ファントム・ペイン
「ファントム・ペイン……ってわかる?」
「ふぁんとむ……何?」
「ファントム・ペイン……『幻肢痛』って書くんだ」
「げんし……つう? ますますわからない……」
「たとえば……地雷でふきとばされて……足を、膝から下を失った人がいたとするよね?」
「うんうん」
「それなのにその人が『かかとが痛くて眠れない』って叫ぶらしいんだ。ちぎれたつけねの部分じゃなくてだよ? もう存在しないはずの足の先が痛くて眠れないって言うんだって……」
「ほんとに?」
「うん。それがどうも本当らしいんだ……医学的には証明されていないらしいんだけれど、同じような症状をうったえる患者さんが別の場所にもたくさんいるらしくって……」
「……で? なんでそんな話とつぜんするの?」
「いや、痛みを生むのもコントロールすんのもぜんぶ頭なんだなあってふと思って。痛いか痛くないかとか、味覚だって人によって違うわけだし。おいしいとかまずいとか、決めるのも全部頭……いや脳なワケでしょ? だとすると人格や……心……、いや、魂ってよばれるものでさえ頭に……脳に宿るんじゃないかなあって思えて。それってすごいなあ、って」
「そうね。青井くんの話が本当なら……いや本当なんだろうけど、だとすると脳さえ入れ替えることが出来るたなら私たちは、私のまま……心は私のまま犬にだってなれるし。きっと不老不死だって夢じゃないわね」
「そう、そうなんだよ! そうなんだけどオレが小川のことを考える時……すごい不思議なんだけど、頭じゃなくって胸んとこが……こう、キューッてなるんだ。そうゆう時に思うんだ。やっぱり心は頭じゃなくってココ……胸んとこにあるじゃないかなって……」
 心臓のあるだろう辺りを手でおさえながら、僕は話をつづけた。
 自宅のベッドの上……まっ白なシーツの布団の中、横になっている僕と隣のイスに座った小川。
 小川が初めて家に来た日から半月の間に、僕の体調はますます悪くなっていた。
「まわりくどい……」
 シーツに反射した白い光を全身に受け、まるで光の中にいるみたいな小川は、優しく微笑みながらそう言った。
「え? 何が?」
 その美しさに半ば見とれ、自分でも何を話しているのか分からずにいた僕は、突然のその言葉の真意が汲み取れず、すぐ小川に聞き返した。
「でも青井くんっぽい」
「は!? だから何が?」
「私のこと……好き?」
「はあ!? どうしてそうなるわけ?」
「だって私の事考えると胸がキュ〜ッてなるんでしょ?」
「あ!」
「それが言いたくてファントム……なんとかの話をしたんでしょう?」
 そんなつもりはなかったけれど、僕はポロッと本音を口にしてしまっていた。
「……そんな、あ〜でも、そうかも。はい。そうです」
 顔をまっ赤にしながら、僕はなりゆきで小川に告白をしていた。
「私もよ」
 小川は光の中から優しくそう言ってくれた。
“棚からぼた餅”、そんな言葉を思い出した。幸せすぎて頭がどうにかなりそうだった。
 そんな僕を見ながら、小川はずっと微笑んでくれていた。外の猛暑がウソのような涼しい部屋の中、クーラーの風でゆれるカーテンが、まるで本当の風にゆられてる様だった。窓の外をながめていた。
 二人で窓の外をながめていた。




 小川のおかげで、期末テストの成績はなかなかよかった。
 学年でも無事10位以内に入れたし、何より小川の成績も上がったらしく、それがうれしかった。
「すごいよ! すごい!! 学年で20位以内に入っちゃったのなんて初めて!! これも全部青井くんといっしょに勉強したからだわっ!!」
 ふだんはクールな小川が子供のようにとびはねてよろこんでいた。
 あれからというもの、ほとんど毎日、小川は僕の家に来ていた。僕らはうまくいっていた。
 この頃までは……。