「ギムレットは英国の匂いがする」といったのは、アメリカのミステリー作家レイモンド・チャンドラー。そして、このギムレットを世界的に有名にし、愛飲者を増やしたのも、またチャンドラーである。
 ギムレットは、ジンとライム果汁をシェークするだけのシンプルなカクテル。英国の匂いがするのも当然で、19世紀、大英帝国は海軍の東洋艦隊の艦上で生まれたという。
 当時、英国海軍は艦上の将校に、日々ジンを支給していた。ある日、この官給品の強いジンに、軍医のギムレット卿が健康のため、ライム果汁を混ぜて飲むことを提唱。これがギムレットの最初で、いつか提唱者の軍医の名で呼ばれるようになったという。
 海の上で生まれたこの古いカクテルが、一躍、世界的に有名になったのは20世紀も半ば過ぎ、1954年以後のこと。この年、チャンドラーのあのハードボイルドの傑作『ロング・グッドバイ』が発表された。たちまちベストセラーとなり、「ギムレットにはまだ早すぎる」という名ぜりふとともに、このカクテルもブームになった。
 その余波は日本にもきた。が、当時のギムレットは非常に甘かった。瓶詰めのライム・ジュースを使っていたからである。しかもチャンドラーは「ジンとローズ社のライム・ジュースを半分ずつ、他に何も入れない」といっている。このレシピ通りにつくると、なんとも甘すぎて持てあます。
 生のライムが簡単に入手できる現在では、フレッシュなライム果汁を使うことが多い。ただし、ライム果汁だけでは酸っぱすぎるため、砂糖で微妙にあんばいするようだ。
 ただ残念なのは、生のライムを使うことで、グラスの中の海が白濁してしまったこと。うす黄緑色に透き通った、チャンドラーいうところの「神秘的」な色は失われてしまった。しかし、その風味は、あのブーム当時のギムレットより、はるかに洗練されてきている。