審判の時
 あいつがウーさんを食べた。
 その事実に対する激しい怒りに血液が沸騰しそうだった。鏡で見たわけではないけれど、自分の眼が血走っているのがハッキリとわかった。鈍くて重い殺意が自分の中でジワジワと蘇ってきて、私の体をドンドン支配した。
 それをあいつに悟られてしまったのだろうか? その時、突然あいつの左手が私の右手を掴みバンッと床に強く押し付けてきた。そしてあまった右手で思いっ切り、私の首を絞めてきた。
 物凄い力だった。
 指が五本すべて首の肉にめり込むくらいの強い力……一瞬息が出来なかった。脂汗が吹き出した。トマトを握り潰すみたいな映像が頭をよぎった。指の隙間から果肉が吹き出すようなイメージ……喉が潰れそうだった。「殺される」と思った。
「ウブェッ」
 情けない声が喉の奥から勝手に出て、こめかみや喉の辺りの血管がパンパンに張って破裂しそうだった。自由になる左手であいつの右手を引き剥がそうとしたけれど、それはまるで無理だった。喉の中が焼けるように熱かった。
「もうダメ。ごめんウーさん……ごめん。」
 そう思った時、あいつが体を大きくブルブルッと震えさせた。
「ま、また……出ちゃっ……イ、イキそ……」
 一瞬力が弱まったから、私は最後の力を振り絞って、
「お……でがい、ぞどにだしで……」
 と潰れた声で懇願した。
 そしたらあいつの手から、また一段と力が抜けたから、その隙を見逃さずに言った。
「せ、せいりき……たの……」
 あいつは一瞬顔色を変え、しばらくした後で、さらに気持ち悪いことを言ってきた。
「……じゃ、じゃあ、お口に出してもいい? 飲んでくれる?」
 その間も、私はゲホゲホと咳が止まらず、しばらく咳が止まるまでは出し続け、それが治まる迄の短い時間で咳をしながらも態勢を整え、同時に出来るだけ冷静さも取り戻そうと努めた。
 あいつは私が返事を考えているとでも思ったのか、私に時間を与えた、私は内心「助かった…」と思いながらもまだ困ったフリをしながら小さな声で言った。
「うん……いいよ」
 すると、その言葉を待ちきれなかったみたいで、私が返事を言うよりもむしろ少し早いくらいのタイミングで私の中から性器を抜き、絞めていた右手を私の首から離し、自分の性器に持ってってシコシコと前後に激しく擦りながら私の顔の前にそれを持ってきて、そして無理矢理口の中へと押し込んできた。
 予想外だった。
 私はてっきり、あいつが私にアーンと口を開かせて、そしてその中に、上から精液を垂らすのだとばかり、思っていたから。
 ライオンやサメの口の中に、自分の性器を突っ込むことがどれくらい危険な事かなんて誰にだってわかる。自分の一番の弱点を、まさか、敵である私の口の中に、あいつが入れてくるなどとは思わなかったので私は驚き、そして心の中で「バーカ」と笑っていた。
 さっきの無抵抗な私が功を奏したのか、あいつは完全に私の事を誤解していた。まさかあいつがこんなにも無防備になるとは考えてもいなかった。自分のことを気持ち良くさせるのに、よっぽど夢中だったんだろう。自分の事を殺してやると思っている相手に向かってここまで無防備になれるなんて……。
 力の弱い私が、力の強いあいつに勝てる千載一遇のチャンスが、思いもよらぬ形で、こんなに早くやって来るとは思わなかったから、実は私は少し緊張していた。あいつの一番弱い部分が、私の一番強い凶器の前にあるのだから。
 その瞬間まで、ほんの一瞬だったけど、時間がとても長く感じた。
 私は、その時を待った。
 これまで繰り返された、あいつからの汚れた行為の中で、私は学習していた。
 男という生き物は、射精する瞬間に力が全く入らなくなる。そして、その前後の数秒間は頭と体が正常に機能しなくなることを。
 だから待った。あいつの射精の瞬間を。より確実に、かつ深く強くあいつにダメージを与えられる瞬間を……。
 そうやって私の頭がフル回転してる頃、あいつは私の頭を掴んで床に押し付けて固定して、性器を口の中に差し込んだままの状態で、腰を前後に激しく動かした、性器の先が何度も喉の奥に当たって吐き気がした。生ゴミみたいな臭い匂いが口の中いっぱいに広がった。
 それを何度も繰り返し、パンパンに膨らんだ、あいつの汚い性器が、私の口の中いっぱい、根元まで入ってきて、のどちんこにグリグリと性器の先を擦り付けてきて数秒経ったぐらいだっただろうか。
「ア〜〜ッ! イッイグゥッ!!」
 あいつが気持ち悪い雄叫びをあげたかと思うと、性器の根元あたりからジュルルルルーッみたいな……何か水が上がってくる様な、音というか振動が唇から口一杯に広がって来て、そして性器が根元からドクドクと激しく脈打つのがわかった。
 その瞬間、私はソレに力一杯噛み付いた。
 ブリッと歯の先に嫌な感触がして、パンパンに膨れ上がったソレに歯が中までザグッと深く入ったのがわかった。それはお湯で茹でたウインナーに歯が入る瞬間によく似ていた。
 ただし、噛みきることができない。上の歯と下の歯、歯は全部埋まったけれど、それ以上はいかなくて歯と歯が中でぶつかるまでにはいたらなかった。
 歯が刺さったままの状態でも、性器はドクドク、ビクビクと激しく脈打っていた。それはまるで生きてるみたいだった。生きてる太いミミズや蛇に噛み付いて、それが口の中でグネグネと藻掻き苦しんでいるみたいだった。
 私は体中の力をそこに集中して、必死でそれに噛み付き続けた。
「ウォォーーッ!!」
 永遠の様な数秒の後、その激しい静寂を破るように、あいつは声にならないような、獣のような叫び声をあげた。
「離せっ!! 離してっ!……くださいっ!!はな、離せーっ!!」
 怒ったり頼んだりの変な言動を繰り返しながら、私の顔面をグーでバンバンと殴ってきた。いや、バンバンというよりパチンパチンといった感じだっただろうか?
 本当に力込めてんの? と疑いたくなるくらいの弱々しさだった。
 ただ殴られるたびに逆にその衝撃と痛みに備える私の体の萎縮で、歯が中にドンドン深く入っていく。歯の間からブブブブ……という音を立て血と精液が凄い勢いで吹き出してくるのがわかった。
 けれどそんな汚いものを飲む気なんかさらさらなかったし、勢いもすごかったから仰向けのままじゃ、口の中が血と精液でいっぱいになって窒息しそうだと思い、私は噛んだままの状態で体を起き上げようとした。
 あいつは力なく、その動きに合わせるように体を動かしてきた。その滑稽な姿が最高だった。
 私はゆっくり上半身を起こして、座るような状態になり、そのままムクッと立ち上がった。
 それでも私は噛むのをやめず、むしろ、野性のライオンとかサメとかがそうするように顔を左右にブルブルと振ったり、上下に振ることで性器を噛み千切ろうとした。
 あいつはぴょんぴょんと跳び跳ねながら背伸びをするような感じで、私の口から性器が離れないようにするのに必死だった
「やめっ! やめてっ!!」
 叫びながら右手だけで私の顔面を殴ってきた、力は弱かったが全体重をかけて殴ってきたから、そのいくつかはまともに入った。私の顔や頭からベキッという鈍い音がした。
 狙いが定まっていないのか頭や顔や首まで殴られて少し頭がボーッとしてきた。朦朧としながらも、私はあいつの顔を睨んだ
 あいつは全身汗だくだった。特に顔がひどくって、汗か涙か鼻水かヨダレなのか、本当に何なのかわからないような色んな液体で濡れていてもうビショビショだった。
 顔色が真っ青で、怒ってるはずなのに表情は泣きべそをかく子供のように弱々しかった。
 チラッと下に目をやると性器と口の間からダラダラと垂れ流れたその血で、私の服は真っ赤に染まっていた。
 正直、楽しかった。
 いつからか私の中には完全にスイッチが入ってしまっていて、復讐の甘美に完全に見入られてしまっていた。悪意や暴力は連鎖する。私に伝わり、私の中で何倍にも膨らんだソレは「殺意」と呼ばれるものへと形を変え、感情を無にし、コントロールを奪い、私を別人に変えたのだ。いや、もしかしたらそれこそが、本当の自分だったのかもしれない。
 とにかく私は、ほんの数分前とは明らかに人格……人相まで、すべてがガラッと変わってしまっていた。
 背筋がゾクゾクした、興奮していた。
 昔テレビで見た。狂った様に気持ち良さそうにタクトを振る、オーケストラの指揮者の様な気分だっただけど、興奮状態の私はそのせいで、ある意味我を忘れていて、実はまだ自分が危険な状態であることをすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。
 そんな時だった。
 火事場のクソ力というヤツだろうか?
 あいつは殴るのをやめ、今度は物凄い力で私の髪の毛を掴み、ブンブン振り回してきた。ブチブチと髪の毛が抜けても、また髪を掴み直しそしてそれを何度も繰り返した。あまりにいつまでもグルグル振り回されたせいで、ただでさえ朦朧としていた意識が、車酔いをしたみたいに気分が悪くなってきた。
 その頃にはもう、ずっと噛み続けたのと、頭を振られたので、ドンドン噛む力が入らなくなってきていて、実はとてもヤバかった。
 復讐を楽しむ余裕さえあったさっきまでの優位さが一転、逆に殺される不安がぶり返すくらいに立場が逆転しそうだった。
 その、一歩手前だった。
 だけど痛みに私以上に我を忘れ、一刻も早く引き剥がそうと無我夢中のあいつは、激しい焦りに支配され、冷静な判断など出来るはずもなく、そんな私の微妙な変化に気付けずに、そのまま続けてさえいれば、もう少しで私を自分から引き剥がせたというのに、なんとその掴んでいた両手を離してしまった。
「よかった……」
 私がそう思った瞬間だった、
 バーン! と目の前が真っ白になって左耳の辺りが燃えるように熱くなり、それからブツンと何かの電源が落ちてしまうように左側からの音が一切しなくなった。目の前がチカチカし、焦点が定まらない。私はきっとあいつに火事場のクソ力の、その最後の力で、左耳の辺りを思いっきり殴られたんだと思う。多分。
 私の左側の頭全体がドクドクと脈を打ち、熱くなりジンジンした。
 やっとピントがあった頃、目の前に見えていたはずのあいつのお腹というか股間の辺りが、もう目の前になかった。ヤバいと思った。
 ちょっと離れた場所に、あいつはうずくまっていて「ウゥゥゥ…」と地響きのような低い音でうめき声をあげていた。もちろん私の口の中に何かを噛む感触などはなくなってしまっていた。
 一瞬の気の緩みか?
 力が抜けたのか?
 千載一遇のチャンスを逃してしまった。
 せっかく捕まえていたあいつの弱点から私は引き剥がされてしまっ……いや、違った。
 口中が血でいっぱいだったからわからなかったけど、舌をちょっと動かしたら、私の口の中に何かあった液体ではない固体が、何かあった。
 しかもそれは自分の体の一部とは明らかに違った。舌の先で口の中にあるモノの形を確かめた。それが何なのか分かった瞬間、私は喜びに震えた。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。心の底から笑いが込み上げてきた。

 私の口の中にあったもの……それはあいつの根元から千切れた性器だった。