店主と話しやすい環境の店

 店のスタッフと会話ができるかどうかは店の作りが大きく影響する。カウンター席があるかどうかで会話できる確率は大きく変わるし、店主に、この場所で店を開いた理由など突っ込んだ話を聞こうと思ったら、テーブル席しかない店では難しい。テーブル席の客のところまで店主が話しにやってくる機会は早々ないからである。もちろん、店の作りうんぬんの前に店主や働くスタッフの性格、客が多くて話せないなどその時の状況もあるので、結局のところ、会話できるかどうかは行ってみないとわからない。
 7、8名程が座れるカウンター席に座り、10分ほど経った。この店の店主から話が聞ける可能性が詰まっていた。カウンター内の調理場で作業する日本語が流暢な外国人店主は話すことが嫌いではなさそうだ。しかも客は僕以外に上下ジャージ姿の小太りの中年男性しかいない。ただ、このジャージ男が問題だった。話好きの常連客のようで、ひっきりなしに店主としゃべっている。他の客の性格というのも店主と会話ができるかどうか大きく影響するのである。
「この間、店主いなかったでしょ?奥さんとAさん、がんばってたよ」
 ジャージ男は店の内部事情にまで精通していた。Aさんというのは調理場と暖簾で仕切られた奥の仕込み場にいる外国人スタッフのことだろう。髪は少々薄いが顔は濃い外国人店主は、僕が注文したウイグル式水餃子「ペンツェル」を鍋からすくい上げながらジャージ男の会話に相槌をうち、逆に別の質問を投げかける。
 ピンクのTシャツを着た小柄な中年の奥様が、できあがったペンツェルを店主から受け取り、僕のカウンター席まで運んでくる。肌が白くきれいな顔立ちで、かわいいおばあちゃんになるだろうなぁと老後まで想像できそうな女性だった。ウイグル式の水餃子はラム肉を使用している。ラム独特のクセは多少あるが、ビールにはよく合う。
 ジャージ男は仕事が休みらしく、ライチサワーをちびちび飲みながら、ご機嫌な様子で店主と会話を続けた。常連客と店主とのやりとりの中に、うまく入り込む人がいるが、僕の性格では、とても無理だった。
「世界一周してきたくせに、情けない男やなぁ」
 現在、岐阜で一緒に暮らす母の顔が浮かぶ。彼女は何かにつけて「世界一周してきたくせに」と言う。世界一周してきた程度で性格が変わるとでも思っているのだから困ったものである。世の中の見方は多少、変わるかもしれないが、性格など早々変わるものではない。
 先日も中国の新疆ウイグル地区の話になり、「新疆」ってどういう意味なのかと母から聞かれた時もそうだった。
「世界一周してきたくせに、そんなことも知らんのかね?」
 世界一周してきた程度で世の中のことが全てわかるようになるとでも思っているのだから困ったものである。そもそも自分だって知らないじゃないか。ぶつぶつ言いながら、その場でノートパソコンを開き、検索サイトに新疆ウイグル自治区を打ち込んでみる。「新疆」というのは、「新しい国土」という意味らしく、清朝の頃、支配下に置かれた新しい国土という意味合いでウイグルの地名の前につけられたようだ。調べたついでに何気なく「ウイグル料理」と入力して出てきたのがこの店だった。
 最寄駅は埼京線与野本町駅。駅前のマンション建設予定地の看板とブルドーザーを横目に、全国どこにでも現れるファッションチェーン店「シマムラ」と子供服やベビー服で知られるチェーン店「西松屋」の脇を通り、自転車に乗る埼玉大学の学生らしき賢そうな若者たちとすれ違い、Jリーグ浦和レッズの旗に埼玉を感じながら15分程度歩くと辿り着く。

常連客ジャージ男の猛攻止まらず

 ジャージ男は以前、交際していた中国人の話を始めた。どうやら、ほんの数ヶ月で別れたらしい。
「やっぱり文化が違うと難しいよ。楊貴妃みたいに扱えって言われてもなぁ。最初はいいけど、そのうち何様だよって思っちゃって。この人たちみたいにきれいだったらよかったのかなぁ…やっぱりウイグルの女性はきれいだね」
 ウイグル語の和訳辞典が目立つ本棚の上に置かれた小さなモニターにミュージックビデオが流れていた。女性歌手が歌い終え、次に中央アジアの弦楽器「ドタール」を奏でるバンドが現れる。ホームページで店主の写真を見た時にも感じたが、ウイグル族は中国人というよりはトルコ人に近い顔つきである。
 ウイグル自治区は名前の通り、元々、ウイグル族が住む場所だった。しかし、近年、どんどん漢族が入植し、今では漢族の方が多いのではないかと言われている。侵略されているような気分になり、当然、ウイグル族から不満の声が上がる。その上、漢族とウイグル族の雇用格差なども重なり、ニュースで時折、見かけるような民族紛争も起こっている。新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区は、それぞれ独立してもいいくらい大きく、この3つで中国の40%以上の面積を占め、その中でも新疆ウイグル自治区は特に大きく、160万平方メートルと日本の面積の4倍以上、世界の国々の面積と比べても新疆ウイグル地区だけで上位20以内に入ってしまう。
「ウイグル料理は初めてですか?やっぱり…」
 ラグメンなるウイグル式のうどんをジャージ男に出しながら店主が声をかけてきた。
「だったら、トヌル・ケバブがおススメですよ」
 店主の日本語に全くストレスを感じない。もちろん、いただくことにした。ウイグル料理はシルクロードなど地理的な要素もあり、様々な文化が入り込んでいるようで料理の種類が豊富である。ナンもあれば、ピラフのような米料理もあるし、ジャージ男が頼んだラグメンなるうどんのような麺料理もある。麺は注文が入ってから、店主が手で小麦粉を練り、包丁を使わないで、延ばして細い麺に仕上げていく「手延べ式」の作り方である。素麺のような細麺やきしめんのような太くて平たい麺が選べ、麺を茹で上げると、スープに入れるのではなく、皿の上に盛り付け、上にラム肉と野菜などを炒めた物を載せて食べる。 
 ジャージ男は辛みが欲しいと唐辛子を頼み、店主はどんぶりに入ったトウガラシをカウンター越しに渡す。カウンターは中華料理屋でよく見かける赤を多用しているが、柱の形がペルシアで見かけるような曲線を描き、中国とペルシアが入り混じっていることが店内の装飾からも想像できる。
 ラム肉の脂が火に落ち、調理場に一気に煙が湧き上がるが、ジャージ男は煙には何の興味も示さず、中国人経営の店が多い池袋の中華雑貨屋巡りの話を始めた。惣菜の野菜炒めが直射日光に当てたまま売っているから買わない方がいいだとか、ライチがそろそろ売られるが、池袋のライチは質が悪いので上野で買った方がいいだとか、ほとんどが店の悪口なのだが、どこか嬉しそうだ。
 時計は14時をまわり、カウンター内の調理場では夜の営業のための仕込みが始まっていた。Aさんと呼ばれる外国人男性がカウンター奥の暖簾の向こうで洗い物を済ませ、野菜などを切っているようだ。ボウル一杯のにんにくのスライスやケバブ用のステンレスの串の束を持ち、奥の部屋と調理場を何度も往復している。店主はケバブの焼き具合を見ながら、調理台の上で餃子の皮でも作るのか小麦粉をこねる準備を始めた。奥様は奥の部屋から出てくるとウイグル語らしき言葉で店主と一言、二言交わし、集金袋のような袋を持って店を出て行く。
 ケバブをつまみに、もう一本ビールを飲もうかと思ったが気になっていたウイグル産のブドウで作られた白ワインをグラスでいただくことにする。
 店主が白ワインを目の前で注いでくれる際、この店は家族でやられているのか奥の部屋を指しながら聞いてみた。
「彼はインド人。従業員です。さっき出て行ったのは奥さんです」
 奥の部屋にいた外国人男性がインド人だったことも驚いたが、店主の口から従業員という言葉が出ることの方が驚いた。
「さぁてと帰ろう。ごちそうさま〜」
 店主の会話が、こちらに移ったタイミングでジャージ男が席を立った。

17年前とおにぎりの値段は変わっていない日本はすごい

 ジャージ男が帰ってから、最初に口を開いたのは店主だった。
「新聞社の人ですか?」
 僕が料理の脇にメモ帳を置いて、目に留まったこと、頭に浮かんだことを次々に書き留めていたからだろう。スマートフォンのメモ機能を使っていたこともあるが、僕の文字を打ち込む速度が遅すぎるため、書き留めたいことが追いつかず、書き漏れを生ずることも多々あった。その点、メモ帳への殴り書きはかなり早いスピードでできるし、後日、見直した時、筆跡で、その時の時空間がじんわり蘇ってくるのが便利だった。とても人様にお見せできない字ではあるのだけれど。新聞社でも雑誌社でもなく、個人でエッセイを書いていて世界の料理に興味があるのだと答えた後、雑談を交わした。
 店主は日本に住んでから既に17年。来日して最初に通い始めた日本語学校がたまたま南与野にあり、そのままずっと住み続け、店まで出した。店内に貼られた地元主催のイチゴ狩りツアーやこの店が参加する地域イベントのポスターが、店主が地域に溶け込んでいることを物語っている。
「日本でこの街以外に住んだことはありません。他の場所に住むって大変でしょ?」
 確かに外国人として日本で人間関係を築くことは、僕が想像するより大変なことなのだと思う。しかも店を開くとなったら、なおさらのことだろう。
 店主は、本当は大学を卒業してから、すぐに貿易商の仕事をしたかった。しかし、それには資金が足りない。そこでまず日本とウイグルの食文化を伝える飲食店を開業し、現金を稼いで、軌道にのったら、貿易の仕事も始めようと思っていた。しかし、実際、飲食店を初めてみると、そんな余裕はなく、毎日、店を切り盛りするだけで精一杯だった。2年後に法人化し、今年、開店から7年目になり、ようやく少し余裕が出て来たので、貿易の仕事も始めたそうだ。
 彼の日本での歩みをうかがいながら、ラグメンをたいらげた。おろしうどんもしくは、生卵のぶっかけうどんのように汁無しうどんの経験はあるが、どれもあっさりした物が載っていて、どっしりした炒め物が載ったうどんは経験がない。ホイコーロー丼(これもある店も少ないけど)の肉がラムで、ご飯をうどんにした感じに近いだろうか。この感覚は新鮮で、しかも美味しかった。
 長居したことを詫び、会計をしてもらう。お釣りをもらう際、このところの円安の影響は貿易に関係ないのか尋ねてみた。
「ないと言ったら嘘になるけど、うちくらいの会社の規模だと、そこまで影響は受けません。円安や円高は世界の仕組みや流れの中であることだから、それは仕方がない。僕らは対応していくだけ。いつも思うことがあるんですよ。僕が17年前に日本に来た時、コンビニのおにぎりは100円でした。今は?変わらないでしょ?世界が円安だろうが、円高だろうが、値段が高騰しないで、原材料を輸入する場所を考え、機械や人の流れでコスト削減の知恵を使いながら、可能な限り値段を維持していくんですよ。これが日本のすごいところ…」
 経済や経営の話を始めたら、店主は話が止まらなくなった。彼は日本の大学院で経営学を学んでいたのである。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)
ウイグル式餃子「ペントゥル」

ウイグル式餃子「ペントゥル」は、ラム肉を使う。ウイグル料理の肉はラム肉が中心だが、鶏肉も牛肉も食べるそうだ。

ケバブ

ケバブはトヌルと呼ばれる焼きかまどにタレを塗ってから入れて焼く。

ラグメンというウイグル式のうどん

ラグメンというウイグル式のうどん。ウイグルでは小麦粉から、うどんでもパイでも餃子でもナンでも、まさに何でも作ってしまう。

新疆ウイグル自治区
のビール

中国はビール会社の種類が多く、たいていそれぞれの省ごとに、ご当地ビールがある。新疆ウイグル自治区内では、小麦やホップが生産されていることもあり、「新疆ビール」なる地ビールがあり、特に黒ビールが人気らしい。

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