清水ミチコさま

 そうか、引退って「ものすごい大物」しかできないものなのですね! 人気も名声も嫌というほど得て、「もうお腹いっぱい」という人だけに許されるのが、引退という花道……。

 最近は、いつまでも引退しないことがブームのような気もします。山口百恵さんは結婚と同時に引退しましたが、今の女性芸能人は、結婚しても子供を産んでも、主婦タレント、ママタレントとして活躍しておられる。高齢になっても引退する方は少なく、淡路恵子さんのように突然ブームが再来したりするケースもある。

 もはや潔く引退するのはアスリートだけなのかと思いきや、伊達公子さんのように「引退撤回!」と、バリバリ活躍する人も……。

 先日は、前川清&クールファイブのコンサートに行ってきたのです。前川清さんというと、ドリフや欽ちゃんの番組のコントで活躍していたという印象も強い一方で、演歌歌手の中でもトップクラスの歌の上手さという印象も。演歌好きの私としては、「一度生で聴いてみたいものだ」と思っていたのです。

 最初の曲は「長崎は今日も雨だった」。鉄板のヒット曲です。さらには「噂の女」「そして神戸」等、ヒット曲を続けて。「うまいわ〜」と、私は聴き惚れました。

 驚いたのは、途中で北島三郎さんが登場したことです。この日は、前川清さんの芸歴四十五年の、記念コンサート。お祝いとして、花束を持ったサブちゃんが、舞台袖から現れたではありませんか。私達観客は当然驚きましたが、前川さんご本人にも内緒にしてあったらしく、真剣に驚いておられました。

 サブちゃんといえば、演歌界の重鎮。そして前川さんの四十五周年記念シングルの作詞新曲は、「原譲二」。原譲二とは、北島三郎さんの別名です。

 舞台上では、しばしお二人のトークとなりました。前川さんは、芸歴四十五年の六十五歳ということでしたが、

「俺なんか芸歴五十一年。もう七十七になったよ〜」

 とサブちゃんはおっしゃいます。

 しかしサブちゃん、とてもそのお年には見えません。身長が高い前川さんと比べるとサブちゃんはとても小さく見えるのですが(一六一センチだそう)、えてして小さい人は、なかなか老けないものです。老ける面積が少ないせいでしょうか、シワも目立たない。

 サブちゃんもまた、引退する気は全く無さそうです。

「八十歳まで、がんばるよ!」

 とおっしゃっていましたが、八十歳を超えても、確実に「祭り」をワッショイワッショイと歌っておられるに違いありません。

 潔く引退する人を日本人は好む傾向にありますが、日本人の平均寿命が延びつつある今、この「いつまでも引退しない姿勢」というのも、大切なもののような気が、私はしております。そして「引退しない」人といった時に私の中で印象的なのは、何といっても故・森光子さん。森さんと言えば、「放浪記」のでんぐり返しが有名で、私は、「医者から止められてでんぐり返しを封印」というニュースを見た時、「いつ森光子さんを見られなくなるかわからないし」と放浪記を見に行ったものです。

 その後も森光子さんは活躍を続けたわけですが、おそらく森光子さんにとって最後の舞台の仕事となったであろう「人生革命」というお芝居も、私はたまたま見に行っておりました。

 タッキーすなわち滝沢秀明さんとの競演だったこのお芝居。森さんは、ほとんど舞台装置のように存在しておられました。立っている時は、ジャニーズの皆さんに両脇を支えられ、セットとともに移動。ゴンドラのようなものに乗って、宙乗りも披露されていましたが、その時は台詞が口パクだった。

 しかし私は、それを見て感動したのです。間もなく九十歳にならんとしている女優が、ここまでして舞台に立とうとする、そのすさまじい気力に圧倒された。

 引退などせず、「死ぬまで仕事を続ける」というのは、芸能人に限らず、多くの人にとって理想の姿でしょう。何歳になっても仕事を続けていられるというのは、それまでの人生で一流の仕事をしてきたからこそ。私は、その「しがみつく姿」を見せてくれる人がもっといてもいいのにと思ったことでした。

 特に女性の場合、現在は平均年齢が九十歳近くなっています。仕事を六十歳で辞めてしまったら、あと三十年、何をして過ごせばいいと言うのでしょうか。夫はたいてい先に他界してしまうわけで、長い余生をいかに過ごすかは、女性にとって重要な課題。

 美魔女ブームというのも、日本女性の極端に長い寿命と関係しているものと思います。人生五十年の時代は、さっさと老け込んでよかったのでしょうが、人生九十年となったならば、五十代、六十代くらいまではきれいだったりモテたりしないとつまらない、ということなのではないか。

 安心して老けることもままならない風潮の中で、「いったいいつ引退すればいいのだ」という気分になる中年期。しかし引退していない気分でいるのは、実は自分だけなのかも。「とっくに引退したのかと思っていました!」と周囲は見ているのかもしれず、「私なんておばさんだからさー」という中年に欠かせないフレーズは、「引退していないつもり」にまつわるテレを誤摩化すためにあるのです。

 しかし、昔から全く変わらぬお姿の清水さん。何か秘訣でも……? とよく聞かれるかと思うのですが、その時は何とお答えになっているのでしょう?

酒井順子

清水ミチコ
Shimizu Michiko

岐阜県生まれ。タレント。
新作ネタDVD『私という他人』、日記エッセイ『主婦と演芸』(幻冬舎)が発売中。

酒井順子
Sakai Junko

東京都生まれ。エッセイスト。
近著に『この年齢だった!』『下に見る人』『もう、忘れたの?』などがある。「週刊現代」「小説新潮」「別册文藝春秋」「週刊文春」などで、幅広く執筆中。近著に『泡沫日記』(集英社)、『そんなに、変わった?』(講談社)など。

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