寝過ごして出会ったスリランカ料理店

「……ランカ料理はおいしくとってもヘルシー」
 電光掲示板に流れる文字に目が留まる。あれ? 今、スリランカ料理って書いてなかったか。再度、最初の文字が出てくる。やはり「スリランカ料理」だ。でも、どんな料理だったかなぁと5年程前、首都コロンボに滞在した日々を思い返す。約一週間滞在していたが現地での食事の印象がない。それにしても、どうして、市営住宅が建ち並ぶ県道沿いにスリランカ料理があるのだろう。
 名古屋市の東にあたる名東区を散策していた。ある連載エッセイの取材で東海地区の喫茶店巡りをしている途中、栄からバスに乗り込み、茶屋ヶ坂で途中下車しようと思っていたが、うとうと眠ってしまい、途中、目覚めたのだが降りるのが面倒になり、終点の引山バスターミナルまで来てしまったのだ。せっかく降り立ったのだからと周辺を歩き始める。桜が満開の香流川沿いの遊歩道を、途中から住宅街の中をやみくもに歩き、そして県道に出た。こうして下調べなしでやみくもに歩いていると意外に素敵な喫茶店に出会ったりする。まぁ、出会ったのはスリランカ料理だったけれど。
 数台停められる駐車場脇の5段ほどの階段を上がるとテラス席を持つ店がある。茶色の竹が埋め込まれた壁に囲まれた木製の扉。「OPEN」の札はかかっているが、テラス席沿いの大きな窓から見える店内に人の気配は全く感じられない。
 恐る恐る扉を開ける。客席の電気は灯っているが音楽は流れておらず、やはり人影は見当たらない。背もたれに籐(とう)を使った椅子席と白いソファ席があり、ざっと50名程は入れそうだ。入口と対角線上の角にはスリランカ産の品々が売っていそうな物販用スペースも設置されている。
 時計は午後5時半をまわったところ。夕食の時間帯にしては少し早い。店内へゆっくり進んでいくとキッチンが見え、白シャツを着たスキンヘッドの外国人男性の後ろ姿が見えた。声をかけようと思った瞬間、彼も気がついてこちらを見る。同時にトイレらしきドアから外国人女性も出てきた。
 彼女は僕の姿に一瞬、驚いた表情を見せた後、「とびっきり」という言葉を添えたくなるほど素敵な笑顔になって言った。
「イラッシャイマセ」
 ソファ席と迷ったが、奥の窓際を選ぶ。斜め後ろの壁にはヤシの実を積んだ荷車を引く水牛が描かれたタペストリーがかかっている。座った場所からキッチンの様子も見え、男性は僕が入ってきた時と同じ位置に立ち、鍋に向かって作業をしていた。彼の隣には皿などの食器が入った家庭でも見かけそうな木製の収納箪笥が置かれている。そのせいかキッチンより、台所と呼んだ方が似合いそうだ。

女性の社会的地位が高い国

 スリランカはシンハラ人が約4分の3を占めているので、彼らはシンハラ人の可能性は高いが、約5分の1をしめるタミル人の可能性もないわけではない。顔で判別がつけばいいが、インド人にも似ているように思える僕には難しい。仏教徒のシンハラ人とヒンズー教徒のタミル人は長い間、喧嘩をしていた。19世紀、イギリスは南インドからタミル人を連れてきた。そして彼らを行政の重要ポストに置き、イギリスを敵対視させないためにシンハラ人を統治させた。しかし、戦後、スリランカが独立すると形勢は逆転し、国民の多数を占めるシンハラ人が政治を握るようになった。シンハラ人に対し、どんどん優遇政策がとられ、タミル人は選挙権まではく奪される。当然、タミル人から不満の声があがり、喧嘩……というか内戦が勃発。停戦合意してはまた内戦が始まるということを繰り返す。2009年、タミル人テロ組織の代表が殺害され、内戦は終結したと言われている。
 5年程前、首都コロンボのホテルに滞在中、こうした内戦事情の歴史を学んだ。つまり僕は内戦終結前にスリランカへ行っている。お世話になっている絵本作家から、ワークショップでスリランカにいるのだが遊びに来ないかというメールをいただいた。その時、僕はバンコクに滞在中だった。タイからスリランカまで近いよなぁと飛行時間を調べると4時間程度。そこで、すぐにインターネットで航空チケットを購入してコロンボに向かったのである。現地の下調べもしないで。まさか絵本のワークショップの場所が内戦中だなんて思いもよらなかった。空港からホテルまでタクシーで移動中、兵士から二度も検問を受け、ただならぬ空気を感じ、ホテルに到着し、絵本作家から状況を聞いて驚いた。翌日、街を散歩していると内戦中とは思えない程、街は平和だったが、映画館でスリランカ映画を見ている最中に近くの駅でテロがあった。爆発音は映画館の中まで聞こえた。やはり内戦中なんだなぁと認識し、その後は、あまり出歩かないでホテルで洋食ばかり食べていたような気がする。
 ただ、マクドナルドでチキンが載ったカレーを食べたことは憶えている。現地の食事でマクドナルドを思い浮かべるのもどうかとは思うが、マクドナルドにご飯メニューがあることに驚き、何より美味しかったのだ。僕は初めて行った国では、たいていマクドナルドに立ち寄ることにしている。同じチェーン店だからこそ、お国柄を比較することができるからだ。ビールがメニューにあったスペインと並んでスリランカのカレーは世界のマクドナルドのメニューの中で印象深く残っている。
 彼女が持ってきてくれたメニューを見ると、スリランカは、やはりカレー中心の料理だった。
「ココナツガ ハイッテイマス」
 コシがありそうな黒い髪の女性がインドのカレーとスリランカのカレーの違いを教えてくれた。まずはスリランカ産のビールを頼み、取りに行っている間に食べ物を決める。
 単品メニューもあるが、セットメニューが豊富だ。値段の違いは料理の種類の多さとカレーの具材がチキンか海老かで変わってくる。辛さは3種類選べ、「チョットストロング」と外国人らしい言葉の選択とカタカナで書かれているのがかわいらしい。
 僕が注文したセットメニューをキッチンに伝えた女性の後ろ姿は、店に入った時に見かけた男性の後ろ姿と比べると、肝っ玉母さんが発するオーラのようなものを感じる。決して太っているわけではないのにね。彼女はシンハラ語なのかタミル語なのかはわからないが現地の言葉で語り続けていた。世間話をしているだけのようにも、彼女が様々な指示を出しているようにも見える。スリランカは女性の社会的地位の高い国である。昔は一妻多夫、つまり、一人の女性が何人もの男性を夫として迎え入れた歴史も持つ。女性が国外へ出稼ぎに行き、その間、男性が子供の世話をした話もあれば、内戦時に活躍した女性兵士もかなりいたという話もある。そういった背景があるからこそ、世界で初めて女性首相が誕生したのはスリランカだったし、一時期は大統領も首相も女性という時代もあった。彼女の後ろ姿を眺ながら、スリランカ人の女性と結婚した自分を思い浮かべる。この想像には、イギリス植民地時代に技術を培ってきたしっかりした濃い味のビールが合う。

スリランカから九州、そして名古屋へ

「シュジンデハアリマセン。カレハ シュジン ノ ……シン…シンセキ? デス。シュジン ハ モウスグ キマス」
 カレーを置いた際、旦那様と二人でやられているのかを尋ねながら、キッチンに立つ彼に目線を向けると彼女は否定した。夫が来るということは、一人の女性が二人の男性を従えているのか。普段なら単に男性二人と女性一人が働く店と思うのだけれど、スリランカの女性というだけで思い込みの激しい僕は、そう思ってしまう。
 チキン、野菜、ひよこ豆と三種類のカレーに添えられているのはパラタ。チャパティの生地を何層かに積み重ねたものである。ナンに比べるとボリューム感は足りないが、全粒粉のチャパティもパラタも素朴な味がして好きである。現地の辛さにしてもらったカレーは言うまでもなく辛く、ビールは既に2本目を飲み干していた。辛さでダメージを受けている舌にはビールの炭酸が突き刺さるように感じるので、ヤシの実から作られた酒「アラック」に変える。女性は僕が汗をかいているのを見て笑った。舌を手で仰ぐ仕草をしながら、名古屋にスリランカ料理を出した理由を聞いた。
 15年ほど前、旦那様が九州大学で電子工学を学ぶので彼女は一緒に来日し、大学を卒業後、就職で名古屋にやってきたそうだ。ソファ席の脇に置かれた本棚にハリーポッターの小説と一緒にトヨタグループのデンソーについて書かれたビジネス書が置いてあることにも合点がいった。夫はデンソーもしくはトヨタグループの会社に勤めているのかもしれない。
 4年前、スリランカ料理の店を出そうと思い立ち、安くて広い物件を探していたら、この場所に辿り着いた。
「チョット、ワカリニクイネ」
 店舗の立地条件に不満をもらしながらも、この店が気に入っているのは笑顔から伝わってくる。
 食後のヨーグルトを食べていると小柄の外国人男性が入ってきた。旦那様だった。奥様と対照的に髪の毛にコシがなく、薄くなっているので、多少、老けてみえるが、顔ツヤはいい。40代前半といったところだろうか。
 物腰が柔らかく、優しそうな笑みをたたえながら、ヨーグルトにかかっているヤシの花蜜について教えてくれた。スリランカの名産でコレステロールがたまらない若返りの蜜なのだそうだ。「スリランカ料理はおいしくとってもヘルシー」。表の電光掲示板に流れていた文字が頭を過る。彼はまるで観光局の職員のように、スリランカの魅力を次々に話してくれた。
 やはりスリランカの特産品の一つである紅茶を出しながら、カウンターの上に飾られたタペストリーについても解説してくれた。神輿を担ぎ、人々が行列になって歩いている様子が描かれている。神輿に積まれた箱の中には仏陀の歯が入っており、普段は世界遺産の古都キャンディの寺院に納められている。8月になると寺院から出され、神輿に載せて人々に担がれ、象と一緒に街を練り歩く祭りが行われるのだそうだ。
 僕が彼と話し始めてから、奥様は、接客はまかせたといった感じでキッチンの方に行ってしまった。日本の大学にも通っていたくらいなので当たり前だが、彼は日本語が流暢で語彙も豊富だった。
「スリランカに行ったことはありますか?」
 彼にそう聞かれ、行ったと答えると
「そうですか! どうでしたか?」
 と目が輝き、続けて聞かれた。一瞬、答えに詰まった。相手がスリランカの人でなければ、映画館で爆発音を聞いたテロの話などを自慢気に話すのだろうが、彼らにそんな話をするのは抵抗があった。内戦が終結して、まだ間もない。あまり、思い出したくない歴史かもしれないし、彼も言っていたように、現在、スリランカは人気の観光地として注目されつつある。そんな中でテロの話をするのは水を刺すようで嫌だった。
「もう一度、行ってみたいです」
 当たり障りのない答えをした。曖昧な答え方に、妙な空気が流れ、気まずい沈黙になってしまった。シンハラ人かタミル人か、一妻多夫の歴史について、現代のスリランカの男性から見るとどう思うのかなど尋ねてみたいことがたくさんあったはずなのに、すんなり質問が出て来ない。
 その間に中年カップルの日本人客が入ってきて、「ごゆっくり」と言われ、僕らの会話は終わってしまった。タイパンツをはいた女性客はいかにもアジアが好きそうな社交家だった。席につくなり、矢継ぎ早に質問を投げかけ、てきぱきとメニューを決めていく。一緒に来ていた日本人男性は、自分の食べたい物を言ったが、彼女に一喝するように否定され、全て彼女にまかせてしまった。その光景を見ながら、ふと思った。日本が女性中心の社会になる日は近いのかもしれない。そのうち一妻多夫に――。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)

カレーに添えるパラタはタミル料理、つまり南インドの料理なので、正確にはスリランカ料理ではない。本来、米粉の生地を発酵させて焼いたアーッパと呼ばれる物を添えることの方が多いのだとか。

キトルヤシの花蜜をかけた水牛のヨーグルト

スリランカではキトルヤシの花蜜をかけた水牛のヨーグルトは定番メニュー。木とるヤシの花蜜は肝臓に脂肪がたまらないようにするので、肝硬変や脂肪肝の治療に使用することも。

アラック

「アラック」はヤシの木の樹液を発酵させた「ラー」というものを蒸留し、熟成させた酒。高品質になるとアルコール度数60度近いアラックもある。

元々、スリランカはコーヒーの国だった

元々、スリランカはコーヒーの国だった。害虫の発生でコーヒーの樹が壊滅状態になってしまい、イギリスがインドで成功していた紅茶の技術をタミル人と一緒に島に持ち込んできたと言われている。

スリランカのビール

 代表的なブランドはライオンビール。1881年創業と歴史もあり、イギリスのビールの技術を受け継いでおり、モンドセレクションで何度も金賞に輝くなど世界的に評価も高い。ビール評論家のマイケル・ジャクソンも絶賛したというライオンスタウトなる黒ビールもある。こちらは少々、アルコール度が高く8%。食後酒として、また、ビールとアラックをブレンドする飲み方もある。

スリランカのビール
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