南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン

垣根涼介


秋の首都・ボゴダ(その二 ピントの絵)


 ボゴダの滞在中に、日本を出てからちょうど三週間がたった。このボゴダのあとは再びブラジルへと戻り、さらに約一ヵ月半旅行を続けることになる。
 考えてみれば、一人で長期間旅行するというのは、学生時代以来ほぼ十数年ぶりだ。それ以降の旅行では、いつも友達なり彼女なり、今のカミさんなりの連れあいがいた。
 一人で旅行をするというのは、手持ち無沙汰な部分もある反面、気楽なものだと感じる。ああ、もうこの土地はいいかなと思えば、飛行機の予約を取り、次の街に移動する。到着地の空港の観光案内所に立ち寄り、市内の詳しいマップを手に入れ、手ごろな値段のホテルを手配する。で、ホテルまではタクシーではなく、バスで向かう。値段も格安だし、治安の悪い国のタクシーでは時々強盗にあったりするからだ。むろん、英語など一般人には通じないので、片言のブラジル語やスペイン語で身振り手振りを加えながらの会話には多少の苦労もあったりするが、やはり総じて気楽だ。
 時おり、その土地に着いてみたらホテルが満杯で、ねぐらを求めて荷物を背負ったまま夜の街をうろつくこともあるが、それにしても自分の身のことだけを考えていればいい。不安も、楽しさも、すべて自分一人だけに跳ね返ってくる。
 さて、ボゴダの話だ。前回でも紹介した通り、このコロンビアの首都は、植民地時代の近隣諸国も併せた<大コロンビア帝国>以来の、行政・経済の中心地だ。南米でも有数の学芸都市でもある。だからというわけでもないが、この街での滞在後半は、美術館や博物館、教会などをけっこう回った。
 サンタクララ教会の華麗な内装やイグレシア教会の力強い外観、あるいは黄金美術館のこれでもかというほどのオロ(黄金)の量にも圧倒されたが、一番印象に残ったのは、国立博物館にあった一枚の絵だ。ボゴダの中心街からやや西よりに、この博物館はある。もともとは刑務所として使われていた建物を改築して博物館にしたため、その古いレンガ積みの外観は、堅牢そのものといった感じだ。
 たしか博物館の二階だったと思うが、その絵はあった。
 周囲を百号や三百号サイズの巨大な絵画に囲まれ、ひっそりとその絵は佇んでいるように見えた。横八十センチ×縦六十センチほどの小振りな絵だったから、せいぜい二十五号サイズとか、そんなものだったろうと思う。何気なく通り過ぎかけて、目の隅にその絵が入ってきた。
 密林に囲まれた野原の向こうに小高い丘があり、その丘の肩口から、満月が顔を出し始めている。その月光が、野原の中央にある小沼をぼんやりと照らし出している。枯れ木も所々に立っていた。ここまでが、風景の構図だ。小沼の左側のほとりには、月光を受けて男女が寄り添って立っている。二人とも背中を向けているのでその顔は見えない。逆に右のほとりには、その小沼からやや離れた場所で、驚いてこちらを振り返ったような格好の男が一人だけ、存在する。上半身を捻っているように見えるその男の顔は逆光になり、これも定かでない。小沼を挟んだ両者の間には、長く尾を引いたその影以外、一見何の関連もない。同じ画面上に構成されたその非関連性に、奇妙なアンバランスを感じる。しかし、全体としてその絵を眺めたときには、見事な統一感が出ている。
 おそらく三十分ほどだと思うが、ぼくはその絵を座ったり立ったりしながら飽きずに眺めつづけた。絵の中にある何かが、ぼくを強く惹きつけた。それはある種の幻想的な美しさともいえるし、不気味さとも、若さともいえる。何故か、不条理という言葉も浮かんだ。
 ぼくの脇を欧米人と思しき熟年夫婦が通り過ぎ、しばらくして、また奥の回廊から戻ってきた。まだ同じ絵の前にいたぼくを不思議に思ったのか、聞いてきた。
「きみはこの絵について、何か相当に詳しいのか?」と。
 ぼくは首を振って答えた。この絵に限ったことではなく、絵画・彫刻の芸術分野一般に関しても、ほとんど詳しくない、と。ゴッホやゴーギャンの絵や、あるいはザッキンの彫刻なども好きで、その画集も持っているが、それはあくまでも素人の興味という枠を出ない。その夫婦は少し笑って、ぼくから離れていった。
あらためてその絵に向き直り、額縁の下、作者名を見た。
 Abdon・Pinto(1890−1918)と、そこには書かれていた。つまり、若干二十八歳で夭折しているということだ。スペイン語で書かれていたので確実ではないが、ベネズエラのバレンシア(?)という場所で生まれ、カラカスで死んでいる。
ありていに言えば、そのときのぼくは、その絵の中に、おそらく人生のエッセンス(ああ、なんて気恥ずかしい言葉)のようなものを感じていたのではないかと思う。眺めれば眺めるほど、心の中にしっくりとくるものを感じた。満足のゆくまで、その絵を舐め回すように見た。
 一人で旅行するという行為は、その大部分の時間で、誰も話し相手がいないということだ。興味をそそるものを見たり、むかつくことがあっても、それをリアルタイムで伝える相手がいない。必然、その声は自分の内面に向かってくる。無意識のうちに、自問自答を繰り返す。現在の自分から振り返って、過去の自分を遡ったりもする。
 ボゴダ郊外にあるモンセラーテの丘という標高三千メートルの場所に登ったときも、そうだった。眼下の高原に広がる首都の景色を見ながら考えるのは、故郷の長崎のことだったり、カミさんのことだったり、あるいは昔この土地に住んでいたインディオのことだったりする。
 ときにはウンザリすることもあるが、こういう一人きりの環境にしばらく身を置くのも、たまにはいいかな、と思える。

(了)


おまけ:ちなみに今回でコロンビア編は終わりになるけれど、今後旅行に行くかもしれない人たちに、注意を一つ。ブラジルもそういうところが多いけど、特にコロンビアのトイレには、トイレットペーパーを流しては駄目だよ。うっかり流したりすると、下水管の不具合で紙がよく詰まり、逆流を起こすことがあるそうな。便器の横に設置してあるバケツの中に、投げ入れる決まりになっています。空港やバスターミナルのトイレの臭いには、がまん、がまん……では、また次回。


1966年長崎県生まれ。筑波大学卒業後、リクルート、商社、旅行代理店勤務を経て、2000年『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞してデビュー。受賞後第一作の『ヒートアイランド』(文藝春秋刊)が各紙誌で絶賛を浴びる。現在、鋭意新作に取り組んでいる。
http://www3.ocn.ne.jp/~kakine/


ヒートアイランド
『ヒートアイランド』
文藝春秋
本体2048円+税






黄金(オロ)美術館にて。時価ン億円の黄金を身につけた五百年前の男と、上下の洋服と靴も入れて二万五千円相当、三十六歳のぼく(笑)。


サンタクララ教会の内装。超ド派手だが、全体として感じたのは静謐な雰囲気。そのときは礼拝者もあまりいなかった。


ボゴダ市内から空港へと向かう幹線道。写真は、その傍らを走る遊歩道。ボゴダの夜の道としては、これでも明るいほう。スリや追い剥ぎが数多く出るのもうなずける。


イグレシア教会の外観の一部。とにかく大きすぎるのと、遠目から撮る場所が見当らなかったので、こんな間抜けな写真です。ちなみに「Pinto」の絵も、ぜひ紹介したかったのですが、国立博物館内はすべて撮影禁止。さんざん触れておきながら、ごめんね。


アヴィアンカ航空のカウンターの女の子。搭乗手続きの際、係員にあーだこーだと交渉していると、隣の席でこの娘がくすくす笑っていた。ぼくのことを「いい男だ(笑)」と言っているのだという。悪乗りしてカメラを向けると、照れに照れてまともにレンズを見ようとしない……カワイイよね。



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