ぼったくりが似合う条件

「ぼったくり」。決して響きのいい言葉ではない。でも、人は時に「ぼったくられた」経験を嬉しそうに語る。海外のタクシーでぼったくられては、「あの国のタクシーは気を付けた方がいい」と知ったかぶりをし、買い物でぼったくられては、「怪しいと思ったんだけどね」と脚色を加える。実は僕のことなのだが。
 友人から「ぼったくりドイツ料理屋」の情報をいただいた。ぼったくりの店だが客はそこそこいるらしい。料理の量がやたら多く、残すと年老いたドイツ人店主に怒られる。多くは欧米人のひとりメシ客。黙々と食べて、さっさと帰っていく。場所は旧防衛庁の跡地「ミッドタウン」から外苑東通りを挟んだ向かい側の六本木七丁目。少し中に入っていった静かな住宅街の中にあるそうだ。
 10年程前、僕は六本木七丁目の雑居ビルに個人事務所を借りていた。ここに通っていた頃、昔は漁師が住んでいた町だっただとか、江戸川乱歩の小説に出てくる明智小五郎の事務所もこのあたりだったと聞いたことがある。でも、ぼったくりドイツ料理屋の話は聞かなかった。キャバクラのような風俗店ならともかく、年老いたドイツ人男性がいるぼったくりの料理店。そんな店が、はたしてやっていけるのか。しかもかなりの老舗らしい。老舗のぼったくり。「老舗」がつくと響きがいい。どんどん興味は湧いてくる。
 スマートフォンのマップに住所を打ち込み、店を探しているうちに行き止まりにぶちあたった。六本木とは思えない静けさで、周囲のコンクリートに昭和の香りが漂い、ホスト系の男性が女性から金を巻き上げている光景も似合いそうだ。本当にこのあたりなのだろうかと一旦、来た道を戻り、スマートフォン上で自分のいる場所を確認する。やはりこのあたりだ。とりあえず行き止まりまで行った目の前に建つ雑居ビルの一室の入口がヨーロッパの旧市街にありそうな電灯が柔らかい光を放ち、緑色の木の扉を照らしていた。どうやらここのようだ。中の様子は全く見えない。スナックのような雰囲気でもある。……ぼったくりの店構えとしては申し分ない。
 ただ、いざ入るには躊躇する。しかし、「ここは日本! いざとなれば店を出ればいいだけのこと!」そう奮い立たせて扉を開ける。狭い。U字型のカウンターの中に立つラガーシャツを着た大柄のドイツ人が、ゆったりした動作で振り向き、何も言わずに僕を凝視した。噂通り、年老いてはいるが、迫力のある目だ。U字型のカウンターに一人だけ座っていた細身の日本人男性も顔をあげ、僕を凝視する。彼の前には飲み物も料理も置かれていない。この店の関係者だろうか。ちょび髭にアディダスのジャージ姿。「ぼったくり」が似合う風貌である。

アディダスのジャージを着た謎のちょび髭日本人

「ビール?」
 入口に近いカウンター席に座ると大柄なドイツ人がぽつりとつぶやく。無表情である。「はい」と答えると目の前に置かれたグラスを手に取り、サーバーからビールを注ぐ。ゆっくりした動きで僕の前にコースターを敷き、その上にビールを置いた。
 座っていたちょび髭日本人にドイツ語で何やら言う。僕が注文した物を言ったのか、それとも全く別のことを言っているのかはわからない。ちょび髭日本人はドイツ語が理解できるのだろうか。あれ? いつのまにか英語で会話している。僕はドイツ語も英語もできないが、ニュアンスの違いくらいはわかる。ともかくちょび髭日本人もこの店の関係者であることは間違いなさそうだ。ということは客は僕一人。
 ぎくしゃくした空気が店内に漂い、あまり居心地はよくないが、生ビールは美味しい。さすがはドイツ。ただ、「ぼったくり値段」のこの店では、いったい一杯いくらなのだろう。
 U字カウンターを挟んだ向こう側の奥に小さなキッチンが見える。ワンルームマンションのキッチンなのではないかと思うほど狭いスペースにコックコートを着た二人の日本人料理人が詰め込まれるように立っていた。一人は鍋に仕込みをしているようで一人は鍋を洗っているようだ。彼らの後ろの棚に様々な大きさのフライパンが10個程積み重ねられていた。狭いキッチンとフライパンの数がアンバランスだが、料理に合わせてフライパンを変えると考えると、それなりに本格的な料理を出すのだろう。
 何気なくメニューを探すが見当たらない。
「ブラッドピット スキ?」
 大柄ドイツ人が質問を投げかけてきた。料理とは全く関係ないことを。しかも無表情。彼の目線を追うと僕の座った場所の左上にかかっているモニターにブラッドピットが映し出されていた。映画「ジョー・ブラックによろしく」。ローマに行った際、生まれて初めて海外の映画館に入り、最初に観た映像が、この映画の予告編だった。ブラッドピットのイタリア語吹き替えが新鮮だったので、よく憶えている……いやいや、そんなことより料理である。
「好きです」と答えた後、おそるおそる「メニューをください」と言ってみた。メニューを見れば、ぼったくりかどうかもわかるはず。値段が書いてあればの話だが……と思っていたら、
「メニュー アリマセン…○▼×&%%$、$&ソーセージ、●×&$#ミートローフ、#$▽%&&…」
 指を折りながらつぶやいている。どうやらメニューを口で言っているようなのだが、いきなりで、頭がついていけない。しかも発音のいいドイツ語(当たり前だ)なので全くわからない。聞き取れたのはソーセージとミートローフだけ。「食べ残す」と怒られるという情報が頭を過り、「聞き直す」と怒られそうな気がした。僕は、そんなに好きでもない「ミートローフ」の言葉を口にしていた。
「日本人には多いからハーフにしておきますね」
 ちょび髭日本人が初めて声をかけてきた。最初から彼がメニューを言ってくれればいいのに……そんな気持ちと裏腹に「ありがとうございます」と礼を述べる。
 オーダーが入り、キッチンに立つ料理人二人組は慌ただしく動き始めたが、店内はあいかわらず静かな空気が流れている。音楽が流れていないこともあるのだろう。改めて店内を眺めてみると狭いスペースにも関わらず、テレビが二台対角線上に天井からぶら下がり、一台は映画専門チャンネル、もう一台は日本のテレビ番組が流れ、どちらも消音。気になるのは僕が座るカウンター席の端にある、もう一台の小さなモニター。そこには僕が座っている様子が映し出されている。つまり、店内の今の様子を撮っているのだ。いったい何のために。ネットに繋がっているようにも見える。だとすると、いったい誰に向けて発信しているのだろう。
 店内の壁には、この店の主催で開催したであろうイベントの記念写真が飾られている。その中にプロレスラーのザ・デストロイヤーの写真が何枚かあった。プロレスの黄金期、力道山やジャイアント馬場と闘った人気レスラーで、四の字固めが彼の得意技だった。ただ僕がプロレスを観始めた小学生の頃には、既に彼は選手としてのピークは過ぎており、どちらかというテレビタレントとして活躍していた。彼の消息は不明だが、たとえ存命中でも、かなり高齢のはずだ。
「デストロイヤーさんは、よくいらっしゃったんですか?」
 デストロイヤーに「さん」をつけるかどうか迷った後、思い切ってドイツ人男性に質問を投げかけてみる。
「シンユウデス」
 一言だけ返ってきた。表情が読めない。いい想い出なのか悪い想い出なのかがわからないので話題を広げにくい。
「彼はこの店の常連でしてね。日本に来日したときは成田からトランクを持ったまま、この店に寄って食事をしてからホテルにチェックインしていたんですよ」
 ちょび髭日本人はそう言いながら立ち上がり、カウンターの中に入ってきて僕の前に立った。
 この店は六本木の街に開店してから既に37年になるそうだ。ただ、ずっと同じ場所ではない。前の店舗も同じ六本木七丁目内にあったが立ち退きになり、この場所に移ってきた。引っ越してから、まだ一週間だと言う。このぎこちない空気は、そのせいなのだろう。第一印象は怖かったちょび髭日本人は実は話やすい方だった。彼はこの店を始めるまでは旅行代理店に勤め、添乗員としてドイツをアテンドする機会が多かった。その関係で知り合った料理人のドイツ人男性と六本木で、ドイツ料理の店を出すことにしたらしい。
「今は料理をしないで教えることに徹していますけどね」
 そう言ってドイツ人男性の方に目をやる。彼は相変わらず、モニターに映る映画「ジョー・ブラックによろしく」を眺めていた。

ハーフサイズにしてよかったミートローフ

 マッシュルームの載ったミートローフは噂通り量が多かった。大きかったと言う方が正確だろうか。これでハーフだとしたら、いったい一人前はどのくらいだろう。
「ハーフでよかったでしょ?」
 僕の表情を見ながら、ちょび髭日本人は笑った。ミートローフはアメリカの家庭料理として知られているが、実はドイツの伝統料理でもある。ただ、現在のドイツでは、手をかけてミートローフを作る家庭は少なくなってきているらしい。
「ドイツもファーストフードの国になっちゃったからね」
 彼はそう嘆いた後、
「誰かの紹介で来たの?」
 と今さらながら聞いてきた。ドイツ人の知人に教えてもらったと答えると、最近、日本人が、この店に来るのは珍しいからねと言って笑った。彼の笑顔はどこか寂しげだ。
 それにしてもミートローフのボリュームは強敵である。遅い時間に昼食をとったのも失敗だった。せめてもの救いは料理にパンやライスが添えられていないこと。ミートローフの付け合わせも意外にボリュームがある。茹でてすりつぶしたじゃがいもとじゃがいものソテー、赤キャベツとキャベツのザワークラウト、芽キャベツにカリフラワーにブロッコリーなど、どれも地味で味も似通っている。これがまたボディブローのように胃袋に効いてくる。
 それでも、なんとか完食した。残すと怒られるという情報におびえながら。あいかわらず客は誰も入ってこなかった。
 食後、何か口に水分を入れたかったが、「水をください」と言うのも何となく気がひけた。かと言って、これ以上、ビールでお腹が膨れるのは想像しただけで気分が悪くなる。「ぼったくり」の言葉が頭をちらっと過ったが。アルコール度の高い酒をリクエストする。ドイツ人はビールを大量に飲む合間にアルコール度の高いリキュールを飲んで身体を温める。今の僕にとっては口の中の水分補給と消化を助けるためのアルコール作用を求めて。
 ちょび髭日本人は林檎の果汁と小麦のスピリッツで作られた甘いリキュールをすすめる。ショットグラスに注ぎながら、六本木の町を嘆いていた。昔の六本木は年齢層の高い大人の街だったそうだ。僕も本で読んだことはあったが、実際、人の口から聞くのは初めてである。政治家や大使館に勤める方々が訪れ、日本の芸能人やハリウッドスターがお忍びで来るような街だった。そう考えると、この店だけではなく、昭和の六本木の料理店の価格の相場が高めだったことは想像に難くない……ってまだ、この店の値段はわからないんだけれど。よし。聞いてみるか。
 目の前に置かれたショットグラスを一気に呷り、その勢いで会計をしてもらった。ビール1杯、ミートローフ、リキュール1杯。しめて5900円。微妙である。決して安くはないが、目が飛び出るほど、ぼったくられたという感じでもない。大人だけが訪れていた六本木時代の値段設定のままなのだ。
 でも、きっと、僕はこれからしばらくの間、飲み会がある度に言うだろう。
「この間、ぼったくりのドイツ料理屋に行ったんだよ」
 そして、スマートフォンで撮った料理の写真を見せる。
「この料理とビール1杯とリキュール1杯でいくらだと思う?」
 そう質問し、たいしてぼったくられてもいない経験を大袈裟に、しかも嬉しそうに語るんだろうなぁ。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)

ハーフサイズのミートローフ。ミートローフはドイツだけではなく、オーストリアの伝統料理でもあるらしい。

林檎の果汁と小麦のスピリッツで作られた...

林檎の果汁と小麦のスピリッツで作られたアルコール度の高い甘いリキュール。ドイツは薬草系のリキュールも知られている。

ドイツのビール

ドイツはチェコ、オーストリアに続く世界3位のビール消費国(2011年のキリンホールディングスの統計より)。ちなみに日本は41位。
コーンスターチなどの副原料は入っておらず、麦芽、ホップ、酵母、水の4種類だけを原料にして作るが、そのバリエーションの多さ、質の高さは世界随一といわれるドイツのビール。現存する世界最古のビール醸造所(西暦1040年創業)もバイエルン州に残っているほど歴史は古い。バイエルン州の州都ミュンヘンでは秋になると「オクトーバーフェスト」なるビールの祭りがあり、ここ10年くらいは日本各地でもそのお祭りがやってきていて、ドイツのさまざまな生ビールを飲むことができるようになった。

ドイツのビール
Webマガジン幻冬舎 最新号 INDEXバックナンバー

Copyright © GENTOSHA INC. All rights reserved.
Webマガジン幻冬舎に掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。webmagazine@gentosha.co.jp