石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

「コウちゃーん! コウちゃん大丈夫?」「がんばったねー! えらいねー!」
 真夜中の動物病院に到着し、手術を終えたばかりのコウハイに声を掛ける。コウハイは、ただならぬ気配と声に目を覚まし、私をちら見。「はいはい、聞こえてます。でも今は、静かにしてほしいでやんす」と迷惑そう。そして、センパイにも気づき「ねえたん、来てくれたでやんすか。かたじけない……」と頭を少し持ち上げ黙礼。なんだか態度に差があるよ。
 とりあえず、落ち着いたコウハイの姿を見てひと安心。別室で執刀した先生から説明を受けることになった。
「コウハイちゃん、よくがんばりました。手術は約2時間かかりましたが、すべて順調でしたよ。開腹して異物を取り出しました。腸に詰まっていたのは……」

 ごくり。私は身を乗り出した。「腸に詰まっていたのは、約2センチくらいの、梅干しの種でした」。ちょっと待って、なんですと? 「えーっ! 先生すみません。梅干しの、種、デスカ〜?」慌ててへんなイントネーションになったが、先生は続けた「コウハイちゃんの腸には梅干しの種が詰まり、管に栓をしたような状態になっていました」。
 一瞬、受け止められなかった。私は戸惑いと疑問を先生にもうひと押し。「いや。あの、梅干し、うちではここ何日も食べていなし。ほ、ほんとですか?」我ながらしつこい。しかし、先生は「いつ飲み込んだのかはわかりませんが、飲み込んでも消化されずに、ずーっと胃の中で浮かんでいたということも考えられます。胃から腸に流れだして途中で詰まったんですね。だから胃の中にある間は、ときどきチクッと痛むようなこともあったかもしれませんが、それほど影響がなかったんだと思います。果物の種を誤飲するのは食いしん坊の犬には時々あるケースですが、猫で種を詰まらせたのいうのは……私にとっては、はじめてです」。

 はぁ……。コウハイよ、またひとつ伝説を作ってしまったようだね……。ともあれ、コウハイは痛みにも耐え、手術も無事成功。梅干しの種も取り出して、あとはじっくり静養して回復を待つばかり。このまま順調にいけば5日後くらいには退院できるらしい。
 遅くまで残ってくれていたスタッフのみなさんに感謝を伝え、この日が結婚記念日だった院長先生にも「お騒がせました……」とお詫び。そして、コウハイのケージの下に入院中だったラブラドールのイネットさんに「うちのコウちゃんをよろしくお願いします」と挨拶し、家路についた。

 夜の商店街をセンパイとの帰り道、3月の夜風に頬を撫でられ、少し冷静になった私は、安堵とともにじわじわと腹が立ってきた。「まったく人騒がせなコウハイめー。この大騒ぎの原因が、梅干しの種だったとはー」、センパイに言うでもなく声に出して呟いた。とはいえ、まぁ、こんなふうに怒っていられるのもコウハイが無事だったからこそだ。あーでも参ったー。コウハイ、自業自得だよ。いやになっちゃうなぁ。いやになっちゃうけれど、無事でいてくれてよかったなぁ。本当によかったなぁ……。動物病院のみなさんによくしていただいて、ありがたいことだなぁ……。頭の中にいろんなことが浮かんでは消える。

 翌日から、私とセンパイはせっせと面会に通った。コウハイは若い回復力を発揮、的確な診察とケアのおかげで、どんどん元気を取り戻していった。2日目には点滴も取れ、3日後には看護士さんに「遊んでくれー!」と猫パンチでアピール。4日後には食欲もまんまん、おしゃべりも増えた。
 病院までは歩いて20分。空気は冷たいけれど、センパイがいるから寒くは感じなかった。コウハイは、今は痛みもなく温かいケージの中で眠っている。眠って眠って、身体を癒している。そして、目覚めたときにはまた前より少し、楽になっているはずだ。それだけでうれしい。それだけで私はしあわせだった。
 そして5日目、コウハイは予定通り退院できることとなった。

石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

手術を終えたばかりのコウハイ、手には点滴。
手術を終えたばかりのコウハイ、
手には点滴。

...「センねえたん、来てくれたでやんすか…」立ち上がろうとしたコウハイ。
「センねえたん、来てくれたでやんすか…」
立ち上がろうとしたコウハイ。

2日目。「なんか、調子が出ないっす…」ちょっとどんより。
2日目。「なんか、調子が出ないっす…」
ちょっとどんより。

「生きようとする気力はすごいです」と先生。うれしい言葉。
「生きようとする気力はすごいです」と先生。
うれしい言葉。

3日目にしっかり立ち上がりました。目にも力が出てきた。
3日目にしっかり立ち上がりました。
目にも力が出てきた。

4日目「そろそろ出してもらおうかにゃ?」顔の表情もいい感じ!
4日目「そろそろ出してもらおうかにゃ?」
顔の表情もいい感じ!

階下のイネットさん。気のいいご婦人でした。
階下のイネットさん。気のいいご婦人でした。

セ「コウちゃん、心配させないで!」 コ「ねえたん、ごめんにゃ…」
セ「コウちゃん、心配させないで!」
コ「ねえたん、ごめんにゃ…」

Webマガジン幻冬舎
犬猫姉弟 センパイとコウハイ

石黒由紀子

犬顔犬性格のエッセイスト。ゆるり系エッセイやリコメンドを「CREA」ほか女性誌、愛犬誌、WEBなどで。好きなものは、犬、猫、雑貨、街歩き、音楽、絵本。著書に『GOOD DOG BOOK~ゆるゆる犬暮らし』『なにせ好きなモノですから』『さんぽ、しあわせ。~東京ゆるゆる街歩き』『GOOD DOG GOODS!』『カップル・ストーリーズ』など。

単行本『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』発売中!

またひとつ コウハイ伝説 できました|石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ
Webマガジン幻冬舎 最新号 INDEXバックナンバー

Copyright © GENTOSHA INC. All rights reserved.
Webマガジン幻冬舎に掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。webmagazine@gentosha.co.jp