ISBN4-87728-825-2-C0195 本体533円+税



 トニー谷といえば「アベック歌合戦」だろう。私が幼かったせいもあってか、異端芸人といわれるような印象がない。
 私事をいうのは気のひけることだが、私の母は沖縄戦で夫をなくしたあと幼な子たちと婚家にとどまり(当時はままあったらしいが)、旧家を継ぐという事情から夫の弟と再婚、舅姑の意地悪い仕打ちにも口応えのひとつもせず、田の仕事に精を出す毎日で終えた。子の目からすれば楽のない人生だったように思う。
 番組の放映は夕食の片付けが終わったころで、母はテレビの前でほんのひとときだけ笑っていた記憶がある。ソロバンを掻き鳴らし、拍子木たたいて、
 「あなたのお名前なんてぇの」
 なんてツイスト踊りながらカップルのなれそめを聞いていく、ヘンなおじさん。
 それがトニー谷だった。
 だからこの本に書かれているのは知らないこと驚くことばかりである。芸人としての全盛は「歌合戦」よりもさらに前。たけしやタモリよりすごかったらしい。毒々しい出で立ち、あやしいハイカラ話芸が人気を呼んだ反面、芸人仲間からは相当に嫌われていた。絶頂期の昭和三十年、幼い長男が誘拐されるという大事件が起きた。「これもトニーの宣伝」だという噂が流布したという。それくらい人望に欠け、マスコミ受けもよくなかった。数少ない友人でさえ評伝を書こうという村松を前にして、「いや、トニーは一つも美談がないんですよね(笑)」といなす始末である。
 けれども舞台となれば「天才的」と周囲の誰をもうならせた。才ゆえ孤高に自分を追いやっていく。性格も災いしたのかもしれないが、そういう芸人だったのであろう。晩年、恵まれたとは言いがたい境遇を知るにつれ、あの横山やすしと面影がダブってきたりもする。
 彼の人生を左右したのは誘拐事件だった。このとき週刊誌によって謎めかしていた経歴があばかれてしまう。生い立ちは複雑だった。本名とともに縁戚も何もかもを捨て「トニー谷」として、ちがう人生を歩こうとした。そんな心情を慮ってやろうなんてものは、当時の報道には見当たらない。マスコミとは今も昔も所詮そんなものとはいえ、やるせない。類い稀な強烈な個性が弱みを見せるやいなや、寄ってたかっていじめにかかる。厭らしい。とくに大宅壮一の意見は邪気あらわで、ひどいものだ。
 嫌われ者としてのネガな一面に光りをあてたこの本、読みすすむうち不思議と、アクの衣に隠された繊細な男のかなしみとポジな反面がみえてくる。母の笑みを思い出して、私は少し胸があつくなった。

アクの衣に隠された繊細な男のかなしみ 書評家 朝山実