神様からのプレゼント
 お互いの冷え切った体を温めるために、家に着いたらすぐ湯槽にお湯をためて、ふたりでお風呂に入った。
 ふたりともドロだらけだったし、汚れを落とす必要もあったから、そういう意味でもお風呂はちょうどよかった。子猫も最初は水を怖がってたけど、浴室のあたたかさから来る安心感か、徐々にお湯にも慣れていった。
「あれ? おまえブチじゃなかったんだ」
 茶色に白のブチだと思っていたその体は、ドロを落としてみたら、ブチではなく思わず見惚れてしまうくらいの美しい純白だったのだ。
「きれー……ウサギみたい」
 猫の汚れを洗い落としたら、次は自分だと思って急いで髪と体を洗った。洗う間、猫から手を離すと、猫はよたよたとお風呂場の中を歩いていた。眼がちゃんと開いてないから色んなものにポコポコぶつかりながら。
 仕草や動き、そしておぼつかない足取りなど、そのすべてが可愛いすぎて、愛しすぎて、胸がキュンとなった。ミーミー鳴きながら歩き回る、どこか不安そうなその姿は、まるで何かを探しているように見えた。自分をキレイにし終わって、「ごめんね〜」と声をかけながら、ちょっとぶりに猫を抱き上げてみると、体は暖かいのに、まるで寒いところにいたみたい超ガタガタ震えていて驚いた。
 そしてすごく大袈裟に私に向かってその子がミーミー鳴くから
「だいじょうぶだよ。私ははどこにもいかないから」
 と言って胸元に抱き寄せた。
 すると、その子はすぐに鳴き止んで、徐々に震えも収まってきて、今度は私の体にすりすりしてきた。
「ん? おまえ……もしかしていま、私のことさがしてたの?」
 そうやって私が話し掛けると、まるでその言葉に返事をするかのようにまた子猫は、その小さい口をいっぱいに開けて、私に向かって「ミー」と嬉しそうに鳴いた。
 今思えば、母性本能ってのは、ああいうのを言うんだろうか?
 小学生の分際でそんなことを言うのは早すぎるのかもしれないけれど、私はまるで母親にでもなったような気持ちでいっぱいで、私に向かって甘えてくる子猫が無性に可愛くて可愛くて仕方がなかった。
 愛しくて愛しくて、もうどうしようもなくなっていった。
「もうさみしくないよ、これからはずっといっしょなんだからさ」
 そう言いながら、その子が可愛すぎて幸せすぎて、悲しくないのに泣きそうだった。
「おまえ、そういえばまだ、名前がないんだよね……まずは名前をつけなきゃね」
 これまで、自分がペットを飼うなんて想像したこともなかったから、何もアイデアがなくて、私はちょっと困っていた。
「色が白いから……シロ? う〜ん。シロじゃ、犬みたいだよなぁ。どうしよ……しろ、ニャー、ミー、ん〜、ちょっとちがうなぁ。あ! 色が白いから、ウサギとか? それかウサギだから……ウーさん、とか? ウーさんいいかも! どう? 気に入った? ウーさん」
 私が呼ぶと子猫はミーと鳴いた。勝手な解釈かもしれないけれど、何故かとっても嬉しそうに見えた。
「あはっ! 嬉しいの? 気に入ったんだね! これからおまえの名前はウーさんだからね? わかった?」
 ミーミー嬉しそうにウーさんが鳴くから、私もとっても嬉しくなった。
 素敵すぎて嬉しすぎて、仕方なかった。
 昔誰かが、猫の耳の中にお湯を入れたら猫は死ぬとかなんとか言っていたような気がしたから、顔はお湯に付けないように気を付けながら両手で支えて、一緒に湯槽につかった。

 お風呂を出た後、ウーさんはきっとずっと何も食べてないはずだから、ご飯にすることにした。お醤油を入れたりする小さい皿にミルクをついで飲ませようとしたけれど、食べるとか飲むとかが理解出来ないみたいで、全然飲んでくれなくて困った。だから子供なりに工夫して飲ませようとした。
 もしかしてミルクが冷たすぎたのがいけなかったのかな? と思ったから、まずはミルクを人肌くらいに温めようと、マグカップに移し替えてレンジで20秒くらい温めた。すると表面だけ熱くなったから、それを指でかきまぜて熱いのと冷たいのを混ぜて人肌くらいに均等に温かくした。
 その時にミルクで濡れた指を口にくわえてキレイにした時、
「あ!コレなら飲んでくれるかも!」
 と、ピンときた。
 赤ちゃんにおっぱいをあげる時にママがそうするように、猫を抱き上げて片手で包み込んで、早速さっきと同じようにミルクに指を突っ込んでミルクまみれにし、猫の口元に持っていった。
 そのままだと舐めてくれなかったから、少しだけ強引に口の中に指を入れるようにしてミルクを舌に触れさせたら次第にペロペロ舐めてくれるようになり、時間はかかったけれどマグカップの半分近く飲んでくれた。
 飲んでる途中からウーさんは首がフラフラしてきて、なんだか眠たそうにしていた。それにつられて私も急に眠たくなってきて、ウトウトしながらも、でもウーさん用のベッドを作らなきゃいけなかったから眠いながらも頑張ってベッドを作った。
 まぁ作ったと言っても、ただいらない段ボールの中に毛布を敷き詰めただけにすぎないけれど。
 そうやってある程度のところまで作れたらその中にウーさんをやさしく入れて、毛布でくるんであげて、そのすぐ横に布団をひいて潜り込んだ。
 寂しそうに私を探すウーさんの鳴き声が聞こえたけれど、あんなに小さな体のウーさんと一緒に寝て、寝返りでもうってもしも潰して殺しでもしたら悲しすぎるから、一緒というわけにはいかず、心を鬼にしてその声を無視した。
「あなたのためなの、ごめんね」

 次の瞬間、気付いたらもう、朝だった。時計をみたら朝の六時をまわっていた、
 疲れすぎていたのか、いつ寝たのかもわからないくらいの一瞬の間に、私は何時間も眠っていたみたいだった。
「ウーさんは?」
 そう思って布団から、芋虫みたいに抜け出して、段ボールの中を見たけれど、そこには誰もいなかった。一瞬ワケがわからなかった。
 もしかして全部夢だったの? でもそんなワケないのはすぐにわかった。段ボールもマグカップもそこにある。だけど、どうやって段ボールから出たのかまるで見当がつかなかったけれど、ウーさんはそこにはいなかった。
 じゃあどこにいるの? と必死で探した。しかし、台所、風呂場、玄関、トイレ、全部見たけど、どこにもウーさんはいなかった。
 泣きそうだった。
 やっとひとりぼっちじゃなくなったと思ったのに、もう私は一人になったのかと思った。あんなに私のことを探してくれたのに、アレは嘘だったのかとウーさんを疑った。どうしていいかわからずに逃げ出すように布団に入ろうと思った
 布団の方を見たら、さっき私が布団から芋虫のようにニュルニュル飛び出て起きたから、掛け布団が洞窟みたいな感じで私が入ってたままの形のままで残っていた。
 少しイライラしてたから、その掛け布団をバワッと手で剥がしたらそこにちょこんとウーさんがスヤスヤ寝ていた。その姿を見たら嬉しさと安心感から涙が溢れて止まらなくなった。
 どうやって段ボールから出て、私の布団の中に入ったのかはわからないけれど、実はウーさんはどこでもない、私の一番そばにいてくれたのだ。
 うん。ウーさんは何も悪くなくって、ただ私がそれを見つけてあげられなかっただけだった。
 あまりの可愛さにそのまま見とれていたら、体が冷えたのか、ウーさんが小さくブルッと身震いした
 その姿がまた可愛くって、私は布団をやさしくかけて、それから私も布団に入ってウーさんを潰さないように寝てやさしく包み込んだ。
 その時に少しさわっちゃったのか、ウーさんは起きちゃったみたいで手の間をスルスルっと抜けて掛け布団から出るギリギリまで出て来て私の顔の目の前にちょこんとすわった。そして昨日まで閉じてた目を大きく見開いて私の顔をジッとみつめてきた。その目は宝石みたいに透き通っていて、鮮やかなブルーだった。
「ウーさん、目が開いて見えるようになったんだね。そっかだから私を見つけしてくれたの? でもかってにベッドから出ちゃうなんて、いなくなったのかと思ってビックリするでしょ?……バカ!」
 そう言いながらも、でも本当はとっても嬉しかった。
 涙がポロポロ止まらなかった。横向きに寝たままで泣いたから、目と鼻の間の高いとこに涙が溜まった。そしたらその涙をウーさんがペロペロと舐めてくれた。
「ザラザラしてて、くすぐったいよ……ウーさん」
 真っ白な体をやさしく撫でながら、一生この子を守り続けると心に誓った。ウーさんは、ひとりぼっちの私に、神様がくれたプレゼントだと思った。ウーさんがいてくれたおかげで、私は生きることを止めなかったと思う。
 もし、ウーさんがいなかったら、正直、今どうなっていたかわからない。それくらいウーさんは、私に強さとやさしさを与えてくれた。
 その当時の私にとってウーさんは、すべてだった。
 ウーさんなしの毎日なんて考えられなかった。
 何をやるにも、どこにいくにも、いつも一緒だった。もちろん、学校だけは無理だったけれど。
 だから学校が終わるのが本当に待ち遠しくなったし、前とは逆で、終わったら急いで家に帰るようになった。
 そうやって毎日過ごした。
 幸せすぎた。
 今思うと幸せすぎた。
 その時はまだ、私はその幸せが一生続くものだとばかり思っていた。