実践『マネーロンダリング』講座

橘玲 TACHIBANA Akira




第15回 誰かがあなたの借金を覗いている。



 あなたが金融機関から金を借りると、その事実は信用情報会社のデータベースに登録され、多くの金融機関で共有される。これは明らかなプライバシー侵害だが、経済合理性から考えれば認めざるを得ない面もある。そのうえ融資契約にあたって、データベースへの登録を容認している以上、後から文句を言っても仕方がない。
 ここまでが、前回の話だ。
 ところがこのデータが、金融機関とはまったく関係のない第三者に閲覧されているとしたらどうだろう?

 インターネットで「個人信用調査」「サラ金債務調査」「クレジットカード発行調査」などのキーワードを検索すると、興信所や調査会社の名前がずらりと並ぶ。なかにはホームページ上に調査料を掲載しているところもあり、だいたい1件2〜3万円が相場だが、この業界もデフレの波に晒されているのか、最近は1件1万円を切る価格破壊の業者も出てきた。調査に必要な情報は、住所・氏名・生年月日のたった3つである。
 この世に、あなたの住所・氏名・生年月日を知っている人が何人いるか考えてみてほしい。その人たちは誰でも、1万円札1枚か2枚で、あなたがどの金融機関からいくら借金をしているのかを知ることができる。
 もし生年月日がわからなくても、同じく1〜2万円出せば、名前と住所からすぐに調べてもらえる。あなたが市町村役場に提出している住民票を、調査会社が閲覧するからだ。
住所がわからない場合は、電話番号から調べることができる。これはもちろん、電話会社の中の不心得者が顧客情報を業者に流して小遣い稼ぎをしているからである。
 さらには、勤務先から住所や生年月日を調べることも可能だ。これは、あなたの会社が税務署や社会保険事務所、労働基準監督署などに提出しているデータが流出しているからだろう。
 あなたの名前と住所を知っている人は、この世に何人いるだろうか? あるいは、自宅でも携帯でも、あなたの電話番号を知っている人は? または、あなたの勤務先を知っている人は?
 そう考えると、途方もない数の人間があなたのプライバシーを覗き見ることができるという事実に気づく。情報化社会においては、プライバシーなど、実はどこにもありはしないのだ。

 1万円札1枚か2枚で、あなたは恋人や知人の債務状況を手に取るように知ることができる。同様に、あなたの借金は、いつの間にか見知らぬ誰かに覗かれているかもしれない。
個人の重要なプライバシーであるはずの信用情報が、なぜこんな安い値段で売買されているのだろうか?
調査会社がすべての金融機関を一件一件あたっていたのでは、とてもこんな格安料金で仕事を請け負うことはできない。料金が安いのは、情報が簡単に手に入るからだ。となれば、信用情報会社のデータベースから情報が流出していると考えるほかない。

 前回も述べたように、信用情報会社には、住宅ローンなど銀行系の融資情報を扱う全国銀行個人信用情報センター、クレジットカード会社が加盟するCICCCBと、消費者金融業界が集まった全情連情報センターの4社がある。
 こうした機関はどこも、プライバシー情報の厳重な管理をうたっている。
 加盟金融機関ならどこでも信用情報会社のデータベースにアクセスする権利を持っているが、もちろん、そこには一定のルールがある。与信管理以外の目的で、情報を利用してはならないのだ。
 したがって、金融機関がこのデータベースにアクセスする理由は、次のふたつに限られる。
1) 顧客から新規の融資やクレジットカード取得の申請があった場合。
2) 既存の顧客の信用情報をカード更新時などに調査する場合。
 ただしデータベースの利用料が必要になるため、実際には既存客の調査はあまり行なわれていない。その用途のほとんどは、新規顧客の信用調査だ。

 加盟金融機関が信用情報データベースにアクセスすると、その照会記録もまたデータベースに登録される(通常6ヶ月)。
 ものは試し、どこかのクレジットカードを申込んでみてほしい。1週間くらいしてから信用情報の開示請求をすると、そこにはカード会社の照会記録が残っているはずだ。
 あなたの信用情報の照会記録に、新規に信用供与(住宅ローン、クレジットカード取得、消費者金融の利用など)を申込んだ金融機関以外の名前があったら、情報流出を疑うべきだ。あなたのプライバシーが、誰かに覗かれているかも知れない。
 照会記録には金融機関名とアクセスした日にちが登録されているから、その場合は、あなた自身がその金融機関に連絡して、どのような理由で自分の信用情報を調査したのか問いただすことができる。もし正当な理由なく調査していたのなら、責任者の首が飛ぶくらいでは済まない。それが大手金融機関なら、その事実を新聞の社会部あたりが知れば大喜びするだろう。昨今の個人情報に対する厳しい視線を考えれば、マスコミのバッシングで社長の首が飛んだとしても不思議はない。
 金融機関側では当然、誰が信用情報データベースにアクセスしたかの記録が残っているはずだから、無断で情報検索した人間を特定できる。「プライバシー保護法案」が成立したあかつきには、個人情報を本人の許可なく売買すれば刑事事件として告発され、刑務所に放り込まれるおそれもある。
 これが、信用情報会社が利用者に情報開示請求を勧める理由だ。
 どこかの金融機関に顧客の信用情報を売って商売している不埒な輩がいたとしても、多くの利用者が定期的に個人情報を開示請求するようになれば、いずれはその事実が露見する。その時のリスクを考えれば、1件たった数千円の利益のためにそんなことをする馬鹿はいない。
 たしかに、これで一定のチェック機能が働いているように思える。
 しかし、それでもまだ安心してはいられない。
 もしこのチェック機能が正常に働いているとしたら、個人の債務情報が1万円や2万円で売買され、氾濫している現実を説明することができないからだ。
 合理的に考えるならば、この現象は、信用情報データベースにアクセスしながらも、その記録を残さない方法が存在する場合にのみ理解できる。それが内部の人間の関与によるものなのか、ハッカーの仕業なのか、あるいは他に何らかの方法があるのかは知らないが、何者かが痕跡を残さずに個人の信用情報を盗み取っているのだ。
 もしそれでも「情報流出はあり得ない」と信用情報会社が主張するなら、彼らは、この不思議な現象について納得のできる説明をすべきだろう。

 ところで、個人情報を開示請求してみればわかるが、クレジットカードの場合、実際に使った額だけでなく、与信枠(ショッピング枠やキャッシング枠)もいっしょに登録されている。たとえば、あなたが50万円のショッピング枠を持っていて、今月の利用金額が10万円だとすると、50万円の与信枠と10万円の利用額、および過去の返済履歴が登録されているはずだ。
クレジットカード会社は、利用額ではなく、この与信枠を合計して、新たに信用を供与するかどうか(カードを発行するかどうか)を判断する。
 といっても、それほど難しいことをしているわけではない。ほとんどは年収対比で信用供与枠を決め、それを年齢・職業・勤務先・勤続年数・家族構成などのお決まりの項目で調整しているだけだ。
 たとえばあなたの年収が800万円で、申し込んだクレジット会社が年収の6割まで与信するなら、あなたの持ち枠は480万円(800万円×6割)。あなたがすでに持っているクレジットカードの与信枠の合計が300万円とすると、残りは180万円。ショッピング枠100万円のカードをあと2枚くらいならつくれる計算になる。
 ところが、消費者金融の信用情報データベースだけは、なぜか与信枠が表示されず、実際に借りた額しかわからない。したがって、消費者金融のカードを何枚持っていても、いちども利用したことがなければ、他の金融機関はその事実を知ることができない。ここに、信用情報のちょっとしたブラックホールができている。
 たとえば、すぐに利用するつもりはないものの、何かあった時に備えて300万円くらいのキャッシュを即座に借りられるようにしておきたい、と考えたとしよう。ところが銀行で住宅ローンを借りると、信用情報を調べられ、「ちょっと与信枠が大き過ぎるので、使わないカードは全部解約してもらえますか?」などと言われることがある。仮にそれでキャッシング枠が200万円まで減ってしまったら、そのかわり消費者金融2社のカード(1社50万円)を取得して、銀行に知られずに100万円の借入枠を加えることができる。
 ただし、必要な時が来るまでそのカードは絶対に使ってはならない。いちどでも消費者金融から金を借りると、その事実は信用情報データベースに登録され、5年の間、金融機関の目に晒されることになる。その間あなたは、金融機関の顧客名簿の中で、「サラ金利用者」としての扱いを受けることになるのである。