中東の国々には、アジアからの出稼ぎ労働者が大勢暮らしている。中東はオイルマネーで潤ってはいるものの、人口が非常に少なく、働き手がいない。そこでアジアの貧しい国々から労働者を呼び寄せ、工事、レストラン、清掃などの仕事を任せているのだ。フィリピン、インドネシア、ラオス、タイ、スリランカなどからの出稼ぎ労働者が多い。
 こうした出稼ぎ労働者の大半は、自国にあるブローカーを通してやってくる。出稼ぎの仕事紹介を専門にしているブローカーがおり、発展途上国のスラムなどに暮らす貧しい人たちを中東へ派遣するのだ。男性は主に工事現場などで肉体労働をし、女性は家政婦として働くのが一般的だ。
 ただ、彼ら出稼ぎ労働者の置かれている立場は非常に弱い。場合によっては、仕事や働く地域すら選ぶことができず、空港に到着した直後にトラックに乗せられて奴隷のように勝手に仕分けられる。ある人は工場へ送られ、ある人はレストランへ送られ、ある人は売春宿へ送られ、拒否する権利も与えられないこともあるのだ。
 年は一九九〇年。中東では湾岸戦争が勃発していた。イラクが産油国のクエートに侵攻したため、米国が英国などと連合軍を組んでイラクに対する攻撃を行なったのだ。そんな頃、クックという名のフィリピン人出稼ぎ労働者が同じ出稼ぎ仲間とともに中東の某空港に降り立った。
 彼らは目を輝かせていた。ブローカーの話では、今回の仕事は通常の出稼ぎの何倍ものが出るとのことだった。一年働けば、家を建てられるぐらいの収入になるという。クックはがんばって、国に残して妻子に楽な暮らしをさせてあげたいと思っていた。
 空港を出ると、ごっついアラブ人たちが待っていた。彼らはクックたちをトラックの荷台に乗せると、突然目隠しをし、次のように説明した。
「この国には、米軍の秘密基地がある。これから君たちにはそこで住み込みで仕事をしてもらう。契約期間中は一切の外出は許されないが、その代わり給料は他の出稼ぎよりずっといい」
 到着したのは、基地というより倉庫のような建物だった。目隠しを外された時、クックは目の前の光景に愕然とした。米兵の遺体が何十体も横たわっていたのだ。湾岸戦争で死んだのか、手足がもげていたり、腹が裂けて内臓が飛び出したりしている。
 アラブ人の男は次のように言った。
「ご存じのとおり、今は湾岸戦争の最中だ。ニュースでは報道されていないが、この戦争では連合軍側の米兵や英兵なども多く戦死している。ここの施設では、クエートで死亡した兵士の遺体を集めているのだ」
 国の発表では連合軍の戦死者はほとんどいないとされていた。それは嘘だったのか。
 アラブ人はつづけた。
「この施設では兵士の死体を修復する作業を行なっている。連合軍は自分たちの兵士がイラク軍にたくさん殺害されていることを隠すため、戦死者の死体を修復してきれいに見えるようにし、戦争ではなく訓練や事故で死亡したことにしている。つまり、〈戦死者〉の数を減らしているのだ。君たちに行なってもらいたい作業は、その死体修復の仕事だ」
 どうりで高い報酬を提示されたはずだ。クックは今さながら内情を理解したが、ここまで来て引き返すわけにもいかなかった。
 翌日からクックは仲間とともに死体修復の作業を行なうことになった。朝早くからマスクをし、ゴム手袋をはめて、バラバラになった遺体をかき集めて、縫いつけたり、詰め物をしたりすることで、生前と同じ姿にもどさなくてはならない。
 作業は困難を極めた。遺体はほぼすべて腐敗しており、強烈な悪臭が漂っていた。中にはウジがわき、見るに耐えないようなむごたらしい遺体も少なくなかった。毎日それらと向かい合っていると、頭がおかしくなってくる。
 やがてクックは精神的な限界を感じるようになった。眠れば死体が夢に出てくるし、シャワーを浴びても体に腐臭が残っているように感じられる。自分が手がけた死者が幽霊になって白昼に現れるような錯覚にも陥った。
 もう限界だ。そう思ったクックは上司のもとへ行き、国へ帰らせてほしい、と頼んだ。上司は困ったような顔をしてこう答えた。
「困ったな。一年間契約を結んでいるから、それが満了するまではどんなことがあっても国に帰すことはできないんだよ」
「では、違う仕事に就かせてください」とクックは頼んだ。
「参ったな。これ以外の仕事といえば、連合が捕まえたイラク人捕虜の死刑を執行する仕事か、拷問をする仕事しか残っていない。どちらも今よりつらい仕事だと思うが、耐えられるのか」
 クックは落胆し、少し考えさせてほしい、と答えて部屋に帰った。追い詰められた彼は自殺するしかないと考えていた。だが、首を吊ろうにも自殺を防ぐためか、シーツやロープを吊る場所がまったくない。そこで、彼は果物ナイフで何度か自分の首を刺して、血まみれになって自殺した。
 翌日、彼の傷だらけの遺体は同じ出稼ぎ労働者たちの手によってきれいに修復された。そして数日後には棺に納められてフィリピンの実家に送り届けられた。棺に入れられた書類には次のように記されていた。
〈出稼ぎの際、交通事故により死亡〉
 遺された妻子は、クックが出稼ぎ先で何をしていたかさえ知らず、交通事故によって死亡したものと理解し、葬儀を行なった。











Webマガジン幻冬舎
石井光太 世にも奇妙な 世界の戦争都市伝説
著者プロフィール
石井光太(いしい・こうた)

石井光太1977年東京生まれ。作家。『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『レンタルチャイルド』『飢餓浄土』などの海外ルポルタージュでは、周縁に生きる人びとと交わりながら、彼らの世界観を活写した。東日本大震災後、遺体安置所にはりついて書き上げた『遺体』、国内HIV感染者たちの抱える葛藤を見つめた『感染宣告』など、人の生と死のすがたを追いつづける。貧困者の生態を解説した『絶対貧困』『餓死現場で生きる』、写真エッセー集『地を這う祈り』、絵本『おかえり、またあえたね』ほか著作多数。

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2012年7月1日 vol.271 第十回 第二十話
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2012年5月15日 vol.268 第七回 第十三話
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2012年5月1日 vol.267 第六回 第十二話
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2012年4月1日 vol.265 第四回 第八話
奴隷船──奴隷貿易
2012年4月1日 vol.265 第四回 第七話
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2012年3月15日 vol.264 第三回 第六話
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2012年3月15日 vol.264 第三回 第五話
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2012年3月1日 vol.263 第二回 第四話
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不死身の自爆テロ──パレスチナ問題
2012年2月15日 vol.262 第一回 第一話
ビクトリア湖の巨大魚――ウガンダ内戦
2012年2月15日 vol.262 第一回 第二話
沖縄で死んだ韓国人――朝鮮人強制連行

 中東はオイルマネーで潤っていることで知られている。湾岸戦争の舞台となったクウェートをはじめ、その周辺のドバイ、サウジアラビア、オマーン、カタール、バーレーンなどは特に有名だ。
 しかし、これらの国々の国土には広大な砂漠が広がっているため、生活できる地域が限られており、人口がかなり少ない。オイルマネーで国民は潤っているものの、その豪華な生活を支えるための労働者が不足しているのだ。
 また、イスラームの宗教的な理由から女性の労働者が不十分だということもある。女性の社会進出があまり認められていないため、家政婦、美容師、看護師など女性労働者を海外からの出稼ぎ労働者で補わなければならない。そうしたことから、出稼ぎ労働者が求められている。
 一方、出稼ぎ労働者を派遣するフィリピンのような貧しいアジアの国にとっても、中東に労働者の需要があるのは都合がいい。時刻で仕事のない者たちが出稼ぎ労働者として海外に渡り、そこからの仕送りをすれば、家族を養える。国内の雇用が少ないからこそ、出稼ぎに依存しているのだ。
 こうした国のスラムでは出稼ぎ労働者たちは家族を支える大黒柱と尊敬されているが、実際の生活は過酷だ。休日すらろくに与えられず、朝から晩まで低賃金で働かされる。雇い主からのセクハラのもある。出稼ぎ労働者に相談者がないことをいいことに、レイプをしたり、売春を強いたりするのだ。
 出稼ぎ労働者は雇い主との関係が悪くなれば仕事を失って帰国するしかないため、訴えることさえできず、黙って言うことを聞くしかない。レイプされた出稼ぎ労働者の女性が訴えたところ、現地の裁判官は訴えを却下したばかりか、逆にアラブ人男性に対する「姦通罪」だとして死刑宣告を出された例まであったほどだ。
 こうした劣悪な環境では、出稼ぎ労働者たちの間で様々な噂が飛び交う。雇い主が猟奇殺人者で出稼ぎ労働者が殺されただとか、奴隷としてアフリカに売られただとかいう話があるのだ。今回の湾岸戦争にまつわる話も、そうした都市伝説の一つだといえるだろう。
 ただし、この話は完全な都市伝説として割り切れる類のものではない。話の裏には、戦争における先進国の自分勝手な都合が隠されている。
 そもそもアメリカをはじめとした先進国は、海外で戦争を行う場合、出稼ぎ労働者を軍事施設の従業員として雇うのが慣例だ。人件費が安くて済むということと、その国の人間を雇うより、お金だけを目当てに集まってきた貧しい外国人を雇った方がスパイの防止などにも役立つと考えてのことだ。
 このように軍に雇われた出稼ぎ労働者たちが任される主な仕事は基地などで警備、肉体労働、料理、清掃などである。今回の都市伝説では、その一つとして、争で死んだ死体を修復する仕事があるという話になっている。高報酬の裏には何か事情があるというのは万国共通であり、出稼ぎも例外ではない。安易に高報酬の仕事に飛びついたばかりに、死体修復の仕事をさせられて自殺するという話が、ある種の教訓を孕んでいるといえるだろう。
 戦争が生み出す都市伝説の中には「死体修復」がテーマになっているものがいくつかある。日本ですら、二回にわたってこの都市伝説が生まれたことがある。一回目が朝鮮戦争(一九五〇〜五三年)、が起きた時、二回目がベトナム戦争(一九六一年〜七五年)が起きた時だ。いずれも、日本人が米軍基地で日本兵がアメリカ兵の死体修復にかかわったという話だった。
 具体的には次のような話だ。


■朝鮮戦争
 朝鮮戦争では、大勢の米兵が戦闘で死んでいる。それらの遺体は直接国に返されるのではなく、いったん日本の米軍基地に運び込まれ、死体修復が行なわれることになっている。
 死体修復の仕事をするのは民間の日本人だ。米軍は「基地での作業員を募集」とのチラシを大量に刷り、町の電信柱に貼り付けて広告する。それで応募してきた日本人に高い賃金と引き換えにやらせるのだ。
 修復のための遺体は、ホルマリンでできたプールに沈められている。日本人の作業員たちはそれらを一体ずつ引き上げ、怪我の部分を縫合したり、ちぎれた腕をつなげたりする。だが、死体は見るに耐えないほど損傷したものばかりであり、ほとんどの日本人は仕事をはじめてすぐに気がふれてしまうという。

■ベトナム戦争
 ベトナム戦争は当初アメリカの圧倒的有利だと思われていた。だが、年を経るにつれ、アメリカがゲリラ戦にてこずり、多くの犠牲者を出していることが明らかになっていった。密林に討伐に行くたびに返り討ちにあい、多くの死者を出しているようだった。
 そんな頃、大学の掲示板に〈米軍基地でのアルバイト募集〉の求人広告がさかんに貼られるようになった。当時の学生のアルバイトとしてはかなり良い高額な時給だったという。かなりの応募があったはずだが、求人広告はどんどんと増えいき、記された時給も上がっていった。
 だが、ベトナム戦争が終わると同時に、その求人広告はパッタリと見なくなった。一体何の広告だったのだろう。しばらくしてある噂が広まった。
「あの求人は、ベトナム戦争で死んだ米兵の死体修復だったらしい。あれに応募した学生たちは大金をつかんで大学をやめ、事業を起こしたりしたそうだ」
 この噂が本当なのかどうかわからない。だが、それきり例の求人広告が掲示板に貼られることはなくなった。


 死体の防腐加工と修復は、どの戦争でも行われている。したがって、大学での募集云々は別にしても、これらの話の一部が真実であることはありえる。
 戦争において死体修復の話が持ち上がるのは、戦争がそれだけ悲惨なものであるからだろう。そして、その尻拭いをされるのがいつも弱い立場である「出稼ぎ労働者」であり、「敗戦国民」であり、「学生」だ。こうした死体修復の都市伝説は、そうした不条理をつたえているのである。