南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン

垣根涼介


水の中に浮かぶ街、サン・ルイス(一日目)


 サン・ルイスは、ブラジルの大西洋岸、南緯二度と三度の間に位置する。
 肌にまとわりつくような湿気に包まれた街だ。遠目からその半島の丘の上に盛り上がった街並みを眺めると、白い要塞のように見える。
 ぼくはその日の朝早く、ブラジル大陸から大西洋に突き出したノルデステの肩口の街・フォルタレーザからこの街へ飛行機で向かおうとしていた。
 さて、その機内で、一人の女性と知り合いになった。三十六歳――つまり偶然にもぼくと同じ歳で、三人の子持ち。大柄な混血女(ムラータ)で、象牙色の肌に緑色の瞳を持っている。性格も明るい女性で、片言のブラジル語ではあったが話は弾んだ。
 飛行機がサン・ルイスに降り始めたとき、この楽しい時間のお礼がしたいと考え、ふと思い出してバッグの中からブレスレットを取り出した。レシフェのバールで知り合った売春婦から貰った、あのブレスレットだ。ぼくが付けるにはあまりにも仰々しくていささか気後れし、結局バッグの中に眠ったままになっていたのだが、この大柄な女にはよく似合うだろうと思った。
 彼女は最初びっくりしたようにぼくを見たが、ふたたびぼくがそれを差し出してみせると、「ムイント・オブリガード」と、大喜びでそれを手に取った。すぐに手首へと巻いた。彼女はそのお礼にと自分の指に嵌まっている指輪をぼくにくれた。
 飛行機がサン・ルイスの空港に着くと、彼女はホテルまでタクシーを捕まえようとしていたぼくの肩を掴み、あたしのクルマで送ってやる、と言った。空港には、彼女の娘とその彼氏、そして彼女の巨人のような弟の三人が、ヒュンダイのレンタカーで出迎えに来ていた。が、彼女の帰る家は、このサン・ルイスから四十キロほど東に向かった島の反対側にあり、おまけにぼくが取ったホテルとは逆方向だった。
 ぼくは何故か、こういう剥き出しの厚意には気後れする傾向がある。たぶん人間の器が小さいせいだ。
 尻込みするぼくに「ヴァレ、ヴァレ(だいじょうぶ、だいじょうぶ)」と笑いかけ、半ば強引にそのレンタカーの中にぼくを押し込めた。
 ホテルまでぼくを送ってくれた彼女は小首をかしげ、「あなた、明日ヒマはあるか?」と聞いてきた。このサン・ルイスに滞在中、特に取材の予定はなかった。だからぼくは「ヒマだよ」と、答えた。
「じゃあ、明日の午後一時にあたしがここに来る」と、彼女は言った。
 あたしがこのサン・ルイスの周辺を案内してやる、と。
 ぼくは仰天した。何故このおれにそこまで親切にしてくれるのか。
 すると彼女はさらりと言ってのけた。
「あなたが好きだからだ」
 むろん変な意味ではない。つまり男女の意味ではない。だが、こういうセリフをなんの照れもなく口に出せる――やはり好感を覚えた。
 
 さて、この彼女のことも含めたサン・ルイスでの話は、また次回以降へ。

(了)


1966年長崎県生まれ。筑波大学卒業後、リクルート、商社、旅行代理店勤務を経て、2000年『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞してデビュー。受賞後第一作の『ヒートアイランド』(文藝春秋刊)が各紙誌で絶賛を浴びる。現在、鋭意新作に取り組んでいる。
http://www3.ocn.ne.jp/~kakine/


ヒートアイランド
『ヒートアイランド』
文藝春秋
本体2048円+税




飛行機の中で友達になった女性。開けっぴろげな性格で、話しているととても楽しかった。


サン・ルイスの旧市街はどこを歩いていてもすぐに川に突き当たる。大きな川の中の島にある街だからだ。




旧市街の街並み。この街には新しい建物というものがほとんどない。湿度もじっとりと高い。



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