『ダイエット・パラダイス/私は美神(ミューズ)、ダイエットしてるの』
銀座、イイ女入門
黙して語らず寂しげに
 夜の銀座の冬は厳しい。雪の香りが漂う寒空の下で、ホステスは両腕をニョキッと出して、ビーズを散りばめたロングドレス姿でお客を見送る。私もホステスなので、勿論お見送りするのだけれど、これはもう素っ裸でスキー場に立っているようなもんだ。殺人的な寒さなのだ。優雅を装いながら、実際かなり哀れな状況に、私はもう、銀座なんてやめちまおうか、と本気で思ったりもする。
 しかしながら、これはまだホントの銀座の寒さとは言えない。
 銀座は二月に本格的な冬を迎えるのだ。
 二月はどうやらお客も冬眠に入るらしい。今月って二月じゃない? それも半ばを迎えている。そう、ホステスは今こそ本当に寒い思いをしているのであります。
 つい先日、同伴が入っていない夜のこと。私は並木通りをトボトボと歩いておりました。すると、私の携帯電話がバックの中で鳴っているではないか。見ると銀座らしき電話番号が表示されている。さてはお客がどこかの料理屋から電話を掛けているんだな。なんだか良い予感。
「お、出た出た。この時間に出るってことは、食事してないな。今、こないだれみが紹介してくれた新人のホステスとふぐを食べているんだ。今から来なさいよ」
 電話は、私が銀座に入ったばかりの頃から可愛がってくれている某会社の社長からで、新人ホステスとの食事の話はスタッフから報告があり知っていた。
 私がたまたま休んだ日に二人は約束したらしいが、その社長がホステスと一対一で同伴するのは、初めてのことだ。それは実は私にとっても嬉しいことだったりする。だってお気に入りのコが増えた方が、ホステスの一人一人が飽きられることもなく、いっぱい通ってもらえるからね。
 でも、何故、急に私を呼ぶのだろうか。
 先週入ったばかりのコでまだ親しくないから、気まずくなったりしてるんだろうか……などど考えていたら、あっという間にふぐ屋に到着してしまった。
「おっ、きたきた。今、大至急、れみの分のふぐが来るからな。ヒレ酒でいいか?」
 社長、やけに私に気を遣っているように見えるが、何か一役かってほしいという状況なんだろうか。
「れみとこうして食事をするのも久しぶりで嬉しいよ。取り敢えず乾杯」
 なんだ、この取ってつけたような言い回し。まぁ、食事をしたのは年末のことだから、久しぶりといえばそうだけど、そんなもんじゃないのか。確か、あの時も入ったばかりの新人を紹介して、一緒に食事をしたんだったな。そういえばあの時のホステスは今年になってから見掛けない。社長は続けて話し出す。
「いや、今日はね、れみに声を掛けていなくて申し訳なかった。昼間電話をしようと思ったんだけど、来客があって出来なくなっちゃったんだよ」
 おおっ、そうか。私に対してやましい気持ちになったんだな、きっと。今まで私を除け者にしたことはなかったからね。別に恋人でもないのに良い人ね。ま、銀座のルールには反しているから、本来ならば怒るところなのかも知れないけど、同伴なんだからどうせバレると分かってのこと。
 ところで、新人ホステスはこの状況をどう思っているのだろうか。チラリとその表情を窺ってみる。すると、口元に薄ら笑いを浮かべ、上目遣いに私に流し目を送るではないか。おおっ、この新人コワそう。
 よしっ、こんな時は黙りこくって俯いてしまえ。私のほうが新人に見えるかもぉ。可愛いく見えるかもぉ。ガクッと首を前に落とし、調子にのって両手の人差し指と親指をモジモジと絡めてみる。
「おおっ、れみ。これからはちゃんと誘うからごめん、ごめん。そんなに悲しがらないで。お酒、まだあるか? ふぐ、全然食べてないじゃないか」
「うん。じゃ、いただきます」
 ぱくぱくぱくっ。
 私も、夜の銀座に一年半もいたら、こんなことが出来るようになった。ちょっと不愉快な時には、黙して語らず寂しそうにって、それは銀座のクラブのイイ女達から教えてもらったことなのだ。大丈夫! 気にしないで、と強がって、何やっても平気だななんて思われてはいけないらしい。
 忍耐は逆手に使うと効果を倍増させると言うのだ。
 ガミガミ文句を言って、本当に強くなるのは最もいけないらしいが、私は本気で怒ればこのタイプにあたる。
 私、とても言えなかったけど実は本当に傷ついてましたの、って態度に滲み出させるこの技法、言われたとおりにやってみたが、どうやら一発で出来たみたい。
 しかしすごい効き目だ。
 銀座のお客よりも、本命の彼や夫が浮気なんぞをした時こそ使ってみたい気がする。
檀 れみ
檀れみ プロフィール
5月18日生まれ。B型。牡牛座。東京都出身。桐朋学園短期大学部文科卒業。1999年より女性誌、WEBサイト等でライター活動を開始。主にファッション、ビューティー、娯楽ページ等を手掛ける。嶋田ちあきメイクアップアカデミー第1期卒業に伴い、一般の女性を対象にしたメイクサロン「メィユール」を主宰。2004年8月より銀座のクラブ江川にてホステスを始め、今年7月に幻冬舍より初の単行本、『ダイエット・パラダイス/私は美神(ミューズ)、ダイエットしてるの』を刊行する。

檀 れみの、銀座日記
http://ameblo.jp/remiremi/