南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン

垣根涼介


過去の町・トメアス


 ベレンから二百キロほど内陸にはいった「トメアス」という町に行ってきた。
 日本人移住者が数多く移り住んだ田舎町で、小説の取材のために訪れたのだ。
 それにしてもおそろしく時間がかかった。午前五過ぎにベレンのホテルを出て、途中で朝食を食べ、トメアスに着いたのが正午前――やれやれ・・・・・。
 何故かと言うと、その陸路の途中で、先へ続く道が何度も途切れているのだ。
 アマゾン河の支流が横たわり、その岸辺でそれまでやって来た道が終っている。つまり、橋が掛かっていない。
そしてその川向こうの岸から、ふたたび赤茶けた未舗装路がその先へとつづいている。周りは一面の原野かジャングル。周囲を見回しても、なんら交通手段らしきものは見当らない。
 その河を渡る手段はただ一つ。艀(はしけ)だ。
 一時間か三十分に一度、艀がやってきてその河の間を移送する。トラックも自家用車も荷車も一緒くたに載せて、ものすごくのったりとした速度で向こう岸へと渡る。こんな河渡りが何度も繰り返される。赤道直下の太陽はじりじりとすべてを焦がし、内陸特有のむせ返るような湿気が、そこら中の原野やジャングルから沸き立っている。
 こんなふうに、アマゾンの地方はものすご〜く田舎で、そしてまだまだ未開地帯だ。
 これでは武装強盗団が跳梁するのも無理はないと、うなずける話だ。
 事実、その晩泊めてもらったある日系人家族の家でも、数年前に武装強盗団に襲われたという。幸い命までは取られなかったものの、有り金を根こそぎ奪われ、かなりの乱暴をはたらかれ、一時期、その一家は精神的にひどい虚脱状態に陥ったという。悲惨な話だ。恐いことだ。
 だが、それでもこの町に住む日系人の住民たちは(ブラジル人の例に漏れず)基本的に陽気だ。
 町に唯一存在する埃っぽいメインストリート(さらに言うと、小さなさな商店が建ち並ぶ、単なる赤茶けた一本道だ)にたむろし、軒下にどっかりと腰を据えたまま、日がな一日、四方山話に花を咲かせ、笑い合う。
 しかし、その様子にはどこか物悲しさというか、うらぶれ感が漂っている。
 よく考えてみると、この町には働き盛りの若者の姿がほとんど見えない。中学以上の学校へ通うためや、割のいい仕事につくため、若い男たちはみんなベレンへと行ってしまうそうだ。そして、そうして出て行った若者は、ほとんどこの町には戻ってこないという。
 だから、残っているのは中学生以下の子供とその親、老人という成り立ちだ。
 ちなみに、結婚適齢期の男女比は、たしか3:7とか2:8とかいうすさまじい状態だった。
 胡椒栽培で栄えたこのトメアスの最盛期は、1950年代から60年代初頭にかけてだったらしい。その当時の日系人農家の繁栄ぶりはものすごかったらしく、みんな自家用車や軽飛行機を持ち、家族の誕生日ごとに盛大なパーティを催し、シャンパンやワインなどはその度にベレンから空輸していたという。
 だが、それも今は昔の話だ。
 昔の邸宅には蔦が絡まって廃墟になり、開墾地はふたたびジャングルに侵食され始めている。ある意味、消えてゆく町なのかもしれない。
 が、消えてゆくものもあれば生まれてくるものもある。
 田舎道をクルマで走っていたとき、制服姿の明らかに腹ボテの少女を見た。
 運転する日系人によると、近所の子供でまだ十四歳だという。それでも妊娠は二回目で、一度目の出産は十二歳のとき。最初の赤ちゃんは家に預けたまま、こうして中学校に通っているのだという。ちなみにその男親も中学生で、それぞれに子種が違う。
 ・・・・・・やはり、アマゾン。恐るべし。


(了)


1966年長崎県生まれ。筑波大学卒。2000年『午前三のルースター』で、第十七回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。第二作『ヒート アイランド』(共に文藝春秋)で、そのクールな文体とグルーブ感溢れる世界観が各誌の絶賛を浴びる。そして、ついに8月、本連載に綴られている取材の成果として『ワイルド・ソウル』(幻冬舎)を上梓。史上最強のクライム・エンタテイメント1314枚。絶賛発売中!
http://www3.ocn.ne.jp/~kakine/


ワイルド・ソウル



夜明け前、ベレンの波止場を出る。アマゾン川対岸へと艀(はしけ)で渡る。


その一時間後。朝靄に煙るベレン市街。


川岸に見えるジャングル。白く見えるのは船。


二時間後、対岸に到着。


その後、こんな未舗装路をひたすら内陸に向かって走る。どこまで行っても変わらない景色。


で、この道が川で途切れる。向こう岸からふたたび道が続いている。艀が来るのを待つ。こういう小さな渡河を何度も繰り返す。


艀を待っている間に、どこからともなく徒歩で人がやって来る。


トメアスの、ある日本人農家の庭先。夏草や つわものどもが 夢のあと。


はい。これがトメアスのメインストリート。


翌日。取材で訪れた日本人農家。ここの二人の子供はムチャクチャ可愛かった!特に下のコ。瞬きしない目でじっと人を見つめ、楽しいことがあると、「キャッ!」と笑う。小さな野獣。



取材旅程