第12回

『希望難民ご一行様』の古市憲寿インタビュー

もしかしたらそれを豊かさと呼んでもいいのかもしれない

構成・文/大井正太郎 撮影/市村岬

題字/masi. 企画編集/アライユキコ

初めて行った東大駒場キャンパス

初めて行った東大駒場キャンパスは緑が多く、草の上に寝転ぶ学生などもいてとても雰囲気がよかった。子供がたくさんいて疑問に思ったのだが、子持ちの教授や学生のために学内に保育園があるらしい。

ピースボートとは、世界平和のための国際交流を目的とした世界一周クルーズだ。東大大学院に通う25歳の古市憲寿さんは自らのピースボート乗船体験と調査をもとに、『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』という本を書いた。そこには、「世界平和」という「夢」を持って乗り込んだ若者達が、同じ志を持つ仲間と盛り上がる居心地のよさから世界平和のことなどどうでもよくなってしまう様子が書いてあった。
だけど、それでいいじゃないか、と古市さんは言う。夢を追いかけたって社会はなんのケアもしてくれないし、仲間と楽しく過ごすほうがどれだけ満たされているかわからない。むしろ幸せのために「若者に夢をあきらめさせろ」と言うのである。
一見刹那的だけどそこには現実を冷静に見つめて分析した上での、芯の通った諦めがあった。最近、不安定極まりない「フリーライター」の僕だけではなく、会社に通う友人たちも同じように苦しそうな顔をしている。方法や環境は違えど、皆見えない希望を闇雲に追いかけて「希望難民」にな っている。僕たちに共通している閉塞感、その正体が知りたくて東大駒場キャンパスへと向かった。




自分のお金でピースボート乗りたいとは思わなかったですね


PROFILE


古市憲寿

1985年1月14日、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。現在は東京大学大学院総合文化研究科博士課程の傍ら、大学時代の友人が興した有限会社ゼント執行役を務めている。戦略企画部プランナーという肩書きも持つが、本人曰く「優秀な社長の話し相手」。飄々としていながら愛嬌があり爽やか。多分すごくモテる。

古市憲寿 (poe1985) on Twitter
http://twitter.com/poe1985


大井正太郎(おおい・しょうたろう)

大井正太郎 1985年生まれ。フリーライター。たろちん名義でニコニコ動画などでゲーム実況をしており、「実況野郎B-TEAM」ではコラムを担当し、軽妙な文体と退廃的な描写で読者の共感を呼んだ。web漫画家くらっぺとのコラボ同人誌の作成にも積極的で、パブーでの販売も行っている。「ダメ人間に勇気を!」と叫び、パチプロなどアウトローな生き方をする人への企画を持参するが、大人の説教により真面目に生きる一般人の取材を担当することに。

おちんちんbelong
http://tarochinko.blog92.fc2.com/

ツイッター
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http://twitter.com/tarochinko

大井 そもそもピースボートに乗ろうと思ったきっかけは何だったんですか?

古市 元々は仕事関係で意気投合した人に誘われたんです。長旅の船上で話し相手も欲しいし、お金出してあげるから一緒に行かないかって言われて。

大井 古市さん自身は興味なかったんですか?

古市 自分のお金でピースボート乗りたいとは思わなかったですね。4ヶ月も拘束されるし、実際はオプションが色々あって100万円以上かかるんです。世界平和にも海外旅行にも興味ないし、大勢で何かするのもあんまり得意じゃないですし。

大井 なんでピースボート乗ったんですか。

古市 いやまあ、乗りかかった船なので(笑)。

大井 上手いこと言いましたね。

古市 あと丁度その時修士課程で、修士論文のテーマを探してたんです。最初は若手企業家みたいなテーマを考えてたんですけど、せっかく乗るならこっちの方が面白いだろうと思った。それで論文を書いたら、解説を書いてくれた本田由紀先生が面白いと言ってくれて、出版社に『希望難民ご一行様』の書籍化の話を持ちかけてくれたんです。

大井 社会学の新書って難解な印象があったんですが、『希望難民』はデータや考察はかちっとしているのに、文章がくだけていてわかりやすいですよね。

古市 もともとの修士論文はもっと固いんですよ。本にするならピースボートで出会った人達や、社会学に興味のない人にも読みやすくしたいと思ってそこは工夫しました。でもただのルポにはしたくなかった。一応研究業界に片足突っ込んでる人間として、何かの理論に意見して役に立ちたいということも意識しましたね。



ピアノ教室行くのと変わらないじゃないですか


古市憲寿『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』

古市憲寿
希望難民ご一行様
ピースボートと「承認の共同体」幻想


社会が夢を追うことの美しさを強調するほど、若者は「本当の自分」が見つからず希望難民になってしまう。むしろ「希望」をあきらめさせるための冷却回路が必要だ、という視点からピースボートに乗り込む若者を分析した本。豊富なデータと社会学的な考察が満載ながら、ユーモラスな文章で読みにくさを感じさせない。安易な「世界平和」に盛り上がる若者を客観的に描写しながらも愛が溢れるルポも魅力。現代を生きる全ての若者必読の書。




2010.10.13取材直前までの大井正太郎(tarochinko)及び大井正太郎あてのツイートより

tarochinko
2010-10-13 05:06:36
寝込み明けで眠れなくなったので徹夜で、今日取材する古市憲寿さんのひろゆきさんとのニコ生録画を観た。考えてる人、考えてない人、わかってない人、わかった気になってる人の差がすげえ顕著。感覚的であることを理屈で説明していることが理解されてない印象。

tarochinko
2010-10-13 05:15:40
僕は「皆で一緒にビール飲んでマジハッピー、ザッツオール」が人間の幸福の限界だと思うのだけど、予想以上に社会の中で生きたり、社会貢献を通して自分の存在を認められなければいけない、と考えている人は多いらしいということを再認識した。それは本能なのか、刷り込みなのか。

kaerubungei
2010-10-13 11:23:14
本日は「お前の目玉は節穴か」の取材で『希望難民ご一行様』の古市憲寿さんに会います。インタビュアーはたろちん。同い年の社会学のホープにどう迫るか? 午前中からたろツイート始まるはず。てかたろちん起きてる?

tarochinko
2010-10-13 12:01:31
インタビウをやりに東大駒場キャンパスに向かう。いつも寝坊ばかりしているが今日はしてない、というか寝てないというのは古市さんの「夢をあきらめさせろ」という主張によるものだろう。寝てみるほうの夢をあきらめると社会に適応できるのである。

t_taiyo
2010-10-13 12:18:53
たろちんの取材を見に行くです。古市さんは僕もひじょーに興味あった方なので楽しみ。でもまだ著書を1/3くらいしか読めていないし事前資料もちょっとしか見てないので今日はひっそり見守る担当です。たまに合いの手入れたりはしようと思います。

tarochinko
2010-10-13 13:47:22
東大駒場キャンパスすげえのどか。老人が絵を描き、子供が駆け回り、学生がそこらへんにひっくり返って寝てる。入学したい。


大井 昔から社会学がやりたかったんですか?

古市 いや、大学は慶応のSFCっていうなんでもアリみたいな学部なんですけど、そこには詩のAO入試で入ったんですよ。

大井 えっ、ポエムですか。

古市 高校の時に色々コンクールがあるじゃないですか。論文とかは大変だけど詩なら60行くらいだから一晩でいけると思って、書いてみたら大賞をもらえたんです。それ見せたら入学させてくれた。だから最初は建築模型作ったり、CGやったりしてました。

大井 これまた、結構ばらばらな。

古市 最初は結構クリエイティブ志向だったんですよ。大学2年の時かな、小熊英二さんという社会学者の授業を取ったら面白くて、そういう本を読むようになりました。

大井 意外な経歴ですね。そこからは社会学一辺倒ですか?

古市 いやー、そういうわけでもなく。3年生の時に就活がしたくなくてノルウェーに1年間留学したんですよ。

大井 超モラトリアムじゃないですか。

古市 留学というかもう余暇ですね。向こうでのんびりした生活を送って帰ってきたら、学部の友人が興していた会社に誘われて就職がなんとかなっちゃった。その頃、仲のいい先生に大学院も行ってみたらいいって言われて東大をすすめられて、それもいいかなーと思って一番テストが難しくなさそうなとこを選んだんです。で、院試でノルウェーの育児政策についてまとめた卒業論文を出したら受かったんで、今ここで社会学をやっているって感じですね。

大井 すごく場当たり的ですね。

古市 流されやすいタイプなんですよ。

大井 現在は研究と会社はどっちがメインなんですか?

古市 一応両方メインなんですけど、研究はどちらかというと趣味に近いですかね。

大井 でも一応期日とか課題とかあるんじゃないんですか?

古市 いや、なんにもないですよ。博士課程だと卒業単位が16単位なんですけど、毎学期自動的に教授と面接したことになって勝手にくるんで(笑)。

大井 ええー。それどこもそうなんですか?

古市 僕の学部の博士課程はそうですね。特にカリキュラムがあるわけじゃなく、大学に来ても来なくてもいい。最後の論文以外は特にこれやらなきゃいけないってことがないので、気楽な感じです。

大井 それでもやってるってことは楽しいってことなんでしょうね。

古市 楽しいですね。それに国立大学だから学費が安くて、月で割ると4万円くらいなんですよ。それならピアノ教室行くのと変わらないじゃないですか。

大井 ピアノ教室の感覚で東大の大学院行くってすごい話ですね。

古市 他にちゃんと食べていけるものがあるからですね。就職がなかったら大学院には来てなかったと思います。

大井 社会学者になろうって気持ちは無いんですか?

古市 自分にそこまでの能力があるとも思えないし、研究ってどうしてもお金に結びつきにくい世界なんで。一番うまくいくパターンでも30歳過ぎで専任講師になって年収が500万とかそれくらい。35歳で准教授、45歳で教授になってそのままぬくぬく暮らすって感じなので、そのルートにはあまり魅力を感じないですね。仕事しながら研究っぽいこともしつつゆるく生きていけたらいいなあって感じです。



仕組みが自己啓発によく似てます


天候が悪かったため写真撮影はインタビューの前に行うことに。

天候が悪かったため写真撮影はインタビューの前に行うことに。出会ったばかりの僕とカメラマン市村によくわからない巨木とのツーショットを強要され、多少の戸惑いを見せる古市さん。すみませんでした。


古市さんは東大大学院生である一方、有限会社ゼントの執行役としての顔も持つ

古市さんは東大大学院生である一方、有限会社ゼント(https://www.zent.ne.jp/)の執行役としての顔も持つ。本人曰く、仕事内容は「優秀な社長の話し相手」。僕もその仕事やりたい。


大井 研究目的でピースボートに乗るって珍しいですよね?

古市 そうですね。まあ調査のためのアンケートやインタビューはさせてもらっていたけど、普通の大学院生として結構馴染んでたいたつもりです。多様性を許容してくれるところはピースボートのいいところだと思います。

大井 他にはどんな人が乗ってるんですか?

古市 主に観光目的の年配の方が半分、あと半分が20代前後の若者です。学生、フリーター、仕事をやめた正社員とか、どこか生きづらさを抱えてるような人が多かったと思います。運動会とか皆でわいわいやるイベントが多いんですけど、ずっとプレイルームで将棋したりPSPやってる人もいます。

大井 旅行先でゲームやってるダメな子供みたいですね。

古市 それをダメだと言わず、そういう人もいるよねって並列出来る空間なんです。全部が並列出来るというのはいい世界だなと思います。

大井 船内は全員あだ名で呼び合ってタメ口で話す決まりがあるんですよね?

古市 そうそう。挨拶とかも初対面の人とは握手して名を名乗るみたいな。それは海外みたいでいいなって思いましたね。

大井 マジですか。僕は結構気持ち悪いなと思って引いちゃったんですけど。

古市 そういう人もいますけど、その場にいっちゃえば意外と馴染んじゃったりしますよ。環境にしても、僕が行ったクルーズはシャワーの水が茶色だったり、壁がぼろぼろだったりして、最初はこんなところで住めるのかなと思ったけど、3日経ったら馴染んでました。こんなものかなと。

大井 周りの人も皆馴染んじゃうんですか?

古市 いや、年配の方はすごく怒ってましたね。金出して正当なサービスが受けられないのか、って。でも若い人はわりと馴染んでました。特にピースボートって「一緒に船を出そう」を合言葉にしてるので、そういう共同性にコミットする若い人は、むしろ年配の人が怒るから、不自由があるからこそもっと頑張らなきゃって思う。

大井 そこまで行くんですか。運営の気持ちですね。

古市 仕組みが自己啓発によく似てます。ピースボートのポスター貼りをするボランティアをすると乗船料が割引される仕組みがあるんですけど、「ポスター貼りをすると世界一周出来るよ」って言うと目標が明確で若い子でも頑張りやすい。君には本当はもっとポテンシャルがあって、それを発揮するためにこれをするといいよって言って、何かを頑張ってもらうのは自己啓発や宗教の基本的なビジネスモデルです。そこに代入されるのがピースボートのポスター貼りならいいけど、サリン精製って言ったらオウムになってしまう、そういう危険はあると思います。

大井 ピースボート乗船者からスタッフになる人もいるんですよね。

古市 でも給料もすごく安いし、しかもお金を逆に取られるんですよ。基本的に、責任パートナーっていうのにならないとスタッフになれなくて、赤字になったらスタッフが立て替える制度があるです。クルーズに人が集まらないと一人当たり何十万円っていうのをピースボートに払うんですよ。

大井 連帯保証人じゃないですか。

古市 船が一回大失敗した時は一人当たり180万くらい払ったそうです。未成年とかでも親とかにお金借りて払ったりして。

大井 そこまで行くと宗教に近いですね。でも本人はそれで楽しいんでしょうね。

古市 それで楽しくて幸せで、ウインウインといえばウインウインなんで上手くいってるんだと思います。

大井 そこにハマらない若者っていうのはピースボートに乗らないんですか?

古市 距離を置いている人もいますね。観光だったりもっと本気でボランティアを目的にしていたりする人。だからそういう人たちはどんどん距離を置いていって、船の中でも閉じこもってしまうということがありました。



本どころか漫画も読まないって人が意外なほど多かったんです


学食のテラスにて

学食のテラスにて、真剣な表情で「現代の若者」について話し合うカーディガンズのお二人。


『希望難民ご一行様』は冷静で鋭い分析がユーモアたっぷり

『希望難民ご一行様』は冷静で鋭い分析がユーモアたっぷりの文章で書かれており、「新書」というものを読んだことのない人にも是非手に取ってみて欲しい一冊だ。


大井 古市さんはどこかにコミットするわけでなく、客観的にどの層ともコミュニケーションを取ってますよね。ピースボートに入れ込んでる人と一緒に盛り上がることには抵抗なかったんですか?

古市 抵抗はなかったですね。そういう思考回路になるのが面白いなと思う研究者的視点が自分の中にあって、船内では毎日とても楽しく過ごしていました。分析する言葉を持っていることも大きいと思います。

大井 その人個人がどうというよりも、全体の現象として興味を持つわけですか。

古市 どんな嫌な事があったとしても、それはなんでだろうって考えられて、時にはそれが成果物にもなる。だから研究者って世界を何倍にも楽しめる立場だなと思いますね。

大井 若い人は感覚で繋がっているって話で、年配の人がピースボートスタッフに「金返せ」って怒っている時に、「どうして一緒に応援出来ないの」って泣いてしまう話がすごく印象的だったんです。共感が出来なかった時に、おじさん達がそう思う理由を考えられない。それは何故なんですかね?

古市 必要がないからじゃないですかね。感覚じゃなくて論理で考えるっていうのは、勉強や読書をして言葉を獲得した人がすることだと思うんですけど、結構手間暇がかかること。彼らの志向性はそうじゃない。物事を解明しなくてもいいし、これからもやっていけると思ったんだと思います。特にピースボートはその傾向が強くて、本どころか漫画も読まないって人が意外なほど多かったんです。

大井 漫画も読まないんですか。

古市 漫画は字が多いから無理だと。論理や物語によって何かを伝え合うことに慣れ親しんでいないんだと思います。

大井 そういう人たちは普段何してるんですか。

古市 おしゃべりしてるんじゃないですかね。

大井 女子じゃないですか(笑)。

古市 今の社会環境って全部会話だけで済ますことも可能じゃないですか。携帯の通話が定額でずっと喋っていられるし、ミクシィやツイッターにしても文字を通した仲間同士のおしゃべりですよね。最近色んなところで「情報をどこで手に入れますか」って聞くんですけど、口コミって答える人が圧倒的に多いんです。それだけで生きていける環境が整っているから、他の世界に想像を羽ばたかせる必要が無い。それも今の時代の一つのあり方なのかなと思って。

大井 でもその一方でワンピースはめちゃくちゃ売れてるじゃないですか。そう考えるとピースボートに乗る人は結構偏った人なんですかね。

古市 ところがそうとも言い切れないんです。面白い例として、生活満足度調査を見てみると、今の20代って学生運動が盛んだった1960年代の倍くらい満足度が高いんですよ。でも21世紀は日本にとって幸せな世紀になると思いますか、って聞いてみるとがくっと落ちて日本は不幸だって結果になる。つまり社会とか大きなことに興味がなくなって、身近な世界で満足出来るようになってるんですね。自己充足的な人が増えているという意味で、ピースボートは極端ではあっても特殊な例ではなくて、社会のある一面を切り取ってるのかなと思います。



ちょっとでも身近な問題として感じてくれたらと思って


「合コンとか行くんすか?」など趣味丸出しの質問をぶつけてへらつく僕。

「合コンとか行くんすか?」など趣味丸出しの質問をぶつけてへらつく僕。最近太りました。


大井 僕は若者というか世の中全体があんまり物事を考えてないのかなあと思ったんですが。

古市 この前ミクシィで尖閣諸島のニュースのコメント欄見てたんですけど、「友達から聞いた話では拘束された社員は日本軍関係の仕事をしていたらしい」とか「保釈金は何万元だったらしいがそれ日本円でいくらなんだろう」とか書いてある。そんなこと、パソコンだったら右上の検索ウインドウで調べればわかるじゃないですか。でもそれもしないっていうか。

大井 すごくどうでもいいことなんでしょうね。

古市 全てがネタであって、友達との会話を続けるための一つぶやきみたいになってる。もともと世の中はそんな感じでそれが目に見えるようになっただけかもしれないんですけど。

大井 それだとせっかくの古市さんの主張も正しく届かないまま終わっちゃわないですかね?

古市 まあ届かないんじゃないですか。

大井 いいんですか、それで。

古市 まあそもそもこんな分厚い本読める人が世の中にいないと思う。

大井 いや、全然分厚くないですよ。300ページくらいじゃないですか。

古市 本ってものすごく売れても100万部。それって視聴率だと1%じゃないですか。そんな狭い世界でこんな小難しい本は売れないし届かないですよ。漢字も多いし。

大井 古市さんが一番夢をあきらめてますね(笑)。

古市 まあごく少ない読んでくれた人には届いて欲しいと思いますよ。たとえば、わざわざ学者的にはよくない「希望」とか「あきらめ」っていう曖昧な言葉を本で多用したのも、ピースボートで出会った普段本を読まない子達も何か考えてくれたら嬉しいと思ったからです。ちょっとでも身近な問題として感じてくれたらと思って。

大井 著書の終盤で、社会を「チュートリアルもレベルアップ制度もないクソゲー」って言ってたじゃないですか。最後の主張部分の言葉遣いで特にそういう古市さんの素に近い部分が出てるのかなと思ったんですけど。

古市 実は修士論文は「共同体なんて幻想だよね」っていう部分で終わっていて、最後の主張の部分は書籍化に当たって付け加えたんですよ。だから自分の思っていることに近いと思います。

大井 その辺りに一番ぐっときました。

古市 身近な友人やピースボートに乗っている子から相談もされたんですけど、たとえば25歳で大学を卒業もしてなくて正規雇用もないけど着実にキャリアアップしたい、って人に対して何も僕は言えないと思ったんですよ。そういう人をケアする社会のシステムが今は無いんです。そういう周りの人たちの顔を思い浮かべながら思ってることを書いた部分ですね。



「頑張れ」って言われても、今は頑張れる仕組みが整ってない


おまんま食い隊の加藤レイズナ、田島太陽も見学。

おまんま食い隊の加藤レイズナ、田島太陽も見学。太陽さんは以前モンゴルへボランティアに行ったことがあり、「帰国後すぐは現地の子供と手紙でやり取りをしてたけど、だんだん冷めて疎遠になっていった」など、ピースボート下船後の若者とも似た体験を話してくれました。


大井 著書には本田先生が解説と反論を書いていましたね。皆が諦めてしまったら社会はよくならないという。それに対してはどう思いました?

古市 うーん。まあ、その通りだと思いますよ。

大井 なんですか、含みがありますけど。

古市 でもまあ皆そんなに頑張れないですよね。皆で動かすのが民主主義だ、と言われてもじゃあ明日からどうしたらいいかっていうことはわからないし。

大井 僕は頑張ろうって言われると、余計に無理っす、ってなっちゃいます。

古市 両輪でやらないといけないと思うんですよね。頑張れって言っても頑張らない人はいるし、頑張るなって言っても頑張る人はいつの時代にもいるじゃないですか。「あきらめろ」っていう呼びかけが個人に対して行われている限り、それは両者の格差を広げるだけだと思うんです。でも「頑張れ」って言われても、今は頑張れる仕組みが整ってない。頑張れって言葉がちゃんと実効性を持つような社会を作ってからじゃないと意味がなくて、現時点はしょうがないから楽しければいいんじゃない、っていう風にしか僕は思えなくて。

大井 僕もそう思うんですよ。でも皆しっかり定職について家庭を持って社会に還元しなきゃ、みたいなこと言うじゃないですか。なんでそう思うの、って僕はいつも聞くんですけど、返答はいつも、当たり前でしょ、馬鹿なの、みたいな感じで言われるんです。どうしてもそれが自分で考えて導き出した結論のようには聞こえなくて。

古市 当たり前っていう考え方はいまだに強いですよね。でもそれって結局どんどん牌が少なくなってるモデルじゃないですか。皆がそのモデルに乗れた時代はいいけれども、今はその可能性が少なくなってる時代なので、それに乗ろうとすると結局レースになっちゃうから脱落もしやすい、不幸になる可能性も高くなっちゃう。

大井 そういう閉塞感は感じます。

古市 でもそれは現時点ではどうしようもないんですよ。ある意味東大生が一番不幸だと思うんです。すっごい受験勉強頑張って大学に入ってきて、東大って3年生に上がる時に学部を選ぶための試験がまたあるので、そのためにまた勉強して、その後国家公務員とかになる人はまた勉強する。ずっと勉強し続けてて、それで公務員になったからって別に給料がいいわけでもなく働かされて、生きる実感とか無くしてしまう。それなんのための人生なんだろうって。それ見てるとそこそこの収入でそこそこの生活してる人のほうが逆に東大生よりも幸せかもしれないし、もしかしたらそれを豊かさと呼んでもいいのかもしれないし、そういう生活もありだなと僕は思うんです。



家族というモデルの完全な等価物にはならない


古市さんは社会学的な用語をたくさん知っていた。

古市さんは社会学的な用語をたくさん知っていた。僕は雰囲気で「なるほど」とか言っていましたが、おうちに帰ってからいくつか辞書で調べたりしました。若者よ、勉強はしておいたほうがいいぞ!


大井 ピースボートを降りたら世界平和という目的を忘れちゃって、出会った仲間とルームシェアしてわいわい暮らす人がたくさんいるってあったじゃないですか。古市さんはそれを、頑張る仕組みがない現時点での現実的な解決策だとして許容してるんですけど、そのコミュニティっていうのはどこまで続くんですかね。たとえばこれからの世の中、30、40代になってもわいわいルームシェアをするようなケースって増えてくるんでしょうか?

古市 増えてくることはありうると思います。たとえば8人くらいでルームシェアをしていて、その中にはカップルや子供もいて、皆で育児をするというようなこともありうる。ただそれが標準的なモデルになるかと言ったらわからない。家族って子供と老人という自分だけでは生きていけない人を支えるための共同体じゃないですか。50歳になった時の自分の親のケアや、自分達が老人になった時のケアをルームシェアが担えるかというと話は違ってきます。

大井 確かに友達のおじいちゃん同士でおしめを替え合うって想像しにくいですね。

古市 やっぱり家族というモデルの完全な等価物にはならないから、若い時だけって可能性は往々にしてあります。一気にがらっと変わるというより、子供もいらないし結婚もしなくていいって人も増えてきているってぐらいのイメージなんじゃないですかね。

大井 なるほど。

古市 色んなルームシェアの研究とか雑誌の特集とか見てみても、やっぱり子供もいるルームシェアってあんまり例としてはなくて、やがて卒業していく一時的な共同生活なんですよ。富裕層だけが子どもを産んで家族を持って、貧困層の人は家族も持たないで富裕層のベビーシッターをするような超格差社会になったらそういうモデルもありうるかもしれないけど、すぐにはそうもならないですからね。日本ってなんだかんだいってまだ家族を持つことがいいみたいな規範が結構残ってる気もするので。



パレスチナの難民のこととか想像出来ないし、それは僕にとってはどうでもいいんです


「基本的に暗いんで友達はそんなに多くなかったです」「僕もです!」

「基本的に暗いんで友達はそんなに多くなかったです」「僕もです!」などと若者らしく共感のコミュニケーションをして楽しむカーディガンズのお二人。


「お金と友達」があれば楽しく生きていける、と古市さんは言う。

「お金と友達」があれば楽しく生きていける、と古市さんは言う。「どちらか一つ、と言われたら出来る友達。出来る友達は仕事もくれるので(笑)」という話を聞いて、僕は人生をかけてビル・ゲイツと友達になろうと固く誓うのであった。


大井 古市さんの主張では、あきらめろと言ってもあきらめないエリートが社会を変えていけばいいということなんですよね?

古市 そうですね。

大井 古市さん自身は社会を変えていこうとは思わないんですか?

古市 いやあ、僕は自分の事が大事なんで。

大井 でも本を出したっていうことはそれなりに社会に訴えかけるものじゃないですか。

古市 これはどちらかというと身近な人に向けて書いた本なので。

大井 なるほど。

古市 自分の周りの人が不幸だったら自分は幸せになれないじゃないですか。だから自分の知り合った人には幸せになって欲しいし、周りの人にはなんとかなって欲しいけど、それ以外は全く見えないというか関係ないんですよ。極端に言えばパレスチナの難民のこととか想像出来ないし、それは僕にとってはどうでもいいんです。

大井 よくわかります。世界が平和だったらいいなとは思うけど、そのために自分で何か行動しようと思わないし、いざとなったら自分の身近な人から核シェルターに入れていきたいと思いますもん。

古市 自分はどうなんだ、ってことは大事ですね。ボランティアとかって素晴らしいと思うんですけど、自分の食い扶持も稼げてないような若い子が難民に対して何かしてあげようとかどういう話だって思うんですよ。自分のことも出来てないのにアフリカとか使って自己実現するなよ、とは思います。

大井 若い人がボランティア行きたいとかカフェを開きたいって思うのはなんでなんですかね? 僕の友達にも仕事が辛くて、辞めてカフェをやりたいって子がいるんですけど。

古市 自分らしい空間を作りたいってところですよね。自分コーディネーションの空間を他人と共有したい、皆がニコニコ出来るような場所を作りたいという気持ち。

大井 ああ、あれも自分が承認される共同体が欲しいという気持ちからなんですね。

古市 そうだと思います。ピースボートにも仲のいい友達が集まれる居酒屋を開きたいって子が結構いましたけど、ビジネス的なものではなく承認欲求の文脈で理解出来るものなんじゃないですかね。現状で満たされていないということだと思います。

大井 それは今の社会的にしかたがないことなんですかね。

古市 だからカフェオーナーになりたい人があんまりいないような社会が幸せな社会なんじゃないですかね(笑)。

大井 おお、金言ですね。

古市 十分なお金があっての自己実現としてはいいですけど、カフェってコーヒー一杯500円とかの世界。よっぽど常連が来るとか大規模展開するとかしないと採算取るのは厳しいと思いますよ。それならお気に入りのお店を見つけて、週1回友達と飲み会でも開くところにも幸せはあるのかなと思います。



そういうことを考えたい人が考えて社会をよくしていくってことですね


次回作の話もちらほらときているようだが、今はテーマを検討している段階だそう。

次回作の話もちらほらときているようだが、今はテーマを検討している段階だそう。「一応国立大学の学生なんで、税金を投入してもらっている分くらいは頑張ろうと思います」なんて大人らしくフォローも欠かさない古市さん、きっと書いてくれるだろう。その時には是非また取材させて欲しい。


大井 これから社会を幸せなものに変えていく人っていうのはたとえばどういう人ですか?

古市 それこそ本田先生とかじゃないですかね。すごくエリートだし、教育熱心だし、繊細で豪快で、社会のことを本気で考えている。今も腰痛なのに病院に行く暇もないくらい。僕の投票権とか全部あげたいです。

大井 そんなに頑張らないでください、って言いたくなっちゃいますね。

古市 ただ頑張らなくていいとかって結局若者の発想で、インフラがあるからこそ成立してる物言いじゃないかとは思います。甘えなんですよね。それはたまたま成り立っているだけでもしかしたら壊れちゃうかもしれない、ってことは考えた方がいいと思います。

大井 若者がですか。

古市 いや、若者ってことでもなく。若者の中でも、そういうことを考えたい人が考えて社会をよくしていくってことですね。

大井 古市さん自身はなにか社会に働きかけようとは思わないんですか?

古市 色々不本意なこともあるし、変えなきゃいけないこともあると思うんですよ。自殺者が3万人とか、一回正社員を辞めちゃうともう戻れないとかすごいたくさんあると思うんですけど、そんなこともう皆わかってるんです。それが問題だっていうことは簡単だけど、だからと言って明日から僕が政治運動を始めたい訳ではない。僕はどちらかというと社会がクラッシュした時に自分がどこに逃げるかを考えるほうが大事なんで。ですから、クラッシュしないためにどうしたらいいかということを本田先生に考えていって欲しいなと思います(笑)



次号予告


古市さんはどんな質問をしてもすらすらと言葉が出てくる。

古市さんはどんな質問をしてもすらすらと言葉が出てくる。ただ知識をつけるだけじゃなく、常日頃から自分の頭で考えることが習慣化されてるからなのだろうなと感じた。ただそれ以上に、優しい笑顔をする古市さん本人の人柄が魅力的だと思った。本当に大切なことって案外そういう部分なのかもしれない。


たろちんの激しい共感っぷりからもわかるように、『希望難民ご一行様』はほんとうに面白くて刺激的。ぜひご一読を!


さて、次号11/15更新号加藤レイズナのターン。加藤といえばもちろんプリキュア。今回は「なかよし」誌上でコミック版「プリキュア」を連載中のマンガ家上北ふたごさんにインタビューします。お楽しみに!


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