石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

 ジュリが亡くなった日の夕方、義母がやって来た。ジュリの亡骸を義母は抱き上げ、頬を寄せて「ジュリ、ジュリ」とずっと声をかけ、そして何度も「ごめんね」と言っていた。センパイもコウハイもそっとその様子を見守っていた。

 本当は、自分で看取りたかったのだと思う。仕事とジュリの看病とで、忙しさと不安でいっぱいいっぱいになっていた義母は、そんな慌ただしい日々が永遠に続くような気になり絶望していたけれど、意外にあっさり幕引きとなった。「ここでお別れとなるなら、最期までジュリを看ればよかった」、そう思ったのかもしれない。
 犬も猫も人も、生きているものの命がいつまでかだなんて、誰にもわからない。でも永遠ではないのだということをあらためて思った。
 
 さて。もう1匹の老猫•ボンボンは相変わらず。義母がやって来たときも、さほど喜びもしない。「あ、知ってるぞ、このひと、知ってるぞ! なんだ、なにしに来たんだよ?」という感じ。それでも玄関で出迎えて、ずっと付かず離れずいるところをみると恋しいのかもしれない。センパイとコウハイを仕切り「このヒトの隣はおれの場所だぞ」と言っているようにも見えた。

 義母が言った。「実はね、ボンボンを家に連れて帰りたいの。預けてみたり連れて帰ると言ったり、勝手なことはわかってます。でも、2匹と離れてみてやっと気づいたの。身に沁みました。ボンボンが病気になったりしても、もう手放さないから」。
 共に暮らしたペットを、理由があるとはいえ「預けたい」と言ってきた義母に、オットも私も怒っていた。そして今度は「連れて帰りたい」と。こんなとき犠牲になるのは動物だ。人の身勝手さに翻弄されて、ボンボンはどんな気持ちか。

 沈黙が続いたが「今、ひとりで暮らすお義母さんの毎日を思うと、厳しいことも言えないなぁ……」そう思いながらボンボンを見たら、義母に寄り添うようにして寝ていた。その寝顔は、我が家に来て見せたことがない柔かな表情。そうか、やっぱりボンボンは帰りたいんだな。

 その夜オットは留守で、女同士、ジュリに献杯。「悲しいけれど、苦しそうにしていたジュリを思うと、闘病から解放されてよかったね、とも思う。23年間もよく生きてくれたわ」義母がしみじみと言った。日本酒はしんと沁みた。

 ボンボンは義母のリュックサックに入れられて「おい、なんだよー、今度はどこへ連れていくんだー」と文句を言いながら帰っていった。センパイとコウハイと1人と1匹を見送り、私は「年寄り猫まつり、終わったねー」と、誰に言うでもなく呟いた。リビングが前よりがらんと広く感じた。

 ボンボンは「要領が悪くてマイペース、ひとりでは何もできない猫だ」と義父がボンボン(坊ちゃん)と名付けた。賢くて、いつも毅然としたジュリにどこか気遣いながら暮らしていたが、今では、義母をひとりじめ。食欲旺盛、気まぐれに甘えベランダで昼寝して、悠々自適。男ボンボン23歳、なんだかまだまだ長生きしそう。

石黒由紀子 犬猫姉弟 センパイとコウハイ

我が家へやって来た日のボンボン。まさに借りて来た猫
我が家へやって来た日のボンボン。
まさに借りて来た猫

一夜明けて。「油断はならぬ」と顔に書いてある
一夜明けて。
「油断はならぬ」と顔に書いてある

3目目からは少し慣れて昼寝もするように
3目目からは少し慣れて昼寝もするように

だんだん寝姿も大胆になってきた。
日当りのいい狭いところで上手に寝ていたな
だんだん寝姿も大胆になってきた。
日当りのいい狭いところで上手に寝ていたな

男同士の対話(ケンカ)
男同士の対話(ケンカ)

決闘? 一瞬ヒヤッ。でもどちらにもその勇気はなくて……。
決闘? 一瞬ヒヤッ。
でもどちらにもその勇気はなくて……。

ボンボンに神経を尖らせ、その分センパイに甘えるコウハイ
ボンボンに神経を尖らせ、
その分センパイに甘えるコウハイ

「ぼくたちは、どうなっちゃうの…」「そうねぇ…」なんて話してた?
「ぼくたちは、どうなっちゃうの…」
「そうねぇ…」なんて話してた?

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犬猫姉弟 センパイとコウハイ

石黒由紀子

犬顔犬性格のエッセイスト。ゆるり系エッセイやリコメンドを「CREA」ほか女性誌、愛犬誌、WEBなどで。好きなものは、犬、猫、雑貨、街歩き、音楽、絵本。著書に『GOOD DOG BOOK~ゆるゆる犬暮らし』『なにせ好きなモノですから』『さんぽ、しあわせ。~東京ゆるゆる街歩き』『GOOD DOG GOODS!』『カップル・ストーリーズ』など。

単行本『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』発売中!

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