石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

 あれは今年の春先のこと。夕方「ただいまー」と帰宅すると……、あれれ、様子が違う。いつもなら「おかえりおかえりー!」とセンパイとコウハイが、2つの毛糸玉が転がるように飛び出してくるのに。今日は、大きな茶色い毛糸玉ひとつしかやってこない。
 玄関に立ったまま、家の中を覗くと、壁にぴったりくっつくようにコウハイがいた。丸まってやけに小さくみえる。「コウちゃん!」声をかけると、こちらを向くものの目にも力がない。はは〜ん。さては、いたずらが過ぎて、センパイに教育的指導を受けたに違いない。「センパイに怒られたの?」そう覗き込むと、コウハイは「いや、その、にゃんつうか……」と目をそらす。
 ほどなくお食事タイムとなり、2匹はそれぞれ自分の定位置についた。「よし!」の合図で食べはじめ、いつもなら「カリカリカリ」「ガツガツ、カッカ」の二重唱になるはずが、うーむ、今日はハモらない。見ると、コウハイがスタンバイはしているもののひと口も食べていなかった。「食べたい気持ちはあるんだけれど、どうにもこうにも食べられないんでやんす」という表情。さすがの私も「これはただごとではないな」と気がついた。「コウちゃんが食べないのなら、あたちが食べてあげますよー!」センパイだけが色めきたった。

 その夜、コウハイはぼ〜っと宙を見つめたり、気配を消して物陰に隠れたり、横になって少し眠ったり。そして2度ほど吐いた。日頃、寝力は誰にも負けない私だが、この夜ばかりは熟睡できなかった。少しウトウトして、目が覚めたらコウハイの様子を見て、眠っている姿にほっ。念のために耳を傍だて心音を確認、「生きてるー!」と一喜。そして、コウハイが目を覚ましているときは、なでながら「コウちゃんにはみんながついてるよ〜だいじょぶよ〜」と話しかけた。
 いつも冗談に「そろそろコトバを話してくれないかなー」と言っているけど、このときばかりは「少しでもしゃべって!」と心底思った。「おなかが痛い」とか「昼間、おもちゃ飲んじゃったー」なんて……。いくら考えても現実になるわけがないけど、そんな妄想をして現実逃避。時間をやり過ごし自分を慰めた。でも、私が心細そうにしていると、横にいるセンパイにもその気持ちが伝わってしまうから、極力明るく冷静に……。
 長かった夜が明け、私は診察時間を待ってコウハイを病院に連れて行った。動物病院は、ワクチン接種と、去勢手術のときとこれで3回目。あまりにぐったりしたコウハイを見て、院内のスタップがわらわらと集まってきた。
「コウハイちゃん、いつもの元気はどうしたの?」

「症状としては、胃から小腸にかけて通過障害があるようです」と獣医さん。しかしレントゲンを撮っても何も写らない。食欲もなく弱っていく一方なので、とりあえず脱水症状に陥らないよう皮下点滴を。胃の中の異物を溶かす薬と胃腸薬を処方してもらい、もうしばらく様子を見ることとなった。
 そして翌日。状況がかわらないので、もう一度診察へ。今度はバリウムのようなものを飲ませ、数時間かけて胃腸の動きを診た。その結果、飲んだものが腸の上部1/3までしか流れていかないことが判明。ここに何かが詰まっているのだ(獣医さんは、そこまで断言はしないのだけど)。
「やんちゃな子猫などに、遊んでいて勢いで何かを誤飲してしまう子がいます。でもそれが金属でない限り、レントゲンなどにははっきり写らないんですよ。コウハイちゃんの昨日と今日のレントゲンを見比べると、小腸の同じところにうっすらと影が写ります。これが誤飲した何かの可能性がありますね。もうしばらく様子を見ますか。それとも、手術、しますか?」

 獣医さんの説明はとても明解だ。はわわわ、どうしたらいいの? こんな重要な決断を迫られて、私の心はじたばた。しばらく間を置いて「じじゃぁ、手術、お願い、し……、ま、す」歯切れ悪く答えた。
「わかりました。手術するなら、早い方がいいですね。それだけコウハイちゃんの苦痛が早く治まりますから。検査中も、弱っているのに、コウハイちゃん、あれこれ文句言っていましたよ。気力はありますね」「は、はいーっ。よろしくお願いします」。手術は、病院の診療時間後、夜の9時頃からはじめることになった。
 私は、一旦帰宅して、手術終了の連絡を待った。「コウちゃん、大丈夫だからねー。しっかりねー。がんばるんだよー!」と念を送りつつ、脳内に浮かぶ一万円札が羽根をつけて飛んで行く図を振りはらう。「ええいっ、今はコウハイの健康が最優先。お金はなんとかなるわーん」
 今、大切なのはコウハイの命。こうなったら、やけっぱち。 
 11時過ぎ、病院から電話があった。
「手術、無事終了しました。コウハイちゃん、がんばりましたよ。まだ麻酔で眠っていますが、会いに来ますか」
「い、行きまーす!」
 私はセンパイを荷台に載せ、動物病院まで自転車を飛ばした。

その2につづく

石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

洗濯ネットに入って、いざ病院へ。「気をつけてね」とセンねえたん
洗濯ネットに入って、いざ病院へ。
「気をつけてね」とセンねえたん

食べないから...

...投薬もひと苦労……。
食べないから投薬もひと苦労……。

そして自ら、個室で静養。
そして自ら、個室で静養。

白い部分が胃。胃から小腸にほぼ何も流れていかないのがわかる
白い部分が胃。
胃から小腸にほぼ何も流れていかないのがわかる

病院でもどよよよ〜〜〜ん。
病院でもどよよよ〜〜〜ん。

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犬猫姉弟 センパイとコウハイ

石黒由紀子

犬顔犬性格のエッセイスト。ゆるり系エッセイやリコメンドを「CREA」ほか女性誌、愛犬誌、WEBなどで。好きなものは、犬、猫、雑貨、街歩き、音楽、絵本。著書に『GOOD DOG BOOK~ゆるゆる犬暮らし』『なにせ好きなモノですから』『さんぽ、しあわせ。~東京ゆるゆる街歩き』『GOOD DOG GOODS!』『カップル・ストーリーズ』など。

単行本『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』発売中!

大丈夫? コウハイピンチ どうしよう|石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ
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