清水ミチコ様

 化粧についてのお話でしたが、私は化粧をほとんどしない派です。口紅とマスカラをくりくり塗ると、私にとってのフルメイク完了、という感じ。化粧をしてもあまり変化が無いのっぺりとした顔なので、若い頃からあまりする気にならなかったのです。

 が、先日京都の祇園に行った時に、その考え方が改まることがありました。いわゆるお茶屋遊びということをする機会があったのですが、まだ二年目という舞妓さんの顔をしげしげと見ていると、決して彼女の顔は起伏に富んでいるわけではないのです。むしろのっぺりしているのだけれど、そののっぺり具合が美しく思える化粧なのです。

 その舞妓さんは、若手有望株ということであり、伊東深水の画から抜け出たような美しさ。しかし彼女が白塗りメイクを落とした顔を想像してみると、目がクリっとした今風の美人顔では、たぶんありません。化粧を落としたド地味なタイプではないかと思われる、あっさり顔なのです。

 彼女を美しく見せているのは、やはりあの化粧なのでした。もちろん、豪華な着物や帯、簪の効果もあるでしょうが、舞妓さんの化粧というのは独特です。白塗りにして、目の下にたっぷりと朱色のシャドウというかアイラインを入れ、眉毛にも赤い何かで色が塗ってある。

 口は、今風のアヒル系大口とは対極の、おちょぼ口に描いてあります。もちろん、目を大きく見せようともしていません

 一年目の舞妓さんの場合は、上唇に色を塗ることは許されず、下唇にだけ紅をさしているのだそう。その顔は正直、「それでいいのか?」というものでもありますが、だからこそ上下に紅を入れられるようになると、一気に美しさがにおい立つのでしょう。

 白塗りにしている人の顔で意外なほどに目につくのは、歯と歯茎です。顔を全て塗りこめているので、口の中のナマっぽさが、異様に目立つのです。そして、歯と歯茎ほど年齢が出る場所も無いわけで、私は舞妓さんの歯茎の若さをおおいに観賞したのでした。

 舞妓さんの化粧を見ていると、歌舞伎役者達がしばしば、祇園の芸妓さんと秘密の仲になるのも、わかる気がするのでした、白塗りも、目の下に紅を入れるのも、それは歌舞伎でいえば女形の化粧と同じ。そして舞妓さんや芸妓さんは、踊りや鳴り物を習うわけですが、歌舞伎役者達はもちろん、そちらの方面でもプロフェッショナル。

 芸妓さん達は女性としてのプロであり、かつサービス業のプロでもあるので、秘密のおつきあいをしても決して情報が漏れなかったりしてラク、という面もあるでしょう。そして女性の側からしたら、化粧や踊りといった、業務上の話を腹蔵なく交わすことができ、また学ぶこともできる唯一の相手が、歌舞伎役者ということにもなるのではないでしょうか。

 東京に戻ってから、私は新しい歌舞伎座へ行って参りました。エスカレーターはできたし、トイレの数もうんと増えたし、満足満足……と、歌舞伎を見物したのです。

 新しい劇場において、改めて歌舞伎を見ていると、とても不思議な演劇に思えてくるのでした。昔から「そういうものだ」と思って見ているけれど、ほとんど親戚関係にある男ばかりで劇をしているというのも、変。衣装も変だし、ストーリーも残酷だし……と、いちいち考え始めると、変なことだらけなのです。

 中でも化粧は、変なことこの上ありません。善人とか格好いい人は白塗りなのに、悪役は最初から顔が赤く塗ってあるというのも、わかりやすすぎやしないか。実際にこんなに顔が赤い人がいたら、身体のどこかが確実におかしいのではないかと思われる、赤っ面っぷりです。

 客席に外国人がいると、ですから私はいつも、「この人達、変だと思っているだろうナー」と思いながら、見ているのでした。隈取にしても、私達は「そういうもの」なので「格好いい」などと思うけれど、まっさらな心で見たらものすごく怖いのではないか。

 しかし、女形の化粧や隈取を見ていると、「この伝統は、我々の中にも脈々と生きているのかも」とも思うのです。かつてのヤマンバキャルのメイクは、歌舞伎メイクとネガとポジの関係にありましたし、ギャルとかキャバクラ嬢が好きだった盛り髪というのも、日本髪の派手な盛りっぷりと共通するものではないか。

 顔がのっぺりしているので化粧のし甲斐が無いと思っている私ですが、しかし本当に化粧におけるクリエイティビティーが発揮できるのは、彫りが深い顔よりも、のっぺりとした顔なのかも。化粧を絵画と考えるのであれば、そりゃあ平面状のキャンバスの方が、描きやすいことでしょうしねぇ……。

酒井順子

清水ミチコ
Shimizu Michiko

岐阜県生まれ。タレント。
新作ネタDVD『私という他人』、日記エッセイ『主婦と演芸』(幻冬舎)が発売中。

酒井順子
Sakai Junko

東京都生まれ。エッセイスト。
近著に『この年齢だった!』『下に見る人』『もう、忘れたの?』などがある。「週刊現代」「小説新潮」「別册文藝春秋」「週刊文春」などで、幅広く執筆中。近著に『泡沫日記』(集英社)、『そんなに、変わった?』(講談社)など。

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