ヒビ割れた心
 空気が固まってるのがわかった
 頭の中にいくつも言い訳が浮かんできけど、だけどすぐに全部消えた。そのどれも良い言い訳ではなくて、下手にしゃべって状況をもっと悪くすることのほうが、ずっと私には怖かった。だから私はただただ、プカプカとお湯に浮かぶ白い固まりを眺めている他なく、そのままの状態で時間はゆっくりと、だけど確実に流れ続けていた。
 その間私は、頭の中で子供特有の身勝手な解釈を展開する始末で、むしろこの突然のハプニングのおかげで、自分から誰かに相談したり告白したりすることなく、自分からは何も特別な努力をしないまま、事態は勝手に好転するんじゃないか? と期待をし始めていたぐらいだった。
 私の性器から出てきた、この不自然な白い固まりを見て、お母さんが自分と義父の関係を見抜いてくれれば、私と義父の間にうまく距離を作ってくれるかもしれない。義父に「もうやめて」と忠告してくれるかもしれない。いや、そればかりか、狂った義父に愛想を尽かし、また昔みたいに二人っきりの生活に、あの幸せな毎日に戻れるかもしれない……。
 しかし現実は、そのどれとも違っていて、結局、脆い期待でしかなかった。私の考えていた最悪の結末なんか遠く及ばないくらいの、絶望的な最悪の結末だった。
 パーン!
 渇いた音が浴室の中に響き渡り、残響音を残しながら、ゆっくりと消えていった
 一瞬何が起こったのか解らなかった。正面を向いていたはずの私は、何故か横を向いていた。左側の頬がジンジンと痛んだ。いや、痛いというより熱かった。
 現実が飲み込めず、私は今何が起こったのかが、まるで理解出来ていなかった。

 今度はゴチンという音が頭の中に響き渡った。
 目の前がチカチカした。
 あまりにそれが続くので、その途中で私は、今何が起こっているのか理解してしまった。私はお母さんに突然ビンタをされて、それから闇雲に頭や顔をグーで殴られ続けていた。
 いつまでも、いつまでも続いた。

 目を開けると世界が赤く染まって見えた。その先に鬼の様な形相の女の人がいた。
 お母さんだった。
 私の大好きなお母さんだった人がそこにいた。
 まるで別人だった。
 ハーハーと息を切らしながらいつまでも私を殴り続け、それから私の髪の毛をつかんで、蛇口の出っ張った硬い部分に私の顔や頭を何度も打ち付けた。
 ゴキッとかボキッていう音が、何度も頭の中に響き渡った。

 涙が止まらなかった。
 痛みとかではなく、哀しみで、涙が止まらなかった。

 激しい憎悪に母は、母であることを忘れ、ただの女になってしまっていた。
 男を寝取られた嫉妬と怒りに、我を忘れて暴力に身を委ねてしまった一人の醜い女の人だった。
「アンタなんかに、あの人は絶対渡さないから!! 今度手を出したら殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!」
 多分そんな事を言われていたような気がする。頭がボーッとして、何を言われてたのかハッキリと覚えてなくて……。
 今度は、おっぱいに爪を立てて、思いっきり握り潰された。痛い痛いって私が泣き叫んでも、その人はやめてくれなかった。私の左胸に、右手の爪の何本かがズブズブと入って来た。激痛が走った。
「アーッ!! だれか!!」
 あまりの痛みに、私はつい大声で助けを呼んでしまっていた。
「やめて!! だれかたすけて!!」
 私がそう叫んでいたら、義父が……あいつがお風呂場に駆け付けて来た。入って来たかと思うとすぐに、あいつはお母さんの顔面をおもいっきりゲンコツで殴った。その瞬間、私の胸にもビリッと激痛が走った。殴られたお母さんは吹き飛んで、壁にバンッとぶち当たった。
 爪がめり込んだままの状態で殴られたから、私の胸の肉もほんの少しだけどえぐりとられて、数ヶ所肉がなくなって穴があいたみたいになって、血が流れていた。
 あいつは頭に相当血が昇ってるみたいでお母さんを殴り続けた。
 ほんの数十秒で、お母さんはぐったりして動かなくなった。
 しばらく呆然としていたけれど少し冷静になった私は、「やめて」と叫びながらあいつにしがみついて、なんとか止めさせた。
 お母さんの顔はブクブクに膨れ上がっていた。
「おかあさん! おかあさんだいじょうぶ!? おかあさんっ!!」
 泣き叫びながら、バスタブの中のお母さんを抱き締めた。
 意識はなかったけれど、小さく息をしてるのがわかって、少し安心した。
「よかった……おかあさん生きてる、よかった……」
 本当に死んでしまったのかと思ったから、私は自分がさっき何をされたのかもすっかり忘れて、本当に心の底から安心して、力が抜けてバスタブの中で座ったまま気絶しているお母さんの横の浴室のタイルの上にペタンと座り込んだ。
 何も考えられないまま、お母さんを見ていたら、急に後ろから首を絞められて無理矢理立たせられた。本気で首を絞められて、まったく息が出来なかった。額が一瞬で脂汗でいっぱいになった。
 そんなことをするのはもちろんあいつしかいない。私を立たせたかと思うと、そのまま首をつかんだまま手を前にグーッと押し出して、私を前かがみの体勢にさせた。
(あぁ……こんなときになにをかんがえてんだろう……このバカ)
 案の定、あいつは固くなったアレを私の中に突き刺してきた。お母さんの目の前。今だけは本当にヤでヤでジタバタしたけど、首を絞められた上に体に後ろから思いっきり抱きつかれて力はほとんど入らなくて、もうあきらめるしかなかった。

 だからもう、とにかく早く終わって欲しかった
 こんな姿をお母さんにだけは見せたくなくって、とにかくお母さんが目を覚ます前に終わって欲しかった。そんな私の願いなんかお構いなしに、あいつはパンパンとお母さんが目を覚ましかねないくらいの大きい音を立てながら腰を振り続けた。
 私のおしりにあいつの腰がぶつかるたびに、お風呂場の中にパンパンって音が鳴り響いた。
「だ、大好きなママの目の前でパパと悪い事するのは、ど、どんな気分? ねぇ、ドキドキする? 興奮する?」
 鼻息荒くあいつが耳元で囁いてきた
 私は何もしゃべらなかった。
 私が観念したのがわかったのか、首から手を離し、今度は両手で私の胸を鷲掴みにしてきた。
「いたっ! いたいっ! やめろっ!!」
 私の悲鳴に反応してあいつの息遣いはドンドン荒くなっていった。左手で私の胸の肉のない部分をまさぐり、指をねじ込んできた。信じられないほどの痛みで、汗と涙と鼻水とヨダレが吹き出して止まらなかった。お母さんに殴られたときに口の中も相当切れていたみたいで、ヨダレが真っ赤で鉄の味がした
 時間が本当に長く感じた。
 はやくおわれはやくはやくはやくはやくはやくはやくおわれおわれおわれ……。
 心の中で呪文のように唱え続けた。

 そんな中、パンパンパンパンという大きな音が鳴り響くお風呂場の中で、何か小さく誰かが啜り泣くような声が混じってることに気が付いた。うつむいていた私がビックリしてお母さんの方を見ると、ぐしゃぐしゃのお母さんの顔の頬をうっすらと涙が伝っていた。
 多分、お母さんはもう目を覚ましていた
 お母さんは、きっと母と女の両方で、泣いていたんだと思う。
 お母さんのそんな姿を見て、私はもう、悔しいやら申し訳ないやらで、とにかく涙があふれて……。ずっとあふれて、止まらなかった。
 あいつにうしろから突き上げられるたびに、そのあふれた涙がポタポタと下に落ちた。
「あぁっ……!」
 しばらくして、あいつが大袈裟に声を漏らすと、ビクッビクッと私の中でアレが大きく動いた。あいつがあれを抜いたとき、いつのまにかあそこの中に空気が入っちゃってたのか、あれを抜いたあとに空気みたいなのが私の中から出てきて、ブーッとオナラみたいな音がした。
 情けない音を残しながら、全身から一気に力が抜けた私は、その場にへたりこみ、半開きのまぶたで何処を見るわけでもなく、ただボーッとしていた。
 気が付いたら、あいつはいなかった
 こんな状態の私たちを、そのまま残して、平気で立ち去っていた
 シーンとした浴室に、ブッ…ブリュッ…ブブブッと音がして、空気と一緒に私のあそこから、また白い液体がドロリと出てきた
 もう何がなんだかわからなかった。
「これからわたしたちはどうなるんだろう……」
 ただ漠然とそんなことを考えていた。未来のことが何も考えられなかった。
 何も想像出来なかった。

 自分の体を見ると、胸の傷口から血が垂れて細長い赤い道が出来ていた。胸から伝う血液は、まるでヒビみたいだった。心を中心にガラスで出来た体が割れて、大きくヒビが入ってるみたいに見えて……少しキレイだった。
 その先の足元にドロッとした白い固まりが見えて、それと血液が混ざり合って赤白にマーブル模様になっていた。
 少しキレイだった
「きれい……」
 心の中にあった、出すつもりのない言葉がポロッと零れ落ちた時、涙はもう、すっかり乾いてしまっていた。
 今思うとあの時からだった、私の心が壊れ始めたのは……。