というオウム真理教の懐かしマントラが、なぜかこだましていた。

(続く)


安全ちゃん

安全ちゃん PROFILE

全世界の安全の祈願と、貧困ガールの蜂起を呼びかけるべく08年よりインターネットでの活動を始め、動画「革命的オリーブ少女主義者同盟演説」に話題となる。
共産主義からガーリーカルチャーまで幅広い知識をもとに記される文章が人気を呼び、現在では『GINZA』、『ダ・ヴィンチ電子部』、『FUNFUNびより』等での連載をはじめ、日々暗躍中!

現在〜11/7(月)まで、渋谷パルコパート1 7Fマーヴェラスで「安全ちゃんの肉食宇宙食堂」がオープン中!

ランチ1種、ディナー3種の安全ちゃんメニューのいずれかをご注文いただいた方には、ノベルティとしてオリジナルレシピ集をプレゼント。
http://www.shibukaru.com/web/club/index.html#cooking

11/20 15:30〜 原宿VACANT「原宿シネマ」で安全ちゃんが映画館の一日館長を務めます!

安全ちゃんと一緒に映画の登場人物たちの人生を追体験できる、人生すごろく大会も。
http://www.harajukucinema.com/hc/top.html