ひとり飲み客で満席の店内に響くニクドーフの声

 フランスのフレンチレストランで活躍する日本人シェフは意外に多い。ミシュランの星を獲得した日本人オーナーさえいる。では、その逆はどうだろう。たとえば日本の鮨屋で活躍する外国人の鮨職人。ぱっと思い浮かばない。回転寿司では見かけたことはある。どう見ても外国人なのに「安達」という名札をつけていたなぁ。
「日本の鮨屋で外国人が握っていたら、物珍しさで行くことはあっても、常連になることはないと思うよ」
 そう言った友人の気持ちもわかる。でも、カツ丼を出す定食屋のおばさんがフランス人だったら、どうだろう。僕は常連になる気がする。
 東京は杉並区高円寺。地名の通り、寺が多い門前町で、駅の北口には青果店や精肉店、喫茶店など昭和の心地よさが詰まった商店街があり、古本屋やライブハウスも多く、文化度が高い。毎年、住みたい街の上位だ。休日の昼下がり、古本屋で目に留まった本を買い、喫茶店でコーヒーをすすりながら読みふけり、銭湯で熱いお湯につかる。銭湯から出たら、夕食前に行きつけの焼鳥屋で一杯飲む。高円寺に住んだ自分の生活を想像するといつもワクワクする。その予定は今のところないとしても。
 焼鳥の煙で油やけした壁と元の色が何色かわからない真っ黒の羽根を持つ扇風機が歴史を物語っている。まだ六時前だというのに、十席程あるカウンターは既に半分以上が埋まっていた。ひとりメシならぬひとり飲みの客ばかり。座ると同時に飲み物を注文する客もいれば、店主と挨拶だけ交わすだけで、いつも飲んでいるであろう焼酎の水割りが出てきた客もいる。いずれにしても常連客であることには違いない。平日にも関わらず、スーツ姿の客はいない。それぞれの職業は不明だが、独自の人生を重ねている雰囲気がにじみ出ている。たいてい1時間程度、飲んで、さっと帰っていく。滞在時間が30分程度の客もいる。
 ミニコンポの上に積み上げられたCDの前でネルシャツの袖を肘までまくり上げ、タオルを首からかけた年齢不詳の男性店主が焼鳥台の前に立ち、丁寧に串をまわす。焼鳥だけではなく、鮭のハラスやベーコンを巻いたフランクフルトなど見ているだけで楽しく、酒が進み、ついつい「僕もそれをください」と指さし注文してしまう。
 注文が入ると、
「あいよ〜」
と店主の低い声が響く。CMのナレーションやラジオのパーソナリティとしても似合いそうな声で、風貌はジャン・レノに似た雰囲気。でも日本人。昔は旅人だったという話も常連客から聞いた。カウンター席の後ろの壁に茶色がかった世界地図が貼られているのもその名残なのだろう。カウンター席と壁の間が狭いので客や店員でこすれるのか南米あたりは既に擦り切れてしまっている。
「ハイ。ニクドーフ」
 その世界地図のかかった壁の奥の小さな台所から長身のスウェーデン人男性が現れる。スウェーデン人の口から出る「肉豆腐」の言葉は新鮮だ。
「コレカラ ライブ デス」
 そう言われてもミュージシャンが多く住む高円寺なら驚かないだろう。どこかジョン・ボン・ジョヴィにも似ている。そういえば店主も実は知る人ぞ知るミュージシャンとこれまた常連客から聞いた。いったい店主はいくつの顔を持っているのだろう。謎の店主に謎のスウェーデン人。もう一つ加えるなら謎の客たち。

なぜ、日本人は頭にタオルを巻くのか?

 眼鏡をかけた華奢なスゥエーデン人「クリスさん」が店に現れた頃、既に店内は満席だった。彼もこの焼鳥屋で働くスゥエーデン人の一人。この日は休みで、プライベートで来ている。というより僕と飲む約束をしていた。高円寺に住む旧知のカメラマンがこの店の常連で、紹介してくださったのである。焼鳥屋で働くスゥエーデン人と酒を交わすなんて、人生の中でも早々、あることではない。「ひとりメシ」と銘打つ企画からすれば反則なんだけどね。
 ひとり飲みが集うカウンターに二人飲みが混じった時の空気感は、グループメシの中にひとりメシが入った時の空気感とは、また違ったバツの悪さがある。しかもクリスさんは、普段、ここで働いているのだ。プライベートとはいえ、自分の働いている店のカウンターで雇い主を前に飲むのは落ち着かないだろう。
 そこで、この店が持つ「離れ」のスペースに移ることにした。僕が「離れ」と呼んでいる場所は、道を挟んだ対面の建物の1階。グループ客用の席である。カウンターのみの店舗にはトイレがないので、ひとり飲みの客も、この「離れ」にあるトイレを使用する。
「離れ」には、注文を伝え、運ぶための専属のアルバイトも立っている。彼は日本人でビジュアル系のバンドをやっているらしい。頭にタオルを巻き、客の注文をとり、母屋のカウンターの店内へ注文を伝え、できた料理を運ぶ役目を担う。クリスさんもアルバイトに入っている際、この役目を担うこともある。
「離れ」の壁には「母屋」のカウンターではほとんど見かけなかった小劇場や映画のチラシやポスターがいたるところに貼られている。これまた高円寺らしくていい。劇作家唐十郎さんも、この店の常連客で、亡くなった映画監督の若松孝二さんもこの店が好きで、晩年の作品では撮影のロケ地にこの店を選んだこともあるらしいし、あの有名俳優も……と、名前をあげればキリがない。まるで新宿は歌舞伎町のゴールデン街のような雰囲気もある。その場所に、どうしてクリスさんのようなスゥエーデン人が辿り着いたのだろう。
 彼が日本の地を踏んだのは約3年前。日本語を学んだ後に日本のIT関係の会社に就職することを目指してやってきた。キッチンに立つ赤いバンダナを巻いた長身のアルちゃんとは同じ日本語学校で出会った。母国が同じの二人が仲良くなるのに時間はかからず、いつしか二人はつるむようになる。
 彼らは、時々、この焼鳥屋から目と鼻の先にあるコンビニでビールを買い、外で飲んでいた。きっと店の外に設置されたゴミ箱の隣あたりで飲んでいたのだろう。ヤンキーがたむろしていると不穏な空気を感じるが、スウェーデン人がたむろしていると絵になるような気がする。あくまで気がするだけだけど。
 そこへ買い出しにやってきた日本人の若者に目が留まる。彼は頭にタオルを巻いていた。東京の他の街でも以前、タオルを巻いている日本人を見かけたことがあり、彼らはそれが不思議でならなかった。
「タオル ハ カラダヲ フクモノダヨ」
 クリスさん曰く、スウェーデンで頭にタオルを巻いている人を見たことがない。ある日、彼らは酔った勢いもあり、買い出しに来たタオルを巻いた日本人に聞いてみた。声をかけられたのが、この焼鳥屋の当時のアルバイトだった。
「うちの店で働けば、その理由がわかるよ」
 若者はそう答えたそうだ。ちょうどこの焼鳥屋がアルバイトを募集していたということもある。ちなみにその若者は既に店を辞め、現在、小学校の教員になっている。興味を持った彼らは声のいい店主の元を訪ねた。そして、この焼鳥屋でアルバイトとして働き始めたのだ。アルバイトしようと決めた二人もすごいが、雇う方も勇気がいるはずである。躊躇なく受け入れてしまう度量がこの店主にはあるのだろう。

スウェーデン人が焼く焼鳥屋を目指します

 赤いバンダナのアルちゃんが「アンチョビポテトサラダ」を運んできた。アンチョビ、つまりカタクチイワシの入ったポテトサラダは、彼らがアルバイトに入ってから生まれたメニューらしい。アンチョビのうまみと塩気がポテトに沁み込み、ビールのつまみには最高だが、スウェーデンってアンチョビを食べるんだったかなぁ。10年程前、スウェーデンに滞在した際の記憶をたどるが記憶はない。
「ホント? スウェーデンデハ ニチジョウサハンジダヨ」
 使い方はともかく「日常茶飯事」を使う外国人は珍しい。日本語学校で教えるのだろうか。いや、文化度の高いこの店だからこそ憶えられるのか。先程、僕もカウンターで「手風琴」と書いて「アコーディオン」と読むのだということを常連客から教わったばかりである。
 日本語も難しいが、スウェーデン語も難しい。彼らに言わせれば、スウェーデン語は、デンマーク語やノルウェー語と似ているそうだ。ただ、デンマーク語はじゃがいもが詰まっているようにしゃべるし、ノルウェー語はいつも嬉しそうにしゃべるとアルちゃんとクリスさんは笑いながら、それぞれの言語のマネをした。僕には、その違いがさっぱりわからない。
 アルちゃんは少し時間ができたらしく、「離れ」に生ビールを運んできてから立ったまま会話に加わった。彼の場合、クリスさんとは日本に来た経緯が違う。スウェーデンに留学中だった日本人女性と恋におち、彼女の住む国を知りたいと思い、日本に渡ってきた。
「本当は彼女と別れたくなかったからでしょ?」
 喉元まで出かかった時、「離れ」にいた他の客から注文が入る。
「ブタ ノ カシラ? 2ホン? ワカリマシタ」
 別の注文を伝えに行ってしまった日本人のアルバイトのかわりに、アルちゃんが対応した。「日常茶飯事」を使うスウェーデン人も珍しいが、肉の部位を日本語で言えるスウェーデン人は日本にいないのではないだろうか。
 クリスさんは北欧独特の繊細さを感じるが、アルちゃんは、既に焼鳥屋を切り盛りする風格が身体に沁み込んでいた。いつでも自分の焼鳥屋を開けそうである。それもそのはずで彼は、この店で働いているうちに自分の焼鳥屋を開店させたいという夢を持つようになった。
「タダネ……」
 アルちゃんが顔を歪める。彼はバイトにハマり過ぎ、日本語学校の出席日数が足りないことで入国管理局から呼び出しを受けたそうだ。つまりこのままではビザが取りあげられてしまい、日本にいられなくなってしまう。結局、店主が保護者として付き添って出向き、今後は学校優先にして、更にレポートを書くことで一件落着した。
「ダカラ バイト ハ キョウマデ。アトハ レポート カクマデ ヤスミデス」
 残念そうに言った。
 カウンター席のある母屋から店主がガラス越しにアルちゃんを呼んでいる。どうやらカウンターが一回転して次のお客さんの準備に入るようだ。
 アルちゃんが母屋に戻る前に、結局、タオルを頭に巻く理由はわかったのか聞いてみた。
「モチロン」
 二人は、うなずきながら笑った。焼き場にしろ、キッチンで肉を串に刺すにしろ夏場は暑い。顔から汗が滴り落ちるし、目にも入る。それを防ぐためなのだ。今の季節は、まだタオルを巻くほど汗が出ないのでアルちゃんはバンダナを巻き、クリスさんは帽子を被るが、夏になれば彼らもタオルを巻く。初めてタオルを巻いた際、写真を撮ってネットに公開するとスウェーデンに住む友人たちから反響がすさまじかったそうだ。スウェーデン人がタオルを巻いて焼く焼鳥屋ができる日を楽しみに待ちたい。あっ、できれば銭湯のある街で開業してね。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)

アンチョビサラダ。世界一臭いと言われるスウェーデンの缶詰もイワシだった。ちなみにこの焼鳥屋にはイワシの缶詰料理もメニューにある。

アルちゃんが刺したレバー

アルちゃんが刺したレバー。しかし、まだ、焼き場はまかせてもらえないのだとか。

スウェーデンのビール

 AnderssonsやABROなどがメジャーだが、それ以外にも多数のビールメーカーがある。
 ビールには、アルコール度数によって三等級に別れ、それぞれかかる税金が違う。アルコール度数3.5%以上のビール(クラスⅢ)は、システムボラゲットと呼ばれる専売の店舗でしか購入することができない。

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