南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン

垣根涼介


秋の首都・ボゴダ(その一)


 サンタ・フェ・デ・ボゴタ――人口六百万を擁するコロンビアの首都だ。
 中心街に近いヒメネス通りという界隈を歩いていたとき、面白い経験をした。
 平日のその通りは、ガランとしていて人影もあまりなかった。と、舗道の向こうから二人の大男が、こちらに向かって歩いてくる。この国には珍しい、カチッとしたスーツ姿の二人組――彼らはぼくの両側を挟むようにして立ち止まると、懐から身分証のようなものを出してきた。
「自分たちは私服警官だ」と、一人の男が言った。
 この時点でうさんくささ百二十パーセントだ。大体この国のポリスで、英語を話せる奴なんかに滅多にお目にかかったことがない。さらに男はのたまった。
「おまえの持っている金が偽札の可能性がある。ついては、申し訳ないが念のために確認させてくれ」
 そうか、わかった、と、ぼくは一応納得してみせた。こういう場合、あくまでも相手の言い分に合わせて、ニコニコしていることが肝腎だ。怯えた様子を少しでも見せると、嵩にかかってくる。
「でも、なんでこのおれなの? 何故このおれが偽札を持っていると思ったんだ?」
 すると相手は困ったような顔をした。運良くそんなぼくらの近くを、いかにも欧米系といった感じの旅行者が通りかかっていた。
「ほら、あいつだって、持っているかもしれないじゃん」ぼくは言葉をつづけた。「だから先に、あいつにも聞いてみなよ。あいつが財布の中身を見せたら、おれもあんたらに見せるよ」
 むろんそう言い返す前の時点で、スーツの平たい胸元や覗いた腰の脇から、銃を持っていないことは確認していた。目の隅で、通りの向こうに立っている(テロ見回りのための)陸軍の歩哨を捕らえてもいた。そうじゃなければ、いくらなんでもここまで落ち着いてはいられない。
 結局、そのあとも少しやりとりがあったあと、相手はしぶしぶと退散して運良く事なきを得たが、むろんぼくのこのケースなど、コロンビアの追い剥ぎとしてはかなり温厚な手口だ。
 空港で知り合ったあるアメリカ人旅行者など、このヒメネス通りの先の坂道で、銃で脅され、ボコボコにぶん殴られた挙句、身ぐるみ剥がされたと言っていた。
 こういうふうに、この首都では他の主要都市にもまして、外国人旅行者への追い剥ぎや、強盗、誘拐事件があとを絶たない。しばらく滞在していると、必ず一度や二度はこういう事件に遭遇すると言われている。
 そしてアメリカ人旅行者は、こう言った暴力沙汰の事件に巻き込まれることが多い。理由はなんとなく想像できる。世界一の超大国アメリカは、南米社会では嫌われ者だ。各国の政策に、陰に陽に、絶えず嘴を突っ込んでくるからだ。現にコロンビアのモノカルチャーの農業など、見事にアメリカ市場にコントロールされている。おまけに襲われたアメリカ人たちのおおむねは、強盗に遭っても、なに、こんな奴らに負けるものかと、頑強に抵抗する。事実、空港で出会ったそのアメリカ人もそうだった。さすがは勧善懲悪の西部劇の文化というか、その昔にインディアンたちを力ずくで追い払った強者の論理そのものだ。必然、強盗の対応も、その抵抗に応じてエスカレートしてゆく。
 その反面、東洋系――特に日本人は、かれら強盗にとってはとても扱いやすい人種らしい。脅せばすぐに金を取り出すし、偽警官の弄言などにもコロリと騙されて易々と財布を手渡す……まあ、おめでたい人種ということになっている。はっきりいえば、平和ボケした草食人種として、完全になめられている。身の安全ということを考えれば、襲われたアメリカ人たちの対応もどうかとは思うが、情けなさにおいては、ぼくら日本人のほうが遥かに上をいっている。
 さて、このような治安の悪さやテロが頻発するということを除けば、ボゴダはとてもいい街だ。アンデス山系に広がった、南北五百キロ、東西百キロの大盆地に、この街はある。標高は二千六百メートル。ほぼ赤道直下にある街なので、日中の平均気温も年間を通して十五度から二十度の間でほぼ安定している。繁華街を少しでも離れれば、小鳥のさえずりが絶えずどこかから聞こえてきて、空気もからりと乾燥している。雲間に広がる青い空が、とても近く感じられる。そんな時、ああ、高原にある街なんだな、と思わずにはいられない。以前〈メデリン〉という街を紹介したときに、「ここは常春の地だ」と説明したように思うが、この土地は、日本でいえば秋のような気候が年中つづく。
 六百万もの人口がいるわりには比較的こじんまりとした街で、福岡や札幌のほうがよほど大都会に感じられる。むろん、ここに住む人間たちの歩き方も、のんびりゆったりのスローペース。ブラジルのように底抜けに陽気というわけではないが、そのお互いに向ける視線も、とても鷹揚な感じがする。何故だろうと思う。
 ある現地人に聞いた話を思い出した。その栗色の髪の男は肌も白く、一見純粋な白人種に見えたが、その実は何割かのインディオの血が混じっていると言っていた。コロンビアでは、こういう混血種が人口の大多数を占める。
 その彼が言うのには、自分たちの中には〈悪い血〉と〈良い血〉が同時に流れているのだという。悪い血というのは、スペインからやってきた征服者としての血だ。つまり、情熱的で陽気な反面、血の気が多く我も強く、自分に利があればよく嘘もつくし、人も裏切る(あくまでもこの彼が言った話だ)。各都市に必ず一つや二つはある大きな闘牛場など、まさしくこの血の気の多さの表れだ。
 そして反対に良い血とは、そんなスペイン系の彼らに征服されたインディオの血のことだ。人を疑うことを知らずに生きてきたこの先住民は、あれよあれよという間に、土地を奪われ、黄金を騙し取られ、文明を破壊された。
 なにもぼくは、〈スペイン系=悪、インディオ系=善〉という単純な構図にしたいわけではない。興味深いのは、スペイン系の血が勝っている彼らの中にも、こういった征服者としての罪悪感というか、他人の土地を奪ったという後ろめたさを常に持っているらしいということだ。
 この二つの血の混じり合った彼らは、自分たちの文化や社会に対して絶対的な価値観を持つことはあまりない。異人種の考え方もすんなりと受け入れ、異なったライフスタイルもわりと柔軟に取り入れる。ようは、自分と違う人種でもそのありのままの存在として受け入れる。北米を征服したアングロサクソン系が、ほとんど先住民と交わらず、イギリスやアイルランドの生活をそのまま持ち込み、頑強にその生活様式を守ったこととは対照的だ。ここらあたりの姿勢の違いが、異文化で育った他者に対する鷹揚な態度にも出ている。
 街を歩いていると、時おり道路わきから声をかけてくる人間がいる。いわゆる露天商の類だ。彼らは売り物を持ち上げて見せ、「ヘイ、アミーゴ」と、こっちの気を引こうとする。その厚かましさにはたまに笑って「ノー・アミーゴ」と釘を刺す。おれとおまえは友達じゃないだろ、と言ったつもりだ。すると彼らは何故か眩しそうに、「知らない人にも、ここではそう言うんだよ。あんたの国では知らないけど」とカタコトの英語で照れくさそうに笑う。
 うまく言えないが、彼らはちゃんとわきまえている。世の中には自分と違う育ち方をした人間が数多くいて、時にはそんな異人種の言うことが正しいこともある、ということを。そして、こういうクールさというか、距離感の持ち方は、いい感じだな、と思う。

(了)


1966年長崎県生まれ。筑波大学卒業後、リクルート、商社、旅行代理店勤務を経て、2000年『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞してデビュー。受賞後第一作の『ヒートアイランド』(文藝春秋刊)が各紙誌で絶賛を浴びる。現在、鋭意新作に取り組んでいる。
http://www3.ocn.ne.jp/~kakine/


ヒートアイランド
『ヒートアイランド』
文藝春秋
本体2048円+税






二つとも同じヒメネス通り。上の写真は、文中の偽警官に会った場所。ビルの間に小高い丘が見えると思うが、ここはモンセラーテの丘といって、ボゴタ市内が一望できる場所。市内との標高差は五百メートル。つまり、海抜三千百メートル。若干空気が薄いように感じた。この丘につづく坂道は、強盗や追い剥ぎが跳梁する場所。下の写真は、同じヒメネス通りでも、やや市の中心部に近い場所。






市の中心にあるボリーバル広場。それぞれ違う角度から、三枚並べてみた。周囲を国会議事堂や市庁舎、大統領官邸、カセドラルが取り巻いている、いわばこの国の頭脳。そのわりにはこじんまりとしている。




ボゴダ市内を東西に貫く、アベニーダ13。その新市街(ユニセントロ)界隈を撮ったもの。上は、このアベニーダ13から裏通りに抜ける道。下は、大通りのバス停でバスを待つ女たち。


市内に向かうメインストリートの、朝のラッシュアワー風景。この時間帯、通りにはコレクティーボ(小型バス)が溢れている。ぼくもけっこうこのバスには使ったが、どこまで乗ってもだいたい30円。さすが首都だけあって、朝夕の渋滞は激しい。


ボゴダの夕暮れ。いつもこんな感じ。雲と空の様相が、いかにも秋っぽく感じる。これと全く同じような夕暮れを、日本の自宅から見たことがある。その季節はむろん、秋。



取材旅程