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「猫がいたらなあ……」 愛猫プーちゃんを亡くしてから他の猫を愛する自信なんて全くなかったのに、近頃そんなことを思うようになってきた。何がきっかけなんだろう? 藤田嗣治展かな? 友達が黒豆柴犬を飼いだしてからかな? 友達のお兄さんちの「竜巻」って名前の猫のお手柄話を聞いてからかな? こんな気持ちになれるなんて、あれからどのくらい経ったのか、え〜っと昭和63年生まれで、13歳で亡くなったから……。記憶をたどりながら足し算をして引き算をして答えを出す、プーちゃんが天国へ逝ってから5年が経っていた。感覚的には2、3年くらい前といった感じなんだけどしっかり5年経っていた。そんなに長い間ひとりで暮らしていたのかと思うと、この5年間が何だか他人のもののように思える、もしやこれもペットロスなの???? そういえば、雨雲がかかっているような感じの時もあったし「プチ鬱」なんて言葉が流行ったから、流行のそれかと思ってたけど、もしかしたらペットロスだったのかもしれない。まぁ同じようなものなんでしょう、何だっていい治ればいい、今は晴天だもの。 プーちゃんは、チンチラシルバーの雌でやせっぽっちのエレガントな美人猫。 頭が良くて気位が高くて、いつもモデルみたいに足をクロスさせて立っていた、正確には座っていたっていうのかな。 アルミ箔を丸めたボールで遊ぶことが好きで投げると走って取りに行き、くわえて戻ってきた。大好物は鰹節。「かつぶし!!」と言うと、どこからでも飛んで来た。阪神大震災の後、東京にも大地震が来るという噂が何度も流れた時期があってそんなときこんな夢を見た。 大震災で生き別れになってしまったプーちゃんを探し回って、チンチラシルバーが何百匹も保護されている大きな檻を見つけた私は、両手で鉄格子を握りしめ檻の中の何百匹もの猫に向かって「プーちゃん、かつぶしー!! プーちゃんかつぶしー!!」と大声で連呼した。沢山のチンチラの中からプーちゃんが現れこちらへ向かってくる。プーちゃーん!! ホッした瞬間プーちゃんが別人(猫)に変わっていく――。 喜びが絶望に変わったとき目が覚めた。のどがカラカラですごい疲労感、苦しい。苦しいはず胸の上にはプーちゃんが座っていて私を見ている。寝言で「かつぶし!」と叫んでいたのかもしれない、プーちゃんの目はキラキラと期待していたので、仕方がないと深夜に眠い目をこすりながら、キッチンまで行き少しだけ鰹節をあげた。真っ暗な部屋の中でキッチンの小さい明かりだけつけ、一生懸命お皿に向かっているプーちゃんの丸い背中を見ながら食べ終わるのをぼーっと待つ時間。あの異空間にいるような優しい平和な時間は動物との間にしか生まれない。あの感覚が恋しい、とっても恋しい。 プーちゃんが13歳で亡くなったことには、ごめんねと繰り返して謝りたい。 12歳の誕生日を迎えたあたりから、食欲が落ちてきたこと、毛のボリュームが無くなってきたことに気付いていたのに、年齢からくるものだと勝手な判断をして深刻に受け止めていなかった。猫を飼うのは初めてのことで、プーちゃんが子どもだった頃は何か気になることがあるとすぐに病院へ連れて行っていたのに、10年以上の病気もケガもない生活は私をベテラン気分にさせていた。本当は毎日が初めての事なのに。いつかは死が訪れることも分かっていたけれど、「いつか」は遠いところにあると暢気に思っていた。 病院で腎不全だと診断されてから亡くなるまでの1年間のこと、一泊5万円の入院のことや、点滴のことや、鼻から管を通して流動食を与えていたことや、他にもいろいろあったけれど、今では一生懸命に思い出そうとしないと思い出せない。当たり前かもしれない、5年も前のことなんだもの。 週に1〜2回点滴を受けに、ちいさなプーちゃんがはいったバックを肩から提げ通院した道、引っ越しをして通ることもなくなったけど、あの道を歩くと今も胸が痛くなるのかな? 今も目頭が熱くなるのかな? ポロポロと大きい涙を流すのかな? たぶんあの道を通っても、もう大粒の涙を流すことはないと思う。それが5年という歳月がしてくれた仕事で、「号泣」あたりを埋め、「ポロポロ」あたりも埋め、うっかり悲しみの穴に落ちても、せいぜいジワ〜ッとくるところまでしか落ちない深さまで埋まってるように思う、ありがとう5年……。 一緒に暮らすならどんな猫がいいかなぁ? プーちゃんの兄弟になるわけだから、やっぱり長毛種かな? 雄がいいなぁ。 妹の家ではシュール君という雄のアメリカンショートヘアーを飼っていて、プーちゃんが亡くなってからは、旅行の時はいつも私が預かっている。雌猫と比べると雄猫は面白いほど単純で、なんだか間抜けなところがあって、雌猫とは違ったかわいらしさがある。いたずらばかりするシュー君は、投げ飛ばされたり、スリッパでぶたれたりしても、そんなことどおってことないみたいで、叱られてもぜんぜん平気な様子、エキサイティングな遊びのひとつだとでも思っているのかも知れない。プーちゃんを叱ろうものなら「私に向かって何言うの!!」といった目で私を見てどこか静かなところへ移動し丸くなって動かない、もちろん背中を向けている。「絶交」と言われているみたいなその姿に淋しい思いをしたものだ。シュー君がウチにくるたびにオス猫とも暮らしてみたいなぁと思っていた。 日課のように、なんとなく猫サイトを見るようになっていたけれど、まだ具体的に譲り受けたいとか買うとかの目的ではなくて、ただカワイイ猫達を見て空想したいだけ。里親サイトを覗いてみると、手のひらサイズの猫たちが「ミャーミャー」と大声でないている声が聞こえてきそうでそれだけで楽しい。 それにしてもなんでもかんでも可愛すぎて混乱してきた、そうだイメージをしぼって将来の為にイメージトレーニングをしてみよう。 プーちゃんの弟はどんなコかしら? 長毛がいいなら、長毛種で気になるのは……。 浮かんできたのは、王子様みたいに凛々しいノルウェイジャンフォレストキャット。こんなコがウチにいたらいいなぁ〜。ノルウェイジャンを扱っているブリーダーのサイトを覗く。こんな陶器の調度品みたいな猫が家にいたら一日中美しさにうっとりしていられるかも知れない。 「でね、この子もカワイイこの子もカワイイなぁてクリックしてね、見比べるの、最初は楽しかったんだけど、だんだんねデートクラブでオンナのコを選んでる男みたいって思ってきちゃって、何だかやる気なくしっちゃったの……」 「ともちゃん、分かるよそれ」 うんうんとうなずく友人。 猫のことはなんでも彼女に相談している、ぷーちゃんよりも2歳年上のあけみちゃんと、幾つになったのかなぁオスの黒猫ベンちゃん、去年天国へ行ってしまった雄猫のカッチーを育て上げた猫先輩の彼女と久しぶりに会ってそんな話をした。「分かるよ」と言われて、スッキリした。 何かちょっと違うんだ、出会いというか成り行きというか、自然にというかどうしようもなくというか、猫はこちらの都合も考えずにやってくる、なんだかそんな生き物のような気がする。それは、道ばたかもしれないしペットショップかもしれない、私は段ボールに入った捨て猫なんて見たことないけれど、 捨て猫をよく拾う知人は、なんとなく気分でいつもと違う道を選んだりすると、猫が入った段ボールを見つけてしまい、仕方がないからそのまま持ち帰ると言っていた。雨に濡れた子猫を抱きかかえて連れて帰るという美しいシーンは、テレビドラマの中だけではなく現実にあるということだ。 確か、あけみちゃんと猫先輩も運命を感じさせるような出会いをしていたし、何年も会っていない男友達から、深夜に突然「今、子猫を拾ったんだけど、いったいどうしたらいいんだ、猫は何を食べるんだ?」という電話を貰ったこともある。混乱している彼は、子猫のことを犬と言ったり、黒猫と言ったかと思ったら白猫と言ったりしていた、そんなワケ分からない状態でも拾ってしまうんだ。 プーちゃんと私は出会いというよりも運命といった感じかもしれない。プーちゃんは妹が貰った猫だったのだけれど、急遽決まった妹の引っ越し先はペット禁止で、しかも上の階には大家さんが住んでいた。内緒で飼うことも難しいということで私が譲りうけた。プーちゃんが妹の家へやってきてからというもの、妹の家へ入り浸っていた私にとっては願ってもないことで、願いが叶ったようで嬉しくて嬉しくてたまらなかったのを覚えている。 そうなんだ。猫がやってくるとき、猫との生活が始まるときって小さい奇跡が起こってるそんな気がする。 「いつになるか分からないけれど、運命の出会いを待つわ」 私はそう言っていた。 |
![]() 私が編んだものとプーちゃん。 ![]() ![]() ブリジッド・バルドー似。 ![]() ![]() あくびをするプーちゃん。 ![]() ![]() 可愛い盛りのプーちゃん。たぶん6、7歳だと思います。人間ならば熟女です。 ![]() 腎不全と診断され点滴を受けました。赤い包帯が痛々しいです。 ![]() 亡くなる1年前くらい。今見ると病気の顔してますね。かわいいけれどぼんやりしてる……。 |