『ダイエット・パラダイス/私は美神(ミューズ)、ダイエットしてるの』
銀座、イイ女入門
耐える強さと言える強さ
 つい最近、親しくしている女性ライターの不倫の恋愛話に付き合わされた。その女性は三十七歳でバツイチ、今のところ独身である。
 貴重な土曜日の夜に突然電話がかかってきて、
「とにかく今から会ってほしい」という言葉に有無を言わせぬ威圧感が漂っていたので、私は布団の中でぬくぬくと温まっていた身体を叩き起こして、彼女から指定された代官山のカフェにすっ飛んで行った。
 会ってみると彼女は、私が飲み物をオーダーするのも待たずに、
「もう好きで好きでたまらないの」と言って、まるで夢見る乙女の表情をしているではないか。ま、恋に歳は関係はないのだろうけれどね。
 で、相手の男性は? と聞くと、歳は四十代半ばで家庭があり、大手の広告代理店に勤めているという。おもにイベントなどの仕事を手掛けていることから、すこぶる忙しい男なのだとか。だから会うのは月に一度か、二ヶ月に一度で、それもドタキャンされることがあるというからびっくり。しかも、それが「今夜だったの」と言われた時には、思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「今夜会えるのを楽しみに、この一ヶ月間頑張ってきたのよ私」と、今度は泣き出しそうである。それはさぞかし残念だろう。一ヶ月に一度だもんね。しかも当日キャンセルか。銀座のホステスだったら100%ペナルティーでかなりきつい。それを思ったら急に心がキューンと痛くなってきたが、その男の代わりとして呼び出されたことに気付くと、私こそ泣きたい。
 だけど久しぶりに会った彼女は、随分奇麗になったように見えた。
 確かに、今日のために相当頑張ってきたのだろう。若さからは片足抜け出ているものの、元々美形な女ではある。胸元まである黒髪はサラサラとして艶やかで、こうして見ると、毎晩、銀座巻きを施している私の茶髪はパサついており、ノーメイクの顔は青っちょろく不健康な気がしてきてしまう。
 現在、女性誌をいくつも手掛ける彼女は、フリーランサーなので会社に拘束されることはないけれども、実際、寝る時間もままならないくらい忙しいはずだから、お肌をピカピカに保つのも、夜から朝にかけて空白の時間を作り出すのも、恋のパワーが不可能を可能にしているに違いない。
 あなたの一ヶ月の頑張りとは、そういったことか? と聞くと、そーだ、そーだ、サスガれみは分かりが早い! とやっと喜んでくれた。
 女って恋すると何でも出来ちゃうもんなんだよね、と意見一致。忙しい合間をぬって、新しいワンピースを買いに行ったり、美容室に行ってカラーリングしたり、エステやネイルサロンなどにも行ってルンルン気分で全身ピカピカにしちゃうと、仕事をギュギュっと凝縮させて、デートの時間を作り出しちゃうんだよなぁ。
 私もそんな経験があったから分かる。準備万端にしておいたのに、そこでフラれてしまうと物凄くガックリくる。なのに、キャンセルの電話では
「うん、いいの。お仕事頑張って。また時間作ってね」、なんて慎ましやかに装っていたことが銀座に入る前にはよくあった。
 今思うと、あの偽りの優しさは、都合のイイ女になっていたんじゃなかろうか。
 と、ぼんやりと思っていたら、テーブルの上に置かれてある彼女の携帯電話が鳴り出した。その飛びつき方に目が点になってしまう私。
「なんだ、違った」とぼやき、その電話に出もしない彼女はこれ以上ないくらいに肩を落としている。私は恐る恐る聞いてみた。
「もしかして、彼の電話待ってるの?」
「うん。何時でも構わないから、もしも仕事が早く終わるようなことがあったら電話してね、と言ったの。多分、無理だって言われたけどね」
 うっ。分かる、分かるよ、その気持ち。惚れた弱みと言うけれど、それにしてもかなりな弱者だ。その男の仕事はギュギュっとはいかないのだろうか、と言いたかったが気まずくなりたくないので黙っておくことにする。
 ところで、私は何時まで付き合わされるのだろう。そろそろもう帰りたいのだけれどね。その男、二次被害まで起こしてくれおった。だけど、随分いい思いしてるな。こんな忙しい美女を振り舞わしてさ。
 いや、待てよ。
 そんなに忙しいことってあるのかな。
 一ヶ月に一回の約束もままならないって、ちと誠意が足りないのではなかろうか。
 実際、私が銀座に入ってからというもの、同伴ディナーの約束をやぶられたことはナント、一度もない。ホステスにとって同伴はノルマにもなっており、ダブルブッキングも出来ないため、一回の約束には物凄い責任がかかっている。キャンセルは大問題で、同伴日に同伴出来なければ、先にもチラリと申したとおり100%ペナルティーという厳しさ。
 でも、それが銀座道であるからして、男性は必ず約束を守ってくれるわけです。
 どうしても駄目なら、それなりの埋め合わせをしてくれなければならない。私も初めの頃は、よくぞここまで律儀に約束を果たしてくれるなぁ、と感動していましたが、それは長年、銀座中の先輩ホステス達がお客サマを教育してきた結果なわけです。「郷に入っては郷に従え」で、私もそのルールだけはきっちりと守っていただくことにしている。
 でも、銀座の女のそんな強い部分は、恋愛にこそ大切な気がしてくるのです。デートの約束じゃなくても、男にしか叶えられない女の幸せっていっぱいあるのですから。
 銀座のクラブは仕事なのでハッキリとするけれど、女性にとって最も大切な恋愛こそ、守りに入ったために、相手には見過ごされてしまったなんてね。女がどんなに期待していて、そのためにどれほど頑張っているか、男は結構分かっていないみたいだしね。それでも好きだとついつい許してしまったり、嫌われるのが恐くて言わずに我慢してしまったりして。これがどんどんルーズな関係へと発展してしまうような気がしてならない。
 頑張っているのに何故か悪循環。耐えることが必ずしも良いとは限らないのだ。
 健気で可愛いとあらば、せっかくなので相手にアピールしなきゃ損ではないか。
 男性にはちゃんと誠意を尽くしてもらいたい! 女の望みを叶えてもらいたい! といった感情をストレートに出せる勇気のある女、それって結構イイ女のような気がする。
 と思っていたら、今度こそ本命の彼から電話がかかってきたみたい。
 うおっ! なんだ、この表情の変わり様。頭の周りに天使が飛んでいるのが見えるよう。
「今、終わったって。これから会えるって」
 電話を切ると告げられた。あ、そう、とは言わずに、
「良かったじゃな〜い! ヤッタねっ」と、派手に喜んであげる健気な私。
「れみ、ありがとう! 行ってくるね。バイバイ」
 あいよ、バイバイ。
 なんて勝手な女だ。振り向きもしないでタクシーで消えて行ってしまった。
 感情をストレートに出すってのはこういう意味じゃないんだよな。いきなり一人置き去りにされた私。いや、良かったんだ。これで帰れるんだもの。ふぅ、と溜め息をつくと、うおっ! 彼奴、伝票まで残していきおった。今日の彼女は、実はなかなかイイ女だったのか。だってこんなに振り回されてしまったんだもの。
檀 れみ
檀れみ プロフィール
5月18日生まれ。B型。牡牛座。東京都出身。桐朋学園短期大学部文科卒業。1999年より女性誌、WEBサイト等でライター活動を開始。主にファッション、ビューティー、娯楽ページ等を手掛ける。嶋田ちあきメイクアップアカデミー第1期卒業に伴い、一般の女性を対象にしたメイクサロン「メィユール」を主宰。2004年8月より銀座のクラブ江川にてホステスを始め、今年7月に幻冬舍より初の単行本、『ダイエット・パラダイス/私は美神(ミューズ)、ダイエットしてるの』を刊行する。

檀 れみの、銀座日記
http://ameblo.jp/remiremi/