「実況」を語る上で外せないテーマが、ラジオとテレビにおける実況の違いについて。この連載でも過去2回、ニッポン放送文化放送という、2大ラジオ局のアナウンサーにラジオでしゃべることの魅了、難しさなどを聞いてきた。では、テレビにおける実況の魅力とは? そしてラジオ実況との違いとは? このテーマを語る上で絶対に外せないのが、テレビとラジオ、両方の電波を持つTBSのアナウンサーだ。そこで今回は、TBSアナウンサーとして、オリンピック、W杯、世界陸上など、数々の世界的ビックイベントで実況マイクを握ってきた土井敏之アナウンサーに話を聞くことにした。伝説の試合の裏側でどんなことがあったのか!? スポーツファン必見のインタビューです。




これから担当種目に書こうかと思って、じゃんけん(笑)


土井敏之(どいとしゆき)


土井敏之(どいとしゆき)PROFILE

1970年、東京都出身。早稲田大学法学部卒業。1994年、NHKに入局し、佐賀放送局に赴任。1996年1月、TBSのアナウンサー中途採用で入社。野球、サッカー、陸上、バレーボール、ボクシングなどを中心にスポーツ中継の実況を担当。2006 FIFAワールドカップ決勝戦の民放ラジオ代表実況を務めたほか、2010 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦の日本対パラグアイ戦のテレビ実況も担当。その他、世界陸上、ボクシング世界タイトル戦など、数々のビックマッチで実況マイクを握っている。2012年ロンドンオリンピックのジャパンコンソーシアムにも選ばれ、バレーボールと陸上競技を実況した。スポーツ中継以外でも、「ブロードキャスター」「ひるおび!」などの情報番組も数多く担当している。



オグマナオト


オグマナオト PROFILE

フリーライター。福島県出身、風車とスポーツと食べることについてばかり考える30代。『エキレビ!』レギュラーライター。各種媒体でのインタビュー記事を担当するほか、風車ライターとして『電書雑誌よねみつ』で「まわれ風車男」を連載。

ツイッター/@oguman1977


土井 最近、これだけやっていてもまだ「はじめてしゃべる競技」っていうのがありまして。それが、じゃんけんの実況。

──じゃんけん?

土井 AKB48の選抜じゃんけん大会。

──確かにTBSで中継でしたね。

土井 はじめての経験でした(笑)。担当が、今「火曜曲!」という番組のプロデューサーなんですが、もともとはスポーツ担当だったんです。「普通の作り方じゃ絶対にLIVE感が出てこないから、もう制作陣全部スポーツでやってください」ということで、画を切るディレクターも、サッカーの日本代表戦の中継を担当している人間なんですよ。番組中にスローVTRも挿んでいるんですが、それもサッカーの試合で実際に出している人間がやったりと、もう全部そういう配置で。

──それは、どこにも出ていない情報ですね。知っていれば、また見方も違った気がします。

土井 知らないですよね。みんなスポーツ。だから、アナウンサーもスポーツの私なんです。もう本当にスポーツを実況する感覚でやりました。これから担当種目に書こうかと思って、じゃんけん(笑)

──じゃんけんからオリンピックまで。土井さんは今回のロンドンオリンピックでも実況されていました。これまでにも「世界陸上」や「サッカーW杯」「ボクシング世界戦」など数々のビッグマッチを担当していますが、オリンピックならではの難しさ、というのは何かありましたか?

土井 陸上を担当する人数がかなり少なかったので、少人数で「世界陸上」をやっているみたいな感じで(笑)。そこは大変でしたね。その日の実況が終わってから翌日の準備をするんですが、タイムスケジュールを見て「うわぁ!! 明日午前中の種目がある」と、夜11時くらいから準備している感じでした。

──オリンピック中継では「ジャパンコンソーシアム」を組んで、NHKと民間放送が枠組みを超えて共同制作する、というのはよく聞きます。実際、アナウンサーの声は局の垣根を越えて流れていましたが、現場のディレクターの方はどうなっているんですか?

土井 アナウンサーと同じですよ。色んな局の方が集まって。

──じゃあ、アナウンサーがTBSで、ディレクターがニッポン放送、ということもあるんですか?

土井 ありますあります、もちろん。

──そういう、「はじめて組むチーム」での難しさはありませんでしたか?

土井 今回のジャパンコンソーシアムのテーマに、「現場で<はじめまして>は止めよう」というのがあったので、かなり早い段階から陸上に限らず、スタッフが集まっての会合がありました。そのおかげで連携もだいぶできたんじゃないかと思います。

──中継を聞いていた限りでは、大きなトラブルもなかったんじゃないかと思いますが。

土井 でも、競技の特性に慣れてらっしゃらない方はやっぱりいます。だから今回、TBSから参加したディレクターの存在は大きかったですね。彼は本来、陸上班ではないので、「世界陸上」も過去に1回手伝ったことがあるだけだったんですが、その「1回手伝った経験」っていうのがものすごく大きいんですよ。資料作りの進め方でも、彼がいてくれたおかげで、他のスタッフにも指針を示すことができたんです。

──ちなみに、どの競技を担当するか、というのは立候補制? それとも指名制なんですか?

土井 アナウンサーの希望と、それから、これまでの世界大会での実況経験が考慮されますね。だから私は、どうしても陸上担当になります(笑)。民放のアナウンサーで、陸上競技を「トラック」も「フィールド」もやっている人はまず少ないんですよ。NHKのアナウンサーと私ぐらいしかいないんで。

──視聴者的にも、陸上というとやっぱり、TBSかNHKのイメージです。

土井 だから後半、陸上競技がはじまる8月3日以降は、シフトもドシっと陸上ばかりに(笑)。ただ、どうしてもバレーボールはやりたかったんです。特に今回は、女子がメダルを狙っているのはわかっていたので、フジテレビのアナウンサーとも「やっぱりメダルマッチがやりたいよね〜」と言いながら、でも私の場合は陸上があるので、結局バレーは前半の3試合しかできず。それは残念でしたね。



「いつもと違う室伏は何だろう?」という視点で見ていました


朝のラジオ番組「森本毅郎・スタンバイ!」(月〜金/6:30〜8:30)スポーツコーナーあがりの土井アナウンサー。

TBSラジオの放送ブースでたっぷりインタビューさせていただきました。

朝のラジオ番組「森本毅郎・スタンバイ!」(月〜金/6:30〜8:30)スポーツコーナーあがりの土井アナウンサー。TBSラジオの放送ブースでたっぷりインタビューさせていただきました。


──陸上競技の実況は、ボールゲームのように「ボールの動き」がない分、人物描写のウエイトが大きくなって難しい印象があるのですが?

土井 それはですねー、種目によっても全っ然違うんですよ。トラックでも違うしフィールドとロードでも全然違うし。

──一言じゃ言えないと。

土井 「バレーボールの難しさは?」と言われれば、こうこうこうで、と言えるんですが、陸上はトラックだけでもものすごいジャンルがたくさんあって、それぞれの特色が全然違うんですね。

──確かに。

土井 ロードなら競技時間がそもそも長い上に、選手一人一人が映る時間も長いから、パーソナルの部分や取材した部分をどう生かすか、ということになってきます。トラック競技の場合は完全に「順位」が大事になってきます。フィールド競技になると、ひとつひとつ試技が途切れていく中で、どうわかりやすく説明しなきゃいけないか、となるし……全く違うんですよね、難しさが。

──例えばTBSの中で、土井さんはフィールドね、とか、初田アナウンサーはトラック、というような専門に分かれていたりはしますか?

土井 今までの「世界陸上」だと、私はフィールドとロードが多いです。トラックの経験はこれまで少なかったんですけど、今回のオリンピックではトラックばっかりやっていましたね(笑)。でも、TBS内で担当は特に決めていません。決めてないんですけど、TBSの最初の「世界陸上」で初田アナがブブカの棒高跳びを担当したので、それからなんとなく、男子棒高跳びは初田さん、みたいな感じになっていますね。

──言われてみればそんなイメージはあります。

土井 それと、室伏選手が初出場した大会で初田アナがハンマーの実況を担当したので、「室伏&初田」みたいな組み合わせができ(笑)。あと、イシンバエワが世界記録を作ったときの実況が佐藤文康アナだったので、それからはなんとなく「女子棒高跳び=佐藤文康」。そんな感じですけど、そうじゃなきゃダメ、というのもないんですよ。自分も一度ハンマーの実況をやったことありますし……あ、でも、その1回がベルリン大会だったんですけど、そのときに限って室伏選手、体調不良で欠場したんです(笑)

──アレ? みたいな(笑)

土井 でも、今回のオリンピックではとうとう室伏の実況をやりましたから(笑)

──ロンドンでの室伏選手の一投目がファウルかどうかわからない、ということがありましたが、実際、あの時は現場でどういう状況でしたか?

土井 あの時は、しゃべっていても状況がわからなかったですねぇ。

──解説の方も「なんでだ?なんでだ?」とおしゃっていて。

土井 謎です、謎! タイムアウトで「×」がついたことだけは間違いないんですが、なぜタイムアウトになったのかがわからない。ハンマーで時間切れすることってまずないんですよ。他の競技であれば風待ちがあったり、自分の体力の回復を時間ギリギリまで待ってパスをしたりタイムアウトになったり、ということはあるんですね。だけどハンマーは、基本的に風うんぬんは関係なく、自分のルーティンワークの中で進行する競技ですからね。しかも投げ終わるまでじゃなく、投げる動作に入ればタイムは止まるんです。

──なのに、タイムオーバー。

土井 いずれにせよ、不可解なファウルがあり、さらに2投目もまた表彰式の後で間ができてしまって、なかなかリズムに乗れないんです。

──選手がそういう風にリズムに乗れないときに、実況アナウンサーのリズムはどうなりますか?

土井 アナウンサーは、その「リズムに乗れない」ことをどう描写するかだから、自分のリズムは関係ないですよ。でも、なんとなく室伏が乗り切れない、苛立ちを露にしている感じはあったので、「いつもの室伏と何が違うんだろう?」という視点で見ていました。それが、《4投目までは普段声を出さない室伏が、早くも声を出した!》とか、そういう描写につながるんですよ。

──それも、これまでずっと見てきたから言えることですよね。

土井 そうですね。特に、室伏広治を高校時代から知っている小山先生が解説者としてお隣にいらっしゃるので、解説とのやり取りにおいても「いつもの室伏との違い」に焦点を当てなきゃいけないと思っていました。「今日の室伏は調子が悪いわけじゃなく、投げたい投擲ができない外的要因がある」ということは伝えなきゃいけないなと。これでもし「室伏、調子が悪い」「室伏ダメだった」という実況をしてしまったら室伏が気の毒です。また、「室伏が100%で投げてこの結果」としてしまっても、これまた室伏が可哀想になるんですよ。

──どの局、どのアナウンサーというわけではないんですが、ケガをしたりコンディションがよくなくても「今日は大丈夫です」と、変に安心をさせようとする実況だったり中継ってあると思うんですが、それはよくないですよね?

土井 変なあおり方もできないですよね。ニュートラルな部分を見ていかなきゃいけないし。それに変にあおって結果が出なかった時に誰が責任を取るんだ? という話ですよね。あおったもん勝ちじゃダメでしょ、と。そこは特に冷静にやるべきだろうなと思いますよ。



《笑顔なき銅メダル》という描写


オリンピックの際、ロンドンと東京の報道視点の違いに...

大きなギャップを感じたという土井アナ...

答えにくい質問にも、必死に考えて言葉を紡いでくれます

オリンピックの際、ロンドンと東京の報道視点の違いに大きなギャップを感じたという土井アナ。答えにくい質問にも、必死に考えて言葉を紡いでくれます。


土井 今回の室伏に関して言えばもうひとつ、どうしても不思議な感覚がありました。それは、日本での報じられ方に、ものすごいギャップを感じたんですね。

──と言うと?

土井 室伏は結果、銅メダルに終わったんですが、自分では《笑顔なき銅メダル》という描写をしたんです。だって室伏が逆転できなくて首を傾げているんですから。

──その実況はよく憶えています。

土井 その後、メダル授与のセレモニーやウィニングランをする中で、室伏もだんだん笑顔に変わっていきました。「今日できる中で精一杯やった結果なのかな」と室伏自身の気持ちも変化していったように思えたので、だんだん私のしゃべりも変わっていきました。でも、その《笑顔なき銅メダル》と言った段階までは、間違いなくそんな流れだったんです。ところが……翌日の日本国内のニュース番組では「37歳にして銅メダルってスゴいですね!」になっていたんですよ。

──確かにそうだったかもしれません。

土井 いやいやいやいや! 今日の流れじゃなきゃ「37歳にして金メダル。スゴいですね!」となっていておかしくない状況だったんです。この年のハンマー界の実力を考えれば、室伏は大チャンスだったんです。だから、そこにギャップを感じたんですね。

──そういう現地と日本とのギャップ、というのはよくあることなんですか?

土井 う〜〜〜ん…………今回ばかりはありましたね。今回が一番感じたのかもしれないなぁ。やっぱり、室伏=スゴい人、というのがみんなの頭の中にあるわけですよ。その室伏広治が、37歳にしてメダルを取ったってこと自体がスゴい! となっちゃってる。でも本来、金でも銀でも行けるはずの室伏が、100%の力で闘えていない不幸な状態にあった。だから私は「銅であっても損をしているですよ〜!」という感覚なんですが……そのギャップがちょっと残念だったり寂しかったり

──そうじゃないよ、と。

土井 「世界陸上」の場合、その競技の流れや選手の思いも織田裕二さんが受けてくださるので、きっと違う伝え方をしていると思うんです。それはやっぱり、その競技を長年追いかけてきた局の人間だからこそ感じたことかもしれないですね。



「準備期間」という言い方をするならば、常に準備している


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『65億のハートをつかめ! 〜スポーツ中継の真実 世界一の国際映像ができるまで〜』(TBS世界陸上プロジェクトチーム編/ベースボールマガジン社)

「限界に挑んだのはアスリートだけじゃない!」という帯のコピーが示す通り、2007年の世界陸上大阪大会でホストブロードキャスターに指名されたTBSが、どのような準備を重ね、技術を駆使し、トラブルを乗り越えて国際映像を作り上げたかを記したノンフィクション。走り幅跳び一回の試技に21カットの映像が用意されていることや、大会のリハーサルのためにNHKが放送する陸上大会をTBSが制作したという裏話などなど、スポーツ中継の裏側を緻密に追いかけている。土井アナウンサーのエピソードを中心に、実況の裏側も描いている。


──実況における「準備」という部分でお聞きしたいのですが、TBSの「世界陸上」中継の内幕を描いた『65億のハートをつかめ!』という本の中で、「実況では、勉強したことの3割も出せれば十分」という林正浩アナウンサーのコメントが紹介されていました。

土井 あぁもう、そんなもんでしょうね。

──やっぱり?

土井 もう、全部しゃべっていたら、アナウンサーは実況しなくなります。つまり「描写」をしなくなりますね。

──その「3割」の取捨選択は現場で?

土井 そうですね。だって、試合前に想定していた展開通りなんか絶対ならないですもんね。例えば陸上のロードの場合、「25km過ぎから勝負する」と言っていた選手がいても、集団が20kmからペースアップしたらその選手の狙いは全く外れちゃうわけですよ。ボクシングなんかでもそうですよね。現場の展開によって、「あ、これはもう戦前に聞いていた話は使えないな」とかがあるんで。

──7割が生かせないのはもう仕方がないと。

土井 7割が生かせないというよりも、今日のこの展開だとこの3割が生きて残りの7割が死んでいるけども、他の展開だったら、また違う3割が生きるわけですよ。ということは、広く網羅しておかなければいけない、ということだし、その選手のプロフィールやこれまでの歴史を知っておくと、「そういえば以前の試合で苦しんだのが今回生きるな」ということが今しゃべれる。そういう蓄積の部分まで含めたら、3割でも多いくらいかもしれないですよね。準備っていうのは、アナウンサーの仕事の中でもなかなかわかってもらえない部分なんですけど、もうほとんど準備のほうが大変で。

──具体的に、このくらい準備時間に充てた、といったエピソードはありますか?

土井 時間だけじゃ計れないですよね。「徹夜して準備しました!」って言うとなんとなくスゴそうだけど、それだけじゃなく、ずっと追っかけているわけですから。試合がなくても、例えば全日本のバレーボールの場合、ナショナルトレーニングセンターで合宿していればカメラがなくても行きますから。そういうのがいっぱいある。だから「準備期間」という言い方をするならば、常に準備していることになるんですかね。ずーっと綿綿と続くわけです。

──スポーツ実況からちょっと離れるんですが、TBSでは「SASUKE」や「スポーツマンNo.1決定戦」のような“スポーツエンターテイメント”というべきジャンルが昔から盛んです。アナウンサーの方がそこでも実況をされているわけですが、普通のスポーツ競技と「スポーツエンターテイメント」における実況の違いはどこになりますか?

土井 それはもう、むしろ圧倒的に違うんでしょうね。スポーツ“エンターテイメント”ですから、やっぱり面白く見せたいし、面白い部分をフューチャーしてみたいっていうのがありますよね。勝ち負けっていうのはその中で大事な要素としてありますけども、むしろどこを見せたいのか、というのが大事になってきます。

──実況の言葉にも演出的な要素が入ってくる?

土井 「演出」っていうと、過剰に「盛ってる感」が出てきますよね(笑)。そうじゃなくて、「光の当て方が変わる」というか。「ここを見てください」だったり、「この人、こういう特性がありますよ」というのを視聴者にちゃんと丁寧に伝えるということかな? 

──「ここを見てください」と光を当てることに関して言えば、実際のスポーツ競技でも同じなんじゃないかと思うのですが。

土井 うん。同じことなんですけども、スポーツの場合は、その光の当て方が試合によって変わるんですよ。というか、変わらざるを得ない。「ここを見てくださいね」ということを提示しても外れる場合があるから、先ほどの「準備をしても3割使えればいい」ということになるわけです。

──はい。

土井 一方、スポーツエンターテイメントはみんなで同じことをやるわけですから、展開とか関係ないじゃないですか。グループの競技であっても個人戦であっても、野球やサッカーのようにその試合の中で展開が変わるわけじゃなく、その人がうまくできるかどうかだけだから。あと、光の当て方、という点に関して言うと、スポーツエンターテイメントの方が、ハッキリ色濃く、になりますね。

──その、できるかどうか、という部分に対して光を当てる、と。

土井 そういう意味では、スポーツエンターテイメントの場合、実況アナウンサーも含めて作り手側から「こういう風に食べると美味しいですよ」と自信をもってメニューを出せる、というのがありますよね。だけど、スポーツの競技を伝える場合だと、その日に釣れた魚で料理するしかないわけですよ。

──それは、すごくわかりやすいです。もう、とんでもないモノが釣れちゃう場合もありますよね?

土井 そう! 「捕れたもので作ります」と言いつつ、「うわー、なんだよこれ!」とか「白身魚が入ると思ってたのに、イカかぁ!?」みたいなことがあるわけですよ(笑)。それは全然違いますよね。



心を動かす「何か」を伝えるのがアナウンサーの仕事


世界陸上大阪大会・男子50キロ競歩で起きた...

山崎選手の誘導ミスについて熱く語る土井アナウンサー

世界陸上大阪大会・男子50キロ競歩で起きた山崎選手の誘導ミスについて熱く語る土井アナウンサー。

※山崎選手の誘導ミスとは……2007年9月1日に行われた男子50km競歩に出場した日本代表・山崎勇喜選手は、序盤から世界記録保持者で同大会に優勝したネーサン・ディークスらと先頭争いを繰り広げる。しかしレース終盤、暑さと疲労により失速。意識が朦朧とする中、競技役員の誘導ミスという大失態により、規程の周回数を1周残して陸上競技場へ入ってしまい、そのままゴール地点に。結果、「途中棄権」という扱いとなった。大会組織委員会は運営ミスを認め、山崎選手に対し謝罪した。なお、過去にオリンピックの同種目でも、Duane Cousins(オーストラリア)が係員の誘導ミスにより棄権扱いとなった事例があり、土井アナウンサーは実況中にすぐこの情報を挿んで説明した。


──何が釣れるかわからない、という意味で、ハプニングがスポーツにはつきものですが、土井アナウンサーは特に他の方が経験しないハプニングに遭遇しているイメージがあります。

土井 そうですか? なんだろう?

──先に話題に出た室伏のファウルもそうですし、「世界陸上」で競歩の山崎選手が周回を間違ってしまって……

土井 誘導ミスですね。

──あ、すみません。あれなんかも、普通は起こりえないことですよね。

土井 起こりえないですね。起こってはいけないことですから。

──そういう場合の乗り切り方でもやっぱり「準備」が大切になってくるわけですよね。

土井 そうですね。自分自身が準備をしていたからこそ反応できた、というのもありますし、隣にいたディレクターもちゃんと競歩を理解していたから「一周足りない」ということがすぐにわかってお互いで確認ができたんですけど……今思い出してもやっぱり可哀想です。あんなこと起こっちゃダメですよね。ただ、あそこでポイントだったのは、「DNF(Did not finish)=途中棄権」だったのか、「DQ=失格」だったのかなんですよ。その2つは全然違いますから。

──それが本の中にもあった、《これを棄権とは言いたくはありません。本人の意思ではありません。死力を尽くして戦い抜いて、最後のフィニッシュテープを切ったと考えたいと思います!》という実況になるわけですね。

土井 だって、棄権じゃないもん! 選手はフィニッシュしたつもりなんですから。全然違いますからね。競歩の場合は歩型違反で「失格」になる場合はありますけども、「途中棄権」っていうのは本人の意思で止めた場合なんですね。本人の意思じゃないんだから棄権でもないし、失格でもない。

──《まだ残っているなんて言うのは無理だ!》という実況も、そういう状況を理解しているからこそ?

土井 そうですね。無理なんですよ、アレ。

──それは、土井さんとしての素直な心境がそのまま出た感じですか?

土井 はい。あの時は、強い言葉で代弁したいな、と思いました。山崎選手の動きを見ていて、もう動けないのは明白だし、本人はもう終わったものだと思って「もう無理」という顔をしていたので。それなのに、「まだ周回が残っている」「あと2km歩かなきゃいけない」と伝えるなんて酷なことはないですよ。

──確かに。

土井 あの描写をするときに、あえて抑えて、淡々と伝えることもできたと思うんです。だけどこれは、3時間強見てくれた視聴者にしても「何だよ!」と思っているはずだし、それを淡々としゃべっても山崎の悔しさは伝わらないな、と個人的にも思ったので、ちょっと強めの言葉を使いました。だから、あれはかなり素直な反応として言っています。

──比較的、自分の心境やそのとき思ったことは言う方ですか?

土井 言わないです! 基本的に「言わない」ことでのほうが、見ている人に伝わることが多いですから。あの〜……一番嫌いなフレーズがあるんですが。

──なんでしょう?

土井 それは、「感動を伝えたい」なんですよ。何だよそれ! って思いますよね。「感動を伝えたい」「感動がどうのこうの〜」……「感動」って「感じて心が動く」ことですよ? その、心を動かす「何か」を伝えるのがアナウンサーの仕事なんだから。

──結果、するものであって……

土井 結果、それを見た人が「感動しました」と言うのはもちろんいいんですが、「感動を伝えます」と言うのはおかしいんですよ。だから、むやみやたらにアナウンサーが「感動」という言葉で片付けちゃダメです。「感動をありがとう」とか死んだ方がいいですよね、そのフレーズ。バカじゃないの? と(笑)

──すっごくよくわかります。むしろ、その言葉をアナウンサーに言っていただけてスッキリします。自分も常々感じでいることで、そう思っている視聴者もきっと多いと思います。



微妙な「差」をしゃべるっていう面白さが陸上競技にはある


ストロー袋を走り幅跳びの踏切板に見立て...

さらにはボクシングの間合いを...

実演しながらの実況&放送講座...

とてもわかりやすい!

ストロー袋を走り幅跳びの踏切板に見立て、さらにはボクシングの間合いを実演しながらの実況&放送講座。とてもわかりやすい!


──陸上競技でもう少しお聞きしたいのですが、たくさんのジャンルがある中でどの実況が難しいかは言えない、というのはわかったのですが、やっていて一番楽しい瞬間はどんな時ですか?

土井 うわっ!? それも難しいなぁ〜〜〜(笑) 楽しいの? 何だろうなぁ〜。難しいっすねぇ……。

──醍醐味、みたいなことでもいいのですが。

土井 基本的に……ロードの場合だと、画面に映るグループの中で注目点を自分なりに見つけて、「この選手が今映っていますが、実は……」と、選手のプロフィールや取材した話をどう生かそうか、という風に自分なりの組み立てをつくることができる。

──それは、競技時間の長いロードだからこそですよね。

土井 逆にトラックだと全くそれはできなくなるわけですよ。だから、トラックの場合はどう考えても「差」でしょうね。微妙な「差」。どちらが今、どうリードしているのか? このカーブの中で今どういう状況で誰がリードしているのか? 《だいぶ詰めてきたっ!》とか、その本当に細かな「差」を描写する面白さが出てきますよね。

──cm単位の動きを描写することと、群像劇を描写する違い。

土井 そういうことですかねぇ……でも、やっぱり陸上競技って「差」を伝えることが一番面白いのかもしれない。ロードの場合、数mの差があっても前後に並んでいると、正面からのカメラだと距離感がわからないんです。でも、生で見ているとやっぱり違うんですよね。「ニューイヤー駅伝」や「世界陸上」で中継車や移動車に乗れたりすると、30cm変わっただけで「グッと近づいた!」ということがわかる。その差を《画面上わからないかもしれませんが、こんなに差があります》とか《だいぶ狭まりました》と伝えることが、難しくて、面白いところなんですよ。

──フィールド競技はどうですか?

土井 フィールドでも、ロングジャンプ系なんか特にそうですよね、「コレ、前よりちょっといいな」とか「踏切板を越えたのか越えないのか」も、現場で見ているとなんとなくわかるんですよ。「数cmオーバーしたな」とか「踏切板のかなり手前で踏み切った」とか、その「差」をいかに伝えられるかですよね。一番安全策は、「踏切」なんか言わずに「どうか!?」って言っておけばいいんですよ(笑)。《4回目のジャンプ。どうか!? 7mの手前です》という感じで、何とでもなるんですよね。でも、踏切板の前で踏み切った瞬間に《踏み切り、合った!》と言えるかどうか。そこがアナウンサーとしての勝負なんですよね。

──すごいせめぎ合いですね。

土井 そこは、本当に数cmの差。風によっても走り方によっても変わってくる。そのギッリギリのところをどう描写するか。ここを勝負しないとやっぱり面白さは伝わらないだろうし、その微妙な「差」をしゃべるっていう面白さが陸上競技にはあるのかなぁ、と思います。トラックでも「差」ですし、ロードでも「差」ですし, 基本的にはやっぱり「差」なのかなぁ? いましゃべっていたらだんだんそんな感じがしてきました(笑)

──「差」を伝えることが陸上競技の面白さである、と。その微妙な差は、モニターで確認するんですか?

土井 近いところでやっていればLIVEでの確認の方が大事ですね。

──前回、文化放送の菅野アナウンサーに競馬実況についてお聞きした際も、ゴール前の鼻差・頭差はモニターじゃわからない、ということをおしゃっていました。

土井 でしょうね。そう思います。ボクシングなんかでもそうなんですけど、1対1でこう構えるでしょ。一足分までいかなくても半足分だけ前に出れば、それまで当たらなかったパンチも、拳ひとつ分グンッ! と深く入って当たるんですよ。この、強く当たるかどうかの距離感って、本当に靴半足分詰まっただけでもだいぶ近くなったと感じる。その、詰まったからこそ当たるパンチっていうのは、モニターじゃむしろわかりません。生で見ていればわかります。モニターの寄りの画じゃ、2人の距離が近づいてもその差が出ないんです。

──それこそが臨場感、ということ?

土井 そうですね。その「差」を伝えるっていうところで勝負しないと、アナウンサーとしては面白くないだろうなぁと思いますけどね。

(後編に続く)



次号予告


後編では、ラジオ実況とテレビ実況の違い、そして視聴率40%を超えた国民的スポーツイベントの裏側に迫ります。

後編では、ラジオ実況とテレビ実況の違い、そして視聴率40%を超えた国民的スポーツイベントの裏側に迫ります。


なんだろう! インタビュー中もくるくる変わる表情、とくに、ぱあっとまわりが100W以上明るくなるような笑顔、さわやかではきはきした声、身振り手振りも楽しい実況の再現。愛さずにはいられないです、これぞプロの愛嬌かとノックアウトされました。そして、後編(11/15公開予定)、土井アナウンサーをもっともっと愛さずにはいられない。

「お前の目玉は節穴か」では、おもしろい取材企画を募集しています。ブログなどで具体的に企画をはじめているかた、道場破りもありです、ぜひお問い合わせください。プロアマ問いません。編集担当のツイッター @kaerubungei までどうぞ。

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