第13回
濃い珈琲というと、どんなイメージをお持ちなんでしょう?
今ではカフェなどで定着しつつある、
エスプレッソみたいなものを思い浮かべるのでしょうか?
人によって味覚は十人十色、濃さを感じる程度も実に様々です。
そんな中、よく誤解されがちなのが、
珈琲は濃くなると苦くなる、という事。
これまで、苦いなぁと思いつつもガマンして
濃いと言われる珈琲を飲んでいた方、
それ、ちょっと違うんです。
珈琲は濃くなると、苦くなるというよりはおいしくなるんです。
と言ってもやはり、そんな珈琲に出会ったことがなければ、
信じられないかもしれませんね。
今回は、本当の濃い珈琲が味わえるネルドリップのお話です。

「濃厚」というのは、エキスが十分に出ている状態。
色の濃さや、苦味がキツかったりする事とは違います。
特に珈琲の場合、
エグミやくどさの基になる雑味やアクが出やすいものだと、
往々にして、濃くなったように感じてしまうのです。
こういう印象の珈琲は、変に苦かったり、
後口の悪さがいつまでも残るもの。
でも、エキスが十分に出た状態の濃さと言うのは、
言葉にすると「まったり」とか「トロッとした」のように、
厚みを感じられます。
飲んだ後は、珈琲の余韻が
口の中にホワホワッと心地良く残ります。
実は、このようにエキスが十分に出ていると、
そのままお湯で薄めて「うすい珈琲」にしても
それなりのうまさが味わえるんですよ。
一般に市販されるアメリカンブレンドのような
あまり濃く出ない状態に豆が仕上がっている珈琲は、
見た目の色が同じとしても、
飲んだ時にうすっぺらい印象の味であったりします。



トロッとした珈琲が飲んでみたい! と思っても、
ペーパーフィルターで淹れるには限界があります。
そこで、ネルフィルターの登場です。
普段使いには、あまり馴染みがないでしょう。
なにせペーパーフィルターが普及する以前、
18世紀頃のヨーロッパでの主な淹れ方でした。
日本でも一昔前は、多くの喫茶店が
ネルで淹れていたようですけどね。
ネルドリップというのは、第6回でもお話したように、
片面起毛ネルという布袋を用いて濾過する淹れ方。
布の持つ、含水性や保温性などの特性から
豆のエキスを十分に引き出す事が出来ます。
その為に、比較的、特別な技術がなくても、
濃い珈琲を淹れることが可能なんです。
更に、「技術」と「エキスが濃く出る良い豆」次第では、
濃さの調節は自由自在に……と、
これは専門的な分野になるかもしれませんね。

さっきから濃い珈琲と言ってますが、
飲んだことがなければイメージも浮かばないでしょう。
普通にペーパードリップで淹れた珈琲を
果汁30%のオレンジジュースにたとえると、
ネルドリップの珈琲は果汁100%といったところでしょうか。
ペーパーと違って、口当たりのやわらかい珈琲に仕上がるのが特徴。
また、じっくり抽出される事で、
ペーパーでは引き出せなかった味の成分が顔を出します。
深い味わいになることで、カップ一杯で「珈琲飲んだなぁ」
という満足感があるんですよ。
最近、雑誌で知ったのですが、
ペーパーの繊維の穴は30ミクロンに対し、ネルは80ミクロンで、
それだけたくさんの成分が抽出されやすいとか。
例えば、旨み成分は50ミクロンと言われていて、
ネルだとスムーズに抽出されるという違いがあるようです。
同じ豆を同じ量使い、同じ淹れ方をしても
道具の違いで、味の印象が違ってくるんですよね。



じゃあ、そんなにおいしいのなら
もっと普及してていいんじゃないの? と思うかもしれません。
ですが、ネルの最大のネックは取り扱いの面倒さ。
使った後は水洗いをし、水に浸しておくか、
水を含ませた状態で、冷蔵庫に保管する必要があります。
ペーパーのように使う時にポンとセットし、
淹れ終えたらそのままゴミ箱へポイ、とくれば
誰だって簡単便利な方を選びますよね。
こればっかりは仕方ない。
でも思うのですが、お料理だって「手間ひまかけた」ものは、
やっぱりおいしいです。
珈琲だって、おいしく飲もうと思ったら手間ひまを惜しまないこと。
慣れてしまえば、そんなに大変な手間でもないですよ。

毎日は出来なくても、休みの日などたま〜には
のんびり珈琲でも淹れてみよう、という時のために……。
ネルの扱い方をお話しておきますね。
まず、新品のネルには蛍光塗料や漂白剤、糊がついてる事があるため
熱湯で煮沸してから使い始めましょう。
この時、不用のコーヒーがあったら、少し入れるといいです。
そして、使う時には固く絞り、タオルなどでよく水気を拭き取り
起毛してる側を外にして使います。
淹れ終えたら、粉を捨ててネルを洗うのですが
においが染み付いちゃうので、洗剤や石けんは使わないで下さい。
水やお湯でよーく洗いましょう。
最後、保管は水につけて冷蔵庫へ。
乾燥させないことがポイントなんです。
乾くと、布に染み込んだ珈琲の脂肪分が酸化し、
次の抽出時に「におい」を加えてしまいますからね。
それと、繰り返し使っていくうちに、
落ち方が遅くなり、味にクドさを感じたら替え時です。
また新品をおろしたら、同様に煮沸してから使って下さい。
以上が気をつける点です。

淹れ方自体は、ペーパードリップと同じで大丈夫。
サーバーにネルをガバッとセットしてもいいし、
市販のネルは持ち手がついてるでしょうから、
ネルを持ちながら、お湯を注いでもいいです。
ただ、今回もやはり口の細いポットか急須を代用して、
お湯を注ぐ方がやり易いでしょう。
特に専用のポットがあれば、注湯の量を調節出来るので
より濃く抽出する事が可能になります。



ネルで淹れたエキスの濃い珈琲はこう呼ばれています。
本来は、フランス語で半量(70〜80cc)のコーヒーカップという意味。
日本では、「エキスがつまった一番おいしくて濃い部分を少量で楽しむ」
といった感じで使われてます。
お店によって、その濃さには差がありますが、
このデミタスこそがトロッとした珈琲そのもの。
50〜70ccの中に、味も香りもギュッと濃縮されています。
それはたとえると、
透明フィルムを何層に重ねても透明感があるように、
うすい珈琲が重なって、ただ濃くなったものが本来の状態。
だから、クドさがあったり苦みがキツくなったりはしないんです。
そんな珈琲は、飲んだ時、舌の上に心地良い苦さが、
喉を過ぎると、鼻腔の奥からぶわっと香りが広がり、
強烈なインパクトを与えてくれます。
そして後口がよく、ほんわかと余韻が楽しめます。



今にして思うと、こんな珈琲あるんだぁ、という感激と
自分で淹れておいしく飲めたら……という食いしん坊精神から
淹れ方を必死で練習したんですね(笑)
お湯の注ぎ具合ひとつで、濃さを自在に調節でき、
味の印象も変わってきます。
エキスをどう引き出すか、ネル袋の中にも理論があるんです。
珈琲の奥深さをつくづく感じたネルドリップ。
ついつい書く事にも熱が入ってしまいました。
ま、要するに「おいしい珈琲豆」は薄いのから濃いものまで、
楽しめる範囲がひろいんだよーという事です。