体調不良の料理人

 生まれて初めて食べた外国料理はロシア料理だった。当時、小学校2年生だった僕が何を食べたかは覚えてないが、「酸っぱい料理」というおぼろげな味の記憶は残っている。そして、その食事の席で歌手の加藤登紀子の話が出た……らしい。小学2年生の僕は、ウルトラマンは知っていても、歌手・加藤登紀子は知らなかったと思う。後に母は彼女がテレビに登場するたび、彼女の父親がロシア料理店を経営しているという話を、そのロシア料理屋で聞いたと何度も言っていたせいだ。
 母の記憶は、いい加減なことが多いが、この話は本当で彼女の父親はロシア料理店を経営し、日本ロシア料理店協会まで設立していた。博多で日本人経営の老舗ロシア料理店を見かけた際に思い出し、なにげなく「博多 ロシア人 ロシア料理」とスマートフォンの検索エンジンに打ちこんだ。
 天神の中心街から西に向い、セレクトショップなどファッションの店が建ち並んだストリートを抜けると徐々に店が減っていき、人通りも少なくなる。大きなタイの国旗を飾ったタイ料理店の前を通り、次の角を曲がって……と前日に来た道をなぞるように歩くとロシア人夫妻がやっているロシア料理店の入ったビルにたどり着く。
 ちょうど大柄のロシア人男性がロシアの民芸品「マトリオシカ」が描かれた看板を押し、ビルから出てきた。顔色が悪い。ロシア人の顔色は、みんなこんな感じだったような気もするが、体調が悪そうだ。気だるそうに看板の位置を決め、看板に巻き付けた電源コードをほどいている。
「キョウ、シュジン ビョウキデ ネテイルンデス」
 前日、この店を訪れた際、彼の奥様が言ったことが頭を過る。彼が、その「主人」なのだろう。「入れますか?」と尋ねようと思ったが、体調が悪いことを知っているせいか「大丈夫ですか?」と言いそうになり、でも、そうすると昨日、来た話をしなくてはならなくなり……というより、この人は日本語が話せるのか……と優柔不断な考えが一瞬の間にいろいろ浮かぶうちに声をかけそびれた。一旦、タイミングを逃すと気持ちがひるみ、とりあえず店まで行ってしまえと軽く会釈だけして彼の脇を通り、ビルの中に入る。
 クローゼットのような小さなエレベーターに乗り、3階のボタンを押す。この狭い空間にあの大柄なロシア人男性と沈黙の状態で乗ることを想像すると、声をかけなくて正解だったかもしれない。お互いに。
 扉が開くとエレベーター前の1畳程の狭い踊り場には、搬入されたばかりであろうビールケースが積まれ、店内との境目がわからない程、雑然としていた。店内の明かりは、ついていないが、暗い店のカウンター前に立ち、郵便物を確認していたロシア人女性が僕の姿に気づき、「ざ〜ます」の語尾が似合いそうな眼鏡の奥に見える目を大きくした。
「キノウハ スミマセンデシタ」
 元祖外国人タレントのフランス人フランソワーズ・モレシャンをロシア人にしたような上品な美しさを持った女性である。
 前日、店に立ち寄った際、彼女しかいなかった。料理人である彼女の旦那様の具合が悪く、漬物以外の手の込んだロシア料理は出せないのだと申し訳なさそうに言った。明日、再度、出直すことを告げると彼女は僕の手を握った。
「ホントウデスカ? オマチシテイマス」
 スキンシップを好むロシア人っぽい仕草だった。そして翌日、約束通り、やってきたのである。
 カウンター席とテーブル席合わせて20名程が座れる店内は、どこに目線を持って行っていいかわからない程、ロシアの雑貨が飾られていた。眺めていたら見入ってしまいそうなので、とりあえずカウンター前のテーブル席に座り、ロシアのビールを注文する。
「ニシュルイ アリマス」
 彼女は店内の電気をつけた後、500ミリリットル缶に入った同じ銘柄のビールを二本持ってきた。一本は日本のビールと変わらないアルコール度数約4%、もう一本は8%で、いかにもロシアという感じのビールである。以前も書いたが、僕は決してアルコールが強くない。しかも、食事の後、博多座へ芝居を観に行く予定を入れていたので、気分的にアルコール度の低い方のビールを選ぶ。
 一階に看板を設置し終え、戻ってきた旦那様は、僕のテーブルの脇を通り、店の奥に設置された大きなテレビに向けてリモコンを操作し、ロシアのミュージックビデオを流し始めた。そして大きなため息をついてからカウンター内の決して広くないキッチンに入った。体調の悪さが想像できるため息だった。ロシア人モレシャンにつつかれて、体調が悪いのに無理して出てきたのだろうか。料理を注文するのが申し訳なく思える。

「三人兄弟」と「良きお父さん」という名の酒

 ニシンの塩漬け、様々な具材が入った揚げパン「ピロシキ」、ロシアの定番シチュー「ボルシチ」など、メニューには、おなじみのロシア料理が並んでいた。最初に頼んだのは、子供の頃、おぼろげな酸っぱい記憶を残した一つであろう漬物の盛り合わせ。塩と酢から作られたマリネ液につけて発酵させたキャベツやニンジンは定番だが、それに添えられたトマトの漬物が絶品だった。
「フォークデ ササナイデ、スプーンデ タベテクダサイ」
 ロシア人モレシャンが説明した通り、フォークで刺したら、崩れてしまうほど繊細な柔らかさでジューシーな漬物である。
 日本人の女性親子二人組が入ってきて、僕とテレビの間のテーブル席に座った。娘の歳は20代前半といったところだろうか。娘の口調には育ちの良さが感じられ、母親はグルジアの赤ワインを娘は黒パンジュース「クワシ」を頼んだ。黒パンを発酵させたロシア名物の飲み物で、クワシ以外にも白樺の樹液をジュースにした飲み物も置いてあるとロシア人モレシャンは説明した。好奇心旺盛そうな娘は飲み物だけでなく料理の質問もどんどん投げかけていた。そして、ロシア人モレシャンの説明の合間に、母親が時折、「あぁ、それは食べたことがあるわ。それも美味しいわよね」と口を挟む。次々と注文が入るのを聞きながら、人ごとながらカウンターの中の店主が心配になり、彼に目が向いてしまう。
 カウンター内の店主は無表情のまま手を動かしていた。僕の頼んだロシア風餃子「ペリメニ」を作っているのだろう。ロシアの元大統領エリツィンの面影を感じるせいか(というより大柄なロシア人というと彼しか思い浮かばないからだけど)、体調は悪そうだが、酒は強そうな男に見えた。エリツィンの酒豪は有名で、来日した際も、ある有名ホテルにある酒を全て飲み尽したという噂話を聞いたことがある。
 カウンターの上に並べられた20種類以上のウォッカの瓶。ちょうど、ビールを飲み終えたこともあり、一杯だけウォッカを飲んでみようかと思った。しかし、これだけ種類があると選ぶのも難しい。メニューを再度、広げてみる。アルコール度数は書かれているが、ウォッカの特徴は書かれていない。きっと聞けば、ロシア人モレシャンが説明してくれるのだろう。
 メニューの中に「良いお父さん」と名付けられたアマレットリキュールとウィスキーを混ぜた飲み物に目が留まる。ウィスキーだけで飲んだら、悪いお父さんだけど、アマレットリキュールで割ったら良いお父さんになると想像したら、妙におかしかった。ブランデーとワインとウォッカと三種類の酒を混ぜた飲み物もあった。日本でいえば「ちゃんぽん」と呼ぶが、ロシアでは「三人友達」と呼ぶ飲み物になる。ウォッカはもちろんロシア産だが、ブランデーはアルメニア産、ワインはグルジア産なのだとロシア人モレシャンが説明してくれた。
「ロシアジン ノミマスヨ。デモ、ウォッカ ダケ デ ノンダホウガ オイシイデスケドネ」
 最近、酒税が高くなり、ロシアでウォッカ離れが起きているが、相変わらず、他の国に比べればよく酒を飲む国らしい。2年ほど前のWHO(世界保健機構)の調べでもアルコール消費量一人あたり一年に15リットル以上で、モルドバ、ハンガリー、チェコに続いて世界で4位。WHOが危険なレベルとしている年間8リットルの2倍にあたるそうだ。
 結局、「三人友達」を頼んでみた。また一つロシア料理の酸っぱい記憶が増えた酸っぱいウォッカという感じである。残念ながらペリメニにも合わなかった。ロシア風水餃子というより、ロシア風ワンタンといった感じで、スープにはサワークリームがたっぷり入っており、酸味のあるサワークリームと酸っぱいウォッカは、酸っぱさが倍増され、おちょぼ口になる。「三人友達」は食後にちびちび飲む酒としては悪くないだろうが、ロシア人モレシャンの言うように、ウォッカだけで飲んだ方が美味しいのだろう。

ロシアで加藤登紀子の父親から声をかけられたのが
来日のきっかけ

 改めて店内に飾られたロシア雑貨を眺める。窓際には、ロシアの独特な湯沸かし器「サモワール」や人形の中に人形が入る「マトリオシカ」が並べられ、壁には伝統的な絵柄の入った「ホフロマ塗りのスプーン」やロシアの自然の厳しさを物語るような雪景色の風景画が何枚も飾られていた。
 テーブル上に置かれた紙のランチョンマットも改めて眺めると盛りだくさんの情報だった。あいさつ程度のロシア語とひらがなで書かれた日本語訳、ロシアの地図、双頭の鷲で知られるロシアの国章など全て手描きだ。教会の絵も描かれているのを見て、ロシアはギリシア正教の国だったことも思い出す。
「シュジンガ カキマシタ」
 ランチョンマットを手にとって眺めているとグリビキノコの壺焼きを運んできたロシア人モレシャンが言った。小さな壺に入ったキノコ入りのシチューがパンの蓋で覆われ、そのパンを崩し、シチューと一緒に食べていく、これもロシアの伝統的な料理である。シチューはもちろん美味しいが、僕は蓋になっているパンの少し固い食感が好きである。
「ハカタ 二 スンデイマスカ?」 
 女性親子が注文した料理が、ひととおりテーブルに出て落ち着いたこともあり、彼女は僕に話しかけてきた。岐阜から来たことを告げると彼女は位置関係を確かめた後、京都に十二年いたことがあると話してくれた。なんと彼女たちは加藤登紀子の父親にロシアで声をかけられ、彼が京都で経営していたロシア料理店で働くために来日したのが日本に住むきっかけだった。京都の後、東京に数年住み、それから博多に移り、この店を経営しているらしい。
 グリビキノコの壺焼きの器は一見、小さいが、パンとこってりしたシチューとで意外にボリュームがあり、お腹が膨れてしまった。
「イソイデイマスカ? キノウ モウシワケナカッタノデ、コウチャダケ サービスサセテクダサイ。スグ イレマスカラ」
 芝居の時間も迫っていたので会計をお願いすると、ロシア人モレシャンは、そう言って、すぐにフルーティーな紅茶を淹れてくれた。ジャムを入れて飲むことで知られるロシアンティーだが、実は、その方法で飲む人は、ロシアではあまりいない。せいぜいジャムをスプーンで味わって、その後に紅茶を飲むくらい。そういえばジャムにウォッカを垂らして、それを口に含んで飲むなんてことも、十年ほど前、ウラジオストックに滞在した際、教わった。少しだけ残っていた「三人友達」を飲み干し、それからロシアンティーを飲むと友人たちとシベリア鉄道に乗った日のことを思い出した。
 途中下車して歩いていると森に迷い込み、木こり職人らしき二人組の中年男性と出会った。斧を隣に置いて、切り倒した木の前に座って休憩していた彼らは、うさんくさそうに僕らのことを見ていたが、僕らが行こうとしていた池の地図を見せると、一人が池の方向を指し、一人は、おもむろに四分の一程度残っているウォッカの瓶を僕に差し出した。あの時の彼らもカウンターの中にいる店主と同じで無表情だった。表情が読めないので、どういうことなのか、わからなかったが、顎をしゃくるような仕草をしたので、「飲め」ということなのかと解釈し、そのまま受け取り、蓋の開いている瓶に口をつけて呷った。生ぬるいウォッカは、余計にアルコールがきつく感じられる。僕が瓶を返すと次にペットボトルのジュースを渡された。両手で支えるようにして、こちらも、そのまま口をつけた。生ぬるい桃の炭酸ジュースだった。喉を通っていったウォッカの上を甘い炭酸が通り過ぎていく感覚は忘れられない。
 店を出る際、「ごちそうさまでした」とキッチンに向かって会釈すると、無表情だったエリツィン店主は、にやりと笑った。そういえば、あのウラジオストックの木こり職人たちも、ペットボトルの飲み口を手で拭いて返す際、あんな感じでにやりと笑っていた。その「にやり」だけで、会話もしていないのに、わかり合えるような気がするから不思議である。結局のところ、僕はエリツィン店主の声を一度も聞いていない。
イシコWebマガジン幻冬舎
世界一周ひとりメシ in JAPAN

イシコ Ishiko

一九六八年岐阜県生まれ。静岡大学理学部卒。女性ファッション誌、WEBマガジン編集長を経て、二〇〇三年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。五十名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動、環境教育などを行い話題となる。また、一ヵ月九十食寿司を食べ続けるブログや世界の美容室で髪の毛を切るエッセイなど独特な体験を元にした執筆活動多数。著書に『世界一周ひとりメシ』(幻冬舎文庫)がある。

世界一周ひとりメシ in JAPAN
バックナンバー

第18回 遊牧民の血が騒ぐモンゴル人店主(東京都新宿区)
第17回 韓国料理店で刺身を食べる(大阪府大阪市)
第16回 ロシア流酒の呼び方と飲み方(福岡県福岡市)
第15回 辛くすることはできても甘くはできないカレー屋(福岡県福岡市)
第14回 インド料理激戦国日本で鳥栖に辿り着いたカレー職人(佐賀県鳥栖市)
第13回 世界一周してきてもウイグル料理の特徴を知らない(埼玉県さいたま市)
第12回 ぜったいひとりメシに向かないトルコ料理店(東京都荒川区)
第11回 謎のメモが導いた日本で唯一のスロヴェニア料理店(京都府京都市)
第10回 焼鳥屋でスウェーデン人が働く理由(東京都杉並区高円寺)
第9回 一妻多夫な生活を想像しながら(愛知県名古屋市)
第8回 アフリカの餅(東京都新宿区)
第7回 日本の国教がイスラム教になる可能性(静岡県静岡市)
第6回 ミャンマーの少数民族と怖い話(東京都新宿区高田馬場)
第5回 中国語でしか予約できない中華料理店(愛知県名古屋市中区)
第4回 年老いたドイツ人店主の料理店は果たしてぼったくりなのか?(東京都港区六本木)
第3回 美人姉妹のいるイラン料理屋でひとりメシ外交(愛知県名古屋市東区)
第2回 東京のリトルインディアは本当にインド人で溢れているのか?(東京都江戸川区西葛西)
第1回 “東京の大阪"でテレビの位置が気になるタイ料理屋に入る。(東京都墨田区錦糸町)
この店の漬物

この店の漬物は酢を使用しているが、キャベツやきゅうなりなど酢を使わないで塩につけて発酵させるだけの漬物もあるらしい。

ペリメニ

ペリメニは中国の餃子に似て、水餃子で食べることが多い。バターやマスタードをつけて食べることもある。

グリヴィーと呼ぶロシアの伝統料理

グリヴィーと呼ぶロシアの伝統料理。ロシア語で「きのこ」を意味するグリーブから来ている。もちろんスープはキノコ入り。スープがボルシチの場合はガルショークと呼ぶ。

ロシアのビール

ソ連時代、ビールの不味さが世界的に有名で、「馬の小便」とまで評されたこともあるが、現在、レベルがどんどんあがり、100近くメーカーがある。代表的な「バルチカ」は、10段階でアルコール濃度が別れている。以前は、ロシアでビールは食品のカテゴリーとして扱われていたが、昨年、晴れて(?)、アルコール飲料のカテゴリーの仲間入りをはたした。

ロシアのビール
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