お茶っコ日和











アンケートのお願い


温かい人、温もりのあるもの


「カフェのある風景」で紹介した恵比寿「Le Chinoirsclub」にて。光射し込む店内で、ゆったりとした午後のひとときを過ごしています。






タイカレーを食べる、食べる、食べる。カレーを食べるときは、このくらいガツッといきましょう!






これがドラマの中で使われたフランス製のキャンドル。うっとりするほどの、良い香り。でも、フランスではトイレのにおい消しに使われているらしい……。






これもドラマに出てくる、かわいい「模型」。こういうのがとにかく好きなのです。細かいところまで、凝った作りをしているんですよ。






『スチュワーデス刑事・7』のモニターチェックをしているところです。いつもの私とはちがうこの真剣なまなざしを御覧あれ。






2002年11月○日

 秋晴れ。

 朝7時に代官山に集合。

 今日はお正月に放送される『スチュワーデス刑事・7』の撮影。
 7という数字からも分かるように、シリーズ化されて7本目のドラマである。

 私の役は、インテリア・コーディネーター。
 私はインテリアに関することになると、俄然アドレナリンが上がる。
 役である「杏子」の持つ仕事道具の「スケール」や「三角スケール」、緻密に創られた部屋の「模型」などに、必要以上にわくわくしてしまう。

 ドラマの中で主人公の財前直見さん演じる「飛鳥さん」に、「杏子」がパリで買ってきてもらった、バラの香りが封じこめられたというキャンドルは、あまりに良い香りと可愛い桃色だったために、目の前に置いてあるだけで気もそぞろになる。

 どうして私はこんなに、インテリアや、雑貨が好きなんだろうなあ……。

 などと、考えても考えても答えの出ないようなことを、ふうっと思ってにんまりしてみたり。
 役とはいえ、うれしい。
 インテリア・コーディネーター!!

 私は「もの」が好きだ。しかし、もちろん何でも良いわけではなく敢えて言うのならば、作り手の「たましい」の宿ったものが好きなのだ。
 ものに託された、思いや、温もりが……。

 このドラマで初めてご一緒させていただく財前さんは、とても気持ちの良い素敵な方だ。
 いつもにこにこと笑顔で、周りのみんなを和ませる。

 私と財前さんは、幼なじみという設定。
 ベトナム行きの飛行機の中で20年ぶりに再会するところから、物語は始まる。

 もちろん、ベトナムロケもある。初めてのベトナム。
 ずっと行きたかったベトナム。
 ああ……仕事なのに、仕事で行くのに、気分は旅行者モードな私。

 『スチュワーデス刑事』ゆえに女性出演者が多く、華やかで明るい、まるでお祭りのような現場。
 スタッフのみなさんも、和気あいあいで、本当に一年に一回のお祭りなのかもしれないなあと思う。

 しかし。
 本当に、私達の仕事は、面白い。
 期限付きで自分ではない人間になれて、いろんな職業を体験できて、いろいろな場所に行ける。
 もちろん、死にそうなほど寒かったり、眠かったり、辛いことは沢山あるけれど、それを大きく上回る愉しさがある。

 午前中にこの現場は終わり、午後からは『薔薇の十字架』のロケだ。

 2つの番組をはしごする。
 こういうのは、大変めずらしい。
 基本的に、ドラマを「縫う」ことはしないのだが、今回はどうしても重なってしまう。
 気持ちを切り替えて「澄子」になる私。

 『薔薇の十字架』は大変重たいドラマだ。
 夫が他の女性と子供を作ってしまう。同居している姑は、孫はまだか、と執拗に「澄子」に迫る。良い嫁を演じ、どんどん病んでいく「澄子」。

 役を演じるということに対して、自分にない感情は演じられないと私は今まで思っていた。
 でも今回この「澄子」を演じてみて、自分には到底理解出来ない苦しみも、演じているうちに不意に、「あっ、こんなふうに思っていたんだ。この人は」と悟るような瞬間があるということを知った。

 私はもちろん、「澄子」ではない。
 でも、私の体を通してしか、この人を表現してあげられない。
 だからこそ、きちんとこの人を存在させたい。自分の体を使って。
 そんなふうに思う。

 役としての芯が揺らいだり、見えなくなってしまうと、私はとても、焦る。
 自分なりに、この「自分ではない、もうひとりの人間」の思いに「すじ」を通そうとする。
 もちろんそれが上手くいかないときもあるし、報われないときもあるけど、私は自分の演じる役を愛してあげたいし、愛さないとやっぱりやっていけない。

「澄子」を演じていて思うのは、嫉妬という感情の行き場のなさだ。

 私が一番、嫌いな感情。
 それが嫉妬である。
 嫉妬は何も生み出さない。ただただ、自分をすりへらす。
 愛すればこそ、の感情なのになぜだろう。
 手放すことが出来たらどんなに楽か分からないけど……。

 だけど、嫉妬するからこそ分かることもある。
 自分の本当の気持ちに気付く、とか……。
 だから「何も生み出さない」と言い切ることはやはり、出来ない。

 「澄子」を演じる日々も、もうあと、わずか。

 家についたら、くたくたに疲れていた。
 現場では気を張っているので、とりあえず元気なのだが、やはり体は正直。

 おふろに入って、眠る。

 猫たちはもう、まんまるになって眠っている。

 おやすみなさい。よい夢を。




アンケートのお願い







ロケバスの下で寝そべっている猫を発見。コミュニケーションを取っていたところ、あ! なんとお腹がぽっこり。妊婦さんでした。かわいい子猫が授かりますように……。










「最近のお気に入り」で紹介したジャン・フィリップ・デローム氏のイラストの数々。パリのおしゃれな空気が伝わってくる気がしませんか?






今年最後のお茶っコ日和。我が家の猫ともども来年もよろしくお願いします。(ちなみにこの子の名前は? ……メイでした。)






2002年11月○日

 昨日も今日も、本当に気持ちの良い秋晴れ。
 雲一つ無い青空に、紅葉が舞い踊る……。

 もうすぐ、2002年も終わる。

 車を運転しながら、私は思う。本当に今年は、色んなことがあったなあ。
 辛いことも、楽しいことも非常に感情の振り幅の大きかった1年。

 自分の弱さも強さも思い知った、そんな1年だった。

 この1年間で感じたことを言葉にするのは、とても難しい。
 だけど、敢えて言うのならばそれは、「人と人の関わりの素晴らしさ」だろうか。

 当たり前だけど人は1人では生きていけない。
 どんなに自立していても、1人では絶対に生きていけないのだ。

 人が人ときちんと関わりを結び続けている限り、多分、心は病んだりしない。

 きちんと、の定義は非常に……難しいけど。

 きっと、「上手に人に頼ること」も、勇気だ。
 辛いときは、辛いと言うこと。
 助けて欲しいときは、そう伝えること。

 私は、自分で出来ることは自分でやる主義だ。
 例えば、自分の荷物は自分で持つ。
 基本的に。

 当たり前のようだが、この仕事をしていると、なんでもかんでもやってくれようとする方々がいて、もちろんその気持ちはありがたいのだが、例えば脱いだ靴などを、即座に揃えて下さったりすると、私は、なんだか居心地が悪くなってしまう。

 でも、本当に辛いときや、手が足りないとき、自分1人ではどうしようもないときに、何も言わずすっと手をさしのべてくれた人のあたたかさを本当に深く感じた。
 そんな1年だった。
 私の周りには、なんて温かい人たちがたくさんいるのだろうと感謝せずいはいられない。

 黙っていても、伝わらない。
 思ってるだけでは、伝わらない……。

 心をオープンにして、自分の言葉で喋る。
 自分の行動に責任を持つ。
 嘘を言わない。少なくとも、自分に対して嘘をつかない。
 世界は循環しているので、自分がやったことは、必ず自分に返ってくる。
 優しさも、笑顔も、伝染する。

 そんなことを、本当に深く感じた1年だった。

 弱っていた私を助けてくれた、1人1人に、心から感謝します。
 ありがとう。

 私も、元気を与えられる人であるように。良い空気をまとっていられるように。
 頑張って、いきます。

 もうすぐ、師走。
 慌ただしい日々の中、思ったこと、でした。

 おやすみなさい。明日も良い日でありますように。