『人生はかけ算だ。どんなにチャンスがあっても、キミがゼロなら意味がない』
 約2年前、独特なイラストと力強いメッセージで、センセーショナルにメジャーへと躍り出た、御存知“イラストライター326”ことナカムラミツルさん。1978年2月28日生まれの若干22才の男。
 フォークユニット19(ジューク)の作詞&ビジュアルプロデュースを手掛け、TBSのキャンペーンキャラクターも描いているので、そのイラストは知らない人がいないくらい多くの人の目にふれていることだろう。これまでに出版された単行本3冊も大ベストセラーとなり、あっという間に10代の人生を描くカリスマとして、吐露できない傷みを抱えた若者の代弁者として、20世紀最後のニューヒーローの地位を手中にしている。現在の多岐にわたる彼の意欲的な活動はみなさん御存知の通りだ。

 しかし、この若くして名声を手に入れたこの男、最近のインタビューなどで『人生はかけ算だ。どんなにチャンスがあっても〜』のコピーを持ち出されると、そのたびに少しだけ戸惑った表情を見せる。
「このイメージ強いんですねぇ。もうずいぶん前のことなのに。(このイメージ)消さないとななぁ……」
 確かにそうだ。326はこの2年間というもの、一時たりとも休むことなく変化し続けている。作品も、本人のその表情も、口から飛び出すコトバも。雑誌『Zipper』で毎月連載している作品にも、最近では「意味が分からない」といった手紙が届くようになったという。
「なんでわからないんだろう? 『光があれば、影ができる』なんて、当たり前のことなのにね」

 時に戸惑い、時に不安な想いをしながらも、ついに完成させた初のストーリーブック『やさしいあくま』。物語を書いたのも、イラストの表情で心情をリアルに表現したのも、泣きをいれて締めきりを1ケ月遅らせたのも、売れ行きのランキングを気にするのも、すべてが初めてとなるこの絵本作品。制作中は何度もペンを止め、世の中に受け入れらなかったときのことを不安に思いながら、やっとの思いで描き上げた1冊だ。本人自身、脱稿直後のインタビューでは「賛否両論ある作品になったかも……。わけもなく感動するものとは違うかも…」と不安をかくせず、これまでの作品との違いを語っている。
 新刊プロモーションのため、テレビ出演や雑誌インタビューのスケジュールに追い捲くられる中、改めて完成した絵本を手にした感想を尋ねてみた。
 

----やっと『やさしいあくま』が出来上がりましたね。発売して約1週間経ったところですが、改めて本を手にした感想を聞かせてください。

「発売から5日後くらいに改めて自分で読んでみたのですが、我ながら素敵な絵本だなぁ、と(笑)。本になるまでにずいぶん内容が変わりましたが、物語が頭に浮かんだのが1998年くらいですからね。構想2年、総製作日数2ケ月前後。一つの作品に対して、これだけ時間をかけたのは初めてでした」

----初めて出来上った『やさしいあくま』を手にした時、いつか生まれてくるであろう子どもに向けて手紙を書き込みましたよね。突然書き始めたのを目の前で見てて驚いたんですが。

「『きみのためにかいたよ。おかあさんによんでもらってね。おとうさんとおかあさんをつないでくれたきみへ』って。あのとき自然と、まだ見ぬ自分の子どもに手紙を書こうって気持ちが生まれたことで、この絵本をぼくは最高に好きなんだな、と思いましたね。これまでも、“作品はすべて僕の子ども”だと言ってきたけど、これほど大切に育てた子どもはいなかったから。そういう意味で、初めて作品を生んだというか、詩人として、モノを創る人間になれた気がしました。それまでは、好きなことしていたら、みんなが『良い!』って言ってくれるから、これでいいや、という感覚があったかもしれないし。最高の責任感を手に入れた気がします」

----体力的にもきつそうでしたけど、それよりも“初めての絵本作品”という新しいモノを創ることへの精神的不安も大きかったんじゃないですか?

「良い意味でも悪い意味でも注目されてますからね。僕が絵本を描くっていうのは、ある意味ミュージシャンが映画監督をやるようなものですよね。ボクの場合、そこまで離れてはいなけれど。でも最初から『それは良い作品なんだろうな、おい?』みたいな目で見られてるようなプレッシャーは常に感じていました。でも、実際できあがったモノを手にして、あとがきを書いた段階でやっと『これは自信作だな』と思えたし、初めて“本”というものを創れたような気がしましたね」

----単行本4作目にして初めて“本”を創ったと思えたのですか?

「これまでの単行本は、1枚1枚に描かれた作品をまとめたものですよね。それらは“326”という一つの軸によって繋がっているけれど、1冊の本としての軸は曖昧であったような気がするんです。この絵本では物語を各ページに描いて枝葉を作って、一本の大きな木を構成し、それがそのまま“本”になっているんです。この違いが、なにしろきつかったんだと思います」

----ついに初めて締め切りをトバしましたよね。99年末に電話したとき『もう忙しくて集中もできないし、描けないんですよぉ。もうダメですぅ……』って、かなりまいってる時もあったし(笑)。

「それで佐賀の実家に帰ったんです(笑)。状況を変えないといけないと思って。どこかで自分に甘えているところがあったんでしょうね。でも、締め切りをトバしたのは、描くのがかったるいとか、やってられん! っていうのではなくて、もっと良いものにしたいという欲求ゆえでした」

----実家には何日間くらい帰れたんですか?

「5日間です。紅白歌合戦に出て、そのまま寝ないで帰りました。それから3、4日間、ほとんど寝ずにずっと描いてましたよ。たまに友だちとか親戚とかが家に遊びにきたら『俺、去年から寝てないよ』って言いながら(笑)。そんなふうに山隠りというか、仙人のようにして作品創りに集中したのも初めてでしたね」

----自分の伝えたいことはこの本で表現できたんでしょうか? もしくは読者に伝わっていると思いますか?

「どうでしょうね……。みんな『良かったよ、感動したよ』って言ってくれるんです。それには素直にホッと胸をなで下ろしたんですが、その感動が僕の求めたものかっていうと違う。感動だけだとそれはまだ“きっかけ”に過ぎなくて、その状況だけではまだ何も新しいものが生まれていませんから。その感動や、流した涙、絵本を読んで生まれたグチグチした想いはどうしてなんだろう? ってみんなが考えるようになったら素敵ですよね。そして、この絵本によって生まれたやさしい気持ちを、誰かのために使おうと思ってくれたとき、初めて伝わったことになると思います」

----『聖書でも教科書でもないただの絵本。』っていう帯に書かれたコトバには何か意味があったんですか?

「僕は“本”とは“本当”の“本”だと思っているんです。“真実”。だから本っていうのは、聖書とか教科書以上のものであるはずなんですよ。本(当)であるだけで、そこは学べる場所ですからね。大層なもんじゃないんですよ。僕がテレビやラジオでおちゃらけた態度をとるのも、そうしないと僕が人間でなくなってしまうから。『悪いことはしません』なんて、そんなんじゃないから。そんな人から学んだことって何にもならないから。光る部分あれば、その光によってできる影の部分もあることが分からないと人には伝わらないですからね」


----個人的な感想として、絵本に出てくる大きな木は、サブキャラにしてはとても大きな存在だったと思うんですけど。

「そうかな……。僕は報われないことがすごく嫌いなんですよ。みんなにちやほやされなくてもいいけれど、すごく辛い想いをして頑張っている人が、ちゃんと誰かに認めてもらって、褒められたりしないといやなんです。……そこから生まれたキャラだったのかな。大きな木はね、チュッチュが辛い想いをして人のためにやさしくしたことをちゃんと見ていたし、分かってくれていたから……。そういう存在が必要だったんでしょうね。あの大きな木が出てこなかったら、この絵本は描けなかったかもしれませんね」

----キャラクターに表情をつけるのは初めてだったわけだけど、これに関しては成功したのでしょうか? 違和感とかあるのでしょうか?

「違和感はないけど、へたくそだったな、と(笑)。今後の課題になりました。この表情を描いたイラストがすべて完璧に僕の絵かどうかというと、自信がないですね。まだ僕の絵になりきれていないものが、いくつかは確実にあります。だから、初めての試みにはそれなりに大きなリスクを伴うことなんだなと勉強になりましたね。成功はしたと思うけど……試合には勝ったし、得点も決めたけど、ホントはあそこで2点とっておかなくてはいけなかったんだよなぁ、みたいな感覚が残っています」

----じゃあ、それらの教訓を活かして、もう1冊(笑)。

「…………。もうしばらくイヤですよぉ〜。ほんとにキツかったもん!」

----じゃあ、その最高の絵本をできるだけ多くの人に読んでもらいたいですね。

「そうですね。でも一番読んでもらいたいのは、僕のことに興味がない人かな。僕を必要としない、満たされていると思っている人。満たされている人って、意外と人に対して優しくなかったりするじゃないですか。ナカムラミツルの作品だから買ったっていうのはそれほど嬉しくないんですよね。まったく知らない人が、この表紙を見て『なんだこりゃあ』って手にとってもらえたら、幸せですよ」

----現在のナカムラミツルについて聞かせてもらえますか?

「すべてに対して責任をもって生きていきたいというか。これまでの僕っていうのは、“ラッキーパンチでここまできたのではない”と思っているし、これからもそれを維持して頑張りたいですね。さらにこの先は、勝つことだけじゃなくて、試合内容にも責任を持てるように。影響を与える立場にいることは意識していようと思うし、だからこそ無責任な言動はしないようにしようと思っているところです」

----何がナカムラミツルに作品を創らせるのでしょうか?

「みんながもっともっと笑っている姿を見たいな、という欲求かな。僕が一人にやさしくしたところで、世界を変えることはできないかもしれないけれど、それを見てくれた一人ひとりがちょっとずつやさしくしていけば、それは続いていくものじゃないですか。表に出したらすぐに消えてしまうものでも、みんなが少しずつやっていけば、きっとなくなりませんよ。僕が表現して終わり……ではなくて、それを見た人がその後で何をするんだ? ってことに興味がありますね。大きなことを言っちゃいますけど、世界は変えられると思っているんで」

----じゃあ、326さんの作品ってのは問題提起なんですね。作品自体が世界を変えるのではなくて、その作品によってできた波紋が広がって、みんなが変わっていくことに期待するという……

「その通りです。僕がすべてを創るっていうのはまったく違うことだから。僕自身には今もこれからもたいした力はなくて、でも、ただの“きっかけ”として何かを投げかけたいですね。『偉そうだ』とか『何言ってるんだ』って言われちゃうかもしれないけど、本気でそう思っているんです」

----創作活動していない自分は想像つかない?

「(作品は)排泄物みたいなもんですからね。排泄物といっても、クソとかそんなんじゃなくて(笑)、呼吸とかそんな感じ。創作することは終わらないし、終わりたくても勝手に創っちゃってると思いますよ。こればっかりは止められない」

----では、最後にいろんな人にメッセージをいただきたいのですが。

「おう!」

----フウに一言

「君のなかに生まれたものを何年かしたら誰かに伝えてあげてね、と。フウにもきっといつか子どもが生まれるだろうから」

----チュッチュに一言

「元気ですか? 今、どこで何をしていますか? そこでは暖かいものが生まれていますか?」

----フウのおばあちゃんに一言

「長生きしなきゃいけんよ」

----大きな木に一言

「これから先も、いろんな人がそばに集まってくると思うけど、寒い日は温めてあげて、暑い日は木陰で休ませてあげてね」

----読者に一言

「またね、と。チュッチュが最後に言えなかったから。あと、次の作品で会いましょうという意味もこめて、『またね』」

----絵本を完成させた自分に一言

「やればできんじゃん!(笑)。がんばったじゃん!」

----10年後の自分に一言

「絵本は自分の子どもにプレゼントできましたか?」


 久しぶりに326さんと2人で顔をつき合わせながら真面目に話をしたような気がした。そして、1年前に出会って以来、ほんの短い付き合いの間に、彼がものすごい勢いで変化を遂げているのを肌で感じることができた。
 その変化を、このインタビューの中でお伝えすることができたかどうか自信はないのだが、彼のこの先は非常に楽しみで、できればずっとそばで見ていたいと思った。
 小社のPR誌「星星峡」の巻頭エッセイにいただいた原稿の最後の方に彼はこう書いている。
 「きたいしてくれ、えぶりわん。じゅうねんごのみつるよ。じゅうねんごのみつるを!!」
 もちろん期待してますよ。



中西哲生 プロフィール】

1969年愛知県生まれ。同志社大学経済学部卒業。名古屋グランパスエイトを経て、川崎フロンターレへ。持ち前の明るさとリーダーシップで、99年はチームのキャプテンとして、JI昇格、優勝に大きく貢献。 最近の口癖は「いいもの食って、いい服着て、いい仕事する」。ホームページは

      Tetsuo's Network News
      http://www.frontale.co.jp/nakanishi/

試合毎に日記も書いてますので、覗いて下さい。

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『やさしいあくま』