中井から高田馬場に移ってきたリトルビルマ

 怖がりである。怖がりのくせに超常現象や心霊現象の話が好きだったりする。久しぶりに訪れた巣鴨のミャンマー雑貨屋で「まばたきする仏像の話」を聞いておののいた。顔が日々、変わるミャンマーの人形たち、消防士の目の前で自然発火する家などミャンマーには不思議な話が多い。3、4人で押したら落ちてしまいそうな状態で止まっている大きな岩(ゴールデンロック)は僕も現地で実際に見て唖然とした。信じない人からすれば、ばかばかしい話なんだろうけど僕は好きなんだよね。
 巣鴨駅から山手線に乗り新宿駅まで戻る途中、高田馬場駅の文字を見かけて咄嗟に降りた。そういえば高田馬場駅近隣はミャンマー料理が集まっているんだよなぁと。何か見えない力に呼ばれた気がする……いや、ただ単に小腹が空いただけ。
 90年代初め、新宿区の中井にミャンマーに住む様々な部族(総じてミャンマー人と呼ぶことにする)が多く住んでおり、ミャンマー料理屋が多かった。当時、僕は新宿の映像事務所で働いていた。プロデューサーと映画「ビルマの竪琴」の話になった際、新宿に「リトルビルマ」と呼ぶ場所があるのだと教えてもらった。既に英語表記が「ミャンマー」に変わって数年経ってはいたが、まだ「ビルマ」という国名で呼ぶことが多かった。
 90年代後半になると、彼らは中井から2キロ程東の高田馬場へと移動を始める。移った理由は明確ではないが、中井にしろ、高田馬場にしろ、都心の他の地域に比べれば家賃の安い物件が多く、外国人に貸すことに寛大な家主が多いことには違いない。
 早稲田通り沿いに10店舗近くあるミャンマー料理屋は、「ミャンマー」という文字を大々的に出していないところも多く、ついつい見逃してしまう。そこにミャンマー人の奥ゆかしさを感じるが、別の理由も思い浮かぶ。軍事政権への反対運動で国を追われた人たちが難民となって日本に渡り、ミャンマー料理屋や雑貨屋をやっているという話も聞く。となれば軍事政権が一方的にビルマから表記を変えたミャンマーという国名を今でも認めたくないという気持ちがあるのではなかろうか。いや、そもそもミャンマーにしてもビルマにしても表記の違いだけで、どちらの言葉も、この国の七割を占めるビルマ族のことを指すので、それ以外のシャン族やカレン族、カチン族など少数民族にとってはミャンマーでもビルマでもどちらでもよく、ミャンマーには所属しているけど部族名でやらせてもらうよって感じなのかもしれない……。ミャンマー料理屋を散策しながら考える。
 結局、高田馬場駅前のガード下に戻ってきた。この近くにミャンマー東部にあたるシャン州の料理を出す店があるらしい。10年程前、シャン州にあるインレイ湖へ行き、湖で水上生活をしている人々の様子を見に行ったことがある、湖には美しい睡蓮の花が咲いていた。睡蓮の下はどうなっているのか気になり、舟から身を乗りだした際、ここで生活する人たちには水葬の風習が残っていると聞いた。つまり死者を湖に沈めるのだ。湖につけていた手をひっこめ、覗いていた湖面が急に怖くて見られなくなってしまったことをよく憶えている。

ゲーム機に夢中のシャン族の子供たち

 鮨屋や居酒屋、ラーメン屋、スナックなどが小さなスペースの中にぎゅっと凝縮し、いつ立ち退きになってもおかしくないような古い飲食店街。昭和の匂いが詰まった細い通路を進み、左に折れると別の出口に出る。その手前に四角い扉と上部が丸いメルヘンチックな扉がある。どちらも同じミャンマー料理屋の入口のようだ。一店舗でやっていたが、手狭になって二店舗に増やしたのだろうか。それぞれ決して広くはない。10名程度入ればいっぱいだろう。四角い扉の向こうは6名程のスーツ姿のグループ客が入っていたので、丸いメルヘンチックな扉の方を開けた。
 入口は別だが、奥の壁はぶち抜かれていて互いに行き来できるようになっていた。ぶち抜かれた壁の対面がキッチンになっており、カウンターに出された料理を黒いTシャツを着た若いミャンマー人の女性店員が隣の部屋へせっせと運んでいる。
 僕が入った部屋には日本人の親子が一組いた。簡素な黒いテーブルの上にワインの空瓶と空になった皿が置かれ、食後の満腹感が漂っている。小学生らしき男の子と女の子は、そのテーブルから離れ、何も載っていない二人掛け用のテーブル席にそれぞれ一人ずつ座っていた。店内には4つしかテーブル席がない。よって僕は一番手前のテーブルに座ることになる。黒いTシャツの若い女性店員も、キッチンでうごめく人影も、僕が入ってきたことには気付いてなさそうだ。隣のグループ客の対応が落ち着くまで日本語で書かれたテーブルの上のメニューを眺めて待つとする。カレーをはじめ、米麺の入ったミャンマーのスープ麺「モヒンガ―」、お茶の葉を使ったサラダなどミャンマー全土の共通料理もあれば、シャン料理独特であるカエルの炒め物やひよこ豆を発酵させたシャン味噌を使った料理もある。
「いつもゲームばかりしているの?」
 酒で顔を赤らめた男性が携帯型ゲーム機に興じている子供たちへ声をかける。どうやら親子じゃなさそうだ。子供たちはゲームに夢中で男性の言葉に反応しない。下を向いているので気がつかなかったが、よく見ると日本人ではない。この店の子供だろうか。となるとシャン州に多く住むシャン族の血が流れている可能性は高い。
 日本人男女二人組は黒Tシャツの女性店員に清算を済ませ、キッチンの中に声をかけた。どうやら知り合いらしい。店主らしき初老の夫婦がキッチンから顔をのぞかせる。その際、僕の姿にも気付いたようだ。初老の男性はキッチンから出てきて、客を店先まで見送った後、改めて僕に視線を向けて微笑んだ。僕も微笑み、軽く会釈をしながら、ミャンマービールと料理を日本語で注文する。普通に通じる。白髪頭だが顔は若々しく、何より凛々しい。赤と黒が入り混じったネルシャツを纏った細身の身体から醸し出す空気は温かいが、話しかけづらい近寄りがたい雰囲気も同時に持ち合わせている。
「ナニカ タベル?」
 店主は淡々と子供たちに声をかけた。やはり、この店の子供のようだ。キッチンの中にいる奥様らしき女性と店主の年齢を想像すると彼らの子供にしては若すぎる。きっと孫だろう。男の子は「いらない」とぶっきらぼうに言い、女の子は「油そば」と一言だけつぶやく。どちらも手にしているゲーム機を見たまま。

蛾の幼虫の炒め物の味

 象の彫り物が施されたつまようじ入れ、トウガラシやトウガラシをつけた酢など4種類の調味料が入ったかご、テーブルの上にタイの雰囲気を感じる。スマートフォンで改めて調べるとシャン族はタイを形成するシャム人と同系の民族らしく、彼らが多く住むシャン州は中国とタイに隣接していた。きっと中国やタイの文化の影響も受けているのだろう。
 黒Tシャツの女性店員が皿に盛られた竹蟲を持ってきた。竹の樹液を吸って大きくなる蛾の幼虫を炒めた料理だ。見た目はグロテスクだが、まるでスナック菓子のように軽く、香ばしくてビールによく合う。
 あっという間にビールがなくなり、次に飲む酒とお腹に溜まる物を選ぼうと机の上に置かれたメニューと壁に貼られた手書きのメニューを交互に眺める。丸い絵文字のようなビルマ文字で書かれた手書きのメニューは、ミャンマー人がよく来店することを物語っている。メニューのいくつかにはビルマ文字の下にたどたどしい手書きの日本語も添えられている。「ひよこ豆とマトンのまぜごはん」。美味しそうだ。
 アウンサンスーチーの写真とビルマ文字で綴られたチラシと供に水上生活の住居の写真も貼られている。おそらくインレイ湖だろう。湖畔沿いのホテルに宿泊していた日々が蘇る。ホテルのスタッフは、湖から幽霊が迷って来る時があるから、「こっちはダメダメ」と追い返すのだと言って笑い、ミャンマーでは普通のことだと淡々と言っていた。やはり水葬の影響があるのだろうか。「普通のこと…普通のこと…」と震えながらつぶやき、ベッドに入ったことを憶えている。まぁ、宿泊中、何ごともなかったのだが。
 相変わらずゲームに夢中の子供たちはインレイ湖の水葬の話は知っているのだろうか。女の子の元には油そばが置かれ、ゲームの画面を見ながら、味わうこともなく、すすっている。彼らが着ているジャージから裕福度と肥満度が伝わってくる。僕がミャンマーで見てきた子供たちとは明らかに違い、どちらかと言えば、中国のひとりっこ政策で生まれた小皇帝と呼ばれるわがままな子供のように映る。このところミャンマーのGDPが、ものすごい勢いで伸びている。経済が発展し、豊かになっていくと、ミャンマーには、いずれ彼らのようなわがままそうな子供が増えるのだろうか。少し残念な気もするが、それは僕の勝手な解釈である。薬草入りの焼酎「シャン酒」を頼んだのは失敗だった。とっくりに入った焼酎をおちょこに注ぎながらストレートで飲むのは、決してアルコールが強くない僕の脳を愚痴っぽくする。

世界最貧国だったミャンマーに戦後の日本がかぶる

 白いジャンバーを羽織った若いミャンマー人の女性客が入ってきた。黒Tシャツの女性とミャンマー語で二言、三言会話を交わし、僕の隣のテーブルに座る。僕の座っているテーブルの上に設置されたテレビの画面に目をやるとバラエティ番組のオープニングが始まったところだった。午後9時をまわったことを認識する。
 女性客が僕のテーブルのところにやってきて、壁沿いにはわした電気ケーブルを引きずりだした。そして、ポケットからスマートフォンを取り出し、充電ケーブルをつないで、僕の机の上に置いた。余程の常連客なのだろう。
 黒Tシャツの女性店員は僕のテーブルにシャン豆腐が載ったそばを置くと店の外に出て行った。結局、僕はご飯物ではなく、麺料理にした。シャン豆腐はひよこ豆で作られたにがりを使用しない豆腐で、ゴマ豆腐の食感に似ている。それを米麺にからめて食べる。これは美味い。
 黒Tシャツの女性が缶ビールと揚げ菓子が大量に入ったスーパーのビニール袋を手にして戻ってくる。すぐ近くのミャンマー雑貨屋で買ってきたようだ。その直後、初老の店主と似たネルシャツを着た中年男性も入ってきた。僕の方をちらっと見て微笑んだ顔は誰かに似ている。子供たちの身体をぽんぽんと叩く様子を見て、男の子に似ているのだと確信する。彼が親なのだろう。親に対しても子供たちの反応は薄く、男の子は背伸びをした後、
 「帰ろうっと」
 誰に言うでもなく独り言のようにつぶやいた。
 「私も帰る」
 女の子もそれに合わせてつぶやく。
 中年男性は子供たちと特に会話を交わすこともなく、女性客の元に野菜の炒め物が載ったぶっかけメシを置くとキッチンに入っていく。変わりに初老の男性がキッチンの外に出てきて、カウンターの上に置かれた書類を確認していた。店の中の空気が急に慌ただしくなる。9時がスタッフの入れ換わりの時間なのかもしれない。
 初老の男性と子供たちは一緒に帰るのかと思ったら、そうではなく子供たちだけで、ふてぶてしく店を出て行った。何を言う訳でもなく。
 「ごちそうさまくらい言いなさい」
 心の中で叫ぶ。シャン酒を2合飲んでいたら言っていたかもしれない。3合飲んでいたら彼らの肩を揺さぶりながら言っていたかもしれない。僕が初めてミャンマーに行った頃、ミャンマーは世界最貧国の一つだったんだよ。あなたたちの祖先が努力して、ここまでやってきたんだよと。酔っぱらったおじさんに絡まれ、日本の戦後の話を一方的に聞かされる迷惑そうな子供の光景が思い浮かび、自分にげんなりしてしまった。でも、インレイ湖の幽霊の話をして彼らが夜、おしっこに行けないようにしてみたいなぁといじわるな欲求も生まれてくる。
「そんなの怖くないよ。ミャンマーでは当たり前の話。僕たち、もっと怖い話を知っているけど教えてあげようか」
って、無表情で言われるのかもしれないけど。でも、ちょっと聞いてみたいなぁ。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)

竹蟲はビタミンとたんぱく質が豊富。タイでも食べる地域がある。

ひよこ豆が原料のシャン豆腐が載ったそば...

ひよこ豆が原料のシャン豆腐が載ったそば。シャン豆腐を使った和え物や揚げ豆腐もメニューにある。

10種類の薬草が入った焼酎...

10種類の薬草が入った焼酎は、現地ではお年寄りが飲むそうで、若者は薬草を入れないでそのまま飲むらしい。

ミャンマービール事情

90年代まではミャンマーのビールといえばマンダレービールだったが、2000年以降は、このミャンマービールが主流。世界的に権威のあるモンドセレクションで6回も金賞に輝いた美味しいビールとして知られている。ミャンマーでは、ミャンマービールの生ビールを飲むことができ、瓶ビールより値段は安い。

中国のビール
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